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ゲームキャラの意外な一面

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 オリヴィアさんは引き続き、毎日酒場を訪れた。
 オリヴィアさんと話す機会が増えた。
 他愛無い話ばかりだったが、オリヴィアさんは普通に会話をしてくれた。
 彼女が来て、一か月が経過してもその関係は続いた。

「なるほど。王都ブレイダニアではエビが流行っているんですね」
「ええ。なぜか露店ではエビ料理ばかりです。いえ、あれはエビなのでしょうか……なぜか異様さを感じて、私は敬遠しているのですが」
「王都に行った時に試してみたいものですね」
「……あまりおすすめはしませんよ」

 オリヴィアさんの鈴の音のような美しい声が、心地よく耳朶を震わせた。
 声音の聞き心地良さに加え、彼女の話はとても興味深かった。
 なんせ俺が知らない『カオスソード』の雑学をたくさん知っているのだ。
 俺も公式設定資料集を買ったり、考察サイトを覗いたり、あらゆる情報を集めて、自分で考えたりとかなりの『カオスソード』信者だと自負しているが、やはりあくまで一プレイヤーとしての情報収集能力しかない。
 だが実際にゲームの世界に入ると、そこは現実になる。現実の情報量は膨大で、知らないことがそこかしこに溢れている。
 シース村の人たちは村を出ず、知識は豊富ではないが、オリヴィアさんは放浪をする旅人なので博識だ。
 本当に興味深い。聞くだけで楽しい。
 しかし王都ブレイダニアか。一度は行ってみたいものだ。
 ただここからだと相当に遠いんだよな。
 さすがにその間、村の人たちを放ってはおけない。何かがあってからでは遅いからだ。
 ……今のうちに王都に行ってみたいんだけどな、やはり無理だよな。
 俺は色々と思考を巡らせていると、くすっと小さな笑い声が聞こえた。
 顔を上げるとオリヴィアさんがほんの少しだけ口角を上げていることに気づく。
 まだ好感度が低い段階で笑うの初めて見た。
 仲良くなるまでは、ずっと無表情で冷徹なイメージだったんだけどな。

「あ、あのおかしかったですか?」
「いえ、失礼しました。ただ、とても楽しく聞いてくださるので微笑ましくて」
「オリヴィアさんの話は本当に興味深いからかもですね。俺、外の世界の話をもっと知りたいんです」
「なぜです? 外に憧れが?」
「うーん、それもありますが。単純にこの世界が好きだからでしょうか。別に、シース村が悪いってわけじゃないんですけどね。この村の人たちも、村も好きですから」
「だから鍛えているのですか?」
「……わかるんですか?」

 彼女は目が見えないし、俺に触ったこともない。
 当然、鍛えていることも、崩れ森で魔物を倒したことも話していない。
 誰かが言ったのだろうかと思ったが、そうではないらしい。

「ええ。声と所作である程度は。足の運びが剣士のそれです。声は若く、恐らく、年齢は十二、三程でしょうか。その割に自信があり、落ち着いています。それだけの自信があるということです。あとは経験則ですね」
「す、すごいですね。そこまでわかるなんて」
「必要なことですから」

 それは俺を知ることが、というよりはその能力が、と言っているようだった。
 目が見えない彼女からすれば、視覚以外の感覚から情報を可能な限り得る必要があるのだろう。
 あまりに動きが洗練されていて、盲目だと忘れてしまうが、彼女は間違いなく目が見えない。
 しかしどうやって周囲の情報を得ているのだろうか。

「目が見えなくとも、感じることはできます。音、におい、風の流れ、足元から伝わる振動などから情報は得られますから」
「だからオリヴィアさんは迷わずに動けるんですね」
「そういうことです。しかしわからないことも沢山あります。お手を拝借しても?」
「え? 手ですか? どうぞ?」

 俺は言われるままに手を差し出した。
 オリヴィアさんが迷いなく俺の手を握る。
 汚れ一つない手に見えるが、手のひらはごつごつしている。
 それは彼女が剣士だという証だった。

「……鍛錬を始めてどれほどで?」
「二年くらいですかね」
「二年……たったそれだけの期間でこれほどに。実戦経験は?」
「以前、崩れ森で霊気兵を一体倒しました」
「一人でですか?」
「一人で、です」
「……驚嘆に値しますね」

 オリヴィアさんは俺の手を優しく撫でつづげる。
 だがそれは探るような動作でもあった。
 それは徐々に指先へ向かい、ゆっくりと手首へと戻ってくる。
 若干、ぞくぞくしたが俺は耐えた。
 うーん、なんだか気まずい。
 なぜなら周囲の視線が痛いくらいに突き刺さっているからだ。
 特に背後の視線が激しい。エミリアさんの視線だろう。
 オリヴィアさんに声をかけた若者が、俺を睨んでいる。
 いや君、まだオリヴィアさんに好意持っていたのかよとも思うが、ここ一か月、俺とオリヴィアさんが会話している最中、ずっと気にしていたことは知っていた。
 さすがのオリヴィアさんも周りの様子には気づかないのか、それとも気にしていないのか微塵も動揺していない様子だった。
 彼女は優しく俺の手を握った。
 そのまま数秒間静止し、そして手を離した。
 最後の所作はなんだったのだろうか。手の形を見るにしては違和感があった。

「ありがとうございます。素晴らしい手でした」
「い、いえ。こちらこそどうも?」
「……リッドさん。あなたは――」
「お、おい、リッド、随分仲が良さそうだな!」

 オリヴィアさんが言葉を言い切る前に、空気の読めない声が阻んだ。
 またあの若者だった。
 おい、まさか嘘だろ。以前あんなことがあったのにまだ挑戦するのか?
 無謀というより、厚顔無恥ではないだろうか。
 自分がしでかしたことを忘れたのか?
 若者が俺とオリヴィアさんの間に割って入り、へらへらと笑っていた。
 頬はかなり引きつっているが。
 若者の友人たちは顔を手で覆い、あいつやりやがったという顔をしている。
 今回は、友人たちにはやし立てられたわけではないようだ。
 俺はオリヴィアさんを一瞥する。
 彼女はいつも通り、正面に顔を向け、やや俯いた状態で目を閉じている。背中をピンと伸ばしている姿は美麗で魅力的だが、今はやや刺々しさを感じた。
 若者は一応客だ。
 無視するわけにはいかない。

「え、ええ、まあ」
「俺も入れてくれよ。前のことは謝るからさ!」

 うん、謝る人間の態度じゃないんだよ。
 もっとこう、誠意をもって謝ろうとすれば少しは違っただろうに。
 オリヴィアさんの眉毛がほんの少しだけピクっと動いた。
 あ、これまずい。

「謝罪は結構。邪魔です。失せなさい」

 オリヴィアさんはぴしゃりと言い放った。
 透き通った声が酒場内に響き渡ると、喧騒が一気に止んでしまう。
 前にも見たなこれ。

「は、はぁ? お、俺が謝ってやるって言ってんだ。女の癖に生意気だろ! 女は黙ってうなずいてりゃいいんだよ! 可愛げがねぇ! 目が見えないからって同情してやりゃ調子に乗りやがって! 男に色目使うためにあるんだろその無駄にでかい胸」

 ボギャっと骨がきしむ音と共に若者の頭蓋が歪んだ。
 若者はもんどりを打ち、何度か地面を跳ねると壁にぶち当たり動かなくなった。
 驚きに目を見開いているバイトマスター、エミリアさん、他の客、そして――オリヴィアさん。
 唯一驚いていなかった人物は、恐らく俺一人だっただろう。
 拳に硬い感触が残っている。
 本気で人を殴ったのは生まれて初めてかもしれない。

「あ、殴っちゃった」

 俺は自分の行動に驚き、そして他人事のように呟いた。
 それがダメだったのか、客全員が俺を見てドン引きしていた。
 ちょっとやりすぎたかもしれない。
 エミリアさんが慌てて動かない若者に駆け寄ると、すぐに俺に向かって手を上げた。

「死んでない! 気絶してるだけ!」

 なぜかグッと親指を立てて、よくやったとばかりに笑顔を見せてくれた。

「了解! ありがと、エミリアさん!」

 俺も応えるようにグッと親指を立てて応えた。
 ふー、危ない危ない。村人を殺すところだった。
 と。

「ぷっ」

 背後で誰かが小さく噴き出した。
 振り返るとオリヴィアさんが腹を抱えてぷるぷると震えていた。

「ぷっ、ふふっ! あははっ、あははははっ!」

 オリヴィアさんが我慢できないとばかりに激しく笑いだした。
 ゲーム内でもこんな姿を見たことはない。
 そんなに面白かったのだろうか。
 笑い声が響く中、若者の友人たちは周りに謝りながら、馬鹿だなという顔をしながら若者に近づいていく。
 他の客もなぜか楽し気に会話を始め、いつもの喧騒が戻ってきた。
 あれ? 俺、おとがめなし?
 やらかしたと思ったのに、なぜか上手くいったようだ。
 いきなり殴ってしまうとは、我ながら感情のコントロールが下手だな。
 しかし後悔はなかったし、やってしまったという気持ちもない。
 むしろ覚悟を決めてぶん殴った。
 これで仕事をクビになってもいいし、誰かに憎まれてもいい、評価を下げられてもいいとさえ思った。
 それくらい、俺は腹が立ったんだと思う。
 自分の好きなゲームの登場人物を馬鹿にされたことが、そして自分が気に入っているキャラに暴言を吐かれたことが許せなかったんだ。
 彼も根っからの悪人ではない。村人は基本的に良い人が多い。
 だが全員が全員優しいわけでもまともなわけでもないことは今回のことでわかった。
 これは反省すべき点だな。
 なんて考えていると、少しずつオリヴィアさんの笑い声が小さくなっていった。

「あははは、ふふっ、んんっ、んふっ……はぁ……」

 どうやらツボにはまってしまっていたようだ。
 彼女は自分を落ち着かせるように、深呼吸を何度もしていた。
 それが妙に愛らしく、俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。

「はぁー……ふぅ、すみません。まさか笑ってしまうなんて、自分でも驚きました」
「い、いえ。そんなに面白かったです?」

 人をぶん殴って大笑いするなんて、もしかしてドSなのかこの人は。
 そんなキャラ設定はなかったと思うが。
 俺が知っているのは表面上の上方だけなのかもしれないけど。

「面白かったというより、なんでしょう。あなたの行動に驚いたのだと思います。まさか殴ってしまうなんて思わなかったので」
「いや、あれは殴りますよ。オリヴィアさんを馬鹿にされて、黙ってられないでしょう」
「……そうですか。あなたは私のために怒ってくれたのですね」
「当然のことですよ。好意を持っている人が蔑まれたら腹も立ちます」
「あら、リッドさんは、私のことが好きなのですか?」

 それは悪戯っぽい所作と声だった。
 いつも冷静で感情の抑揚が少ない彼女にしては珍しく、俺を茶化しているようだった。
 だが俺は動揺せずに、ただ答えた。

「好きですよ。話も面白いし、綺麗だし。それに強いでしょう? 俺は強い人に憧れているので」
「だから近づいてきたのですね? 私に師事されるために」

 図星を突かれた。
 どうやら彼女にはすべてお見通しだったようだ。
 ただ言葉に責めるような調子はなかった。
 むしろ好意的だった。

「半分くらいはそうですね」

 あと半分は本当に仲良くなりたかったからだ。
 だって俺が好きなゲームの登場人物なんだぞ。
 名前付きの、主人公と関わりが深くなるサブキャラ。
 是非とも友達になりたいと思うのが当たり前だ。

「正直ですね。好きですよ、そういう人」

 驚いた。
 まさかオリヴィアさんがこんなセリフを言うなんて。
 『カオスソード』のプレイヤーが聞いたら怒るだろうな。
 そのボイスデータどこにあるんだよ! って。
 正直、ちょっと、いやかなりドキッとした。
 いやだってさ、滅茶苦茶いい声なんだよ。
 しかも目の前で俺だけに向けて言われたセリフなんだぞ。
 そりゃ心臓も過剰に反応するってものだ。

「ですが私は弟子を取るつもりはありません。あなたはまだ私が教えるレベルに達してもいませんからね」
「そ、そうですか」

 ゲーム本編でも技巧のスクロールはくれるが、何か教えてくれることはなかった。
 とにかく、今の俺では弱すぎるらしい。
 師匠になってもらうのは難しいのだろうか。
 どうしよう。
 近場でオリヴィアさん以外に戦いを教えてくれそうなキャラはいない。
 ここからかなり遠い場所に何人かいるが、師匠には向いてないし、そもそもそこまで行けない。
 俺一人でどうにかするしかないのか?

「ですので、明日から崩れ森で修業を開始します。いいですね?」
「…………え? 教えてくれるんですか?」
「いいえ、教えません。修行をしてもらうだけです」

 それを教えると言うのでは? と思ったが俺は何も言わなかった。
 だってオリヴィアさんが顔を逸らしていたからだ。
 彼女の真っ白な肌がほんの少し、いつもより桜色に染まっていたことに俺は気づいていた。
 俺は思わず笑いそうになる自分を押さえつける。

「ありがとうございます」

 そしてこう思った。
 俺はオリヴィアというキャラを……いや女性を前よりも好きになってしまったなと。
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