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第十八話 魔晶樹

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 翌日。
 カタリナの案内のもと、村を出た。
 道らしき道はほとんどない。
 閉塞的な場所にある村は、最初に訪れた時は多少不気味とも思えたが、今ではなぜか妙に心地のよさを感じた。
 カタリナの後に続き、森の中を進む。
 森、丘、山、平原、様々な自然的な場所では魔物が多く生息する。
 魔素が濃い奥地では、より強力な魔物が多く存在し、よほどのことがない限り人は足を踏み入れることはない。
 この森の魔素はそれほど濃いようには見えないが、それでも魔物が存在することは先日経験済みだ。
 ちゃんとした道順で行けば安全だと言っていたが、本当なのか。
 魔物の生態を理解し、魔物がいない場所を通るということなのか。
 昔から魔晶果を採取しているような口ぶりだったから、先祖代々言い伝えられているのだろうか。
 ならば余計によそ者の俺に教えるべきではないと思うが。
 俺はカタリナの横顔を一瞥した。
 こいつ、本当に心の底から俺を信じているんだろうか。

 歩き始めて約一時間。
 木々を縫い、時には川を越え、茂みを通ってやがて洞窟へとたどり着いた。

「ここですよ!」
「本当に、魔物に遭遇せずに来れるとはな」
「えへへ、言ったとおりでしょ!」

 自慢げに豊満な胸を張るカタリナにジト目を送ると、恥ずかしそうにしながら視線をそらした。
 外観はどこにでもある洞窟だ。
 有能な魔術師ならば、それなりに離れた場所の魔力を感じ取ることができる。
 特に金属魔術師は魔力そのものを扱う魔術師なため、魔力の感知は重要な技術の一つだ。
 洞窟入り口からはほのかに魔力を感じた。
 それは生物のものか、魔晶果のものかは判然としない。

「ではついてきてくださいね!」

 カタリナは入り口に置かれていた松明を手にすると、火打石で火をつけた。
 松明片手に、意気揚々と洞窟に足を踏み入れるカタリナ。
 警戒している様子はないところを見ると、内部に魔物はいないということなのか。
 洞窟内は妙に温度が低かった。
 ごつごつとした岩々が辺りを占める中、カタリナは迷いなく進む。
 しばらく歩くと、情景に変化が訪れる。
 徐々に壁が水晶に変わっていったのだ。
 美しくも幻想的な光景に目を奪われながら俺は歩を進めた。
 洞窟の奥に到着。

 俺は息を飲んだ。
 開けた場所で、遥か上から降り注ぐ光。
 見上げると空が見えた。
 透き通った湖、その中央に屹立している宝石のような植物。
 湖岸から、木々のある湖の中央部へは細い陸地が伸びていた。
 キラキラと輝く木々へと、俺たちは近づいていく。
 間近で見るそれは間違いなく『魔晶樹に実る魔晶果』だった。
 木の数は二十を超える。
 魔晶果の数は一本につき三十程度だろうか。
 これほどの数があれば、一生遊んで暮らせるほどの収入が得られるだろう。
 辺りに充満する魔素は異常に濃く、それは日常的に感じられるものの十倍を超えていた。
 これだけの魔素があるのであれば、魔晶果が生えるのも納得できる。
 だが、なぜこれほどの魔素が存在しているのか、その原因はわからなかった。

「ね! 本当だったでしょう?」
「ああ。カタリナは嘘を言っていなかった」
「ふっふっふっ! あたしは、生まれて一度も嘘を吐いたことがないんです! それだけが自慢なので!」
「そりゃあ、いい人生を歩めてるんだろうな」

 辺りを見回しても、誰かに荒らされている形跡はない。
 村人も頻繁に訪れているわけではないのだろうか。
 入り口にあった松明以外は、人の手が入っているところは見当たらなかった。

「魔晶樹は昔からあったのか?」
「いえ、結構最近ですね。五、六年前くらいでしょうか。
 以前は湖と祠だけだったんですが、いつの間にか魔晶樹が生えてきまして」

 言われて初めて、小さな祠が魔晶樹の影にあることに気づいた。
 村で取れたのだろう、新鮮な作物が備えられている。

「五穀豊穣の神様を祭っている祠です。昔からあるようで」

 五穀豊穣の神がいる割には、豊かな村ではないようだったが。
 畑も痩せてはいないが、作物が豊かに実っているというようには見えなかった。
 まあ、小村の祀る神なんてそんなものか。

「ここには頻繁に来てるのか?」
「いえ。普段はあまり来ないですね。大体、ひと月に一回くらいでしょうか。
 その都度、何本かの木から果実を取って帰るんです。大体三か月に一回実るので」
「村の外の人間がここに来たりは?」
「ないと思います。この場所は村の人以外は来れないんですよね。
 道を間違うと危険な魔物にやられちゃうんで。
 あたしたちは昔からお参りしていたので、安全な道を知ってるんですけど。
 あ! そういえば洞窟じゃないですが、以前は村に商人みたいな人が何人か来てました!
 魔晶樹の所有権を譲ってほしいとかなんとか言ってきたんですけど、ずっと断ってたらいつの間にか来なくなりましたね。
 今は、たまに来る商人さん以外とは取引してないです」
「なるほどな……今日、来る商人がそいつか」
「ええ! いい人ですよ!」

 いい人、ね。
 情報は大体揃った。
 やはり俺の推測通りのようだ。
 後は件の商人を調べれば、すべては解決するだろう。
 俺は踵を返し、出口へと向かう。

「あ、あのもういいんですか!?」
「ああ、もう十分だ。帰るぞ」

 なぜか少し残念そうにしているカタリナを無視して、俺は歩みを進める。
 カタリナや村人は恐らく善人なんだろう。
 だが人間の大半はクズで、自分のことしか考えない奴らだ。
 そんな人間を前にして善人でいられるのか。
 善人である彼らは、クズを前にどんな行動をとるのか。
 許すのか、あるいは建前だけ取り繕い、自分の利益を得ようとするのか。
 それとも断罪を望むのか。
 いい人間ってのは悪い人間に搾取されるだけの存在だ。
 お前たちはまだ気づいていないだけ。
 それを今から見せてやる。
 人間の薄汚さを。
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