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第三十二話 愚かな行為

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「――イヤだね」

 俺の拒絶を受け、アイリスの美しい顔が歪む。

「そ、そんな――」

 轟音、溢れる砂礫と砂煙。
 衝撃が上下に迫る。

「あ、あ、あ……」
「お、終わり、だぁ」
「あ、は、はは、死、死ぬぅ」

 弟子たちが希望を手放し、理性を崩壊させた。
 アイリスが縋るような表情を見せた。
 涙を流し、小ぶりな唇が震える。
「ギィィッイァァアァッ!!」
「キイィィィィィイイィィ!」
 男女のメタルドライアドが俺たちを襲う。
 その絶望から俺たちは逃れられず飲み込まれた。
 衝撃。
 金属音。
 鼓膜を破裂させんばかりの轟音。
 それが一瞬で訪れた。
 視界がメタルドライアドの根で覆われる。
 キキィという不快な音が辺りに響いた。
 それは死の訪れ……ではなかった。

「い、生きてる?」

 弟子の一人が呟く。
 目を閉じ、あるいは身体を硬直させた連中はゆっくりと辺りを見回した。

「銀の……糸?」

 俺たちの周りを取り囲む銀の糸。
 それは俺の小手から生み出した【銀の繭(まゆ】に他ならない。
 巨大なメタルドライアドに対し、あまりに頼りない遮蔽物。
 だがそれこそが唯一メタルに対抗できる金属魔術の結晶だった。
 合計十二人を囲う繭は薄い厚みにより形成されている。
 ちょっとした衝撃にさえ耐えきれない強度しかない。
 だがメタル相手であれば、紙の装甲がアダマンタイト以上の装甲へと変わる。
 銀の繭に触れているメタルの根はグニャリと曲がり、亀裂が走ると、砕け散った。
 すべての繭に魔力を流すことでそれが可能になっている。

「こ、これが金属魔術」

 アイリスが驚嘆しながら言葉をこぼした。
「全員密着しろ! 互いを支えろ!」
 俺の叫びを受け、全員が慌てて近づいてくる。
 頼りない銀の繭を挟み、すぐそこにメタルドライアドが二体もいる。
 その切迫した状況がそうさせたのだろう。
 全員がフライで飛びつつ、寄り添うように互いの身体を掴んだ。

「そのまま上に!」
「う、上に? で、ですがメタルドライアドが」
「無視しろ! 真っすぐ飛べばいい!」

 俺はアイリスに怒鳴るように言った。
 上下にそれぞれ巨大なメタルドライアドがいる状態。
 頭上へ飛び上がるのは無謀以外の何物でない。
 そう思っても不思議はないが、それ以外に道はない。
 アイリスは逡巡したが、即座に決断した。

「みなさん、グロウ様の言う通りに! 全員で上へ!」

 戸惑いはあったが、師であるアイリスの言葉を受け、弟子たちは勢い良くうなずいた。
 状況を考えれば迅速な判断だ。
 だが俺の内心には苛立ちと焦燥で満たされる。
 銀の繭を作るには広範囲且つ大量の変形(メタモルフォーゼ)に加え、繊細な魔力伝導技術が必要だった。
 それを維持し続けることは容易ではない。
 その上、先のクズールとの戦闘で体力や精神力、魔力を削っている。
 長時間は耐えきれない。
 さっさと上がってくれ……!
 俺の願いに呼応するように、俺たちの身体は頭上へ引き上げられていく。
 同時に、銀の繭に触れたメタルドライアドの身体が、高温の鉄球を押し付けられたバターのように綺麗に溶解していく。
 金属魔術に触れた場合、即座に魔術は発現するため、衝撃や抵抗はない。
 金属製の武器で攻撃されても、まったく衝撃を受けないのと同じように。

「……だ、大丈夫なのか?」

 弟子たちは不安そうにしていた。
 男メタルドライアドは異変に気付いたのか、徐々に後退していく。
 眼下の女メタルドライアドも同様に、俺達から僅かに距離をとった。
 知能が高いのか?
 メタルではないドライアドもかなりの知能を持っていると聞く。
 メタルであろうとそれは例外ではないのだろうか。
 ドライアドが何かの要因でメタルになったのか。
 あるいはメタルドライアドという魔物が、ドライアドとは別に存在するのか。
 まだ真実は解明できていない。
 余計なことを考えながらも、魔力伝導は継続している。
 思ったよりも魔力消費が激しい。
 このまま地上に出れるか怪しいところだ。

「い、いける! このまま行けば助かるぞ!」
「し、死なないで済むのね! あ、ああ、よかった」

 馬鹿か、こいつらは。
 まだ助かってもないのになぜ安堵するのか。
 しかも俺の力に頼っている癖に。
 ああ、そうだ。
 馬鹿な人間とはこういうものだった。
 俺は大きく息を吐き、感情を平坦にする。
 落ち着け。集中を欠くな。
 感情の乱れは魔力操作の弊害にしかならない。
 俺は黙して集中を高める。

「油断は禁物です。集中しなさい」

 アイリスの言葉は平坦で淡々としていた。
 だがそのあまりに端的な言葉に、弟子たちは委縮する。
 呆れる。
 この状況でこんなやり取りができるこいつらに、呆れて物が言えない。
 死ぬかもしれない状況での短絡的な行動に。
 若さゆえか、無知ゆえか、あるいは愚かさゆえか。
 そのすべてなのだろうと結論付けて、俺は雑念を消した。
 メタルドライアドたちが俺たちを睥睨し、緊張状態は続いた。
 そんな中、男メタルドライアドがいきなり岩壁に向き直った。
 何をする気なのか。
 そう思った瞬間、俺は咄嗟に叫ぶ。

「アースウォールだ!」

 あまりに突飛な言葉だった。
 弟子たちは何事かと俺を見るだけで、理解しない。
 くそっ! 無能な奴らだ!
 二の句を継げようと思った時、男メタルドライアドが巨大な根を壁に振り下ろす。
 岩壁は砕け散り、同時に無数の岩の礫(つぶて)が俺達へと向かってくる。
 逃げ場はない。
 誰もが反応できず、俺の指示も理解できない。
 岩の礫は眼前へと迫る。
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