幸せの大樹

高崎司

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第3話 ちょっとしたお願い

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 会うこともないと思っていた。そう昨日までは──。
 昼休み。友人の小次郎が急に食堂に行こうと言い出した。
「なあ海斗。たまには食堂で飯食おうぜ」
「どうゆう風の吹き回しだ? 今までそんなこと言わなかったじゃないか」
「いや、実はさ。牧野先輩がいつも食堂で飯食ってるらしいんだよ」
「お前はどこからそういう情報を仕入れてくるんだよ。それに諦めたんじゃないのか?」
「別に告白したいとかじゃなくて。単に見てるだけでいいんだよ。だって先輩綺麗だし」
「あっそ。それなら一人で行ってくれば。俺はパス」
「えー! いいじゃん。一緒に行こうぜ~」
 牧野先輩とはもう関わらない方がいい気がする。
 あの人に会うと、調子が狂うし。
 なのだが、友人は頑として譲るつもりはないらしい。
「俺一人で食堂なんて寂しいじゃん。一緒に行こうぜ~」
「腕を引っ張るな。制服が伸びる。そんなに行きたきゃ一人で行けよ」
「海斗こそ、何でそんなに拒否するの?」
「いや、特に理由はないけど……」
「ならいいじゃーん。なっ?」


 結局こうなるのか。
 友人の押しに負けてしまい食堂に来てしまった。
 お昼時ということもあり、食堂は生徒で溢れ返っている。
 見た限り空いている席などもなさそうだった。
「ちょっと俺空いてる席探してくる! 海斗。飯よろしく~」
 小次郎は食券を俺に預け、席を探しに走り去って行った。
 食堂は食券を買ってカウンターに出し、それから料理を作ってもらう。
 なのでその間に席を確保しようと思っているのだろう。
 そして俺が料理を待っていると、小次郎が帰ってきた。
「席取っといたよ」
「よく空いてたな。ほら、お前の分」
 そう言って食券を渡す。心なしか小次郎の機嫌がいい。
 二人分の料理を受け取ると、小次郎が確保した席に向かう。
「あっ! あそこだよ海斗」
 そう言って小次郎が指差した席は、最悪なことに相席だった。
 しかもそこに座っていたのは牧野先輩と見知らぬ先輩。
 最悪だ。まさかまた牧野先輩に会うなんて。
「牧野せんぱーい! お待たせしました!」
 小次郎が大声で叫ぶ。
「ちょっ! バカ!」
 この友人はバカなのだろうか。
 今ので大多数の生徒がこちらに注目している。
 本当最悪だ。俺はなるべく目を合わせないように下を向いて着席した。
 そして昼食と言う名の、拷問のような時間が始まった。
「あれ? 鳴沢君?」
「え、ええ。奇遇ですね」
 乾いた声で白々しいことを言う。
 俺のせめてもの抵抗だった。
「なになに? 結衣の知り合い? あっ。私は結衣の友達で、榊(さかき)澪(みお)ね。よろしく」
 身を乗り出して興味深々といった様子の榊先輩。
 少し赤茶けた髪をサイドアップにしている活発そうな人だ。
 目は鷹の様に鋭く、それと反比例するように口は小さく可愛らしい。
 そして目に留まるのは、その高校生とは思えぬ膨らみ。
 制服を下から押し上げて、はち切れんばかりに自己主張している。
 正直目のやり場に困る。俺はそこからそっと視線を逸らすと、聞かれた質問に答えた。
「知り合いって程でもないですけどね」
「えー! ひどーい! 昨日はあんなに優しかったのにー!」
「ちょっ! 牧野先輩!」
 その瞬間。食堂の空気が変わった。聞き耳を立てていなくとも響く構造をしているのだ。
 そんな大きな声で喋れば聞こえてしまうのも無理はない。
 こちらが穏便に済ませようとしているのが分からないのだろうか。
 いや分からないのだろう。なぜなら牧野先輩は天然だからだ。
 それに食いついたのは言うまでもない、榊先輩と隣に座っている友人である。
「おいどういうことだよ、海斗!」
 食って掛からんばかりの勢いで激高している友人を落ち着かせると、次は榊先輩の番だ。
「ちょっと詳しく教えなさい! これは先輩命令よっ!」
「いやですよ。それにそんな大した話じゃないですし」
「結衣! 詳しく教えて!」
 俺に聞いても無理と悟ったのか、矛先が牧野先輩に向いた。
 しかしこれは非常にまずい展開だ。先程同様、どんな爆弾を放るか分からない。それが牧野先輩という人だ。
 俺は覚悟を決めると割って入った。
「分かりましたよ。説明します。牧野先輩もいいですか?」
 一応当事者の返事を聞く。安易に俺が喋っていい話でもなかったからだ。
 しかし牧野先輩は予想通りと言うか何というか、あっけらかんと頷いたのだった。
「実は先日──」
 そして俺の説明が一通り終わると、友人と榊先輩は納得した表情になった。
「そういうことかあ~。私はてっきり違う想像しちゃったよ」
 話を聞いた榊先輩が言う。それはそうでしょうね。俺でもそういう方向に勘違いしたんですから。
「でも男の子だね! えらいぞ!」
「ちょっと榊先輩! やめてくださいよ」
 榊先輩が頭をわしわしと撫でてきた。それを見た牧野先輩の手がこちらに伸びる。
 俺はその手を掴んで、「なにしてるんですか?」と鋭く睨む。
「なんで私はダメなのー? 澪ばっかりずるい!」
 少し頬を膨らませて抗議してくる牧野先輩。本当この人はどこまで天然なのだろう。
 牧野先輩に頭など撫でられて見ろ。結果は火を見るより明らかである。
「それは先輩が牧野先輩だからですよ」
「なにそれ? どういうこと?」
 必死で頭を捻っている牧野先輩が可笑しかった。
 だから俺は──柄にもなく笑ってしまった。
「あー! 鳴沢くんって、笑うと案外可愛いんだね!」
「なに言ってるんですか。寝言は寝てから言ってくださいよ」
「またそうやってー。鳴沢くんって本当可愛げないよね」
「可愛げなくて結構ですよ。天然先輩」
「私は天然じゃないもん! 鳴沢くんのバカ!」
 お互い笑顔での応酬。そんな時間も昼休み終了のチャイムとともにお開きになる。
 食堂からの帰り道。
「ちょっといい鳴沢君」
 榊先輩に手招きされる。
「なんですか榊先輩?」
 近づくとグイっと肩に腕を回され、耳元に顔が近づいてきた。
「あのさ、これからも結衣と仲良くしてくれない?」
「何言ってるんですか先輩。俺にそんなつもりは──」
「だからだよ」
 俺の言葉は途中で遮られた。そこには真面目な顔をした榊先輩。
「鳴沢君って結衣のこと好きじゃないでしょ?」
 その確信めいた視線から目を逸らせなかった。榊先輩は気付いているのだ。
「どうしてそう思うんですか?」
「最初はいつも通り結衣が好きで近づいてるんだと思ったよ。でも鳴沢君の表情とかを見てると、その逆だなって思った。取り繕っているけど、本当は結衣のことを避けたがっている。そう思ったんだよ。だからきみに頼みたい。これからも結衣と仲良くしてくれない?」
「……確かに先輩の言う通り、俺は牧野先輩と親しくなるつもりはありません。それでもそういうことを言うってことは、何か理由があるんですか?」
「まあ……ね。でもそれはそこまで君が結衣と親しくなったら話すよ」
「二人とも何やってるのー! 授業始まるよー!」
 牧野先輩が遠くで呼んでいる。
「とりあえず頼んだからね!」
「ちょっと先輩! ……まだ了解してないんですけど」
 一方的に頼むと榊先輩も牧野先輩の元へ向かう。
 一人残された俺は、モヤモヤとした気持ちを抱えて午後の授業を過ごすことになってしまった。
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