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幸せの約束4
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天陽はタクシーで雪弥を送った。
雪弥の家庭の事情を知っているせいか、タクシーからは下りなかったが、玄関まで雪弥を見送った。
相変わらず過保護ぶりを発揮している。
雪弥は家の鍵を持っていたが、チャイムを鳴らす。建物は慣れ親しんだものだが、感覚的には他人の家だ。
継母が出迎えてくれる。
「あらまあ、雪弥さん。何だか見違えたわあ! カッコいい? きれい? になった」
去年の正月以来なので約一年ぶりだ。
料理に励んでいたのかエプロン姿だった。
「ただいま戻りました」
作り笑顔をきれいに貼り付ける。これから始まる家族ごっこが面倒だがしようがない。
両親と弟は普通に仲の良い家族だ。雪弥には疎外感しかない。レストランで隣になった家族であれば相手にせずに気楽なのだが、互いにそうもいかずに気を使い合うしかない。
「お兄ちゃん、おかえりなさい」
弟の永青がもじもじと出てきた。雪弥とは7歳離れている。以前は「おにいちゃーん」と飛びついてきたのに、恥じらう年頃になってきたようだ。
雪弥は内心でホッとした。永青には気も許せる。
「元気だったか。大きくなったな。野球はやってんのか」
「うん、ピッチャーになった」
「すげえな!」
永青はそこからは恥じらいも消えて、雪弥にぴったり張り付いて離れなくなった。
「晩ご飯まで、お兄ちゃんに勉強を見てもらったら?」
「ママ、ご飯、何?」
「唐揚げとエビフライよ」
「やったね、俺の大好物」
雪弥は親に好物を把握してもらった覚えもない。
永青のことはその朗らかさに両親の愛を受けてすくすく育った痕跡をありありと見つけて妬ましい部分もあるが、それ以上に、愛おしいと思っている。
書斎にこもりっきりだったらしい父親は、ご飯どきになってやっと出てきた。
「今、帰りました」
「お前、何か変わったな。前より覇気がなくなったな。生意気さがなくなったのは良いことだ」
「ありがとうございます」
「ずっと成績は首位らしいな。さすがαだ。αだけあって優秀だな」
父親はその後もαを連呼した。嫌味を重ねているつもりかもしれないが、今の雪弥には胸に突き刺さるだけだった。
(もうαではないのに)
「僕、アメリカの大学の入学許可を得ました」
「え? そうなのか?」
前々から伝えていたはずだが、父親は初めて耳にしたような顔をした。
「あらまあ、雪弥さん、おめでとう」
継母が隣で目を丸め、永青が声をあげる。
「お兄ちゃん、アメリカに行っちゃうの? 俺、ぜったい遊び行くから」
父親はさほど興味もなさそうな顔で、自分にだけ用意された刺身をつつき始めた。
「どこへ行こうと、まあいいさ、何もかも自分でやれるなら」
「はい」
「これからは自分でやっていきなさい」
「はい。…………え?」
雪弥は父親の物言いに引っ掛かりを感じて、父親を見た。目を細めて、刺身に舌鼓を打っている。
「えっと」
雪弥は戸惑った声を出した。
「ここから先は、自分の力で生きていけるな?」
「あの、それはどういう?」
「奨学金は申し込んであるんだろう?」
「え?」
「高校までしか金は出さない、と言ってきただろう。私もそうだった。奨学金とバイトで、高校卒業後は、親にはいっさい頼らなかった。そのことは常々言ってきてあるはずだ。今後は自分の身は自分で養っていきなさい」
(え………?)
父親の苦労話をこの家にいた頃には何度も耳にしたが、それを雪弥にも押し付けるつもりだったとは思いもよらなかった。
「優秀なαのお前なら奨学金もいくらでも獲れるだろう」
父親は低所得家庭に育ったが、今は金に困っていないはずだ。それどころか富裕層のはずだ。父親と雪弥とでは育ちが違う。周囲にも進学費用を心配するクラスメートはいないし、その話が話題に出たこともない。
雪弥の目の前が翳っていく。
雪弥の家庭の事情を知っているせいか、タクシーからは下りなかったが、玄関まで雪弥を見送った。
相変わらず過保護ぶりを発揮している。
雪弥は家の鍵を持っていたが、チャイムを鳴らす。建物は慣れ親しんだものだが、感覚的には他人の家だ。
継母が出迎えてくれる。
「あらまあ、雪弥さん。何だか見違えたわあ! カッコいい? きれい? になった」
去年の正月以来なので約一年ぶりだ。
料理に励んでいたのかエプロン姿だった。
「ただいま戻りました」
作り笑顔をきれいに貼り付ける。これから始まる家族ごっこが面倒だがしようがない。
両親と弟は普通に仲の良い家族だ。雪弥には疎外感しかない。レストランで隣になった家族であれば相手にせずに気楽なのだが、互いにそうもいかずに気を使い合うしかない。
「お兄ちゃん、おかえりなさい」
弟の永青がもじもじと出てきた。雪弥とは7歳離れている。以前は「おにいちゃーん」と飛びついてきたのに、恥じらう年頃になってきたようだ。
雪弥は内心でホッとした。永青には気も許せる。
「元気だったか。大きくなったな。野球はやってんのか」
「うん、ピッチャーになった」
「すげえな!」
永青はそこからは恥じらいも消えて、雪弥にぴったり張り付いて離れなくなった。
「晩ご飯まで、お兄ちゃんに勉強を見てもらったら?」
「ママ、ご飯、何?」
「唐揚げとエビフライよ」
「やったね、俺の大好物」
雪弥は親に好物を把握してもらった覚えもない。
永青のことはその朗らかさに両親の愛を受けてすくすく育った痕跡をありありと見つけて妬ましい部分もあるが、それ以上に、愛おしいと思っている。
書斎にこもりっきりだったらしい父親は、ご飯どきになってやっと出てきた。
「今、帰りました」
「お前、何か変わったな。前より覇気がなくなったな。生意気さがなくなったのは良いことだ」
「ありがとうございます」
「ずっと成績は首位らしいな。さすがαだ。αだけあって優秀だな」
父親はその後もαを連呼した。嫌味を重ねているつもりかもしれないが、今の雪弥には胸に突き刺さるだけだった。
(もうαではないのに)
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「え? そうなのか?」
前々から伝えていたはずだが、父親は初めて耳にしたような顔をした。
「あらまあ、雪弥さん、おめでとう」
継母が隣で目を丸め、永青が声をあげる。
「お兄ちゃん、アメリカに行っちゃうの? 俺、ぜったい遊び行くから」
父親はさほど興味もなさそうな顔で、自分にだけ用意された刺身をつつき始めた。
「どこへ行こうと、まあいいさ、何もかも自分でやれるなら」
「はい」
「これからは自分でやっていきなさい」
「はい。…………え?」
雪弥は父親の物言いに引っ掛かりを感じて、父親を見た。目を細めて、刺身に舌鼓を打っている。
「えっと」
雪弥は戸惑った声を出した。
「ここから先は、自分の力で生きていけるな?」
「あの、それはどういう?」
「奨学金は申し込んであるんだろう?」
「え?」
「高校までしか金は出さない、と言ってきただろう。私もそうだった。奨学金とバイトで、高校卒業後は、親にはいっさい頼らなかった。そのことは常々言ってきてあるはずだ。今後は自分の身は自分で養っていきなさい」
(え………?)
父親の苦労話をこの家にいた頃には何度も耳にしたが、それを雪弥にも押し付けるつもりだったとは思いもよらなかった。
「優秀なαのお前なら奨学金もいくらでも獲れるだろう」
父親は低所得家庭に育ったが、今は金に困っていないはずだ。それどころか富裕層のはずだ。父親と雪弥とでは育ちが違う。周囲にも進学費用を心配するクラスメートはいないし、その話が話題に出たこともない。
雪弥の目の前が翳っていく。
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