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狂い咲く銃火
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砂塵舞う荒野を見渡す高台に、トップテノールの男声が静かに告げる。
「十一時方向、一体」
不気味の谷、という現象がある。
『人間ではない人型のモノ』が、人間の姿に高度に近似していく過程の、ある一点で急に不気味さや恐怖や不快感を覚える心理的現象。
「捉えましてよ」
身じろぎする衣擦れの音の後、メゾソプラノの女声が応えた。
彼女がスコープ越しに捉えたソレはまさしく、見る者を不気味の谷に叩き落とす容姿を持っていた。
弛緩した無表情の顔、ボロボロにすり切れているスーツとパンツにワイシャツを身につけ、彼らに側面を見せて『ただ立っている』。
男はゆったりとしたシルエットの、白い太極拳服で片膝立ちの姿勢。
女は鮮やかな青のアオザイに白いズボンを身につけ、地面に敷いた布シートの上でうつ伏せの姿勢。
靴はヒールが大人しい高さの、黒いメリージェーンパンプスだ。
それぞれの手には双眼鏡と、ライフルがある。
「距離は・・・二百三十メートルといったところか。風はこの距離なら影響無いな」
双眼鏡で『人型』を、周囲の状況を、確認した男が淡々と言う。
女のライフルはハンドガードの先端に取り付けられた二脚と、親指を通す穴タイプのグリップ、そして彼女の右肩にしっかりと押し当てられた銃床の三点で保持されている。
伏射。
両目を開いたまま右目で覗くスコープの照準線は、『人型』のこめかみに合っている。
ライフルはアークティクウォーフェアと名付けられた、ボルトアクション式のスナイパーライフルに分類される小銃。
使用弾薬は7.62mm×51、装弾数五発の箱形弾倉が引き金ガード前方に挿入されている。
「では、いきますわよ」
「おう」
女が男の返事の後、引き金を絞る。
ドン!
重く大きく、腹に響く銃声。
コンマ数秒後、二人の視界に在った『人型』の首がへし折れた。
レティクルよりわずかに下方への着弾は、弾丸にかかる重力の影響だ。
そこから飛び散った破片は人間の物ではない。
キラキラと光る、金属片。
音速の倍程に加速された銃弾が放った衝撃波によって舞うわずかな砂埃の中、「お見事」と男が囁けば、
しゃか!
と女が遊底を引く音で応える。
きぃん・・・
ボルトの動きに伴って弾き出された薬莢は、拳銃の物よりかなり大きな印象を受ける、先端に絞りがあるボトルネック形状。
「まだ居まして?」
女は右手でボルトハンドルを後退位置で握ったまま、男に尋ねる。
男は双眼鏡の倍率を落とし、広がった視野で地表を探る。
ある地点で止まり、倍率を上げる。
「二時方向、一体だ」
しゃきん、と女がボルトを前進させ、薬室に次弾を送り込み、握るレバーを下方向へ倒して閉鎖。
そしてまたずりずりと身じろぎして角度を調整する。
「距離二百九十八。風が四時方向から。風速は微弱だな。一メートルくらいか」
「捉えましてよ」
今度の標的は不気味の谷には陥らない。
何故なら顔の表面が『破れ』、内部構造が覗いていたから。
日差しを反射する、金属光沢。
つるりとした頭蓋に、それを支える複数の金属棒が見て取れる。
レティクルは先程よりわずかに上方かつ右へ合わせた。
「よし、やれ」
ドン!
男のゴーサインを聞いた直後、女は撃った。
コンマ数秒後、先ほどよりわずかに長い間隔を置いて、『人型』の頭部が金属片を撒き散らして弾け飛んだ。
しゃき、とまたボルトを引き、排莢を行う。
「他に標的は無し。移動だ」
男が双眼鏡を下ろし、告げた。
その言葉に頷いて女はAWから弾倉を抜き、ボルトを前進させ閉鎖。
トリガーを引く。
撃針が機関部内部で前進する小さな機械音がした。
これで薬室に弾薬は存在せず、危険性はほぼ無くなる。
女は一通りの操作を終えると、身体を起こしてバイポッドを畳む。
傍らに置いてあったソフトタイプガンケースを開いて、スポンジ状の内部へAWを横たえ、弾倉もその側に置いて、ジッパーで閉じる。
蓋側も内部はスポンジ状で、閉じた上で外部ストラップを締めると、しっかり内容物を保持する。
男は女の下に敷いた布シートの端に手をかける。
二人は一瞬目配せし、男は布シートを引いた。
それに合わせて女が跳ぶ。
しゅるる、と男が布シートを丸め始めた時には、女は直立の状態だった。
素晴らしい瞬発力。
「二体目の近くに地下へ通じる通路がある。それを目指す」
そう言う男へ、女がガンベルトを手渡す。
ベレッタ84FSを、右側太ももホルスターと背面腰ホルスターに二丁納めた、合成皮革のベルト。
ヒップホルスターの銃はグリップが左を向いていて、左手で抜く向きだ。
バックルの左右にそれぞれ三本ずつ、計六本の予備マガジンが底を上に向けた状態でマガジンポーチに納められている。
サイホルスターのストラップを太ももで締め、固定。
女もまた、右腰に備えたヒップホルスターにH&K P30Lを納めたガンベルトを装着する。
彼女の予備弾倉も六本だ。
二人のガンベルトの左側面にはリング状の固定具があり、そこに懐中電灯が差し込まれているのも共通だ。
懐中電灯とは言っても全長四十センチメートル程もあり、材質は頑丈なアルミ合金製である。
柄の部分で警棒の様に打撃も行える、光量の大きなフラッシュライトだ。
男は雑嚢に、ガンベルトを着けるために足元に置いていた畳んだ布シートを押し込んだ。
そして右手で拳銃を銃口を下に向けて抜き、遊底を引く。
しゃきっ!と手入れが行き届いている事の証明の、小気味の良い金属音と共に薬室へ初弾が送り込まれる。
親指でグリップ上端に位置する、撃鉄を安全に倒すレバーも兼ねたセイフティを押し上げる。
ばちっと鈍い音と共に撃鉄が倒れる。
次にグリップ中ほど前方に位置する、弾倉を抜くボタンを押し、自重で抜け落ちるマガジンを左手で受け止める。
一旦拳銃をホルスターへ戻し、雑嚢から9mmクルツ弾を一発取り出してマガジンリップから補充し、再び抜いた拳銃に差し込んでまたホルスターへ納める。
これで弾倉の十三発に、薬室の一発が加わって十四発続けて撃てる状態になる。
女もまた同様の操作を行い、拳銃の準備は完了。
その後女はAWを納めたガンケースを左肩に掛け、男も雑嚢を左肩に掛ける。
そして高台を、滑る様に降りて目的地へ歩き出す。
かつて世界的災害によって、人口の七割が死滅した。
そこで復興等の人手不足を補う為に造られたのが、汎用人型アンドロイド、ヒューマノイドだった。
ヒューマノイド達は『セントラル』と呼ばれたコンピュータで、ケーススタディのフィードバックやアップデート処理等、集中管理されていた。
その頃は表情豊かで擬似的な感情も持ち、良き助手、良き隣人として共存していた。
しかし人間はどこまでも愚かしい。
インフラ及び資源を巡り、懲りずに戦争をやらかした。
結果、元の人口の一割がまた死亡。
現在の人口は災害前に比して、たったの二割だ。
加えて、この戦争で『セントラル』は破壊されてしまった。
その時からヒューマノイド達は、人間を不気味の谷に落とした。
表情も擬似的感情も失せ、基本プログラムのみでしか行動できなくなった。
基本プログラム、それは『所有者の命令への絶対服従』『所有者及びその家族の防衛』『前述事項に反しない限り自己の防衛』と、ロボット三原則に似たものであった。
それでも便利で高機能ではあった為、使用を続ける者も居たが、嫌悪感に負けて『命令』によって遠ざけた者も多かった。
所有者から引き離されて『何もする事が無くなった』ヒューマノイド達は、『野良』と呼ばれる存在になった。
「・・・なんと言うべきか言葉に困るが、お疲れさん。ゆっくり休め」
男が見下ろす、先の狙撃で頸部を撃ち折られた個体もその一つ。
人間の都合で造られ、機能を損なわれ、捨てられた。
わずかな感傷を覚えるには充分な境遇だ。
「・・・おやすみなさい」
女も続けて、そっと言葉を置いていった。
二体目へ近づき、また労いの言葉を呟いた頃、目的地の様子が見えてくる。
高台と真逆の方向から地下へ降りる階段があった。
入り口の大きさから見て、少人数用のシェルターであろう。
「ここで多数の『野良』を発見。安全のために処理されたし。って話だったな」
この場所から数キロメートル程離れた居住区からの依頼を、男が復唱する。
基本的に『野良』に危険性は無い。
ただ、こういう『人間が居た』かもしれない場所に溜まる個体は、場所自体を守る為に侵入者に攻撃する可能性がやや高まる。
そんなリスクは排除したいし、何より気味が悪いから『野良狩り』をしてくれ、というだけの話だ。
「ええ。でも多数ってどの程度かしら」
女は男に首肯し、更に尋ねる。
「わからん。目撃者も中に入って確認してないらしいからな」
階段を前に、仁王立ちした男がため息混じりに答える。
数秒の沈黙。
「ま、どうせ出たとこ勝負だ。お前とならどうとでもなるさ」
雑嚢を入り口の側に下ろして、歯を見せて女に笑って見せる。
「ふふ。そうですわね。あなた様となら」
その笑みに、どこか面映ゆげに目を細めて女は笑う。
「シェルターのドアは開きっぱなし。こじ開けた形跡は無い。人が逃げた後か、閉める余裕も無かったか」
階段を数段降りて、観音開きのシェルターの分厚いドアを観察しながら男が呟く。
無言で女も続く。
男が拳銃を抜き、左逆手で抜いたライトを点灯させる。
ライトの灯りは下に向けて、ゆっくりと残りの階段を下って行く。
外とは逆に、シェルター内部は暗い。
目の前と左側には壁。
通路はどうやら右側へ続くようだ。
男はドアの蝶番の辺りで一旦止まり、首だけを一瞬出して中を確認する。
「標的五体。距離五メートル」
肩越しに、得た情報を囁く。
女は首肯を返し、拳銃を抜く。
二人ともセイフティを解除。
ライトを持った左前腕に、拳銃を持った前腕を載せ、
ざっ!
男は姿勢を低く、一気に内部へ飛び込む。
ライトと銃口を『野良』に向け、
バン! バン!
二度発砲。
弾丸は照らし出された『野良』の喉と顔面に着弾。
一瞬で一体を無力化した。
残り四体が一斉にこちらを向く。
ガン! ガン! ガン!
追従して跳び込んだ女が放った弾丸が、一体の胸と顔面を破壊、更にもう一体の胸を捉えて倒した。
「侵入者を確認、排じ・・・」
残った『野良』二体が無機質な声を発した直後に、
ババン!
ガン! ガン!
二人の銃声が遮った。
9mmクルツを食らった一体はのけ反る様に、.40S&Wを食らった一体は勢い良くもんどり打って倒れる。
銃声の残響と、硝煙の匂いが彼らを包む。
「ガ・・・防・・・衛。排除・・・ガガ」
女に胸を撃たれて倒れた一体が、ノイズ混じりに呟きながら、手足をバタつかせる。
バン!
男のトドメがその顔面にめり込んだ。
「防衛行動か。まだ居るなら襲われるな」
動かなくなった五体の残骸をライトで照らしながら、男は呟く。
「反応も動きも鈍いですけれど、頭を破壊しないと動き続けますのね」
胸を撃たれた個体は多少の機能障害を起こしたようだが、動いていた。
「確実に仕留めていくとしよう」
二人は顔を見合わせて頷く。
そして構えはそのままに、歩き出す。
さほど進んだわけでもないが、ひんやりとした空気が二人を包む。
やがて彼らの左手に見える階段へ差し掛かる。
一呼吸して、男が向かいの壁へ跳ぶ。
女が壁から上半身を出し、下を照らす。
二条の光が左右に動き、
「安全確認」
「クリア」
彼らの声が重なる。
階段は十数段あり、踊り場へ、そして逆方向に折り返して、更に下へ下へと続く。
女が滑る様に壁の陰から出て、男を追い越す。
今度は彼女が先行する番だ。
しかし彼女は大胆で、いささか短気なようだ。
ふわっ
踊り場まで一気に跳び降りた。
長い黒髪と青いアオザイがはためく。
高身長の彼女のことだ、さぞ大きな着地音がするかと思いきや、音は無かった。
髪とアオザイの裾が、着地に遅れてふわりと降りる。
その時、突然辺りが明るくなった。
ばっ!と二人がライトを様々な方向に向けて、周囲を確認する。
「自動点灯・・・電源がまだ生きてるのか」
その明かりが踊り場上部のLED電灯からだと理解し、男が呟く。
「その様です。先の階段も次々に点灯していってます」
女が下方向へ銃口とライトを向けたまま、報告する。
そしてライトを消灯し、ガンベルトに戻した。
「真っ暗闇を進むよりマシか」
男も倣って消灯し、ガンベルトに戻す。
踊り場まで駆け降り、下を覗く。
「階段下までは影も形も無いな」
数十メートル下まで続く空間に、『野良』の姿は一切確認できなかった。
「下に人間を収容する居住区画があるはずです。一気に行きませんか?」
そう言った女の表情は、どこかいたずらっぽい笑み。
「遊びじゃねぇんだぞ」
それが競走の誘いだと悟って、男は笑う。
まんざらでもない様子。
二人ともに拳銃にセイフティを掛け、動き出した。
踊り場から、階段中ほどへ跳躍、手すりを背面跳びで越えて、次の階段へ、その壁を蹴って更に下へ、下へ。
二人のルートが何度か交差する度、楽しげに笑い合いながら。
身につけた武装が無ければ、どこぞの草原で無邪気に手を繋いで走っている様な表情だ。
たん!
同時の着地は無音とはいかなかったが、その速度や高さに不釣り合いなほど小さかった。
二人が降り立った場所は、通路が左右に伸びるT字路であった。
正面の壁面に案内板がある。
「左が居住区、右は食料庫だ」
そこから読み取った情報を女に伝える。
と、
「侵入者あり。防衛。排除」
多数の無機質な声が、まるで呪文の様に響いてきた。
その声達は、一寸もずれる事無く重なり、同じ文言を繰り返しながら近づいてくる。
「両側から来ますわね。あなた様は左を」
「イエス、マム」
男は女の指示に、唇の一端のみ吊り上げたシニカルな笑みを浮かべて答える。
そして妙に形式ばった左向け左。
「ぷふっ! もう、笑わせないでくださいまし」
部下が女性の上官に向ける言葉遣いに、女が吹き出した。
彼女も男と背中合わせに右を向く。
その時、左右の通路の先から『野良』が姿を現した。
距離はおよそ八メートル。
すっ、と二人が拳銃を構える。
グリップを握る右手に左手を添え、両腕で三角形を作る構え、二等辺三角形構え。
肘は突っ張らず、膝も柔らかく、上半身はやや前傾に。
バン!
ガン!
のそり、と覗かせた『野良』の顔にそれぞれが放った弾丸がめり込む。
倒れる個体を押し退ける様に、次々と姿を現す『野良』達。
その数は一目では数えられない程だ。
排除排除とぶつぶつ呟きながら、こちらに手を伸ばし、捕らえようと近づいてくる。
二人は連続して発砲し始めた。
精密に狙わずとも顔の高さ辺りを撃てば勝手に当たる、そんな数が押し寄せる。
男は拳銃を支えていた左手を離し、腰の予備マガジンを掴む。
そして右手親指でマガジンリリースボタンを押し込む。
滑る様に自重で抜け落ちるマガジンを左手で受け止め、横にずらして新しいマガジンをグリップの弾倉挿入口に叩き込む。
薬室とマガジンに弾薬を残したまま行う、タクティカルリロード。
右片手で数発撃ちながら、左手で受け止めたマガジンをポーチに差し込んだところで、
がちん!
「リロード!」
女の拳銃にスライドストップがかかった音と、リロード中の援護を求める声が重なる。
「イエス、マム!」
こんな切迫した状況でも男は飄々としたもの。
空いた左手で、後ろのヒップホルスターからもう一丁の拳銃を抜く。
その銃口を背後へ向けながらセイフティを、人差し指で解除。
かがんだ女に、飛び出る空薬莢が当たらない位置に構え、トリガーを引く。
バンバンバン!
バンバン!
両手で同時に反対方向に向けて撃つその姿は、映画に出てくるヒーローさながら。
ちゃきん!
女がマガジンを差し換え、スライドを閉鎖する音が聞こえる。
同時に男は左手の拳銃にセイフティをかけてヒップホルスターに戻す。
ガンガンガン!
女は援護の礼を銃声で述べた。
きんきんきん、と二人の足元に数十発分の空薬莢が落ち、溜まってゆく。
二人がそれぞれもう一度リロードしたあたりで、ようやく『野良』の波に終わりが見えた。
「跳べっ!」
男が唐突に叫んだ。
女はその指示に、疑念も躊躇も無くその場で跳ねた。
ざぁっ!
腰を落として地面を丸く掃く様に、男は水面蹴りを放った。
同時に小さいが多く、けたたましいまでに重なった金属音が響く。
女は宙で、二人の足元に溜まっていた空薬莢が、男の蹴りによって『野良』達の足元へ飛んでいくのを見た。
『金色の波みたい』
殺伐としたこの瞬間にあって、ロマンチックな感情を覚える。
そんな女がふわりと着地した時、数体に減っていた『野良』達が、前に後ろにとすっ転んだ。
空薬莢を踏んだのだ。
バン! バン! バン! バン!
ガン! ガン! ガン!
速度重視の連射ではなく、狙い澄ました射撃が、絡まる様に転んだ『野良』達の顔面を撃ち抜いた。
ようやっと訪れた、硝煙臭い静寂。
ふぅ・・・
完全に対象が動きを止めたのを確認した二人が、ため息を吐く。
「なんて数ですの・・・」
女が床に倒れ伏す無数の『野良』の残骸を見下ろしながら、呟く。
透き通るブルーのマニキュアを施した右人指し指で、H&K P30Lのトリガーガード下部のマガジンリリースレバーを押し下げる。
このレバーは左右対称に存在しており、操作方向を選ばない。
抜き出したマガジンの残弾数を、マガジン背部に空けられた複数の穴を覗いて確認する。
「なるほど。確かに『多数の野良』だ」
男は頷きながらマガジンを抜き、満タンのマガジンに入れ換える。
半端に弾薬が残ったマガジンを、ポーチに納める。
マガジンは使い捨てではない。
再利用して使う物で、よほど緊急性が無い限り地面に落としたりしないのが鉄則だ。
硬い地面に当たれば歪みや凹みが生じて使い物にならなくなるからだ。
右手の拳銃にデコックとセイフティをかけて、一旦ホルスターに戻し、左手でもう一丁を抜く。
そのマガジンも入れ換え、再びホルスターへ。
「これは多数ではなくて無数ですわよ。なぜこんなに?」
女も拳銃をホルスターに戻して、首を傾げる。
男は残弾が少ないマガジンを抜いて、9mmクルツ弾をマガジンから親指で押し出す。
「だいたい『一家族に一体』が基本だからな。それだけ多くの人がここに逃げ込んだのか。それとも・・・」
空になったマガジンを戻し、残弾が多めのマガジンを取り出して、先ほど抜いた弾薬を押し込んで補充していく。
「それとも?」
女はガンベルト後方の小物入れから、.40S&W弾の梱包された紙箱を取り出し、空マガジンに一発一発と移していく。
「この数で守る必要がある何かがここにあるのか」
男は同じ作業を繰り返す。
「・・・あの居住区の人達がここを『捨て場』にしたのかもしれませんわよ」
女も手を止めずに繰り返す。
「それはあまりに『性悪説』過ぎないか」
男は苦笑しつつ、9mmクルツ弾の梱包された紙箱を取り出して、残弾の減ったマガジンに移していく。
「あなた様は基本的にお人好しですから。わたしが疑う役をしませんと」
桜色の口紅とグロスで艶めく唇で、くす、と笑う女。
「全く・・・頼りになるいい女だこと」
こう言われては、男は笑って肩をすくめるしかない。
全部のマガジンに満タンとはいかないものの、装弾が終わる。
「まずは食料庫の方を確認しよう。挟み討ちはもうごめんだ」
男は改めて右手でベレッタ84FSをホルスターから抜き、セイフティを解除して撃鉄を親指で引き起こす。
「そうですわね」
女も同意し、H&K P30Lを右手で握り直す。
一応居住区へ続く通路もチラチラと横目で確認しつつ、二人は食料庫の方へ進む。
『野良』達が現れた角から、男が覗く。
「何も居ないようだ」
通路から見て左に折れる角の先には、十メートル四方くらいだろうか、広い空間が広がっていた。
あの数の『野良』が溜まっていても不思議は無い広さ。
入り口には、シェルターのドアまでとは言えないものの、それなりに厚いドアがある。
群れが出てきたので、当然開け放たれたまま。
警戒を解いた二人は、拳銃をホルスターに戻した。
食料庫の中へ入る。
なぜこうも簡単に警戒を解いたか。
それは部屋の中心が空っぽで、壁面全てが隙間無く冷蔵庫もしくは保管庫になっていたから。
「おかしく、ありません?」
女が囁く。
「ああ、おかしい」
男が頷く。
手をつけられた形跡がほとんど無い。
言うまでもなく、人が生存するには飲食料は必須だ。
だが保管庫が開けられた形跡はほんのわずかを除いて、見られない。
大人数が逃げ込んだ状況とは、明らかに違う。
「ともかくここはクリアだ。居住区へ向かう」
この謎にすぐ答えは出まい。
まずは引き受けた仕事を優先する。
男は判断した。
「ええ。行きましょう」
二人は早足で来た道を引き返し、居住区へ続く通路の角に至る。
ず・・・
ゆっくりと二人が拳銃を抜く。
入り口でした様に、男が角から顔を一瞬だけ覗かせ、奥を確認する。
幅二メートル半ほどの通路が、およそ二十メートルは続いている。
左脇に工具等が置いてある棚があるが、
「敵性の個体は見えない」
男の目にはヒューマノイドの姿は写らなかった。
その言葉に女は頷く。
それでも二人は慎重に通路を進んでいく。
半ばに差し掛かった時、
「!」
男の勘に何かが触れた。
ひゅん!
短い風切り音が棚の陰から、男の喉を目掛けて迫ってきた。
「くっ!」
ぎぃん!
反射的に拳銃のグリップ底部で受け止める。
比較的厚みのある、ベレッタ84FSのマガジン底部に食い込んだそれはナイフ。
片刃で、峰側がノコギリ状のサバイバルナイフだった。
振るったのは・・・ヒューマノイド。
機械であるが故、気配が感じ取れなかった。
「あなた様!」
女が慌てて銃口を向けるが、弾かれたナイフで更に切りつけていくヒューマノイドと男があまりにも接近しすぎて撃てない。
「んなろ!」
三度目の切りつけを、左逆手で抜いたフラッシュライトの柄で受け止めた男が、
バン!
至近距離からヒューマノイドの顔面へ弾丸を叩き込む。
だが、
ぎん!
返ってきたのは破壊音ではなく、弾丸が弾かれた鈍い金属音だった。
「こいつ、戦闘用だ!」
そのヒューマノイドは顔に、目の部分だけ穴の空いた仮面を着けていた。
至近距離で9mmクルツ弾を弾く程の強度の。
弾かれた弾丸は棚の骨組みにめり込んだ。
『野良』とは一線を画す動きの速さ、鋭さ。
さらに続く切りつけと突きをライトでいなして、
ババン!
素早い二連射をヒューマノイドの左膝に撃ち込んだ。
全身の要所に身に着けたプロテクターも、垂直に上から撃たれれば無防備も同然だ。
ヒューマノイドの動きが止まる。
男がのけ反る。
同時に、
ガン!
女がヒューマノイドのこめかみのやや後方に、.40S&W弾を撃ち込んだ。
アンドロイドの頭が弾ける。
仮面の切れ間を横から狙い撃たれ、ヒューマノイドは機能を停止した。
「良いタイミングだ。助かった」
男はさすがに真剣な表情で女を見る。
女も神妙な面持ちで頷く。
「何故こんな場所に」
世界的災害の後の戦争時、汎用ヒューマノイドとは別に戦闘用の個体、バトルロイドが製造されていた。
だが元々の製造数が少ない上に戦争でほとんどが使い潰された、希少な存在のはずだ。
それがここに居た。
「本当に何かを守ってるんでしょうか?」
「可能性は充分ある」
女の困惑が混じる呟きに、男は確信めいた口調で返す。
「しかし、くそ。こりゃ危ないな」
男は二度に渡ってナイフを受け止めたマガジンを抜いた。
その底部は深い切り傷が刻まれ、下手をすれば底が抜けそうだ。
新しいマガジンと入れ替える。
「これからは物陰もしっかりクリアリングしなきゃな」
ため息混じりの男に、女は頷く。
ひとまず残りの通路には死角となる物は置かれておらず、二人は早足で一気に進んだ。
左方向へ続く空間の一歩前。
「確認しますわ」
女は言うと、左手でファンデーションの、真紅色のコンパクトを取り出す。
「どこに持ってたんだ」
「女の七不思議とでも思ってくださいまし」
泣きぼくろのある左目で、ふっとウインクをして女が妖艶に笑う。
「残りの六つを聞くのが怖いね」
男は肩をすくめるばかり。
それを尻目に、女がコンパクト内部の鏡で先の空間を写し覗く。
「あなた様」
一瞬で引っ込めて、女がかけた声には、遊びの無い緊張感。
「何体だ」
男も顔を引き締めて問う。
「三体。いずれも銃器で武装。サブマシンガン二体が左右に、ショットガン一体が中央に。部屋の幅は約五メートル、標的まで十、いえ九メートルですわ」
ぱくん、とコンパクトを閉じて女が報告する、と同時にそのコンパクトはいずこかへ姿を消す。
「まずい距離だが・・・よし、俺を蹴り込め」
「あなた様!?」
左手でも銃を抜いた男に女が血相を変える。
「俺とお前の脚力なら狙われる前に懐に届く。信じろ」
男が不敵に笑う。
そう言われては女は笑うしかない。
「解りましたわ」
女の答えを聞くなり、男は部屋の入り口に躍り出た。
空中で、両足を縮めて。
女はその足裏めがけてハイキックを放つ。
男の目に、三体のバトルロイドがそれぞれの銃口を向けつつある姿が写る。
その瞬間に女の蹴りに合わせて両足を後方へ蹴り出す。
小柄な男の身体は二人分の脚力で矢のごとく、すっ飛んでいく。
バババン! バン! バン!
空中で正面のショットガン持ちに、両手の拳銃を連射。
両前腕に数発、仮面に覆われた顔面の目付近に二発叩き込む。
ドン!
明後日の方向にショットガンが暴発する。
照準を付けようとする動きを止め、視覚を火花で塞いだ。
伸ばした脚を再び縮めて体勢を変え、そのバトルロイドの顔面に両足で着地した。
バン! バン! ババン! バン!
床と水平になった姿勢から、左右のバトルロイドに、広げた両手の拳銃から牽制射撃。
標的を一瞬見失ったバトルロイド達が振り向くより早く、全身至る所から火花が散る。
そこへ、
ガガン! ガガン!
続けて部屋へ突入した女の二連続の二連射が右の個体の頭部を横から破壊、左の個体のサブマシンガンを握る右手首を粉砕した。
中央の個体が持つショットガンは、ポンプアクション式のモスバーグM500。
12ゲージ散弾を8発装填する仕様のようだ。
男はバトルロイドの顔面から滑り落ち様、半壊状態でショットガンを握るその前腕を蹴りつける。
バトルロイドはショットガンを取り落とす。
着地と同時に、バトルロイドの仮面装甲の奥、顎から脛椎に向かって、
ババン!
左手の拳銃で撃ち込んだ。
機能停止し、倒れていくその個体に目もくれず、爪先でショットガンを蹴り上げる。
左手のベレッタ84FSを納め、空中でモスバーグM500のフォアエンドを掴む。
勢い良く引き付ける動きで、灰色のプラスチック薬莢を排出し、突き出す動きで次弾を薬室に送り込む。
と同時に手を離し、前方へ放り、曲銃床のグリップを握る。
片手で保持されたその銃口は、手首を粉砕された個体の喉元に。
「消灯時間だ」
ドン!
000Bの散弾が首をへし折った。
反動で大きく跳ね上がった銃身の動きに逆らわず左肩で受け止めて、
「お前の信頼は裏切らねぇよ」
男は女に、唇を一端だけ吊り上げて笑いかける。
拳銃を下に向けた女の顔が、火が着いたように真っ赤に染まる。
「も、もう! 心配しましたのよ!」
女は誤魔化す様に、左手で長い黒髪を握って、その束で顔を隠す。
「はっはっは、照れるな照れるな!」
男は満足げに高笑いし、首と肩でショットガンの銃身を挟んで、拳銃にリロードする。
セイフティをかけてホルスターに納め、左右の二体に目をやる。
「げ。イングラムの11じゃねぇか。乱射されてたら危なかったな」
二体の側に転がるサブマシンガンは、小型で、武骨なデザインのイングラム、またはMAC11と呼ばれる物。
オープンボルトで命中精度は決して高くないが、連射速度が毎分1200発と異様に高い。
弾幕を張られると、『どこに当たるか解らない』危険性を持つ。
「あら、あなた様にはちょうどいい補給じゃありませんか」
くすくすと笑いながら、女がMAC11を拾い上げてグリップから長いマガジンを抜く。
このサブマシンガンの使用弾薬は.380ACP、男のベレッタM84FSと同じだ。
マガジンから取り出せば利用できる。
「まあ、もらえるだけもらっとくか。頼む」
男は足元に倒れた個体の腰に巻かれた、予備弾薬を納めたシェルホルダーから散弾を二発抜いて、モスバーグM500のローディングポートから補充し、
じゃかっ!
とフォアエンドを操作する。
女はその間に.380ACPが三十二発詰まったマガジンを四本確保していた。
「さて、次の部屋でおしまいかな」
男の視線の先には、この部屋を抜ける通路がある。
シェルターの規模から言って、恐らく最後の部屋であろう。
「行きましょう」
四本のマガジンをガンベルトに挟んで、H&K P30Lを握った女が促す。
二人は油断なく通路へ近づき、先を覗く。
同時に息を飲んだ。
そこにはぼろ布を纏った、ミイラ化した遺体が一つあった。
そしてその手は、傍らにある金属製のカプセル状容器を抱いている様に見えた。
「これは逃げ込んだ人間、か?」
男が構えていたショットガンを下ろす。
「女性、のようですわ」
女も銃を納め、遺体の側に膝をついて観察し始めた。
大部分抜け落ちているが、長い髪、辛うじて女物と解る服装から推察できる。
「ここにたどり着いた時には、もう致命傷を・・・」
経年劣化とは明らかに違う服の損傷から、この女性が深手を負っていたのが解る。
「この容器はなんだ?」
ちょっとごめんよ、と遺体の腕を下ろさせて、男がカプセルを覗く。
すると、
「ヒト生体反応検知。シール解除行程ヲ実行シマス」
突如機械音声が響いた。
ぷしっと圧縮された気体が抜ける音が響き、カプセルがゆっくりと開き始める。
二人は驚きに目を見張りながら、見守る。
跳ね上がる様に口を開けたカプセルの中には、ガラスと思われる容器が収まっていた。
さらにその中には液体が満たされている。
それと、
「赤ちゃん・・・?」
女が更に目を見張る。
ごぼ、と液体が急速にその水位を下げていく。
液体に包まれていた、赤ん坊がはっきりと視認できた。
次いで、ガラスの蓋もゆっくり開き始めた。
「シール解除完了」
機械音声が告げた途端、赤ん坊が泣き始めた。
「生きてるのか!?」
男が驚愕の声を上げた。
赤ん坊の泣き声は大きく、生命力に溢れている。
女はおずおずと両腕を伸ばし、服が濡れるのもいとわず、赤ん坊を抱き上げる。
「元気な子・・・」
その母性溢れる横顔に男は、女にまだ自分の知らない一面がある事を知る。
「そうか。連中はこの子を守っていたのか」
「ええ、きっとそう」
この容器の原理は解らずとも、遺体となった女性が死力を振り絞って赤ん坊をこの中へ入れたのは容易に想像できた。
「連れて行きましょう。よろしいでしょう? あなた様」
優しい表情で見つめてくる女に、
「もちろんだ」
男は深く頷いた。
容器の上部には『スタシスイグロ』、と刻まれていた事を、彼らは気づかなかった。
「十一時方向、一体」
不気味の谷、という現象がある。
『人間ではない人型のモノ』が、人間の姿に高度に近似していく過程の、ある一点で急に不気味さや恐怖や不快感を覚える心理的現象。
「捉えましてよ」
身じろぎする衣擦れの音の後、メゾソプラノの女声が応えた。
彼女がスコープ越しに捉えたソレはまさしく、見る者を不気味の谷に叩き落とす容姿を持っていた。
弛緩した無表情の顔、ボロボロにすり切れているスーツとパンツにワイシャツを身につけ、彼らに側面を見せて『ただ立っている』。
男はゆったりとしたシルエットの、白い太極拳服で片膝立ちの姿勢。
女は鮮やかな青のアオザイに白いズボンを身につけ、地面に敷いた布シートの上でうつ伏せの姿勢。
靴はヒールが大人しい高さの、黒いメリージェーンパンプスだ。
それぞれの手には双眼鏡と、ライフルがある。
「距離は・・・二百三十メートルといったところか。風はこの距離なら影響無いな」
双眼鏡で『人型』を、周囲の状況を、確認した男が淡々と言う。
女のライフルはハンドガードの先端に取り付けられた二脚と、親指を通す穴タイプのグリップ、そして彼女の右肩にしっかりと押し当てられた銃床の三点で保持されている。
伏射。
両目を開いたまま右目で覗くスコープの照準線は、『人型』のこめかみに合っている。
ライフルはアークティクウォーフェアと名付けられた、ボルトアクション式のスナイパーライフルに分類される小銃。
使用弾薬は7.62mm×51、装弾数五発の箱形弾倉が引き金ガード前方に挿入されている。
「では、いきますわよ」
「おう」
女が男の返事の後、引き金を絞る。
ドン!
重く大きく、腹に響く銃声。
コンマ数秒後、二人の視界に在った『人型』の首がへし折れた。
レティクルよりわずかに下方への着弾は、弾丸にかかる重力の影響だ。
そこから飛び散った破片は人間の物ではない。
キラキラと光る、金属片。
音速の倍程に加速された銃弾が放った衝撃波によって舞うわずかな砂埃の中、「お見事」と男が囁けば、
しゃか!
と女が遊底を引く音で応える。
きぃん・・・
ボルトの動きに伴って弾き出された薬莢は、拳銃の物よりかなり大きな印象を受ける、先端に絞りがあるボトルネック形状。
「まだ居まして?」
女は右手でボルトハンドルを後退位置で握ったまま、男に尋ねる。
男は双眼鏡の倍率を落とし、広がった視野で地表を探る。
ある地点で止まり、倍率を上げる。
「二時方向、一体だ」
しゃきん、と女がボルトを前進させ、薬室に次弾を送り込み、握るレバーを下方向へ倒して閉鎖。
そしてまたずりずりと身じろぎして角度を調整する。
「距離二百九十八。風が四時方向から。風速は微弱だな。一メートルくらいか」
「捉えましてよ」
今度の標的は不気味の谷には陥らない。
何故なら顔の表面が『破れ』、内部構造が覗いていたから。
日差しを反射する、金属光沢。
つるりとした頭蓋に、それを支える複数の金属棒が見て取れる。
レティクルは先程よりわずかに上方かつ右へ合わせた。
「よし、やれ」
ドン!
男のゴーサインを聞いた直後、女は撃った。
コンマ数秒後、先ほどよりわずかに長い間隔を置いて、『人型』の頭部が金属片を撒き散らして弾け飛んだ。
しゃき、とまたボルトを引き、排莢を行う。
「他に標的は無し。移動だ」
男が双眼鏡を下ろし、告げた。
その言葉に頷いて女はAWから弾倉を抜き、ボルトを前進させ閉鎖。
トリガーを引く。
撃針が機関部内部で前進する小さな機械音がした。
これで薬室に弾薬は存在せず、危険性はほぼ無くなる。
女は一通りの操作を終えると、身体を起こしてバイポッドを畳む。
傍らに置いてあったソフトタイプガンケースを開いて、スポンジ状の内部へAWを横たえ、弾倉もその側に置いて、ジッパーで閉じる。
蓋側も内部はスポンジ状で、閉じた上で外部ストラップを締めると、しっかり内容物を保持する。
男は女の下に敷いた布シートの端に手をかける。
二人は一瞬目配せし、男は布シートを引いた。
それに合わせて女が跳ぶ。
しゅるる、と男が布シートを丸め始めた時には、女は直立の状態だった。
素晴らしい瞬発力。
「二体目の近くに地下へ通じる通路がある。それを目指す」
そう言う男へ、女がガンベルトを手渡す。
ベレッタ84FSを、右側太ももホルスターと背面腰ホルスターに二丁納めた、合成皮革のベルト。
ヒップホルスターの銃はグリップが左を向いていて、左手で抜く向きだ。
バックルの左右にそれぞれ三本ずつ、計六本の予備マガジンが底を上に向けた状態でマガジンポーチに納められている。
サイホルスターのストラップを太ももで締め、固定。
女もまた、右腰に備えたヒップホルスターにH&K P30Lを納めたガンベルトを装着する。
彼女の予備弾倉も六本だ。
二人のガンベルトの左側面にはリング状の固定具があり、そこに懐中電灯が差し込まれているのも共通だ。
懐中電灯とは言っても全長四十センチメートル程もあり、材質は頑丈なアルミ合金製である。
柄の部分で警棒の様に打撃も行える、光量の大きなフラッシュライトだ。
男は雑嚢に、ガンベルトを着けるために足元に置いていた畳んだ布シートを押し込んだ。
そして右手で拳銃を銃口を下に向けて抜き、遊底を引く。
しゃきっ!と手入れが行き届いている事の証明の、小気味の良い金属音と共に薬室へ初弾が送り込まれる。
親指でグリップ上端に位置する、撃鉄を安全に倒すレバーも兼ねたセイフティを押し上げる。
ばちっと鈍い音と共に撃鉄が倒れる。
次にグリップ中ほど前方に位置する、弾倉を抜くボタンを押し、自重で抜け落ちるマガジンを左手で受け止める。
一旦拳銃をホルスターへ戻し、雑嚢から9mmクルツ弾を一発取り出してマガジンリップから補充し、再び抜いた拳銃に差し込んでまたホルスターへ納める。
これで弾倉の十三発に、薬室の一発が加わって十四発続けて撃てる状態になる。
女もまた同様の操作を行い、拳銃の準備は完了。
その後女はAWを納めたガンケースを左肩に掛け、男も雑嚢を左肩に掛ける。
そして高台を、滑る様に降りて目的地へ歩き出す。
かつて世界的災害によって、人口の七割が死滅した。
そこで復興等の人手不足を補う為に造られたのが、汎用人型アンドロイド、ヒューマノイドだった。
ヒューマノイド達は『セントラル』と呼ばれたコンピュータで、ケーススタディのフィードバックやアップデート処理等、集中管理されていた。
その頃は表情豊かで擬似的な感情も持ち、良き助手、良き隣人として共存していた。
しかし人間はどこまでも愚かしい。
インフラ及び資源を巡り、懲りずに戦争をやらかした。
結果、元の人口の一割がまた死亡。
現在の人口は災害前に比して、たったの二割だ。
加えて、この戦争で『セントラル』は破壊されてしまった。
その時からヒューマノイド達は、人間を不気味の谷に落とした。
表情も擬似的感情も失せ、基本プログラムのみでしか行動できなくなった。
基本プログラム、それは『所有者の命令への絶対服従』『所有者及びその家族の防衛』『前述事項に反しない限り自己の防衛』と、ロボット三原則に似たものであった。
それでも便利で高機能ではあった為、使用を続ける者も居たが、嫌悪感に負けて『命令』によって遠ざけた者も多かった。
所有者から引き離されて『何もする事が無くなった』ヒューマノイド達は、『野良』と呼ばれる存在になった。
「・・・なんと言うべきか言葉に困るが、お疲れさん。ゆっくり休め」
男が見下ろす、先の狙撃で頸部を撃ち折られた個体もその一つ。
人間の都合で造られ、機能を損なわれ、捨てられた。
わずかな感傷を覚えるには充分な境遇だ。
「・・・おやすみなさい」
女も続けて、そっと言葉を置いていった。
二体目へ近づき、また労いの言葉を呟いた頃、目的地の様子が見えてくる。
高台と真逆の方向から地下へ降りる階段があった。
入り口の大きさから見て、少人数用のシェルターであろう。
「ここで多数の『野良』を発見。安全のために処理されたし。って話だったな」
この場所から数キロメートル程離れた居住区からの依頼を、男が復唱する。
基本的に『野良』に危険性は無い。
ただ、こういう『人間が居た』かもしれない場所に溜まる個体は、場所自体を守る為に侵入者に攻撃する可能性がやや高まる。
そんなリスクは排除したいし、何より気味が悪いから『野良狩り』をしてくれ、というだけの話だ。
「ええ。でも多数ってどの程度かしら」
女は男に首肯し、更に尋ねる。
「わからん。目撃者も中に入って確認してないらしいからな」
階段を前に、仁王立ちした男がため息混じりに答える。
数秒の沈黙。
「ま、どうせ出たとこ勝負だ。お前とならどうとでもなるさ」
雑嚢を入り口の側に下ろして、歯を見せて女に笑って見せる。
「ふふ。そうですわね。あなた様となら」
その笑みに、どこか面映ゆげに目を細めて女は笑う。
「シェルターのドアは開きっぱなし。こじ開けた形跡は無い。人が逃げた後か、閉める余裕も無かったか」
階段を数段降りて、観音開きのシェルターの分厚いドアを観察しながら男が呟く。
無言で女も続く。
男が拳銃を抜き、左逆手で抜いたライトを点灯させる。
ライトの灯りは下に向けて、ゆっくりと残りの階段を下って行く。
外とは逆に、シェルター内部は暗い。
目の前と左側には壁。
通路はどうやら右側へ続くようだ。
男はドアの蝶番の辺りで一旦止まり、首だけを一瞬出して中を確認する。
「標的五体。距離五メートル」
肩越しに、得た情報を囁く。
女は首肯を返し、拳銃を抜く。
二人ともセイフティを解除。
ライトを持った左前腕に、拳銃を持った前腕を載せ、
ざっ!
男は姿勢を低く、一気に内部へ飛び込む。
ライトと銃口を『野良』に向け、
バン! バン!
二度発砲。
弾丸は照らし出された『野良』の喉と顔面に着弾。
一瞬で一体を無力化した。
残り四体が一斉にこちらを向く。
ガン! ガン! ガン!
追従して跳び込んだ女が放った弾丸が、一体の胸と顔面を破壊、更にもう一体の胸を捉えて倒した。
「侵入者を確認、排じ・・・」
残った『野良』二体が無機質な声を発した直後に、
ババン!
ガン! ガン!
二人の銃声が遮った。
9mmクルツを食らった一体はのけ反る様に、.40S&Wを食らった一体は勢い良くもんどり打って倒れる。
銃声の残響と、硝煙の匂いが彼らを包む。
「ガ・・・防・・・衛。排除・・・ガガ」
女に胸を撃たれて倒れた一体が、ノイズ混じりに呟きながら、手足をバタつかせる。
バン!
男のトドメがその顔面にめり込んだ。
「防衛行動か。まだ居るなら襲われるな」
動かなくなった五体の残骸をライトで照らしながら、男は呟く。
「反応も動きも鈍いですけれど、頭を破壊しないと動き続けますのね」
胸を撃たれた個体は多少の機能障害を起こしたようだが、動いていた。
「確実に仕留めていくとしよう」
二人は顔を見合わせて頷く。
そして構えはそのままに、歩き出す。
さほど進んだわけでもないが、ひんやりとした空気が二人を包む。
やがて彼らの左手に見える階段へ差し掛かる。
一呼吸して、男が向かいの壁へ跳ぶ。
女が壁から上半身を出し、下を照らす。
二条の光が左右に動き、
「安全確認」
「クリア」
彼らの声が重なる。
階段は十数段あり、踊り場へ、そして逆方向に折り返して、更に下へ下へと続く。
女が滑る様に壁の陰から出て、男を追い越す。
今度は彼女が先行する番だ。
しかし彼女は大胆で、いささか短気なようだ。
ふわっ
踊り場まで一気に跳び降りた。
長い黒髪と青いアオザイがはためく。
高身長の彼女のことだ、さぞ大きな着地音がするかと思いきや、音は無かった。
髪とアオザイの裾が、着地に遅れてふわりと降りる。
その時、突然辺りが明るくなった。
ばっ!と二人がライトを様々な方向に向けて、周囲を確認する。
「自動点灯・・・電源がまだ生きてるのか」
その明かりが踊り場上部のLED電灯からだと理解し、男が呟く。
「その様です。先の階段も次々に点灯していってます」
女が下方向へ銃口とライトを向けたまま、報告する。
そしてライトを消灯し、ガンベルトに戻した。
「真っ暗闇を進むよりマシか」
男も倣って消灯し、ガンベルトに戻す。
踊り場まで駆け降り、下を覗く。
「階段下までは影も形も無いな」
数十メートル下まで続く空間に、『野良』の姿は一切確認できなかった。
「下に人間を収容する居住区画があるはずです。一気に行きませんか?」
そう言った女の表情は、どこかいたずらっぽい笑み。
「遊びじゃねぇんだぞ」
それが競走の誘いだと悟って、男は笑う。
まんざらでもない様子。
二人ともに拳銃にセイフティを掛け、動き出した。
踊り場から、階段中ほどへ跳躍、手すりを背面跳びで越えて、次の階段へ、その壁を蹴って更に下へ、下へ。
二人のルートが何度か交差する度、楽しげに笑い合いながら。
身につけた武装が無ければ、どこぞの草原で無邪気に手を繋いで走っている様な表情だ。
たん!
同時の着地は無音とはいかなかったが、その速度や高さに不釣り合いなほど小さかった。
二人が降り立った場所は、通路が左右に伸びるT字路であった。
正面の壁面に案内板がある。
「左が居住区、右は食料庫だ」
そこから読み取った情報を女に伝える。
と、
「侵入者あり。防衛。排除」
多数の無機質な声が、まるで呪文の様に響いてきた。
その声達は、一寸もずれる事無く重なり、同じ文言を繰り返しながら近づいてくる。
「両側から来ますわね。あなた様は左を」
「イエス、マム」
男は女の指示に、唇の一端のみ吊り上げたシニカルな笑みを浮かべて答える。
そして妙に形式ばった左向け左。
「ぷふっ! もう、笑わせないでくださいまし」
部下が女性の上官に向ける言葉遣いに、女が吹き出した。
彼女も男と背中合わせに右を向く。
その時、左右の通路の先から『野良』が姿を現した。
距離はおよそ八メートル。
すっ、と二人が拳銃を構える。
グリップを握る右手に左手を添え、両腕で三角形を作る構え、二等辺三角形構え。
肘は突っ張らず、膝も柔らかく、上半身はやや前傾に。
バン!
ガン!
のそり、と覗かせた『野良』の顔にそれぞれが放った弾丸がめり込む。
倒れる個体を押し退ける様に、次々と姿を現す『野良』達。
その数は一目では数えられない程だ。
排除排除とぶつぶつ呟きながら、こちらに手を伸ばし、捕らえようと近づいてくる。
二人は連続して発砲し始めた。
精密に狙わずとも顔の高さ辺りを撃てば勝手に当たる、そんな数が押し寄せる。
男は拳銃を支えていた左手を離し、腰の予備マガジンを掴む。
そして右手親指でマガジンリリースボタンを押し込む。
滑る様に自重で抜け落ちるマガジンを左手で受け止め、横にずらして新しいマガジンをグリップの弾倉挿入口に叩き込む。
薬室とマガジンに弾薬を残したまま行う、タクティカルリロード。
右片手で数発撃ちながら、左手で受け止めたマガジンをポーチに差し込んだところで、
がちん!
「リロード!」
女の拳銃にスライドストップがかかった音と、リロード中の援護を求める声が重なる。
「イエス、マム!」
こんな切迫した状況でも男は飄々としたもの。
空いた左手で、後ろのヒップホルスターからもう一丁の拳銃を抜く。
その銃口を背後へ向けながらセイフティを、人差し指で解除。
かがんだ女に、飛び出る空薬莢が当たらない位置に構え、トリガーを引く。
バンバンバン!
バンバン!
両手で同時に反対方向に向けて撃つその姿は、映画に出てくるヒーローさながら。
ちゃきん!
女がマガジンを差し換え、スライドを閉鎖する音が聞こえる。
同時に男は左手の拳銃にセイフティをかけてヒップホルスターに戻す。
ガンガンガン!
女は援護の礼を銃声で述べた。
きんきんきん、と二人の足元に数十発分の空薬莢が落ち、溜まってゆく。
二人がそれぞれもう一度リロードしたあたりで、ようやく『野良』の波に終わりが見えた。
「跳べっ!」
男が唐突に叫んだ。
女はその指示に、疑念も躊躇も無くその場で跳ねた。
ざぁっ!
腰を落として地面を丸く掃く様に、男は水面蹴りを放った。
同時に小さいが多く、けたたましいまでに重なった金属音が響く。
女は宙で、二人の足元に溜まっていた空薬莢が、男の蹴りによって『野良』達の足元へ飛んでいくのを見た。
『金色の波みたい』
殺伐としたこの瞬間にあって、ロマンチックな感情を覚える。
そんな女がふわりと着地した時、数体に減っていた『野良』達が、前に後ろにとすっ転んだ。
空薬莢を踏んだのだ。
バン! バン! バン! バン!
ガン! ガン! ガン!
速度重視の連射ではなく、狙い澄ました射撃が、絡まる様に転んだ『野良』達の顔面を撃ち抜いた。
ようやっと訪れた、硝煙臭い静寂。
ふぅ・・・
完全に対象が動きを止めたのを確認した二人が、ため息を吐く。
「なんて数ですの・・・」
女が床に倒れ伏す無数の『野良』の残骸を見下ろしながら、呟く。
透き通るブルーのマニキュアを施した右人指し指で、H&K P30Lのトリガーガード下部のマガジンリリースレバーを押し下げる。
このレバーは左右対称に存在しており、操作方向を選ばない。
抜き出したマガジンの残弾数を、マガジン背部に空けられた複数の穴を覗いて確認する。
「なるほど。確かに『多数の野良』だ」
男は頷きながらマガジンを抜き、満タンのマガジンに入れ換える。
半端に弾薬が残ったマガジンを、ポーチに納める。
マガジンは使い捨てではない。
再利用して使う物で、よほど緊急性が無い限り地面に落としたりしないのが鉄則だ。
硬い地面に当たれば歪みや凹みが生じて使い物にならなくなるからだ。
右手の拳銃にデコックとセイフティをかけて、一旦ホルスターに戻し、左手でもう一丁を抜く。
そのマガジンも入れ換え、再びホルスターへ。
「これは多数ではなくて無数ですわよ。なぜこんなに?」
女も拳銃をホルスターに戻して、首を傾げる。
男は残弾が少ないマガジンを抜いて、9mmクルツ弾をマガジンから親指で押し出す。
「だいたい『一家族に一体』が基本だからな。それだけ多くの人がここに逃げ込んだのか。それとも・・・」
空になったマガジンを戻し、残弾が多めのマガジンを取り出して、先ほど抜いた弾薬を押し込んで補充していく。
「それとも?」
女はガンベルト後方の小物入れから、.40S&W弾の梱包された紙箱を取り出し、空マガジンに一発一発と移していく。
「この数で守る必要がある何かがここにあるのか」
男は同じ作業を繰り返す。
「・・・あの居住区の人達がここを『捨て場』にしたのかもしれませんわよ」
女も手を止めずに繰り返す。
「それはあまりに『性悪説』過ぎないか」
男は苦笑しつつ、9mmクルツ弾の梱包された紙箱を取り出して、残弾の減ったマガジンに移していく。
「あなた様は基本的にお人好しですから。わたしが疑う役をしませんと」
桜色の口紅とグロスで艶めく唇で、くす、と笑う女。
「全く・・・頼りになるいい女だこと」
こう言われては、男は笑って肩をすくめるしかない。
全部のマガジンに満タンとはいかないものの、装弾が終わる。
「まずは食料庫の方を確認しよう。挟み討ちはもうごめんだ」
男は改めて右手でベレッタ84FSをホルスターから抜き、セイフティを解除して撃鉄を親指で引き起こす。
「そうですわね」
女も同意し、H&K P30Lを右手で握り直す。
一応居住区へ続く通路もチラチラと横目で確認しつつ、二人は食料庫の方へ進む。
『野良』達が現れた角から、男が覗く。
「何も居ないようだ」
通路から見て左に折れる角の先には、十メートル四方くらいだろうか、広い空間が広がっていた。
あの数の『野良』が溜まっていても不思議は無い広さ。
入り口には、シェルターのドアまでとは言えないものの、それなりに厚いドアがある。
群れが出てきたので、当然開け放たれたまま。
警戒を解いた二人は、拳銃をホルスターに戻した。
食料庫の中へ入る。
なぜこうも簡単に警戒を解いたか。
それは部屋の中心が空っぽで、壁面全てが隙間無く冷蔵庫もしくは保管庫になっていたから。
「おかしく、ありません?」
女が囁く。
「ああ、おかしい」
男が頷く。
手をつけられた形跡がほとんど無い。
言うまでもなく、人が生存するには飲食料は必須だ。
だが保管庫が開けられた形跡はほんのわずかを除いて、見られない。
大人数が逃げ込んだ状況とは、明らかに違う。
「ともかくここはクリアだ。居住区へ向かう」
この謎にすぐ答えは出まい。
まずは引き受けた仕事を優先する。
男は判断した。
「ええ。行きましょう」
二人は早足で来た道を引き返し、居住区へ続く通路の角に至る。
ず・・・
ゆっくりと二人が拳銃を抜く。
入り口でした様に、男が角から顔を一瞬だけ覗かせ、奥を確認する。
幅二メートル半ほどの通路が、およそ二十メートルは続いている。
左脇に工具等が置いてある棚があるが、
「敵性の個体は見えない」
男の目にはヒューマノイドの姿は写らなかった。
その言葉に女は頷く。
それでも二人は慎重に通路を進んでいく。
半ばに差し掛かった時、
「!」
男の勘に何かが触れた。
ひゅん!
短い風切り音が棚の陰から、男の喉を目掛けて迫ってきた。
「くっ!」
ぎぃん!
反射的に拳銃のグリップ底部で受け止める。
比較的厚みのある、ベレッタ84FSのマガジン底部に食い込んだそれはナイフ。
片刃で、峰側がノコギリ状のサバイバルナイフだった。
振るったのは・・・ヒューマノイド。
機械であるが故、気配が感じ取れなかった。
「あなた様!」
女が慌てて銃口を向けるが、弾かれたナイフで更に切りつけていくヒューマノイドと男があまりにも接近しすぎて撃てない。
「んなろ!」
三度目の切りつけを、左逆手で抜いたフラッシュライトの柄で受け止めた男が、
バン!
至近距離からヒューマノイドの顔面へ弾丸を叩き込む。
だが、
ぎん!
返ってきたのは破壊音ではなく、弾丸が弾かれた鈍い金属音だった。
「こいつ、戦闘用だ!」
そのヒューマノイドは顔に、目の部分だけ穴の空いた仮面を着けていた。
至近距離で9mmクルツ弾を弾く程の強度の。
弾かれた弾丸は棚の骨組みにめり込んだ。
『野良』とは一線を画す動きの速さ、鋭さ。
さらに続く切りつけと突きをライトでいなして、
ババン!
素早い二連射をヒューマノイドの左膝に撃ち込んだ。
全身の要所に身に着けたプロテクターも、垂直に上から撃たれれば無防備も同然だ。
ヒューマノイドの動きが止まる。
男がのけ反る。
同時に、
ガン!
女がヒューマノイドのこめかみのやや後方に、.40S&W弾を撃ち込んだ。
アンドロイドの頭が弾ける。
仮面の切れ間を横から狙い撃たれ、ヒューマノイドは機能を停止した。
「良いタイミングだ。助かった」
男はさすがに真剣な表情で女を見る。
女も神妙な面持ちで頷く。
「何故こんな場所に」
世界的災害の後の戦争時、汎用ヒューマノイドとは別に戦闘用の個体、バトルロイドが製造されていた。
だが元々の製造数が少ない上に戦争でほとんどが使い潰された、希少な存在のはずだ。
それがここに居た。
「本当に何かを守ってるんでしょうか?」
「可能性は充分ある」
女の困惑が混じる呟きに、男は確信めいた口調で返す。
「しかし、くそ。こりゃ危ないな」
男は二度に渡ってナイフを受け止めたマガジンを抜いた。
その底部は深い切り傷が刻まれ、下手をすれば底が抜けそうだ。
新しいマガジンと入れ替える。
「これからは物陰もしっかりクリアリングしなきゃな」
ため息混じりの男に、女は頷く。
ひとまず残りの通路には死角となる物は置かれておらず、二人は早足で一気に進んだ。
左方向へ続く空間の一歩前。
「確認しますわ」
女は言うと、左手でファンデーションの、真紅色のコンパクトを取り出す。
「どこに持ってたんだ」
「女の七不思議とでも思ってくださいまし」
泣きぼくろのある左目で、ふっとウインクをして女が妖艶に笑う。
「残りの六つを聞くのが怖いね」
男は肩をすくめるばかり。
それを尻目に、女がコンパクト内部の鏡で先の空間を写し覗く。
「あなた様」
一瞬で引っ込めて、女がかけた声には、遊びの無い緊張感。
「何体だ」
男も顔を引き締めて問う。
「三体。いずれも銃器で武装。サブマシンガン二体が左右に、ショットガン一体が中央に。部屋の幅は約五メートル、標的まで十、いえ九メートルですわ」
ぱくん、とコンパクトを閉じて女が報告する、と同時にそのコンパクトはいずこかへ姿を消す。
「まずい距離だが・・・よし、俺を蹴り込め」
「あなた様!?」
左手でも銃を抜いた男に女が血相を変える。
「俺とお前の脚力なら狙われる前に懐に届く。信じろ」
男が不敵に笑う。
そう言われては女は笑うしかない。
「解りましたわ」
女の答えを聞くなり、男は部屋の入り口に躍り出た。
空中で、両足を縮めて。
女はその足裏めがけてハイキックを放つ。
男の目に、三体のバトルロイドがそれぞれの銃口を向けつつある姿が写る。
その瞬間に女の蹴りに合わせて両足を後方へ蹴り出す。
小柄な男の身体は二人分の脚力で矢のごとく、すっ飛んでいく。
バババン! バン! バン!
空中で正面のショットガン持ちに、両手の拳銃を連射。
両前腕に数発、仮面に覆われた顔面の目付近に二発叩き込む。
ドン!
明後日の方向にショットガンが暴発する。
照準を付けようとする動きを止め、視覚を火花で塞いだ。
伸ばした脚を再び縮めて体勢を変え、そのバトルロイドの顔面に両足で着地した。
バン! バン! ババン! バン!
床と水平になった姿勢から、左右のバトルロイドに、広げた両手の拳銃から牽制射撃。
標的を一瞬見失ったバトルロイド達が振り向くより早く、全身至る所から火花が散る。
そこへ、
ガガン! ガガン!
続けて部屋へ突入した女の二連続の二連射が右の個体の頭部を横から破壊、左の個体のサブマシンガンを握る右手首を粉砕した。
中央の個体が持つショットガンは、ポンプアクション式のモスバーグM500。
12ゲージ散弾を8発装填する仕様のようだ。
男はバトルロイドの顔面から滑り落ち様、半壊状態でショットガンを握るその前腕を蹴りつける。
バトルロイドはショットガンを取り落とす。
着地と同時に、バトルロイドの仮面装甲の奥、顎から脛椎に向かって、
ババン!
左手の拳銃で撃ち込んだ。
機能停止し、倒れていくその個体に目もくれず、爪先でショットガンを蹴り上げる。
左手のベレッタ84FSを納め、空中でモスバーグM500のフォアエンドを掴む。
勢い良く引き付ける動きで、灰色のプラスチック薬莢を排出し、突き出す動きで次弾を薬室に送り込む。
と同時に手を離し、前方へ放り、曲銃床のグリップを握る。
片手で保持されたその銃口は、手首を粉砕された個体の喉元に。
「消灯時間だ」
ドン!
000Bの散弾が首をへし折った。
反動で大きく跳ね上がった銃身の動きに逆らわず左肩で受け止めて、
「お前の信頼は裏切らねぇよ」
男は女に、唇を一端だけ吊り上げて笑いかける。
拳銃を下に向けた女の顔が、火が着いたように真っ赤に染まる。
「も、もう! 心配しましたのよ!」
女は誤魔化す様に、左手で長い黒髪を握って、その束で顔を隠す。
「はっはっは、照れるな照れるな!」
男は満足げに高笑いし、首と肩でショットガンの銃身を挟んで、拳銃にリロードする。
セイフティをかけてホルスターに納め、左右の二体に目をやる。
「げ。イングラムの11じゃねぇか。乱射されてたら危なかったな」
二体の側に転がるサブマシンガンは、小型で、武骨なデザインのイングラム、またはMAC11と呼ばれる物。
オープンボルトで命中精度は決して高くないが、連射速度が毎分1200発と異様に高い。
弾幕を張られると、『どこに当たるか解らない』危険性を持つ。
「あら、あなた様にはちょうどいい補給じゃありませんか」
くすくすと笑いながら、女がMAC11を拾い上げてグリップから長いマガジンを抜く。
このサブマシンガンの使用弾薬は.380ACP、男のベレッタM84FSと同じだ。
マガジンから取り出せば利用できる。
「まあ、もらえるだけもらっとくか。頼む」
男は足元に倒れた個体の腰に巻かれた、予備弾薬を納めたシェルホルダーから散弾を二発抜いて、モスバーグM500のローディングポートから補充し、
じゃかっ!
とフォアエンドを操作する。
女はその間に.380ACPが三十二発詰まったマガジンを四本確保していた。
「さて、次の部屋でおしまいかな」
男の視線の先には、この部屋を抜ける通路がある。
シェルターの規模から言って、恐らく最後の部屋であろう。
「行きましょう」
四本のマガジンをガンベルトに挟んで、H&K P30Lを握った女が促す。
二人は油断なく通路へ近づき、先を覗く。
同時に息を飲んだ。
そこにはぼろ布を纏った、ミイラ化した遺体が一つあった。
そしてその手は、傍らにある金属製のカプセル状容器を抱いている様に見えた。
「これは逃げ込んだ人間、か?」
男が構えていたショットガンを下ろす。
「女性、のようですわ」
女も銃を納め、遺体の側に膝をついて観察し始めた。
大部分抜け落ちているが、長い髪、辛うじて女物と解る服装から推察できる。
「ここにたどり着いた時には、もう致命傷を・・・」
経年劣化とは明らかに違う服の損傷から、この女性が深手を負っていたのが解る。
「この容器はなんだ?」
ちょっとごめんよ、と遺体の腕を下ろさせて、男がカプセルを覗く。
すると、
「ヒト生体反応検知。シール解除行程ヲ実行シマス」
突如機械音声が響いた。
ぷしっと圧縮された気体が抜ける音が響き、カプセルがゆっくりと開き始める。
二人は驚きに目を見張りながら、見守る。
跳ね上がる様に口を開けたカプセルの中には、ガラスと思われる容器が収まっていた。
さらにその中には液体が満たされている。
それと、
「赤ちゃん・・・?」
女が更に目を見張る。
ごぼ、と液体が急速にその水位を下げていく。
液体に包まれていた、赤ん坊がはっきりと視認できた。
次いで、ガラスの蓋もゆっくり開き始めた。
「シール解除完了」
機械音声が告げた途端、赤ん坊が泣き始めた。
「生きてるのか!?」
男が驚愕の声を上げた。
赤ん坊の泣き声は大きく、生命力に溢れている。
女はおずおずと両腕を伸ばし、服が濡れるのもいとわず、赤ん坊を抱き上げる。
「元気な子・・・」
その母性溢れる横顔に男は、女にまだ自分の知らない一面がある事を知る。
「そうか。連中はこの子を守っていたのか」
「ええ、きっとそう」
この容器の原理は解らずとも、遺体となった女性が死力を振り絞って赤ん坊をこの中へ入れたのは容易に想像できた。
「連れて行きましょう。よろしいでしょう? あなた様」
優しい表情で見つめてくる女に、
「もちろんだ」
男は深く頷いた。
容器の上部には『スタシスイグロ』、と刻まれていた事を、彼らは気づかなかった。
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