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回想の階層(2016.10.xx)

それなりの早朝、そしてTO DOの始まり。

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    シンプルな嫉妬の話だ。
    風にのって、洗剤の香りが体温であたたまった、爽やかな男性らしい香りがしていた。タバコ混じりのそれは、僕の年下で後輩のはずの『兄貴』のものだ。

    同性の友人、職場で知り合った彼は長身でいつも微笑みを絶やさず、そばにいると温度のかたまりを感じるほど体温も高く、つまりは篤く熱い人間だった。文学のなかから出てきた兄らしい兄の性質を持った彼には、しっかりものの弟がいるそうだが、それは彼より年上のぼくから見ると一回りも年下で子供だった。しかしきっと僕よりも賢く大人なのだろうなと、なんとなく思うのだった。三兄弟の末っ子の僕と三兄弟の長男の彼、それは親しくなるきっかけには十分なものだったのは言うまでもない。

「あー、そういえば古川さんって」
「ひぇ?」

なにが「ひぇ?」だか。ぼくはどうかしてる。香りにうっとりとしていた自分に気がつかれなかったかヒヤリとしながら、首をブンブンとふるった。古川がふるった、というわけで子供の頃はさんざんからかわれたものだ。ふるかわちんこふるふるかわかむり!

「俺がなに?」
「誰のチームでしたっけ?」
「山田部長だよ」
「あー」

なにが「あー」なのか教えてほしい、なんでぼくにいきなり興味を持ったんだ今さら、それなりの期間は仲は良いはずなのに今さらきくか。むしろ言ったことあるぞ覚えててくれよ。

「あの人とおなじチームだ」

にっこりと微笑む。いつもより少しだけさらに穏やかに、それでいて悪戯っ子の愉快そうな顔で。

「あの人って、あの人かな?」
「たぶんその人でいいよ、目立つ人だ」

なにかを思い出したようにクスクス笑う。そんなにか。僕はその人をよく知らないけれど、懇親会や行事でたまに見かけるぐらいで仕事で協力したこともない。面白い人らしいとは聞くけれど、そのいっぽうでひどく真面目で関わりたくないタイプだというひとも少なくはない…どんな人なのだろうか、めんどうくさい母親のようなタイプなのかな。

    家にいるより職場に関わる時間のほうがもちろん長い。だから、職場に恋人がいれば平和だ。現役のうちは結婚したとしてパートナーより長い時間接するのだ。それは山田部長は妻帯者なりに職場に恋人を持っていることを正当化するには足りないけれど、ぼくが職場を楽しんでプライベートの恋人を作る気になれない思考回路の根底にあるんだろうなと最近気がついた。
    そんなわけで、僕は兄貴が好きで好きで仕方がない。友人の仮面から、ゲイの顔が出てしまうと兄貴は逃げてしまうかもしれない。軽蔑するかもしれない。ばれてはならない。そしてこれだけそばにいられるなら、気持ちを打ち明けることに価値などない。贅沢だ。彼に恋する女がいたとして気持ちを打ち明けるだのそばにいるだのは難しいかもしれないけれど、僕はそばにいるのだ。一緒に寝ることもできる。

    嫉妬しても意味がない、みんなこそ嫉妬すればいい。いつもそう思っているけれど、いまの微笑みは心に刺さった。特別な人なのだ。あの人は特別な人なのだ。面白さという興味は恋人関係にならなくても、友人として疎遠になってもいつまでも話題の種として時おり別の人との会話の中に登場しては、彼の一部として語られるのだ。あの人はその立場を得ていて、僕はその枠に入ることはできない。
    
    わかってるよ?名前が出てきたから、僕はこの匿名の人々の物語からはみ出してしまうんだ。だけど、それでいいんだよ、彼のそばにいるんだ。それこそ、物語から消えたとき匿名の誰かになるんだろうけれど。

    名前を呼んでくれる人が現れるまで、誰だってそうだけど。
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