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第15話 文化祭当日、そして気付く想い
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文化祭当日。天気は快晴で絶好の文化祭日和だった。
当日の準備も終わり、あとは開始を待つだけである。
「そろそろ文化祭が始まるわね」
葵が俺の隣に来て言った。既にメイド服に着替えており、教室に華を添えている。
「お客さん来てくれるといいですね」
「私がいるのよ? 来ないわけがないわ」
自信満々な様子の葵。
そんな葵と言葉を交わしていると、開始を告げるチャイムの音が鳴り響いた。
「それじゃあ呼び込みに行ってくるわね」
「行ってらっしゃい。気をつけてくださいね」
「あら、心配してくれるのかしら?」
「一応は。ほら、早く行かないといい場所取られちゃいますよ」
「わかってるわよ。海斗も頑張りなさいよ」
葵が教室を出て行く。
いよいよ文化祭の始まりだ。
・
・
・
葵の呼び込みのおかげなのか、お昼前から徐々に混み始め、いまや教室は満席状態だった。
皆が慌しく動いている。
調理場は簡易的な衝立の後ろにあり、客席からは見えないようになっていた。
その裏方で、俺は調理に煽られていた。
矢継ぎ早に注文が入り、作っても作っても追いつかない。
何とかついていくので精一杯だった。
「少し遅れ気味になってます! 大変だと思うけど、皆頑張って!」
ホール担当の責任者が叱咤激励を飛ばす。
調理組は返事を返しながら黙々と作業をこなした。
そのかいあってか、お昼の山場を無事に超え、ようやく落ち着いてきた頃。
一息ついて休憩していた俺に、
「海斗君、お疲れ様~。これでシフトは終わりだよ。後は文化祭を楽しんできてよ」
責任者の女の子が労いの言葉をかけてくれた。
「お疲れ様です。少し早くないですか?」
腕時計で時間を確認すると、予定時刻より少し早い。
「いいのいいの。海斗君頑張ってくれてたし、このあとはそこまで混まないと思うからあがっていいよ」
「そうですか。それじゃあお言葉に甘えさせてもらいますね」
遠慮するのも失礼かと思い、俺は素直に上がらせてもらうことにした。
着ていたエプロンを脱ぎ、衝立に沿って教室前方から廊下に出ると、そこには既に結衣先輩が待ってくれていた。
「早いですね。待たせちゃいましたか?」
「あっ、海斗くん。ううん、いま来たところだよ」
そんな初々しいカップルのようなやり取りをしてしまい、思わず笑ってしまう。
「ん~? 海斗くん、どうして笑ってるの?」
「すいません。何でもないですよ。気にしないでください」
釈然としない結衣先輩を促し、俺達は並んで廊下を歩き始めた。
廊下を歩いていると、各クラスの熱気が伝わってくる。
どこのクラスも今日という日のために、一生懸命作業していたのだろう。
文化祭を成功させようという熱意が熱気となって表れていた。
「海斗くんはお昼食べた?」
歩きながら結衣先輩が聞いてくる。
「まだですよ。どこか入りますか?」
「そうだねー……あっ! ここで食べない?」
丁度通り過ぎようとしていた教室を指差す先輩。
二人そろって足を止め、教室の入り口に置かれている看板に目を通す。
看板にはメニューが書いてあり、簡単な軽食だったらここで食べれるみたいだった。
「そうですね。結衣先輩がよければ、ここで食べましょうか」
「私は大丈夫だよ。それじゃあここで決まりね」
俺と同学年の教室に二人で入ると、
「いらっしゃいませー。二名様ですか?」
制服の上から割烹着を着た女子生徒が声をかけてきた。
「はい」
「こちらへどうぞ」
俺が答えると、ウェイターの女子生徒が席まで案内してくれる。
案内してくれたのは、机を二つくっ付けたテーブルに、椅子が向かい合わせに二脚置かれている、窓際の席だった。
二人が向かい合って着席すると、
「ご注文がお決まりになりましたらおよび下さいませ」
ウェイターの女子生徒がお決まりの台詞を言い残して去って行った。
「どれもおいしそうだね~。海斗くんはどれにする?」
いち早くメニュー表を手に取ると先輩が聞いてくる。
「そうですね……俺はオムライスとコーラにします」
「オムライスおいしそうだよね~。私も海斗くんと同じのにするね!」
「飲み物も同じでいいんですか?」
「うん! 私、炭酸好きだから大丈夫だよ」
「わかりました。それじゃあウェイターさん呼びますね」
俺は手を上げて「すいませーん」とウェイターさんを呼ぶ。
ウェイターさんはすぐに気づいて、こちらへ来てくれた。
「ご注文はお決まりですか?」
「オムライス二つと、コーラ二つでお願いします」
俺がウェイターさんに注文する。
「オムライス二つに、コーラ二つですね。畏まりました。……」
と、ウェイターさんが注文を繰り返したのはいいのだが、なぜか俺達の顔をジッと見ている事に気がついた。
気になった俺は、ウェイターさんに話しかける。
「あの……どうかしましたか?」
「あっ、すいません! いま限定のお飲み物が提供できるのですが、そちらに変更などいかがですか?」
俺と先輩は目を合わせる。
先輩が頷いたのを確認してから、「それでお願いします」と俺は言った。
「畏まりました。改めてご注文を繰り返させていただきます。オムライス二つと限定のお飲み物でよろしかったでしょうか?」
「はい」
「畏まりました。それでは、少々お待ちくださいませ」
俺が返事をするとウェイターさんが去っていく。
「限定の飲み物ってなんだろうね?」
先輩がわくわくした様子で聞いてきた。
意外と子供っぽい所のある結衣先輩だ。楽しみで仕方ないのだろう。
「なんですかね。変な物じゃないといいのですが……」
俺は少しの不安を抱えながら、料理が運ばれてくるまで先輩と談笑を続けた。
そして、待つ事数分。料理が運ばれてきた。
テーブルには湯気を立てたオムライスが二つと、コーラの入った大きなグラス。
そこまでならよかったのだが、そのグラスには二本のストローが刺さっていた。
ストローはハートを描くような形をしており、ストローの飲み口が交差している。
所謂、カップル専用の飲み物だった。
それを目の前にして、俺と先輩は何とも言えない微笑を浮かべる。
「これって……そういうことだよね?」
先輩が恥ずかしそうに言った。
俺も赤面しているのを感じ、頷く事しかできないでいると、
「……どうする?」
先輩が上目遣いで見つめてきた。
先輩の言わんとする事は分かっているので、俺もすぐに反応が返せなかった。
すると、先輩が恥ずかしそうに頬を染め、
「勿体ないし、飲もうか?」と言った。
その言葉を聞いて更に赤面した俺は、首をこくこくと縦に振る事しかできなかった。
無言のまま、オムライスを租借する音だけが響く。
正直、味の良し悪しなんてわからなかった。
そして、無言で食べ続けた結果、思ったよりも早くオムライスを完食してしまう。
先輩の方をチラと見ると、目が合う。
先輩も完食しており、残す所はこの恥ずかしい飲み物だけだ。
どちらも無言で、相手の出方を窺う状況が続いた。
ジッとしていても事態は好転しないので、俺の方から先輩に声をかける。
「ゆ、結衣先輩。そ、そろそろ……いきますか?」
「そそ、そうね。いきましょうか……」
若干言葉使いのおかしくなった先輩が、ストローに口をつける。
「海斗くんも早く」と言いたげに、ストローを咥えたままこちらを見やる先輩。
俺も意を決し、ストローに顔を近づけていく。
そして、俺はストローを咥えると同時にコーラを飲む。
ズズー、ズズーっと吸い込む音が響く。
先輩の事が気になり、視線を持ち上げる。
すると、先輩と目が合ってしまった。
「────っっ!!」
そこで初めて、お互いの顔が近づいている事に気づく。
目の前数センチのところに先輩の端正な顔があり、俺は顔が上気するのを感じた。
先輩も頬を赤く染め、俺から視線を外す。
そのまま無言で飲み続けること数分。
何とかこの恥ずかしいイベントを乗り越えると、俺達はグッタリとした体を引きずるようにして教室を後にした。
廊下に出ると、二人して大きなため息を吐く。
「休むどころか疲れちゃいましたね」
俺が苦笑しながら先輩に言うと、先輩も苦笑いを浮かべて、
「そうだね。ちょっと恥ずかしかったね」と言った。
しばらく廊下で立ち尽くしていると、午後の三時を告げるチャイムが鳴る。
文化祭は五時終了なので、残り時間はあと二時間といったところか。
「先輩は他に行きたい所はありますか?」
「う~ん……そうね~。お化け屋敷とかどうかな?」
「いいですけど、先輩って怖いの平気な人ですか?」
「あ~! 私の事、馬鹿にしてるでしょ!? こう見えて幽霊とか信じないタイプなんだから!」
それって既にフラグが立っているのでは……。
頑なに怖くないと主張する結衣先輩先導の元、お化け屋敷目指して歩き出すのだった。
・
・
・
一年生のやっているお化け屋敷に到着したのはいいのだが、先輩は教室の前で二の足を踏んでいた。
入り口は黒い暗幕に覆われており、いかにもな雰囲気を醸し出している。
室内は暗く、中が見えないようになっており、俺達の他にも入るかどうか迷っている人達が、廊下で待機していた。
「あの、先輩……別に無理して入らなくてもいいんじゃないですか?」
俺は先輩を気遣って忠告したのだが、
「むむむ、無理なんてしてないよ!? か、海斗くんこそ怖いんじゃないの!?」
「俺は幽霊とか信じてないので平気ですけど……」
「そ、そうなのね。じゃ、じゃあ、入るわよ……ごくり」
先輩が唾を飲み込む音が聞こえ、次いで俺の手を握ってきた。
無意識の事なのかもしれないが、瞬間ビクッと体が跳ねる。
そんな俺の様子に気づく事もなく、先輩に手を引かれながら入り口の暗幕をくぐる。
予想通り中は薄暗く、通路脇に置かれている提灯の微量な灯りだけが頼りだった。
「へ、へぇ~~。結構雰囲気出てるのね」
繋がった手からは、先輩の震えが伝わってきており、強がっているのは明らかだった。
俺が先輩の手をギュッと握り返すと、先輩は一瞬こちらをチラと見て、それからギュッと握り返してくれた。
「そ、それじゃあ先に進みましょうか」
「そ、そうだね。早く行こうか」
お互いに気恥ずかしくなってしまい、自然と早口になってしまう。
通路に沿って進んでいくと、景色が少し変わった。
墓石がひとつに雑草が少々。
意外と手の込んだ内装に驚く。
そんな中、結衣先輩はといえばガタガタと体を震わせていた。
「大丈夫ですか先輩?」
「だだ、大丈夫よこれぐらい。まだ何も起きていないじゃない」
先輩がそう言った瞬間────突然目の前に、火の玉みたいな物体が現れた。
よく見れば蛍光塗料の塗られた作り物だとわかるのだが、突然の事に驚いた先輩はそうもいかなかった。
「きゃっ、キャーーーーッッ!!」
耳をつんざくような悲鳴をあげ、握っていた手を離すと、その場にしゃがみこんでしまう。
両手を使って一生懸命に目を塞ぎ、見ないようにしている。
それがなんだかひどく滑稽に見えて、俺は思わず笑ってしまう。
「ひ、ひどいよ海斗くん……。笑わなくたっていいじゃない……うぅ~~」
「すいません。なんだか可笑しくなっちゃって。先輩……どうぞ」
そう言って先輩に手を差し出すと、先輩はおずおずと手を取り立ち上がる。
目じりにはまだ涙の後が残っており、俺はそっとハンカチを差し出した。
「ありがとう海斗くん。これ、洗って返すから」
「いいですよ。気にしないでください。それよりどうしますか? このまま入り口まで戻りますか?」
たぶん入り口まで戻った方が出口に向かうよりは早いだろう。
そう思って先輩に打診したのだが、先輩はいやいやをするように首を振ると、
「このまま行きましょう」と言った。
それから握っていた手を離すと、俺の腕にそっと腕を絡めてきた。
「せんぱい!?」
うろたえる俺に対して、先輩が上目遣いで見つめてくる。
「出口まででいいから、掴んでてもいい?」
そんな風に言われてしまっては断る事などできなかった。
「わかりました。それじゃあ先に進みましょうか」
先輩と腕を組んだまま通路を進んで行く。
その後も、こんにゃくが顔に当たれば悲鳴を上げ。
生徒扮するミイラ風のお化けが出てくれば悲鳴を上げ。
お化け屋敷からすれば、これ以上ないくらいの反応を見せる先輩。
俺はといえば、先輩が悲鳴を上げる度に体が密着してくるので、楽しむ余裕などなかった。
腕に押し付けられる先輩の柔らかな膨らみ。
それを意識の外に追い出す事に全神経を注いでいた。
やっとの思いで出口に辿り着くと、俺の心と体は限界を迎えた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
新鮮な空気がおいしいと感じたのは初めての事だ。
「海斗くん、そんなに怖かったの? だらしないなぁ~」
そんな俺を見て、先輩が暢気に言う。
俺が恨みがましい視線を向けると、先輩は目を逸らし、鳴ってもいない口笛を吹いて誤魔化した。
「まぁ、先輩が楽しかったのならいいですよ」
俺が笑顔で言うと、先輩も笑ってくれた。
と、文化祭の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「終わっちゃいましたね」
「そうだね……」
二人並んで廊下の窓から見上げた空は、すっかり茜色に染まっていた。
「今日は楽しかったよ。ありがとう、海斗くん」
先輩の声が鼓膜を震わせる。
俺は先輩の方に体を向け返事をする。
「いえ。楽しんでくれたのなら、誘った甲斐がありましたよ」
それからしばらくの間、お互い言葉が途切れる。
先輩は、少し寂しそうな顔をしていた気がした。
「楽しいのはここまでかなー。私もちゃんと、受験勉強しなくっちゃ」
先輩の言葉で、現実を目の当たりにした気がした。
文化祭が終わればあっという間に十一月になる。
先輩が卒業するまで、あと半年しかなかった。
今更ながら先輩と過ごす時間が残り少ない事に気付き、心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。
そして、そこで初めて、自分の気持ちにも気付いてしまった。
「それじゃあ海斗くん……またね」
「えっ? はい……」
先輩が踵を返すと、先輩の背中がどんどんと遠ざかっていく。
その遠ざかる背中を見つめながら、俺は呆けた様に立ち尽くしている事しかできなかった。
・
・
・
────数十分後。
俺は自分の教室に向かってとぼとぼと歩いていた。
教室の前に着くと扉を開け、中に入る。
無人だと思っていた教室の窓を背に、こちらを向いて立っている人がいた。
──葵である。
窓から吹き込む風が、葵の髪を揺らしている。
「おかえりなさい。文化祭は楽しめたのかしら?」
「まあ……ね」
「何かあったの?」
俺の様子がおかしい事に気付いた葵が、心配そうに見つめてくる。
俺はそれに答えることなく自分の席へと鞄を取りに行く。
すると、葵も窓際から移動して、こちらへと歩いてきた。
俺の隣に立つと、ジッと俺の顔を見つめてくる。
それから、葵が息を吸い込む気配がした。
「やっと自分の気持ちに気付いたのね」
「────ッ!」
逆に俺は息を吐出した。
鼓動が早くなるのを感じる。
「気づくまでが長いのよ。そっか、そっかぁ~。過去に囚われていたのは、私の方かもしれないわね……」
葵はそう言って苦笑した。
俺は葵の気持ちに応えられないがゆえに、何も言葉を返してあげられなかった。
すると、葵がすれ違う瞬間。
肩をポンと叩いて、「頑張れ」と言ってくれた。
しかし、すれ違いざまに見た葵の瞳からは、雫が流れ落ちていた……。
それでも俺は何も言えず、一人残された教室で佇んでいた。
最後のチャイムが鳴り止むまで、俺はずっと教室で立ち尽くしていたのだった。
見回りの先生に声をかけられ、ようやく少し意識が覚醒すると、俺は無人の学園を後にした。
そして気が付けば自宅に帰っており、いつの間にか眠りについていた。
当日の準備も終わり、あとは開始を待つだけである。
「そろそろ文化祭が始まるわね」
葵が俺の隣に来て言った。既にメイド服に着替えており、教室に華を添えている。
「お客さん来てくれるといいですね」
「私がいるのよ? 来ないわけがないわ」
自信満々な様子の葵。
そんな葵と言葉を交わしていると、開始を告げるチャイムの音が鳴り響いた。
「それじゃあ呼び込みに行ってくるわね」
「行ってらっしゃい。気をつけてくださいね」
「あら、心配してくれるのかしら?」
「一応は。ほら、早く行かないといい場所取られちゃいますよ」
「わかってるわよ。海斗も頑張りなさいよ」
葵が教室を出て行く。
いよいよ文化祭の始まりだ。
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葵の呼び込みのおかげなのか、お昼前から徐々に混み始め、いまや教室は満席状態だった。
皆が慌しく動いている。
調理場は簡易的な衝立の後ろにあり、客席からは見えないようになっていた。
その裏方で、俺は調理に煽られていた。
矢継ぎ早に注文が入り、作っても作っても追いつかない。
何とかついていくので精一杯だった。
「少し遅れ気味になってます! 大変だと思うけど、皆頑張って!」
ホール担当の責任者が叱咤激励を飛ばす。
調理組は返事を返しながら黙々と作業をこなした。
そのかいあってか、お昼の山場を無事に超え、ようやく落ち着いてきた頃。
一息ついて休憩していた俺に、
「海斗君、お疲れ様~。これでシフトは終わりだよ。後は文化祭を楽しんできてよ」
責任者の女の子が労いの言葉をかけてくれた。
「お疲れ様です。少し早くないですか?」
腕時計で時間を確認すると、予定時刻より少し早い。
「いいのいいの。海斗君頑張ってくれてたし、このあとはそこまで混まないと思うからあがっていいよ」
「そうですか。それじゃあお言葉に甘えさせてもらいますね」
遠慮するのも失礼かと思い、俺は素直に上がらせてもらうことにした。
着ていたエプロンを脱ぎ、衝立に沿って教室前方から廊下に出ると、そこには既に結衣先輩が待ってくれていた。
「早いですね。待たせちゃいましたか?」
「あっ、海斗くん。ううん、いま来たところだよ」
そんな初々しいカップルのようなやり取りをしてしまい、思わず笑ってしまう。
「ん~? 海斗くん、どうして笑ってるの?」
「すいません。何でもないですよ。気にしないでください」
釈然としない結衣先輩を促し、俺達は並んで廊下を歩き始めた。
廊下を歩いていると、各クラスの熱気が伝わってくる。
どこのクラスも今日という日のために、一生懸命作業していたのだろう。
文化祭を成功させようという熱意が熱気となって表れていた。
「海斗くんはお昼食べた?」
歩きながら結衣先輩が聞いてくる。
「まだですよ。どこか入りますか?」
「そうだねー……あっ! ここで食べない?」
丁度通り過ぎようとしていた教室を指差す先輩。
二人そろって足を止め、教室の入り口に置かれている看板に目を通す。
看板にはメニューが書いてあり、簡単な軽食だったらここで食べれるみたいだった。
「そうですね。結衣先輩がよければ、ここで食べましょうか」
「私は大丈夫だよ。それじゃあここで決まりね」
俺と同学年の教室に二人で入ると、
「いらっしゃいませー。二名様ですか?」
制服の上から割烹着を着た女子生徒が声をかけてきた。
「はい」
「こちらへどうぞ」
俺が答えると、ウェイターの女子生徒が席まで案内してくれる。
案内してくれたのは、机を二つくっ付けたテーブルに、椅子が向かい合わせに二脚置かれている、窓際の席だった。
二人が向かい合って着席すると、
「ご注文がお決まりになりましたらおよび下さいませ」
ウェイターの女子生徒がお決まりの台詞を言い残して去って行った。
「どれもおいしそうだね~。海斗くんはどれにする?」
いち早くメニュー表を手に取ると先輩が聞いてくる。
「そうですね……俺はオムライスとコーラにします」
「オムライスおいしそうだよね~。私も海斗くんと同じのにするね!」
「飲み物も同じでいいんですか?」
「うん! 私、炭酸好きだから大丈夫だよ」
「わかりました。それじゃあウェイターさん呼びますね」
俺は手を上げて「すいませーん」とウェイターさんを呼ぶ。
ウェイターさんはすぐに気づいて、こちらへ来てくれた。
「ご注文はお決まりですか?」
「オムライス二つと、コーラ二つでお願いします」
俺がウェイターさんに注文する。
「オムライス二つに、コーラ二つですね。畏まりました。……」
と、ウェイターさんが注文を繰り返したのはいいのだが、なぜか俺達の顔をジッと見ている事に気がついた。
気になった俺は、ウェイターさんに話しかける。
「あの……どうかしましたか?」
「あっ、すいません! いま限定のお飲み物が提供できるのですが、そちらに変更などいかがですか?」
俺と先輩は目を合わせる。
先輩が頷いたのを確認してから、「それでお願いします」と俺は言った。
「畏まりました。改めてご注文を繰り返させていただきます。オムライス二つと限定のお飲み物でよろしかったでしょうか?」
「はい」
「畏まりました。それでは、少々お待ちくださいませ」
俺が返事をするとウェイターさんが去っていく。
「限定の飲み物ってなんだろうね?」
先輩がわくわくした様子で聞いてきた。
意外と子供っぽい所のある結衣先輩だ。楽しみで仕方ないのだろう。
「なんですかね。変な物じゃないといいのですが……」
俺は少しの不安を抱えながら、料理が運ばれてくるまで先輩と談笑を続けた。
そして、待つ事数分。料理が運ばれてきた。
テーブルには湯気を立てたオムライスが二つと、コーラの入った大きなグラス。
そこまでならよかったのだが、そのグラスには二本のストローが刺さっていた。
ストローはハートを描くような形をしており、ストローの飲み口が交差している。
所謂、カップル専用の飲み物だった。
それを目の前にして、俺と先輩は何とも言えない微笑を浮かべる。
「これって……そういうことだよね?」
先輩が恥ずかしそうに言った。
俺も赤面しているのを感じ、頷く事しかできないでいると、
「……どうする?」
先輩が上目遣いで見つめてきた。
先輩の言わんとする事は分かっているので、俺もすぐに反応が返せなかった。
すると、先輩が恥ずかしそうに頬を染め、
「勿体ないし、飲もうか?」と言った。
その言葉を聞いて更に赤面した俺は、首をこくこくと縦に振る事しかできなかった。
無言のまま、オムライスを租借する音だけが響く。
正直、味の良し悪しなんてわからなかった。
そして、無言で食べ続けた結果、思ったよりも早くオムライスを完食してしまう。
先輩の方をチラと見ると、目が合う。
先輩も完食しており、残す所はこの恥ずかしい飲み物だけだ。
どちらも無言で、相手の出方を窺う状況が続いた。
ジッとしていても事態は好転しないので、俺の方から先輩に声をかける。
「ゆ、結衣先輩。そ、そろそろ……いきますか?」
「そそ、そうね。いきましょうか……」
若干言葉使いのおかしくなった先輩が、ストローに口をつける。
「海斗くんも早く」と言いたげに、ストローを咥えたままこちらを見やる先輩。
俺も意を決し、ストローに顔を近づけていく。
そして、俺はストローを咥えると同時にコーラを飲む。
ズズー、ズズーっと吸い込む音が響く。
先輩の事が気になり、視線を持ち上げる。
すると、先輩と目が合ってしまった。
「────っっ!!」
そこで初めて、お互いの顔が近づいている事に気づく。
目の前数センチのところに先輩の端正な顔があり、俺は顔が上気するのを感じた。
先輩も頬を赤く染め、俺から視線を外す。
そのまま無言で飲み続けること数分。
何とかこの恥ずかしいイベントを乗り越えると、俺達はグッタリとした体を引きずるようにして教室を後にした。
廊下に出ると、二人して大きなため息を吐く。
「休むどころか疲れちゃいましたね」
俺が苦笑しながら先輩に言うと、先輩も苦笑いを浮かべて、
「そうだね。ちょっと恥ずかしかったね」と言った。
しばらく廊下で立ち尽くしていると、午後の三時を告げるチャイムが鳴る。
文化祭は五時終了なので、残り時間はあと二時間といったところか。
「先輩は他に行きたい所はありますか?」
「う~ん……そうね~。お化け屋敷とかどうかな?」
「いいですけど、先輩って怖いの平気な人ですか?」
「あ~! 私の事、馬鹿にしてるでしょ!? こう見えて幽霊とか信じないタイプなんだから!」
それって既にフラグが立っているのでは……。
頑なに怖くないと主張する結衣先輩先導の元、お化け屋敷目指して歩き出すのだった。
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一年生のやっているお化け屋敷に到着したのはいいのだが、先輩は教室の前で二の足を踏んでいた。
入り口は黒い暗幕に覆われており、いかにもな雰囲気を醸し出している。
室内は暗く、中が見えないようになっており、俺達の他にも入るかどうか迷っている人達が、廊下で待機していた。
「あの、先輩……別に無理して入らなくてもいいんじゃないですか?」
俺は先輩を気遣って忠告したのだが、
「むむむ、無理なんてしてないよ!? か、海斗くんこそ怖いんじゃないの!?」
「俺は幽霊とか信じてないので平気ですけど……」
「そ、そうなのね。じゃ、じゃあ、入るわよ……ごくり」
先輩が唾を飲み込む音が聞こえ、次いで俺の手を握ってきた。
無意識の事なのかもしれないが、瞬間ビクッと体が跳ねる。
そんな俺の様子に気づく事もなく、先輩に手を引かれながら入り口の暗幕をくぐる。
予想通り中は薄暗く、通路脇に置かれている提灯の微量な灯りだけが頼りだった。
「へ、へぇ~~。結構雰囲気出てるのね」
繋がった手からは、先輩の震えが伝わってきており、強がっているのは明らかだった。
俺が先輩の手をギュッと握り返すと、先輩は一瞬こちらをチラと見て、それからギュッと握り返してくれた。
「そ、それじゃあ先に進みましょうか」
「そ、そうだね。早く行こうか」
お互いに気恥ずかしくなってしまい、自然と早口になってしまう。
通路に沿って進んでいくと、景色が少し変わった。
墓石がひとつに雑草が少々。
意外と手の込んだ内装に驚く。
そんな中、結衣先輩はといえばガタガタと体を震わせていた。
「大丈夫ですか先輩?」
「だだ、大丈夫よこれぐらい。まだ何も起きていないじゃない」
先輩がそう言った瞬間────突然目の前に、火の玉みたいな物体が現れた。
よく見れば蛍光塗料の塗られた作り物だとわかるのだが、突然の事に驚いた先輩はそうもいかなかった。
「きゃっ、キャーーーーッッ!!」
耳をつんざくような悲鳴をあげ、握っていた手を離すと、その場にしゃがみこんでしまう。
両手を使って一生懸命に目を塞ぎ、見ないようにしている。
それがなんだかひどく滑稽に見えて、俺は思わず笑ってしまう。
「ひ、ひどいよ海斗くん……。笑わなくたっていいじゃない……うぅ~~」
「すいません。なんだか可笑しくなっちゃって。先輩……どうぞ」
そう言って先輩に手を差し出すと、先輩はおずおずと手を取り立ち上がる。
目じりにはまだ涙の後が残っており、俺はそっとハンカチを差し出した。
「ありがとう海斗くん。これ、洗って返すから」
「いいですよ。気にしないでください。それよりどうしますか? このまま入り口まで戻りますか?」
たぶん入り口まで戻った方が出口に向かうよりは早いだろう。
そう思って先輩に打診したのだが、先輩はいやいやをするように首を振ると、
「このまま行きましょう」と言った。
それから握っていた手を離すと、俺の腕にそっと腕を絡めてきた。
「せんぱい!?」
うろたえる俺に対して、先輩が上目遣いで見つめてくる。
「出口まででいいから、掴んでてもいい?」
そんな風に言われてしまっては断る事などできなかった。
「わかりました。それじゃあ先に進みましょうか」
先輩と腕を組んだまま通路を進んで行く。
その後も、こんにゃくが顔に当たれば悲鳴を上げ。
生徒扮するミイラ風のお化けが出てくれば悲鳴を上げ。
お化け屋敷からすれば、これ以上ないくらいの反応を見せる先輩。
俺はといえば、先輩が悲鳴を上げる度に体が密着してくるので、楽しむ余裕などなかった。
腕に押し付けられる先輩の柔らかな膨らみ。
それを意識の外に追い出す事に全神経を注いでいた。
やっとの思いで出口に辿り着くと、俺の心と体は限界を迎えた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
新鮮な空気がおいしいと感じたのは初めての事だ。
「海斗くん、そんなに怖かったの? だらしないなぁ~」
そんな俺を見て、先輩が暢気に言う。
俺が恨みがましい視線を向けると、先輩は目を逸らし、鳴ってもいない口笛を吹いて誤魔化した。
「まぁ、先輩が楽しかったのならいいですよ」
俺が笑顔で言うと、先輩も笑ってくれた。
と、文化祭の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「終わっちゃいましたね」
「そうだね……」
二人並んで廊下の窓から見上げた空は、すっかり茜色に染まっていた。
「今日は楽しかったよ。ありがとう、海斗くん」
先輩の声が鼓膜を震わせる。
俺は先輩の方に体を向け返事をする。
「いえ。楽しんでくれたのなら、誘った甲斐がありましたよ」
それからしばらくの間、お互い言葉が途切れる。
先輩は、少し寂しそうな顔をしていた気がした。
「楽しいのはここまでかなー。私もちゃんと、受験勉強しなくっちゃ」
先輩の言葉で、現実を目の当たりにした気がした。
文化祭が終わればあっという間に十一月になる。
先輩が卒業するまで、あと半年しかなかった。
今更ながら先輩と過ごす時間が残り少ない事に気付き、心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。
そして、そこで初めて、自分の気持ちにも気付いてしまった。
「それじゃあ海斗くん……またね」
「えっ? はい……」
先輩が踵を返すと、先輩の背中がどんどんと遠ざかっていく。
その遠ざかる背中を見つめながら、俺は呆けた様に立ち尽くしている事しかできなかった。
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────数十分後。
俺は自分の教室に向かってとぼとぼと歩いていた。
教室の前に着くと扉を開け、中に入る。
無人だと思っていた教室の窓を背に、こちらを向いて立っている人がいた。
──葵である。
窓から吹き込む風が、葵の髪を揺らしている。
「おかえりなさい。文化祭は楽しめたのかしら?」
「まあ……ね」
「何かあったの?」
俺の様子がおかしい事に気付いた葵が、心配そうに見つめてくる。
俺はそれに答えることなく自分の席へと鞄を取りに行く。
すると、葵も窓際から移動して、こちらへと歩いてきた。
俺の隣に立つと、ジッと俺の顔を見つめてくる。
それから、葵が息を吸い込む気配がした。
「やっと自分の気持ちに気付いたのね」
「────ッ!」
逆に俺は息を吐出した。
鼓動が早くなるのを感じる。
「気づくまでが長いのよ。そっか、そっかぁ~。過去に囚われていたのは、私の方かもしれないわね……」
葵はそう言って苦笑した。
俺は葵の気持ちに応えられないがゆえに、何も言葉を返してあげられなかった。
すると、葵がすれ違う瞬間。
肩をポンと叩いて、「頑張れ」と言ってくれた。
しかし、すれ違いざまに見た葵の瞳からは、雫が流れ落ちていた……。
それでも俺は何も言えず、一人残された教室で佇んでいた。
最後のチャイムが鳴り止むまで、俺はずっと教室で立ち尽くしていたのだった。
見回りの先生に声をかけられ、ようやく少し意識が覚醒すると、俺は無人の学園を後にした。
そして気が付けば自宅に帰っており、いつの間にか眠りについていた。
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