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それなんてギャルゲ?

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 それから数週間は傷の治療のために寝たきりの生活が続いた。
 沢山の人が見舞いに来てくれた。
 バイトマスター、常連客、酒場の客、ロゼのご両親、他の村人たち。
 全員が俺を心配してくれた。

「おまえは大したもんだ。まさか魔物を一人で倒しちまうなんてな! ただ無茶をしやがったことは許せねぇ。傷が治ったら、ゲンコツだ!」

 というバイトマスター談。

「リッド、エミリアちゃんを救ってくれてありがとよ! まさかおまえがあんなに強いとはな。かーっ、年甲斐もなく興奮しちまったぜ。本当によくやったな!」
「驚いちまったよ、思わずエールで乾杯しちまったくらいだ! あ? 主役がいないのに乾杯したのかって? うっせ! 俺たちゃエールが飲めりゃいいのよッ!!」
「まっ、無事でよかったぜ。エミリアちゃんがいなくなった! リッドもいない! って、村中大騒ぎだったからな! とにかく全員無事で何より。結局、エミリアちゃんは森に入り込んで、夜になっちまって帰れなくなったんだってな。そこまで追い詰めたのは俺たちだよな……謝んないと」

 という常連客三人。

「リッドくん、あなたは子供なの。一人で崩れ森に入るなんて無茶をしちゃダメじゃない! 無事だったからよかったものの! 大事なロゼちゃんを残して死ぬなんてしちゃダメよ! ロゼちゃんずっと心配してて、ずっと泣いてて、森に自分も行くって大変だったのよ!」
「まあ、僕は死んでくれた方が……んんっ! ごほんっ! いや、無事でよかった。ほんとだよ? ああ、しかし男として素晴らしいことをした。女性を助けるのは当然のことだ。そのまま死ねばよか……じゃなく、よく無事に戻ってきた。ママ、顔が怖いよ……と、とにかく、ロゼのためにも、今後は無茶はしないことだな!」

 というロゼのご両親。
 そしてロゼはというと。
 ずっと沈黙を保っている。
 一週間もの間、朝から晩まで俺の傍を離れない。
 俺の手をずっと握って、トイレに行く時も近くまで一緒に行き、帰りも一緒。
 ご飯の用意もしてくれるし、身の回りの世話もしてくれる。
 だけど俺から離れない。ずっと一緒にいるのだ。
 さすがに泊まるのはご両親に止められているらしく、不承不承と言った感じで帰宅する。
 だが早朝にまたやってきては、俺の世話を焼きつつ常に傍にいるのだ。
 会話はほぼない。
 だって俺が何を言っても。

「……ううっ、ぐすっ……ううっ」

 と泣き始めるのだ。
 唇を尖らせて必死で涙を堪えながらも、我慢できずに泣いてしまうという感じだ。
 最早、情緒が不安定である。
 恐らくというか間違いなく俺のせいなんだろうが。
 ご両親の話を聞くに、心配し過ぎた反動っぽい。
 しばらくはこのままいるしかなさそうだ。
 ふとした時に、俺はロゼの頭を撫でる。
 そうするとロゼの表情が穏やかになり、安心したように目を細める。
 まったく、ここまで懐いてくれたら、頑張った甲斐があったと思ってしまうじゃないか。
 まるで子供、まるでペット、まるで……。

「お邪魔するわね」

 ドンと勢いよく扉を開いたのはエミリアさんだった。
 ビクッと震えるロゼだったが、エミリアさんに振り向き、キッと睨んだ。
 優しく大人しいロゼには珍しい反応だが、この一週間、同じやり取りを繰り返している。
 そう。ロゼも毎日やってくるが、エミリアさんも毎日やってくるのだ。
 ロゼと違い、エミリアさんは仕事をしているので一両日中、ずっといるわけではないのだが。

「はい、お見舞い。おいしいわよ。わたしの手製だから」

 エミリアさんは袋に包んだ菓子をテーブルに置いた。
 毎日、違った種類の土産を持参する。
 ロゼは料理や家事をしてくれるが、エミリアさんは嗜好品を中心に持ってきてくれていた。

「リ、リッドはあたしが、お世話するからいらない!」
「寝たきりで娯楽がないんだから、土産はいるでしょ。可哀想じゃないリッドが。それに、子供のあなたができることも限られるでしょ。持ってくる料理もサンドイッチばかり。それ以外に作れないんでしょ? わたし、家事もできるから代わりにやるわよ」
「い、いらないもん! あ、あたしもやろうと思えば、他の料理作れるもん!」
「そ。まあ、子供と争うつもりはないけど。あーあー、ここ汚れてるじゃない、まったく」

 エミリアさんが、汚れた床をホウキででささっと掃除した。
 ロゼは頑張ってくれているが、まだ子供で気配りはそこまでできないし、技術も拙い。
 一生懸命なのは嬉しいし、俺に不満はないが、エミリアさんからすれば足りないところが多いのだろうか。
 酒場でずっと働いている分、目端が利くし、料理、掃除、洗濯などの家事はすべてできるらしい。
 俺の世界の言葉で言えば、エミリアさんはギャルっぽいのだが、家庭的なギャルなのだろう。
 ふむ、日本では一定の需要があるキャラだ。
 まさか未亡人である二十一歳のエミリアさんが、若い頃はギャルっぽかったとは。
 これは一部のプレイヤーは歓喜するかもしれない。
 ロゼは相当にお冠だが。
 ほっぺたをリスのように膨らませ、ぷるぷると震えている。

「リッド、調子はどう? 怪我は?」
「あ、ああ、はい。かなりいいですね。みんなが助けてくれるので、助かってます」
「そ。何かあったら遠慮なく言いなさい。なんでもしてあげるから」
「な、なんでも……ですか」
「うん。なんでも。リッドはわたしの命の恩人だから。なんでもするのが当たり前じゃない?」

 ぐいっと顔を寄せてくるエミリアさん。
 胸元が開いている服装なので、前かがみになると豊満な部分が強調される。
 ふむ、これはエロい。いや、どエロいな。
 ゲーム中でスチル絵として出てきたら、思わずスクショしてしまいそうなくらいのエロさだ。
 十六歳にしてすでにかなりの色香を漂わせている。
 あと五年後、未亡人になった彼女は、さらに過剰なほどの色気を見せつけるのだ。
 すでにその片鱗はあったというわけか。
 俺は思わずエミリアさんの胸元を凝視していた自分に気づき、慌てて視線を逸らした。

「ふふ、別に見てもいいのに」

 それなんてギャルゲ?
 おかしいな。ここは超高難易度の死にゲーの世界なはず。
 いつの間に恋愛シミュレーションゲームの世界に入っていたんだ?
 そんなことを考えていると、ロゼが俺たちを引きはがそうとした。
 だが小柄で非力なロゼでは俺たちの身体を動かすことができない。

「んんんっ! んーーっ! は、離れてぇーーっ! んんんっ!」

 俺とエミリアさんは顔を見合わせる。
 俺は苦笑を浮かべ、エミリアさんは嘆息すると、お互いに離れた。
 力を込めていたロゼだったが、抵抗がなくなった反動で転びそうになる。
 たたらを踏むも何とかバランスを整え、ふーっと安堵の息を吐くと、ビシッとエミリアさんを指さした。

「リッドに近づかないで! わ、悪い虫!」
「悪い虫?」
「お、お母さんが、大事な人に近づく女はそう呼ぶって言ってたの!」

 お母さん何を娘に教えてるんですか。
 それともお父さんに悪い虫がついた経験がおありで?

「リッドは恩人だから、できるだけ望みに応えたかっただけよ」
「じゃ、じゃあ? リッドちゃんのこと好きなわけじゃないの?」
「嫌いじゃないわね。今は」

 え? 嫌いじゃないのか?
 とりあえず過去の悪行は許してもらったけど、嫌われていると思っていた。
 いや、考えれば嫌いな相手のために毎日お見舞いに来ないか。
 うーん、でも助けてもらった恩義があるから、嫌いでも見舞うということもあり得るよな。
 まあ、嫌いじゃないって言ってくれたのだから、嫌いじゃないか。
 なんて意味のない思考を俺は巡らせ続けた。

「それで? あんたはどうなのよ。ロゼちゃん? リッドのことが好きなの?」
「あ、あたしはリッドのこと……す、すす、す、すす」

 スカートの裾をぎゅっと握り、恥ずかしそうにしているロゼ。
 最後の言葉は出せなかった。

「よ、よよ、用事を思い出したからぁーーーッ!!」

 聞き慣れた言葉を残し、ロゼは走り去ってしまった。

「あはははっ! かーわいい!」

 けらけらと笑うエミリアさんに、俺はジト目を送る。

「あいつ素直で真面目なんで、あんまりいじめないでやってくださいよ」
「ごめんごめん、わかってるんだけどさ、あんまり可愛いからついね」
「まあ……気持ちはわかりますけど」

 過去のリッドも同じ気持ちだったんだろうか。
 あいつはやり過ぎていたが。
 しかし、結局ロゼを困らせるために嘘を吐いたってことか。
 嫌いじゃない、というのは冗談だったのだろう。
 ま、そりゃそうだ。
 俺もエミリアさんに好かれるとは思っていない。
 だけどそれでいい。過去の悪行を許してくれるだけで万々歳だ。
 五年後、エミリアさんが不幸にならないように。
 そのために少しでも俺を信頼してもらい、そしてエミリアさんの動向を見守るのだ。
 きっと悲しい未来は防げる。そう信じて。
 と、それはそれとして。
 さすがにちょっとやりすぎな気はする。
 まだ信頼感はないし、絆も薄い。だが少し釘をさしておくべきだろう。

「あんまり冗談はやめてくださいね。俺は子供ですけど、男って単純なんで本気にしますよ」
「……冗談、ね。そう見えるわよね。都合が良すぎるもの」

 自嘲気味に笑うエミリアさんを、俺は訝しがる。
 エミリアさんは俺に背を向けた。

「わたし、冗談嫌いなのよ。あんたのことは許した。わたしのことも許してくれた。だったらここからでしょ? わたしたちの関係は」
「俺は仲良くしたいと思ってますよ」
「わたしもそう思ってるわよ。年の差とか気にしないし。それに多分もう……」

 エミリアさんは胸に手を当てていた。
 一体、彼女が何を考えているのか俺には判然としなかった。
 けれどエミリアさんは振り返ってこう言ったのだ。

「こう見えてわたし一途だから。覚悟してよねっ!」

 綺麗な笑顔を咲かせ、ニコッと笑ったその顔を、俺は一生忘れないだろう。
 眩しいほどの美しい姿。
 これもきっと、ゲームだったら一枚絵になっていただろう。
 仮にエミリアさんのルートがあったとしたら、エンディングの最後のイラストとして飾られていたはずだ。
 それほどまでにエミリアさんの姿は魅力的だった。
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