19 / 44
第十九話 人間のクズ
しおりを挟む俺とカタリナは洞窟から村へ戻ってきた。
村の北側から入ると、南の入り口に人だかりが見えた。
荷馬車に乗っている男が、作り笑顔を村人たちに振りまいている。
絹織物の衣服に、無駄に豪華な装飾品を身に着けている。
顔色もよく、でっぷりとしていた。
こんな辺鄙な村で交易をしなければならないほど、商売に困っているようには見えない。
どうやらあれが件の商人らしい。
老人たちは魔晶果の入ったカゴをいくつも抱えていた。
俺はあたりを見回した。
そこかしこに潜んでいる小さな違和感。
それは村の外にいくつも存在していた。
「……そろそろだとは思ってが、やっぱりな」
「あの、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
俺とカタリナは群衆に紛れこんだ。
「わざわざこんなところまで来ていただいて、助かりますじゃ」
好々爺は笑顔で感謝を述べ、二十ほどの魔晶果を商人に渡した。
「いえいえ、これも商売ですから」
商人から手渡されたのは同数の銅貨。
魔晶果一つで銅貨一枚。
これがどれほどのぼったくりなのか、この村の誰もが知らない。
その証拠に、皆笑顔で嬉しそうに魔晶果を商人に渡していた。
「しかし本当によろしいのですかな? 儂らは助かりますが、大変でしょう?」
「確かに道中は険しく、時間もかかります。ですが商売人として、困っている方を放ってはおけません。
こういった村々でこそ商売人としての責務を果たすべきだと、わたくしは思っているのです」
「おお、おお! なんと優しきお人じゃ。儂らは幸せもんじゃのぉ」
「へぇへぇ。グロウ様といい、人に恵まれておる。ありがたいのぉ」
商人は張り付いた笑顔のまま、ピクリと眉を動かした。
「おや、グロウ様とはどなたのことですかな?」
「俺のことだ」
俺は老人たちをやんわりと押しのけて、商人の前まで歩み進んだ。
商人は俺を見るや否や、僅かに怪訝そうな顔をしたが、すぐに不気味な笑みに戻った。
「このような場所に旅人とは珍しいですね、どちらから?」
「答える必要が?」
「……いいえ。ですが少々気になりまして。この村は老人ばかりですので。何かよからぬことを企む人間が訪れないかと心配に――」
「あんたみたいな、か?」
俺の言葉をきっかけに一瞬にして空気が張り詰めた。
雰囲気を感じ取ったのか、カタリナや村人たちは戸惑っていた。
「それはどういう意味ですか?」
「俺は魔術師だ」
再び、商人の眉がピクリと動いた。
魔晶果の価値を知っているのであれば、なぜ価値があるのかも当然知っているはずだ。
魔力を回復できる唯一の果実。
購買層は魔術師だということを。
つーっと一筋の汗が商人の額に流れた。
「魔晶果は魔術国家であるレーベルンではそれなりに流通しているが、需要が高く希少でもある。
王都では一つで金貨一枚はくだらないはずだ」
背後がざわつき始めた。
村人たちが口々に一体どういうことかと話している。
「……そ、それは販売価格であり、卸売価格とはまた別で」
「手数料、運搬料、課税率、すべて加味しても金貨一枚が銅貨一枚になるとは到底思えないが?」
通常、生産者受取価格は二割から三割程度だろう。
もちろん商品の需要や商品の扱いやすさ、種類によって価格は変動する可能性もある。
だがそれでも一割切ることなんてまずない。
よほどの薄利多売でもありえない価格だ。
最低でも銀貨一枚にはなるはず。
特に、王都で需要が高い魔晶果ならば、下手をすれば四割、五割で買い上げても不思議はない。
それに果実ではあるが、腐りにくく加工しやすいという側面もある。
つまり銅貨一枚という価格はどうあがいても、ぼったくり以外の何物でもないということだ。
俺の指摘を受けて、商人の笑顔に亀裂が走る。
無知な村人を騙して金を巻き上げていたのだろうが、まさか魔術師が来るとは思わなかったのだろう。
「あ、あの今の話は本当なんですか?」
「か、勘違いでしょう? そうですよね?」
カタリナや老人たちが不安そうに商人を見ていた。
数年もの間、善人だと思っていた商人は詐欺師だったのだ。
その事実をすぐに受け入れられるわけもなく、村人たちは縋るように商人を見ていた。
商人の動揺の色が濃くなる。
そして次の瞬間、商人の顔に笑顔は消えた。
「ふふふ、いやあ、まさか魔術師がこんなところに来るとは思わなかったよ。
ジジババ共とバカな娘だけだったら、気づかれることもなかったろうね」
にやぁと歪んだ笑みを浮かべる商人。
俺に驚きはなかった。
しかしカタリナや村人たちは想像もしてなかったに違いない。
背後から感じる明らかな動揺。
彼らの中で裏切られたという負の感情が生まれていた。
「最初はね、魔晶樹を奪おうかと思ったんだ。
ただ、他にも目をつけていた馬鹿どもがいてね。そいつらは殺したからいいとして。
問題は魔物が多く生息していることだったんだ。
村人は安全な道を知っている。けれどそれは確実ではないし、そもそも護衛を頼むのも、採取に人を雇うのも金や労力や時間がかかる。
そこで俺様は考えた。村人に全部やらせてタダ同然で巻き上げればいいってね!」
高説を垂れる商人を、カタリナや村人たちは呆然と見ていた。
彼らが現実を受け入れられていないことは明白だった。
数年の付き合いがあり、それなりに交流もあっただろう。
善人だとも思っていた。
その相手の豹変っぷりに、俺以外の誰もついていけていない。
「加齢臭たっぷりな村人たちは無知で馬鹿で魔晶果の価値もわからない。
だからタダ同然で買っても気づかない。むしろちょっと優しくすれば感謝する馬鹿さ加減さ。
搾取されていることにも気づかず、ありがとうありがとうって言う姿は滑稽だったよ。
ふははははははは!!」
そうだ。
これが人間だ。
クソのような、腐った人間の姿だ。
見ろ、このクズを。
自分の利益しか考えない豚を。
他者への情なんて微塵もない下種を。
あんたら善人はいつの世も常に奪われる側だ。
俺は肩越しに振り返る。
村人たちは全員青い顔をして、絶望していた。
ああ、その顔だ。
それが見たかった。
見たかった……はずだった。
期待していたはずだったんだ。
それみたことかと、爽快な気分になるかとそう思っていた。
でも。
現実は最低最悪な気分だった。
「ふぅ、笑った笑った。で、だ。ここまで話したのには理由があるんだ。
うん、親切じゃない。わかるかな? わからないかな?
頭が足りないおまえたちにはわからないよなあ?」
商人が指をパチンと鳴らすと、村周辺の森の中から次々に男たちが現れた。
手には武器を持っており、不穏な空気をまとっている。
十人か。
老人二十人程度と小娘一人相手と考えれば妥当な数字だろう。
護衛にしては多いし、森に隠れておく必要もない。
つまりは、だ。
「この地の魔晶樹を植林して、数を増やす資金は調達できたし丁度良かったよ。
君たちはもう用済みってわけだ」
じりじりと男たちが歩み寄ってくる中、村人の誰かが言った。
「そ、そんな、わ、儂らは、だ、騙されていた、のか?」
「そうだよおおおおおおお!? まぁだわかってないんだぁ!?
だから馬鹿で無知でクズでノロマでその年まで働き続けても貧しい負け犬なんだよおおおおお!?
死ぬ前に気づけてよかったねえ? もうすぐ死ぬけどさあああ!!??!? ひゃーーはっははっ!!」
下卑た笑い声を上げる商人。
迫り来る賊たち。
俺はただただその様子を見ていた。
村人たちはうなだれ、目の前の絶望にあらがう気力さえない。
俺はその姿を一瞥し、そして小さく舌打ちした。
肥えた豚商人の言うとおり。
こいつらは負け犬だ。
騙され、金を巻き上げられ、殺されそうになっていても逃げることさえしない。
愚かで無知な奴らなのだ。
「で、君は? こいつらに手を貸すなら容赦しないけども?」
ギロリと俺を睨む商人は、明らかに先ほどまでとは別人だった。
俺は半眼で、何を思うこともなく口を開いた。
「別に。好きにすりゃいい」
そう言って、道を開けた。
「賢明だ。口止め料くらいはあげるよ」
魔術師は基本的に協会に所属する。
魔術師が殺されれば、その捜査は一般人以上に緻密に行われるし、魔術師協会を敵に回せば、どのような人間も淘汰される。
それを知っての行動だろう。
まあ、俺はもう追放されているんだが。
どうやら俺のことをこいつは知らないらしい。
俺はまだ指名手配されていないのか、手配書をこいつが見ていないのかは判断できないが。
村人と対峙し、商人と賊が佇んでいた。
まもなく、虐殺が行われるだろう。
だが、俺には関係のないことだ。
立ち向かうこともせず、迎合し、這いつくばるような負け犬を助ける義理など、俺にはない。
だが、賊たちが襲おうとした時。
カタリナが賊と商人たちの前に立ちはだかった。
0
お気に入りに追加
1,565
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。
幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』
電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。
龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。
そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。
盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。
当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。
今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。
ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。
ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ
「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」
全員の目と口が弧を描いたのが見えた。
一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。
作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌()
15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
ブラック宮廷から解放されたので、のんびりスローライフを始めます! ~最強ゴーレム使いの気ままな森暮らし~
ヒツキノドカ
ファンタジー
「クレイ・ウェスタ―! 貴様を宮廷から追放する!」
ブラック宮廷に勤めるゴーレム使いのクレイ・ウェスターはある日突然クビを宣告される。
理由は『不当に高い素材を買いあさったこと』とされたが……それはクレイに嫉妬する、宮廷魔術師団長の策略だった。
追放されたクレイは、自由なスローライフを求めて辺境の森へと向かう。
そこで主人公は得意のゴーレム魔術を生かしてあっという間に快適な生活を手に入れる。
一方宮廷では、クレイがいなくなったことで様々なトラブルが発生。
宮廷魔術師団長は知らなかった。
クレイがどれほど宮廷にとって重要な人物だったのか。
そして、自分では穴埋めできないほどにクレイと実力が離れていたことも。
「こんなはずでは……」と嘆きながら宮廷魔術師団長はクレイの元に向かい、戻ってくるように懇願するが、すでに理想の生活を手に入れたクレイにあっさり断られてしまう。
これはブラック宮廷から解放された天才ゴーレム使いの青年が、念願の自由なスローライフを満喫する話。
ーーーーーー
ーーー
※4/29HOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
※推敲はしていますが、誤字脱字があるかもしれません。
見つけた際はご報告いただけますと幸いです……
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
拾った子犬がケルベロスでした~実は古代魔法の使い手だった少年、本気出すとコワい(?)愛犬と楽しく暮らします~
荒井竜馬
ファンタジー
旧題: ケルベロスを拾った少年、パーティ追放されたけど実は絶滅した古代魔法の使い手だったので、愛犬と共に成り上がります。
=========================
<<<<第4回次世代ファンタジーカップ参加中>>>>
参加時325位 → 現在5位!
応援よろしくお願いします!(´▽`)
=========================
S級パーティに所属していたソータは、ある日依頼最中に仲間に崖から突き落とされる。
ソータは基礎的な魔法しか使えないことを理由に、仲間に裏切られたのだった。
崖から落とされたソータが死を覚悟したとき、ソータは地獄を追放されたというケルベロスに偶然命を助けられる。
そして、どう見ても可愛らしい子犬しか見えない自称ケルベロスは、ソータの従魔になりたいと言い出すだけでなく、ソータが使っている魔法が古代魔であることに気づく。
今まで自分が規格外の古代魔法でパーティを守っていたことを知ったソータは、古代魔法を扱って冒険者として成長していく。
そして、ソータを崖から突き落とした本当の理由も徐々に判明していくのだった。
それと同時に、ソータを追放したパーティは、本当の力が明るみになっていってしまう。
ソータの支援魔法に頼り切っていたパーティは、C級ダンジョンにも苦戦するのだった……。
他サイトでも掲載しています。
種から始める生産チート~なんでも実る世界樹を手に入れたけど、ホントに何でも実ったんですが!?(旧題:世界樹の王)
十一屋 翠
ファンタジー
とある冒険で大怪我を負った冒険者セイルは、パーティ引退を強制されてしまう。
そんな彼に残されたのは、ダンジョンで見つけたたった一つの木の実だけ。
だがこれこそが、ありとあらゆるものを生み出す世界樹の種だったのだ。
世界樹から現れた幼き聖霊はセイルを自らの主と認めると、この世のあらゆるものを実らせ、彼に様々な恩恵を与えるのだった。
お腹が空けばお肉を実らせ、生活の為にと家具を生み、更に敵が襲ってきたら大量の仲間まで!?
これは世界樹に愛された男が、文字通り全てを手に入れる幸せな物語。
この作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる