26 / 79
リチャード王太子危篤
しおりを挟む
アミーユはダンが出て行ってからも『赤の間』で待っていた。
出ていけ、と言ったのは自分だ。言葉の綾ではない。ダンの顔を見ていたくはなかった。ダンに踊らされた自分が無様でしようがなかった。
それでもダンに必要とされるのならば自分を差し出す。アミーユにとってダンはすべてだ。
ダンが引き返してくれば応じる。
そのつもりで待っていた。
待っているうちに、顔も見たくないはずのダンが恋しくてたまらなくなっていた。
しかし、ダンは三日月の夜まで待っても現れなかった。
ダンは俺を捨てたのか……………?
アミーユはヒート休暇を終えて官舎に戻った。
戻ればアミーユは、討伐軍の総司令官だ。
討伐軍出発の前日、アミーユが軍務府に向かうと、どことなく空気が揺らいでいた。
昼過ぎ、軍務長官から一報が入った。
「―――リチャード王太子殿下、ご危篤。討伐軍の出立を見送ることとせよ」
夕方には、危篤は逝去となった。
しかし、まもなく撤回される。
「―――リチャード王太子殿下、ご快復。討伐軍は予定通り出立する」
リチャード王太子はもともとは血気溢れた逞しい人物だ。幼年学校の式典でも姿を見せていたが、体格の良い立派なお姿だったと記憶する。
前回のサースデン伯の反乱時の討伐軍を率い、不運にも討伐先で風土病にかかった。長らく臥しているのは、風土病の後遺症のせいだと言われている。
情報の錯綜具合から、王宮の奥では混乱が起きていることが推測された。
パメラ王太子妃はさぞかし気苦労されていることだろう。
俺を見守ってくれる人。
式典などでときおり会えば、必ずアミーユに声をかけてきた。冷たい声音で叱責するだけだが、最後に優しい一瞥を与えてきた。常に毅然としているが、そこに本当の姿を見る。
翌、出立式。
老国王は威厳に満ちた姿で、アミーユを討伐軍の総司令官に任命した。
アミーユは、王族の席に、パメラの姿を見つけた。
リチャード王太子は無事、危篤を脱したのだ。
その出立式が間もなく終わるというとき、ふらりと傾いたパメラの体を支えたのは、数メートルも離れた場所にいたアミーユだった。
パメラをひそかに思慕しているアミーユならでは為せたことだ。
パメラはアミーユを見ると、「おお、レルシュ伯!」と唇を動かした。
気丈にも自分で体を支えようとする。
それが無理だとわかると、大人しくアミーユに体を預けた。
いつも毅然としたパメラが、アミーユの腕の中で弱弱しい。よほどリチャード王太子のことがこたえているのだ。しかし、その口調はしっかりしている。
「レルシュ伯、いえ、レルシュ少将、武運を」
「はっ! リチャード王太子殿下の枕元に、必ずや敵の首をお届けします」
パメラはアミーユの目を見上げた。その目にうっすらと涙がにじんでくる。
「われは王太子を決して死なせはせぬ、決して」
パメラはアミーユに笑んで見せた。
「われは愛するもののために、どんなことでもできるのだ」
鮮やかな微笑だった。
最後に「われは伯を頼んでおる」と、アミーユの胸で安息するように、目を閉じた。
親衛隊に抱かれて奥に去るパメラを、アミーユはつかのま見送った。
出ていけ、と言ったのは自分だ。言葉の綾ではない。ダンの顔を見ていたくはなかった。ダンに踊らされた自分が無様でしようがなかった。
それでもダンに必要とされるのならば自分を差し出す。アミーユにとってダンはすべてだ。
ダンが引き返してくれば応じる。
そのつもりで待っていた。
待っているうちに、顔も見たくないはずのダンが恋しくてたまらなくなっていた。
しかし、ダンは三日月の夜まで待っても現れなかった。
ダンは俺を捨てたのか……………?
アミーユはヒート休暇を終えて官舎に戻った。
戻ればアミーユは、討伐軍の総司令官だ。
討伐軍出発の前日、アミーユが軍務府に向かうと、どことなく空気が揺らいでいた。
昼過ぎ、軍務長官から一報が入った。
「―――リチャード王太子殿下、ご危篤。討伐軍の出立を見送ることとせよ」
夕方には、危篤は逝去となった。
しかし、まもなく撤回される。
「―――リチャード王太子殿下、ご快復。討伐軍は予定通り出立する」
リチャード王太子はもともとは血気溢れた逞しい人物だ。幼年学校の式典でも姿を見せていたが、体格の良い立派なお姿だったと記憶する。
前回のサースデン伯の反乱時の討伐軍を率い、不運にも討伐先で風土病にかかった。長らく臥しているのは、風土病の後遺症のせいだと言われている。
情報の錯綜具合から、王宮の奥では混乱が起きていることが推測された。
パメラ王太子妃はさぞかし気苦労されていることだろう。
俺を見守ってくれる人。
式典などでときおり会えば、必ずアミーユに声をかけてきた。冷たい声音で叱責するだけだが、最後に優しい一瞥を与えてきた。常に毅然としているが、そこに本当の姿を見る。
翌、出立式。
老国王は威厳に満ちた姿で、アミーユを討伐軍の総司令官に任命した。
アミーユは、王族の席に、パメラの姿を見つけた。
リチャード王太子は無事、危篤を脱したのだ。
その出立式が間もなく終わるというとき、ふらりと傾いたパメラの体を支えたのは、数メートルも離れた場所にいたアミーユだった。
パメラをひそかに思慕しているアミーユならでは為せたことだ。
パメラはアミーユを見ると、「おお、レルシュ伯!」と唇を動かした。
気丈にも自分で体を支えようとする。
それが無理だとわかると、大人しくアミーユに体を預けた。
いつも毅然としたパメラが、アミーユの腕の中で弱弱しい。よほどリチャード王太子のことがこたえているのだ。しかし、その口調はしっかりしている。
「レルシュ伯、いえ、レルシュ少将、武運を」
「はっ! リチャード王太子殿下の枕元に、必ずや敵の首をお届けします」
パメラはアミーユの目を見上げた。その目にうっすらと涙がにじんでくる。
「われは王太子を決して死なせはせぬ、決して」
パメラはアミーユに笑んで見せた。
「われは愛するもののために、どんなことでもできるのだ」
鮮やかな微笑だった。
最後に「われは伯を頼んでおる」と、アミーユの胸で安息するように、目を閉じた。
親衛隊に抱かれて奥に去るパメラを、アミーユはつかのま見送った。
0
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる