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庭で洗濯機を回していると、久しぶりに達彦が顔を出した。
「久しぶり。元気にやってるか」
髪には白髪が混ざっていた。顔も顎のラインがくずれかけてはいたが、それ以外はまだ若々しかった。
「あら、久しぶり。こんなところにきてよかったの」
「たまに顔見にくるくらいいいだろ」
昔と変わらない、やさしい目をしていた。
「奥さまとは仲良くしてるの?」
「ああ……。まあ、な」
ご近所の目があるので、あまり長く庭で立ち話するのはどうかと思ったが、すぐにそんなことは、気するほどのことでもないと思い直した。人間をわずらわしく思う人生は、もう残り短いのだ。
「ひかりと紘希はどう?」
「うん。ひかりは大学生になって、将来は獣医になるっていってるよ。案外むずかしいから、どうなるかわからないけどな。紘希は高校生になって、部活で長距離走ってるよ。まあ、それなりだな」
それなりといいながら、なんだか幸せそうで、わたしはますます思い残すことがなくなっていった。
「きみはどうなんだ、大丈夫か?」
「大丈夫って、なにが?」
達彦は奥歯にものが挟まったようないいかたをした。
「よくわからないが、虫の知らせというか、心配になったんだ。きみに、もう会えなくなるような予感がして……」
「別にわたしがいなくなったって、あなたが困るようなことはないでしょう」
かわいくないな、と自分でも思う。それでも虚勢を張ってしまう。本当は会いにきてくれてうれしいくせに。
「……そんなこというなよ。おれが好きできみと別れたわけじゃないことくらい、きみだって、わかってるだろう。時を追うごとに、君に似ていくひかりに、うれしさと同じくらい不安なんだ……」
「ひかりなら、多分大丈夫よ」
「多分って、心もとないな」
「だって、あの子には……食べさせてないから。大丈夫だろうけど、もし心配なら、いざというときは、つれてきてよ」
「つれてきて、どうなるんだ」
「なるようになるよ」
怖いな、とつぶやいた達彦は左眉を上げて、ぎこちなく笑った。そんなふうに笑わせたくなかったから、わたしたちは別れたのに。どのみち達彦を迷いの人生に巻き込んでしまった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ひかりはいい子に育ってるし、あなたが不安に思うようなことにはならないから」
わたしは正直なところ、ひかりが幸せになるなら、どっちでもいいと思っていた。わたし自身、自分の生きた道に、これから生きる道にだって、後悔や不安を抱いたことはない。
だけど彼は、ひかりがわたしと同じ道を選ぶことを、望んでいない。
ひかりが最終的にどちらを選び取ることになってもいいように、わたしは最後の道筋をまだ握ったままでいた。
「久しぶり。元気にやってるか」
髪には白髪が混ざっていた。顔も顎のラインがくずれかけてはいたが、それ以外はまだ若々しかった。
「あら、久しぶり。こんなところにきてよかったの」
「たまに顔見にくるくらいいいだろ」
昔と変わらない、やさしい目をしていた。
「奥さまとは仲良くしてるの?」
「ああ……。まあ、な」
ご近所の目があるので、あまり長く庭で立ち話するのはどうかと思ったが、すぐにそんなことは、気するほどのことでもないと思い直した。人間をわずらわしく思う人生は、もう残り短いのだ。
「ひかりと紘希はどう?」
「うん。ひかりは大学生になって、将来は獣医になるっていってるよ。案外むずかしいから、どうなるかわからないけどな。紘希は高校生になって、部活で長距離走ってるよ。まあ、それなりだな」
それなりといいながら、なんだか幸せそうで、わたしはますます思い残すことがなくなっていった。
「きみはどうなんだ、大丈夫か?」
「大丈夫って、なにが?」
達彦は奥歯にものが挟まったようないいかたをした。
「よくわからないが、虫の知らせというか、心配になったんだ。きみに、もう会えなくなるような予感がして……」
「別にわたしがいなくなったって、あなたが困るようなことはないでしょう」
かわいくないな、と自分でも思う。それでも虚勢を張ってしまう。本当は会いにきてくれてうれしいくせに。
「……そんなこというなよ。おれが好きできみと別れたわけじゃないことくらい、きみだって、わかってるだろう。時を追うごとに、君に似ていくひかりに、うれしさと同じくらい不安なんだ……」
「ひかりなら、多分大丈夫よ」
「多分って、心もとないな」
「だって、あの子には……食べさせてないから。大丈夫だろうけど、もし心配なら、いざというときは、つれてきてよ」
「つれてきて、どうなるんだ」
「なるようになるよ」
怖いな、とつぶやいた達彦は左眉を上げて、ぎこちなく笑った。そんなふうに笑わせたくなかったから、わたしたちは別れたのに。どのみち達彦を迷いの人生に巻き込んでしまった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ひかりはいい子に育ってるし、あなたが不安に思うようなことにはならないから」
わたしは正直なところ、ひかりが幸せになるなら、どっちでもいいと思っていた。わたし自身、自分の生きた道に、これから生きる道にだって、後悔や不安を抱いたことはない。
だけど彼は、ひかりがわたしと同じ道を選ぶことを、望んでいない。
ひかりが最終的にどちらを選び取ることになってもいいように、わたしは最後の道筋をまだ握ったままでいた。
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