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嫌われ者って辛いよね

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 俺は今日も忙しなく、仕事に勤しんでいた。

「リッド! 皿を」
「もう洗ってます!」
「おう。そうか! じゃあ、次は注文を」
「すぐにフロアに行きますね!」
「おう。頼んだぞ!」

 俺はてきぱきと動き回り、バイトマスターの指示がある前に動き出すようにしていた。
 日本人の無駄に気を回す能力を舐めないでいただきたい。
 日本では百点が普通、それ以下は手を抜いていると思われるのだ。
 本当、労働環境が最悪な国だったぜ!
 俺はテーブル席に料理を運んだ。

「おまたせいたしました!」
「リッドか。へっ、てめぇもまあまあ頑張るじゃねぇか。クソが」
「あの悪童が、マジでまともに働くとはねぇ。まっ、この先、辞めるかもしれねぇけども」
「クソガキが笑顔で仕事してんのは、最初は気持ち悪かったんだがな、見慣れてきたぜ」

 褒めてるのか、けなしているのかわからない常連客達。
 当然、俺の感情の波は僅かにも生まれない。
 俺は満面の笑みでがばっと頭を下げた。

「いつもご利用ありがとうございます!」
「けっ、殊勝な態度しやがって。しょうがねぇ、追加の注文してやる! エール三杯!」
「ありがとうございます! エールご注文いただきます!」

 口は悪いが笑顔の常連客三人。
 最初に比べると俺を見る目は圧倒的に優しい。
 仕事を始めて一か月。
 清掃、皿洗い、料理の持ち運び、接客などなど。
 一つ一つは大したことはないが、一日通して仕事をすると中々に重労働だ。
 そのおかげで、体力や筋力はかなり増えたと思う。
 まあ、元の俺の身体が軟弱すぎたのかもしれないが。
 それに剣術の稽古のおかげもあって、身体は引き締まりはじめている。
 まだまだだが、成長を感じていた。
 中々に充実している日々だ。
 それに周りの反応もかなり変わった。

「おーい、リッド! 注文頼む!」
「はい、すぐ参ります!」

 客たちの反応はかなり柔らかくなっている。
 最初は「クソガキ」「クソリッド」「悪童」「おいクソ」とか言われていたが、今はちゃんと名前を呼んでくれているほどだ。
 俺は笑顔で客のところまで行き、注文を承る。
 シース村は結構な田舎に存在するため、酒場に来る連中は大体、村の連中だ。
 顔見知りになるのだから、真っ当な態度をしていれば必然的に仲良くなるものだ。
 俺の場合は、悪評がすごかったが毎日真面目に頑張っていれば大抵の人は認めてくれる。
 致命的な失敗や迷惑をかけていなかったのが不幸中の幸いか。

「注文入りまーす!」
「あいよ。できてるぜ」

 カウンターからバイトマスターに声をかけると、軽快な返答と共にエールが出てくる。
 なんという早業だ。

「さすがバイトマスター、早いっすね!」
「あったりまえよ。俺くらいになりゃ、客が注文する前に何が来るかわかっからな!」
「さすがっす! ありがとうございます! 行ってきます!」
「おう、頼んだぜ、リッド」

 バイトマスターとの笑みを交わし、すぐにフロアに戻った。
 客の反応も変わったが、一番変わったのはバイトマスターとの関係だろう。
 以前は剣呑な態度だったが、今は明らかな信頼を感じるほどになった。
 たった一か月、されど一か月。
 過去の俺の行いを忘れてはいないだろうが、反省したことは伝わったらしい。
 一人を除いては。

「邪魔」

 エミリアさんがすれ違いざまに俺の肩にぶつかってきた。

「うお! とっ! っとっと!」

 俺はバランスを崩しそうになるも、くるっと回って体勢を整える。
 一滴もこぼさずに済むと、周りの客がヒューと口笛を吹いてくれた。

「ちっ」

 と、俺だけに聞こえる程度の音量の舌打ちが耳に届く。
 よほどお冠のようで俺は内心で苦笑した。顔は満面の笑みだ。

「お待たせしましたー! エールでーす!」
「おお、待ってたぜ。ありがとよ、リッド」

 俺と客は笑顔を交わした。
 そんなやり取りに心を癒されつつ、俺の内心は複雑だった。
 エミリアさんの態度が一向に変わらない。
 一か月が経過しても、まったく軟化しないのだ。
 そんなに彼女は俺のことが嫌いなのだろうか。
 いや、嫌いな方が当たり前なのだ。
 女性を見たらすぐにスカートをめくり、追いかけ、身体を触ろうとした。
 男性にはいたずらをし、子供だからと許されると思い込み、落書きしたり、物を盗んだり、罠にはめたり、石投げたりともう散々だった。
 そんなこともあってロゼ含め、村人たちの俺に対しての好感度はマイナスに振り切っていたのだ。
 恐らくだが、天涯孤独な俺の境遇に同情した人が、子供ということもあって、一応は許してくれていたのだろうが、正直、村を追放されてもしょうがないくらいのクズガキだったと思う。
 俺にはその頃の記憶がある。 
 だから余計に感じるのだ。
 村人たちはとても優しいと。

 だがエミリアさんは違う。
 エミリアさんは俺を子供だから、天涯孤独だからと、甘い評価を下さない。
 俺がやったことを正当に評価し、そしてクズ認定し、そしていまだにその評価を覆さない。
 勘違いしないでほしいが、エミリアさんを非難しているわけじゃない。
 むしろそれが普通だ。
 リッドはそれだけのことをしたのだから。
 ということで、俺はエミリアさんになんの悪感情も抱いてはいない。
 ただちょっと気になる状況ではある。

「あー、エミリアちゃんもちょっと素直じゃないよなぁ」
「だな。リッドも頑張ってんだから、認めてやりゃいいのによ」
「可愛いけど、性格悪いからなぁ、エミリアちゃん」

 俺を前に、常連客達のフォローじみた悪口が飛び交った。
 彼らが俺を思って言ってくれていることはわかるが、エミリアさんの評価が下がるのはあまり快くない。
 俺はエミリアさんを貶めたいわけじゃなく、認めてもらいたいだけだ。
 今のところ問題はないが、エミリアさんが村八分になる可能性も否定できない。
 なんとかエミリアさんの態度を軟化させたいのだが。
 エミリアさんの方をちらっと見ると、目が合った。
 ギロッと睨まれると、俺は笑顔を返す。
 嫌悪感を隠しもせず、エミリアさんは顔をそむけた。
 うーん、これはかなり危険だな。
 エミリアさんは、村人たちが俺の評価を上げていることに気づいているし、恐らくは俺への評価を改めるようにやんわりと言われているのだろう。
 それが気に食わないという感じか。
 周りから言われれば言われるほど頑なになる、というのは往々にしてある。
 恐らく、余計にイライラする要因となっているのだろう。

 あまりいい兆候じゃないなこれは。
 エミリアさんと仲良くなるとまでは行かずとも、ある程度認めてもらわないと困る。
 なぜならエミリアさんはロゼに次いで重要な、シース村戦イベントのキーパーソンだからだ。
 彼女は五年後、二十一歳。
 旦那はおらず、シングルマザーとして子供を育てていた。
 だが魔物に子供を人質にとられ、村に魔物たちを引き入れてしまう。
 その出来事が大きなきっかけとなり、村人たちは逃げることができず、村は滅ぼされるのだ。
 ユーザーからはかなり非難されていたが、一部からは絶大な人気を集めていた。
 未亡人で美人で、子供のために悪事を働いてしまうのだが、可哀想なのに、なんかエロいという評価を得てしまうのだ。

 うん、今、考えてもひどい。だがわかってしまう。
 今の若さ溢れ、若さゆえの傲慢さがあるエミリアさんとは違い、五年後の彼女は哀愁漂う未亡人キャラに変貌する。
 まあ、五年前のエミリアさんを俺は知らなかったので、少し驚いたのだか。
 ちなみに『さん付け』しているのは、なんかそういうキャラだからだ。
 自分より年下なのに、なぜか、さん付けしてしまうキャラとかいるよね。
 とにかく、彼女と仲良くなれば状況は変わるかもしれない。
 シース村戦イベントはそれほど長くなく、キャラの掘り下げも最低限しかできていない。
 エミリアさんも登場シーンは多くなく、名前も『未亡人』だ。
 だから詳しい事情や経緯などはわからない。
 だが親しくなればエミリアさんの行動を止められるかもしれないし、そもそも子供が人質になることを防げるかもしれない。
 本編ではエミリアさんはカーマインを信頼しようとする場面があるが、最終的に子供のことを打ち明けられずに、最期を遂げる。
 エミリアさんも子供も殺されてしまうのだ。
 俺はエミリアさんも救いたいと思っている。
 だから、どうにかして彼女に認めてもらう必要があるのだが。
 エミリアさんは料理片手にこっちにやってきた。
 俺はあなたも救ってみせる。
 バッドエンドは絶対に回避してみせるから。
 そんな思いを胸に、俺は笑みを浮かべた。

「はっ? キモ」

 通りすがり、素直な悪態をいただいた。
 俺の笑顔は固まり。

「エミリアちゃん、きついなぁ……気にすんなよ、リッド」

 常連客のフォローが俺を慰めてくれるのだった。
 俺は過去のリッドの所業を恨むしかなかった。
 それからしばらくして、閉店時間になった。
 俺はいつも通り閉店作業をてきぱきと行っていた。
 エミリアさんは俺を見もせずに、帰り支度を始めていた。
 閉店作業は俺一人ですることが多かった。
 だが最近ではバイトマスターが手伝ってくれる日も増えてきた。
 俺を気遣ってくれているのだと思うが、本人は何となく気が向いたからと言っている。
 エミリアさんは俺とバイトマスターが閉店作業をしている姿を見ると、あからさまに不愉快そうな顔を見せる。
 そりゃそうだ。彼女からすれば俺は受け入れがたい存在なのに、バイトマスターは俺を手伝っているのだから。
 常連客の態度が軟化したことも含め、エミリアさんからすれば面白くないだろう。
 うーん、これはあまりいい傾向じゃないな。
 だけど、バイトマスターの厚意を無駄にしたくもないし。
 かといってエミリアさんの俺への評価を上げる方法も思いつかない。
 日々、手を抜かず仕事を頑張ってはいるんだが、エミリアさんにとって俺の仕事に対する姿勢は評価の対象に入っていないらしい。
 バイトマスターが俺の肩をぽんと叩いてくる。
 振り返ると厳つい顔が俺を出迎えてくれた。

「リッド。今日で約束の一か月だな。最初はいつクビにしようか迷ったもんだが、まあよく頑張った。これで借金は全部チャラにしてやる」
「はい! ありがとうございます、バイトマスター」

 よかった。一先ず食い逃げ分のお金は返せたらしい。
 これで少しは自分の罪を償うことができただろうか。

「で、だ。おまえさえ良けりゃ、このままここで働いてくれ」
「い、いいんですか?」
「ああ、もちろんだ。十歳にしちゃ真面目だし、仕事もできる。客の評判もいいしな。まあ、気になる部分はあるが……」

 バイトマスターがエミリアさんを一瞥した。
 ああ、そういうことか。

「だが人手が足りねぇからな。おまえみたいなきっちり仕事をする奴も少ねぇ。解雇する理由が思い当たらねぇんだよ。だから、どうだ? 引き続き働くか? もちろん、給料は出すぜ。これからはまかないもタダで出してやる」

 最近はまかないを作ってくれる日もあった。
 それを正式に毎日出してくれるということらしい。
 これはありがたい。
 貧乏で、一人暮らしの上、子供の俺にとっては至れり尽くせりだ。

「あ、ありがとうございます! 助かります!」
「いいってことよ。てめぇが頑張った結果だからな。信頼を裏切んなよ」
「絶対に裏切りません!」

 俺は何度も頷いた。
 人に認められるのは本当に嬉しい。
 この信頼を裏切らず、日々努力し、邁進してかなくては。

「……あたし帰るんで」
「あ、ああ、お疲れさん」

 エミリアさんは不機嫌な声音で言い放つと、さっさと店を出て行ってしまった。
 かなり嫌われているな。
 過去の俺の所業が許せないのだろう。
 猪鹿亭で働く理由は、バイトマスターに許してもらいたい、お客さんに認めてもらいたい、情報を集めたいという以外にも、エミリアさんと仲良くなりたいという理由があった。
 だが今のままではそれは難しそうだ。
 よほど俺のことが腹に据えかねているのだろう。
 結局、俺には愚直に毎日を一所懸命生きるしかない。
 他に方法なんて思い浮かばなかった。
 だって、エミリアさんの情報はゲームにはほとんどなかったからだ。
 公式設定で何かあればよかったのだが、未亡人とシングルマザーと魔物に利用されることくらいしかわからない。

「気にすんな。いつかわかってくれる」
「……はい」

 今はバイトマスターの言葉通りにするしかなさそうだ。
 仕事を頑張り続ければいつかわかってくれる。
 そう信じよう。
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