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第十話 未必の故意

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「――断る」

 言われることは何となく想像できたから答えは用意していた。
 驚きもなかった。
 だが俺以外の連中には想定していた未来ではなかったようだった。
 その証拠に、誰もが目を見開き、驚愕を見せつけていた。
 間接的に命令した王も、直接指示を出した宰相も何が起こったのか理解するまで数秒を要した。
 そして。
 王と宰相は同時に憤り、顔をゆがめた。

「「貴様ああああああああああああああああっっっ!!!!」」

 あまりの滑稽さに俺は思わず笑みを浮かべた。
 傍から見れば歪んだ笑顔だったろう。
 正直、少しだけ胸がすく思いだった。
 一方的で不条理な命令を突っぱねることの、なんと気持ちいいことか。

「これは王の、国の命であるぞ! 貴様に拒否権などあるものか!」
「誰の命令だろうが知ったことじゃないね。俺は俺のやりたいようにする。そう決めた」

 俺は即座に立ち上がる。すると両隣の兵士が俺の首元に剣を突き付けた。
 それでも俺は微塵も動揺しなかった。

「斬首刑に処されてもよいのだな!?」
「できるならな」

 恐らくはその言葉は侮りと捕えたのだろう。王が青筋を立て、唾を飛ばしながら叫んだ。

「かまわん! 殺せ!」

 兵士の剣が俺の喉に突き立てられ――なかった。
 剣は俺の首に触れると同時にぐにゃりと曲がったのだ。
 俺の首には傷一つついていない。
 こいつらは全員馬鹿なのだろうか。
 金属魔術は金属を扱う魔術だと理解できないのだろうか。
 兵士が驚きのあまりたじろぐ姿を見て、俺は蔑視を向ける。
 おまえたちがバカにしてる金属魔術師は、本気になればこの場の全員を殺せるくらいの力を持っている。

 魔術は呪文が必要で発動は遅く、そして兵士は武器を持たねばただの人。
 金属を使わない武器を用いてきても、銀武器の方が強度も威力も圧倒的に上。
 仮に生身で挑んでくるのであれば、金属魔術で対抗できる。
 素手の人間が魔術に勝てるわけがない。
 銀の小手を奪わなかった時点で、その程度の想定もできていないことはわかっていた。
 それになぜか妙に『魔力の乗りがいい』。
 いつも以上に、魔力の流れは滑らかだし、体の底から魔力が次々と溢れてきていた。
 最高の状態だ。
 俺は王たちに背を向けるとそのまま扉へと向かった。

「と、捕えよ! 殺しても構わん!」

 王が激高して叫んだ。
 当初の目的はすでに忘れてしまったらしい。
 ここまでバカにされたら王としては殺すしかないのだろうが。
 くだらない。ああ、もうどうでもいい。何もかも。
 もう俺は誰にも縛られない。
 俺は誰の命令も受けない。
 自由に生きると決めた。
 だから、兵だろうが王であろうが国であろうが、俺の行く手を遮るなら容赦はしない。
 殺されようが関係ない。
 死ぬことよりも俺の尊厳を踏みにじられることの方が許せない。
 これ以上、俺を、俺の金属魔術を虐げられてたまるものか。
 数十人の兵士が俺の前に立ち塞がる。

「うおらあああ!」
「行かせんぞ!」

 兵士たちの気勢と共に俺へと振り下ろされた剣はねじ曲がり、折れ、あるいは砂粒になる。
 動揺した兵士たちが狼狽え、あるいは後ずさりした。
 金属魔術を実際に見たことがある人間は非常に少ないだろう。
 なぜなら金属魔術師自体が希少だからだ。
 その上、自分の武器が破壊されたのを目の前にして、動揺しない人間はいない。
 鍛えられた兵士たちでさえも例外ではなかったようだった。

「や、役立たずめが! おい、五賢者! どうにかせい!」

 王の情けない命を受けた五賢者。
 アイリスは戸惑い動けず、リッケルトはつまらなそうに嘆息し、フゥリンは楽しそうに笑い、ガングレイブは不快そうに腕を組んでいるだけだった。
 その中でクズールだけが歩を進める。

「やはり金属魔術師はクズだったな! 貴様は追放して正解だった!」
「クズはおまえだろ、名前的にも性格的にも」

 俺の軽口を受け止めきれなかったのか、クズールは青筋を立てて俺を睨み、ぼそぼそと呪文を唱え始めた。
 あー、なんて無駄なんだ。
 呪文は高貴、魔術において詠唱は貴きもの。
 そんな考えが浸透している事実に辟易としていた。
 俺は手を伸ばして、銀の小手を槍へと変形(メタモルフォーゼ)させ、クズールの眼前へと伸ばした。

「うぐっ!?」

 クズールは目の前の凶器に恐怖する。
 俺が少しだけ魔力を込めれば奴の脳漿は辺りに飛び散る。
 殺すだけの理由が俺にはある。
 助ける理由は一つもない。
 だったらもういいだろう。
 俺は何のためらいなく魔力を込めた。
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