玉座の檻

萌於カク

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リチャード王太子危篤

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 アミーユはダンが出て行ってからも『赤の間』で待っていた。
 出ていけ、と言ったのは自分だ。言葉の綾ではない。ダンの顔を見ていたくはなかった。ダンに踊らされた自分が無様でしようがなかった。
 
 それでもダンに必要とされるのならば自分を差し出す。アミーユにとってダンはすべてだ。
 ダンが引き返してくれば応じる。
 そのつもりで待っていた。
 待っているうちに、顔も見たくないはずのダンが恋しくてたまらなくなっていた。
 しかし、ダンは三日月の夜まで待っても現れなかった。

 ダンは俺を捨てたのか……………?

 アミーユはヒート休暇を終えて官舎に戻った。
 戻ればアミーユは、討伐軍の総司令官だ。

 討伐軍出発の前日、アミーユが軍務府に向かうと、どことなく空気が揺らいでいた。
 昼過ぎ、軍務長官から一報が入った。

「―――リチャード王太子殿下、ご危篤。討伐軍の出立を見送ることとせよ」

 夕方には、危篤は逝去となった。
 しかし、まもなく撤回される。

「―――リチャード王太子殿下、ご快復。討伐軍は予定通り出立する」

 リチャード王太子はもともとは血気溢れた逞しい人物だ。幼年学校の式典でも姿を見せていたが、体格の良い立派なお姿だったと記憶する。
 前回のサースデン伯の反乱時の討伐軍を率い、不運にも討伐先で風土病にかかった。長らく臥しているのは、風土病の後遺症のせいだと言われている。

 情報の錯綜具合から、王宮の奥では混乱が起きていることが推測された。
 パメラ王太子妃はさぞかし気苦労されていることだろう。
 俺を見守ってくれる人。
 式典などでときおり会えば、必ずアミーユに声をかけてきた。冷たい声音で叱責するだけだが、最後に優しい一瞥を与えてきた。常に毅然としているが、そこに本当の姿を見る。

 翌、出立式。
 老国王は威厳に満ちた姿で、アミーユを討伐軍の総司令官に任命した。

 アミーユは、王族の席に、パメラの姿を見つけた。
 リチャード王太子は無事、危篤を脱したのだ。

 その出立式が間もなく終わるというとき、ふらりと傾いたパメラの体を支えたのは、数メートルも離れた場所にいたアミーユだった。
 パメラをひそかに思慕しているアミーユならでは為せたことだ。

 パメラはアミーユを見ると、「おお、レルシュ伯!」と唇を動かした。
 気丈にも自分で体を支えようとする。
 それが無理だとわかると、大人しくアミーユに体を預けた。

 いつも毅然としたパメラが、アミーユの腕の中で弱弱しい。よほどリチャード王太子のことがこたえているのだ。しかし、その口調はしっかりしている。

「レルシュ伯、いえ、レルシュ少将、武運を」
「はっ! リチャード王太子殿下の枕元に、必ずや敵の首をお届けします」

 パメラはアミーユの目を見上げた。その目にうっすらと涙がにじんでくる。

「われは王太子を決して死なせはせぬ、決して」

 パメラはアミーユに笑んで見せた。

「われは愛するもののために、どんなことでもできるのだ」

 鮮やかな微笑だった。
 最後に「われは伯を頼んでおる」と、アミーユの胸で安息するように、目を閉じた。
 親衛隊に抱かれて奥に去るパメラを、アミーユはつかのま見送った。
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