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【降臨8日目】 所持金99万3524円 「名探偵過ぎて出演する推理小説が全部短編になってしまうのがオマエの欠点だ。」

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深夜、ヒルダのタワマンに到着。
シャンパンとシャツが邪魔だったので、処分したかったのだ。
(シャンパンは一瓶でも地味に重い)

インターホンを押しても反応が無かったので、ポスト区画を何とか探し出して物が置けないかを模索する。
当然不審物を置く場所などはない。

シャツだけでもポストに入らないかと、ウロチョロしていると20秒もしないうちに大柄な警備員が2人駆け付けて囲まれた。

うお、流石は金持ちタワマン。
万全の監視網だな。


「そこで何をしているの!
当施設では宅配も必ず管理部を通して貰ってるよ!」


如何にも強そうな警備員。
二人共、典型的な柔道体型。
前後に立たれるだけで、本当に身動きが取れなくなってしまった。


『あ、スミマセン。
知人に届け物を。』


「届け物なら尚更管理部を!」


そこまで叫んでから、警備員さんは絶句して固まる。


『あ、あの?』


「…失礼ですが 、そのお顔。
ヒルダ・コリンズ様の配偶者であらせられる
リン・コリンズ様でしょうか?」


『いえ、遠市です。』


「これはこれはリン・コリンズ様。
大変失礼しました。」


『あ、遠市です。』


「リン・コリンズ様であるとはいざ知らず誠に申し訳ありませんでした!
さあ、どうぞどうぞ。
全ての話は通っておりますので。
直ちにゲストラウンジにご案内します。
お飲み物、何を飲まれますか?」


『いえ、王将で水をたくさん飲んで来たので
もう結構です。』


「ご安心下さい!
直ちに奥様のヒルダ・コリンズ様に連絡致しますので!」


…それが一番安心出来ねえんだよな。
幾つかの扉を潜りながら、警備員は緊張した面持ちで何者かと通話している。
いや、あのビビり具合からして相手はヒルダに決まっているのだが。


『いやいや、そんな簡単にフロアに入れちゃ駄目でしょ。
もしも私が遠市の偽物だったらどうするんですか!』


「ご安心下さい。
先程リン・コリンズ様は弊施設の指紋・網膜認証の両方をクリア致しました。
つまり、貴方様がヒルダ・コリンズ様からお預かりした生体データの持ち主様と同一人物である事を意味します。」



え?
網膜?
怖っ。
何を安心せよと?


小一時間ほど託児所の様な謎空間に軟禁される。
俺も世界一軟禁慣れしているので、今更驚かない。
魔界に誘拐された事もある位だからな。



「コリンズ社長!
この様な時間に大変申し訳御座いません!
御主人様を保護させて頂いております!」


突然警備員達が怯えたような表情で叫ぶ。

なーにが保護だよ。
オマエらにロックされた手首が痛すぎて、まだ痺れとるわ。



「うむ、大義である。」



メイクを完璧に整えて降りて来たヒルダは重々しく警備員達を労う。
清麿さんに教わった事だが、男は女のこういう努力に可愛気を見出してやるべきだそうだ。
言われてみれば、可愛い女ではある。


『ただいまー。』


ずっと考え抜いた末に辿り着いた、女の喜びそうな言葉を掛けてやった。



「…。」



ヒルダは唇を固く結んだまま、俺を睨みつけている。


『いやー、今日も一際美人だねー。
俺、ずっとヒルダに会いたかったんだよー。』


鬼の形相になる。


…清麿さんの言う通りだな。
心にも無いセリフはギャオーンポイント高い。



「いつも御苦労。
とっておきなさい。」



警備員に向き直ったヒルダは胸元から純白の封筒を取り出す。



「いえいえ!
我々は当然の職務を…」


「とっておきなさい。」


「はっ!
いつもありがとうございます!」


この女も人の使い方慣れてるよなー。
宿屋と権力者の両方を経験しているのも大きいんだろうなあ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「女の臭いがしますねぇ。
それも興奮して大量の発汗をした女の臭いがします。」


第一声がそれである。


『あ、いえ。
怒ってる?』


「あらあらあら、うふふふふ。
私がリンに怒った事など一度もありませんよ♪」


…嘘こけ。


「同時に、この汗の女と同年代の男性の匂いもします。
加えて、建材の匂いもしますねぇ。
つまり新婚夫婦の新居を訪問し…
スキルを見せた所、女の方が激しく興奮した、と。

女はボディソープもコンディショナーも無香料のもので統一してますね。
お硬い職業?
法曹関係者?
それとも医療介護関係?

ああ、医療ですか。
なるほどなるほど。
看護師あたりですかね?
寮には住まず、その男性と同棲状態にある?

目立った外傷もないという事は…
新郎側が冷静に対処し女を宥めた事を意味する確率が高いですねぇ。

そして何より、スキル発動後に大量の油物を食べてますね。
女の臭いを上書きする意図もあったのでしょうか?
これだけの量の油物、普通は女の家では作りません。

なら外食?
この国で纏まった量の油物…
リンの口臭。
明らかに餃子ですね。
臭う油の等級からして、餃子の王将などのチェーン店ですね。
アルコール臭が全くしないと言うことは、車で移動しロードサイドの中華屋で大量の餃子を食べた。
そう考えると、やはり餃子の王将で確定ですね。
となると、送ったのは男の方ですか。
腹部の膨らみ具合、2時間以内に大量の水分を摂取しましたね?
それも真水。
男同士でビールも飲まずに水だけで大量の餃子を貪る。
良いではないですか良いではないですか。
女には踏み込む事すら許されない、男性同士の尊い友情を感じますねぇ。

さてさて、連絡手段を持たないリンを軟禁せずに解放したと言うことは…
再会の約束をした、と言うことでしょうね。
それも直近。
人間関係の新しさを鑑みれば、繋ぎ止める為にも早速明日、というのが常道ですねぇ。
既に日付が変わっていますから本日中の再会となりますか…
出逢ったばかりの友人は数日間があくと、友情がリセットされてしまいますから。

待ち合わせ場所は三田?
リンの土地勘からして、都内ではそれ以外に考えられませんね。
17時の発動ギリギリに待ち合わせるような愚行はあり得ませんから…
余裕をもって、待ち合わせ時間は16時に三田駅…
…いや、天気予報では明日の降水確率は50%。
となると、屋根のある田町駅でしょうか?
三田側ですと、スターバックスコーヒーとルノアールがあります。
リンは足が悪いので、待ち合わせならルノアールでしょうか?

それとも三田駅横のTUTAYA系列のシェアラウンジ?
あそこはドロップインも可能ですが、現金が使えない仕様だった筈。
今のリンにとっては避けたい店舗かも知れませんねぇ。 

となると。
やはり天候も鑑みれば田町駅構内のルノアール一択ですね。
いえいえ、先方から来てくれるなら話が早くて助かりますが。」



…名探偵過ぎて出演する推理小説が全部短編になってしまうのがオマエの欠点だ。

前言撤回。
可愛げの欠片もない女だ。
まあ、俺はそこが好きなんだけどさ。


時計を見ると深夜1時。
今日があと23時間も残っている事実に軽く絶望する。
この女といると時間が妙に長く感じるんだよな。


機嫌取りの意味も込めて、とりあえずシャンパンを渡す。


「ほう、ポル・ロジェですか。
そうですか。
相変わらずリンは…
いや、これ以上は不敬に当たりますね。」


『まあまあ旨かったよ。』


「それはようございました。」


『酒は…
胡桃亭で出してくれたのが一番だよ。
あれって王都の酒?』


「…ええ、一般的に王都の酒は天下一とされております。」


『また一緒に呑もうぜ。』


「…。」



あー、ヒルダの奴。
疑いの眼差しで俺を見てやがる。

《コイツ調子の良いことばかり言いやがって》

とか思ってそう。

オイオイオイ。
俺だって考えなしに安請け合いしている訳じゃないぜ。
酒の一本くらいはオーラロードで何とかなるだろ。
へーきへーき。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



その後、ヒルダの部屋で寝た。
更にもう1人俺の子を産む気らしい。
今度は覇業ではなく自己防衛の為に。


『なあ、ステータスが見えないのって大変か?』


「HP残量が見えないのは絶望的ですね。
全ての行動にブレーキが掛かります。
身体を動かす事を随分躊躇するようになりました。」


ステータスを確認可能である事が前提となっている異世界。
その異世界人の彼女が陥っているステータス不可視状態の苦しみは想像に余りある。


『ヒルダも色々大変なんだな。』


「艱難とは打ち砕く為にあります。」


『今、最大の艱難は?』


「意中の殿方が私を避けます。」


『ああ、そりゃあ近いうちに砕かれてしまうな。』



そんな睦言を交わしているうちに、いつしか眠り、いつしか目覚めていた。
清磨さんが来るのが16時、まだ余裕がある。


「何か食事を用意しましょうか?」


『あまり腹は減ってないな。
ヒルダは?』


「愛に飢えております。」


『今のままの俺で満足してくれ。』



肩口に歯型を付けられた。
…この女、可愛さを演出するのが上手いな。
流石に物心ついた時から接客業に携わっているだけの事はある。
俺はヒルダのこういうクレバーな面が好きだ。
この女を驚かせ、認めさせてみたい。


『今、20万近く手持ちが出来たから。
支援の話は別に大丈夫。
こうしてヒルダの顔を見れるだけで満足しているから。』



ヒルダは黙って唇を噛む。
そう。
俺のスキルの性質上、出資するなら初動しかない。
なので、ヒルダは発言力確保の為にも何としても初期段階で投資したかったのだ。

だが、俺はヒルダの知らないどこかでカネを工面してしまった。
現代日本で20万など心もとない金額なのだが、俺に限っては軌道に乗りかけている金額だ。

ヒルダ・コリンズは持ち前の推理力で俺の手の内を読み切っている。
スキルの詳細なんて、下手をすれば俺以上に理解している可能性すらある。
それだけに、俺の財布がそこまで膨らんでしまったという事実は、この女にとっての痛恨事なのだ。
この世でこの女だけが、俺の勝確度合を把握しているし、その勝利に貢献出来なかったという機会損失も痛感出来ている。
結果、ヒルダ・コリンズの遠市厘への出資比率はゼロ。
本人にとっては極めて不本意な展開だろう。



『貴方は残酷な方です。』


「でも甘い男は嫌いだろ?」


『女は己だけには甘えて欲しいと思う生き物なのです。』


「こうして甘えに来たじゃないか。」


まあ、シャンパンが重かっただけだが。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ずーっと2人で抱き合っていた。
お互いに頭はフル回転している。
俺はただ自由が欲しいだけなのだが、女にとって男の自由こそが自身の未来を脅かす最大の不安材料である。
その致命的な性別間の利害相反が人類を苦しめてきた一番の原因なんだよなあ。

優秀なオスが自由に振舞う事は、自分以外の女を孕ませる事を意味するからだ。
すると、そのオスのリソースはそちらの女に奪われる。
カネ・時間・権力・愛。
娘と戦争するような女が、再度そんな屈辱に甘んじる筈がない。

《じゃあ、座敷牢にでも軟禁し続ければいいじゃないか?》

と思う者も居るかも知れないが、それは違う。
女如きに制圧される男に、女が魅力など感じる訳がないのだ。


俺は一夫一妻制度に概ね賛成しているが、それ以上の感情はない。
ヒルダには愛も敬意も好奇も感謝すらも持っているが、ただそれだけである。
冷たい事を言うようだが、この女は俺にとって単なるダントツ1位に過ぎない。
(同率1位にコレットが居た事は、母娘にとっても異世界にとっても不幸だった。)

問題は、男は女にそれほど興味がない生き物であるという点。
政治や戦争や宇宙や未来に比べれば、女1人の生死など誤差以下の些事に過ぎない。
なので男にとって女など何でもいい。
ヒルダ・コリンズである必然性はないのだ。
俺のこの考え方を母娘は最初から熟知していたし、それが彼女達に気に入って貰えた理由である。
スタート地点が三者の哲学にある以上、俺達に安寧は断じて無い。

身近な所に話を戻すと。
たまにこうやって遊びに来てセックスをさせて貰えれば、俺はそれで十分満足だし、感謝の念すら感じている。
俺にはカネしかないので、小遣いの一つでもくれてやる場面なのだが、生憎ヒルダの資産はどう見ても膨大だ。

なので、俺達は何もせず、ぼーっと天井を眺める事しか出来ない。
あの馬車旅でもそうだった。
ずーっと無言で天井を眺めていた。

その人数も今では1人減ってしまった。
俺は妻を捨て、ヒルダは娘を殺す為に牙を研ぎ続けている。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



14時00分。

ヒルダは無言で起き上がり身支度を始めた。
彼女がシャワーから上がるまで、布団の中で異世界を想う。

手早くシャワーを済ませたヒルダだが、浴槽に湯を張ってくれていた。
自分は爪先すら浸からぬ辺りの配慮に、女将時代の笑顔を思い出す。

俺が長い風呂から上がった時には、ヒルダは髪を乾かし終わり、メイクもほぼ整え終わっていた。
初めて知った事だが、自動的に女の髪を乾かす設置式の大型ドライヤーが地球に存在したらしい。
驚いた顔で居ると、「こんなものは常識でしょう?」と不思議そうな顔をされる。
…無知なる俺には全てが異世界なのだと改めて痛感。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




15時30分。

出発。
田町駅には直結路があるので傘は持たない。
数分も歩かずにルノアールに着くと、店の玄関に立っていた清磨さんが手を振ってくれた。
中には関羽も来ているらしい。


『え? お仕事はいいんですか?』


「いや、これ以上の仕事もないじゃん。」


『まあ、そりゃあそうかも知れませんが。
シフトとか大丈夫なんですか?』


「俺達、2人揃って感染症が発症した事にしてある。」


『いや、そんな嘘…
流石にバレますよ。
職場、病院なんですよね?』


「?
別に人為的に感染する方法もあるし。
昨日、あの後仕事を辞めるように指示もされたし。」


『え?
清磨さんお仕事辞めちゃうんですか?』


「そりゃあ、辞めるよ。
逆にリン君を放置して看護師なんか続けたら
ソイツは正真正銘の大馬鹿だろ?

それに俺…
職場の連中なんかより君の方が好きだし。」


『あ、ありがとうございます。』



そんな遣り取りをしてから店内に入る。
駅の喫茶店など、所詮は一時的な待ち合わせ場所に過ぎないので狭い。
当然、他の客も居る。

なので。
俺・ヒルダ・清磨さん・関羽は初対面の顔合わせにも関わらず、立礼もせずに音を殺して着席し、額を合わせるが如く距離で会話を始めた。


「はじめまして。
遠市先生の奥様ですね。
飯田の妻で御座います。
どうぞ、奥様。
つまらないものですが。」


流石は関羽、馬鹿ではない。
恐らく幾つかのパターンを想定していたのだろう。
ヒルダだけを見て笑顔と愛想を浮かべて横浜高島屋の紙袋を渡す。
俺の方には目線どころか気配すら送ってこない。
ただ真摯にヒルダだけを見つめている。


一瞬。
ほんのコンマ数秒だけ、ヒルダの表情に受け取るべきか否かの迷いが浮かぶ。
その刹那の表情を盗み見た関羽は、ヒルダの決して盤石ではない立場をきっと察知した。
如何にヒルダと言えどもアウェイの不利に苦しみ抜いていない訳がなく、その鉄面皮をもってしても完全に虚勢を張り切るのは難しい。
関羽はその点を絶対に見逃さないし、察知した気配すら表には出さない。

長い長い数秒。
ヒルダと関羽の目線が複雑に交差し続けた。



「遠市の妻で御座います。

飯田様の奥様ですね。
主人から話は伺っております。

聞いていた通り素敵なご夫婦ですね。
美男美女の典型ではありませんか。
お目に掛かれて光栄です。」



「いえいえ素敵だなんて滅相も御座いません。
奥様の様にお綺麗な方と同席させて頂くのは生まれて初めてです。
私如きは皆様のお目汚しになってしますね。」



俺と清磨さんは無言で下を見ていた。
清磨さんがストローの空き袋をイジイジし始めて、それが楽しそうだったので俺も真似をする。
彼は余程器用なのか、空き袋を丁寧に折りたたんで犬の姿にした。
残念ながら俺には芋虫すら満足に作れなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



単刀赴会の結果。
飯田夫妻には俺への出資権が認められた。
但し俺に面会出来るのは清磨さんのみであり、関羽はヒルダにしか連絡する事は許されない。

他にも女同士の細かいルール設定を行っていたが、下らない話ばっかりだったので聞き流していた。
後になってから清磨さんに聞いても覚えてなかったので、男からすればどうでも良いことなのだろう。

最近知った事だが、女って着る服の柄が被っちゃ駄目なんだってな。
同じバッグを持つのも喧嘩を売った事になるらしい。
そりゃあ、そんな世界で生きてるのなら、ルール設定に真剣になるのも仕方ないかもな。



『えっと、そろそろ時間だけど。
利率とかこの先どうするの?』


俺が尋ねるとヒルダが心底不思議そうな顔で絶句する。


「女が殿方同士のお仕事に口を挟んで良い訳がないではないですか。」


…結構挟みまくってる気もするが。
面倒なのでツッコまない。


『じゃあ、清磨さん。
1%でいいっすか?』


「じゃあ、それで。」


『あ。
後、端数がめんどうなのと
大金は数えるのが手間なので
そこだけ何か考えといて下さい。』


「あー、じゃあ今度から封をした札束をメインにするよ。」


『ありがとうございます。
お任せします。』



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】

29万9858円
 ↓
979万9858円


※森芙美香の代理人・飯田清磨から現金950万円を借入
 金額は口頭申告で確認。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『じゃーん。
今日は清磨さんから貰ったこの箱を使いまーすw』


「おお、初登板が満員の喫茶店とか飛ばしてるねーw」


『カネとか落ちたらスミマセン。』


「大丈夫大丈夫、俺はルーズボールを拾う天才だからw」


『おお!』


「実は高校バスケ界じゃ幾つかの珍記録作ってるんだぜ。」


『ええ、マジっすか。
それ聞きたいです!』


「あはは、じゃあ今度実演を交えながら
年甲斐もなく武勇伝語っちゃおう♪」


『うおー、楽しみです。』



等と話しているうちに、時間が来る。



『じゃあ、清磨さん。
念のため、箱のそっち側支えて置いて下さい。
多分、箱内に収まる気がするんですけど。』



「おっけー♪」



『こっち側に落ちても、ヒルダが超反射・超速度・超精密で何とかしてくれると思うので。』



「あはは、奥さんもバスケやったらいいのにww」



   「…あらあら、うふふ(真顔)。」



『じゃあ、カウントしますねー。
5・4・3・2・1・恩寵の儀~。』


「おんちょうー♪」



ドサドサッ。
全額箱に収まった!?
思わず4人で顔を見合わせる。



《29万3996円の配当が支払われました。》



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】

979万9858円
  ↓
1009万3854円

※配当29万3996円を取得


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『清麿箱、すごいっすねーw』


「清麿箱はやめろし(笑)」


『じゃあ、清き箱でw』


「それ汚職政治家が持ってる奴ー(笑)」


2人で笑い合っていると、ウェイトレスさんに注意されたので黙る。



『ヒルダ。』



「はい!」



『そっちに立って身体で周りの視界塞いどいて。』



「…はい。(恨)」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】

1009万3854円
  ↓
49万8854円


※森芙美香の代理人・飯田清磨に元本+配当として959万5000円を支払い

支払い配当9万5000円


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



うーーーん。
やっぱり軌道に載っちゃったか。
【複利】強すぎだろ。

手持ちが50万弱。
日利3%なので、寝ているだけで15000円ずつの配当が降って来る。
生来の貧乏人である俺は15000円を遥かに下回る金額で生き延びる自信がある。
従って、今後は誰からも出資されなかったとしても金が増え続けて行く。

仮に後藤・江本・飯田に出会わなかったとしても、何らかの形で似たような金額は確保出来ただろう。
金額的には最適解ではなかったが、人間的には最適解の人選をした自信はある。
俺はこの過程に誇りを持っている。


…で、本題。
生まれながらの資本家というのは、この反則行為をもって社会の頂点に君臨し、労働者から搾取を行っている。
俺はこの構造が昔からどうしても納得できない。

そんな俺が、こんな資本主義を体現したかのようなスキルを手に入れてしまった。
もはや天啓以外の何物でもないだろう。
俺は必ずや地球においても【複利】を【福利】に昇華させる。
この腐った世界に正義をもたらす為に。

俺はこの誓いを1秒たりとも忘れた事がない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「リン君。
何か食いに行こうぜ。
リクエストある?」


『餃子はしばらく無理として…』


「ははは…
昨日は食べすぎて死ぬかと思ったよ。」


『そうですねー。
ゆっくり座れる場所がいいです。』


「うん、それじゃあ座敷で検索してみるねー。
えっと、お座敷… 京浜東北線…  っと。

えっとねー。
大森の方にお座敷焼肉あるけど、そこでいい?
ここから電車で10分。」


『あ、いいっすね。
座敷焼肉なんて未知の世界です。』


「若いんだから、これから色々体験すればいいじゃない。」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】

49万8854円
  ↓
49万8674円

※田町駅から大森駅への電車賃として180円を支払い。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



異世界では色々食わせて貰ったのだが、地球で高い飯を食った経験が殆どない。
なので清磨さんが気を利かせてくれて、様々な肉を注文してくれた。


『この上ミノって言うんですか?
これは美味しいと思いました。』


これは内臓なのか?
味付けが僅かにソドムタウン風で俺の口に合う。


「ああ、良かった。
好物をどんどん見つけて行きなよ。
それも勉強だと思うからさ。」


『はい!』



焼肉にビールという組み合わせも勧められて試してみた。



『苦い…。』


「ははは、無理して飲まなくていいよ。
ビールって重労働の喉を潤すものだし。」



…俺、労働者保護とか言ってる癖に自分は殆ど働いてないよな。
キョンを殺すときも野球部コンビに全依存していたし。
なーんか、この辺の自己矛盾が一番許せないんだよな。
俺の倒すべき敵って資本家なんだけど、地球と異世界合わせても俺以上の資本家って存在しないんだよな。
…さあ、俺はどうやって俺を打倒するのでしょうか、と。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】

49万8674円
  ↓
49万3674円

※食事代として飯田清磨に5000円支払い。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「いや、いいよ。
無理を言って押しかけてきたのこっちだし。
それにあんな額の配当をくれたんだから
晩飯代くらいは出させてよ。」


『…友達と割り勘って一度やってみたくて。』


「そっか。
じゃあ半分こだ。

大丈夫、リン君ならこれから幾らでも友達が出来るから。」


『そうでしょうか。』


「君さあ。
年上の人とばっかり付き合って来たタイプでしょ?
自分のお父さんくらいの年齢の人と相性いいのかもね。」


『ああ、言われてみれば
そうかも知れません。』



世代的には親世代にあたるカインやドナルドの顔が思い浮かぶ。
ポールは…  何かフラフラしてたから却下。


「騙されたと思って、近い歳の子と仲良くして御覧。」


『いや、俺はあんまり同世代から好かれないというか。』


「厳しい事を言うようだけど。

それ、リン君から壁を作ってるんじゃないかな?
頭の良い子に多いケースなんだけど、同年代を潜在的に小馬鹿にしちゃうんだよ。
その思考が相手に伝わって、良好な人間関係が築けなくなってしまう。
リン君は、そのケースだよ。

一度さ、歳の近い子に笑顔で話し掛けて御覧。
それも自分とは無縁の、対極の人種。

勇気はいると思うけど、今の君に必要なのはそれだと思う。」



「…はい。」



全てが御尤もで反論の余地がまるでない。
特に《小馬鹿に~》の部分は思い当たる点が多いので、指摘された瞬間ドキッとした。


その後、2人で大森駅前に戻り
自動販売機のお茶を買って、その横で座り込んでチビチビお茶を飲んだ。

個人情報的な部分はボカしながらも後藤の話題になる。
後藤と江本の関係を改善する方法を何とか見つけたかったのだ。


「それは…
まずはリン君の生活が軌道に載った事を報告するべきだろう。
ちゃんとした報告があれば、先輩後輩の間で共通の話題になるだろうし。
そういうポジティブな報告をしているうちに、人間関係って徐々にプラスに転じて行くものだよ。」


『今から蒲田に行ってきます。
清磨さんはどうしますか?』


「あの人からは君に張り付いてろって言われてる。」


『でしょうね。』


「でも俺は反対。
一旦ここで帰るよ。
張り付くなんて、君の良さを殺すだけだ。」


『俺の良さですか?』


「上昇志向、冒険心、探求心、成長意欲。」


『そんなの、皆持ってます。』


「皆は持ってないこと、本当は気づいているよね?」


『…ええ、まあ。』


「だとすれば、それは間違いなくリン君の長所だ。
堂々と胸を張って欲しい。
少なくとも俺にはちゃんと見えているから。」


『はい!』



飯田の連絡先をコインケースに刻み込む。
いつか自分のスマホを持てたら連絡してみよう。



「大丈夫、あの人はヒルダさんと完全連携するから。
普通に連絡を取れるよ。
俺は何も心配していない。

今、幾ら持ってる?」



『50万弱です。』



「じゃあ、50万だけ足しとくね。」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】

49万3674円
  ↓
99万3674円

※飯田清磨から50万円預かり。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『あ、じゃあ
単利になってしまいますが、ちゃんと数えて…』


「いらねーよ。
スマホも住所もない子に、変な気を遣わせる気はない。
そのカネは単なる御礼、餞別、プレゼント。
友達同士の贈り物に利子なんてついて堪るかよ。

それにこれくらいの金額を渡しておけば、あの人に怒られにくくなるしな。」



清磨さんは冗談めかしてウインクすると先に電車で帰って行った。
投資戦略としても極めてスマートな最適解だが、それ以上に気遣いがあった。

時間を掛けて、清磨さんの今までの言葉を反芻して、改めて彼が大人である事を確認した。
賢愚優劣では無かった。
彼は大人として俺に接してくれたのだ。

…俺もいつかあんな風になれるのかな。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】

99万3674円
  ↓
99万3524円

※大森駅から蒲田駅への電車賃として150円を支払い。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



後藤は留守だった
今頃は配達員として精を出しているのだろうか?
それとも野球のトレーニングを行っているのかも知れない。


俺は飯田に貰ったメモに、偽らぬ近況を書き綴った。

ようやく生活が軌道に載って来たが、それは間違いなく2人のおかげであること。
だからこそ、2人が元の関係に戻ることだけが望みであること。
近くまた逢えたら嬉しいこと。


書き続けると涙が溢れてきたので、頑張って陽気な文面を心掛けた。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





【名前】

遠市厘



【職業】

詐欺師



【称号】

サイコキラー



【ステータス】 (地球上にステータス閲覧手段無し)

《LV》  3
《HP》  ?
《MP》  ?
《力》  女と小動物なら殴れる
《速度》 小走り不可
《器用》 使えない先輩
《魔力》 ?
《知性》 ?
《精神》 ?
《幸運》 的盧

《経験》 30 (仮定)

※キョンの経験値を1と仮定
※ロードキルの有効性確認済


【スキル】

「複利」 

※日利3%

新札・新貨幣しか支払われない可能性高し、要検証。



【所持金】

99万3524円



【所持品】

エモやんシャツ
エモやんデニム
エモやんシューズ
エモやんリュック
エモやんアンダーシャツ 
エモやんパーカー 
寺之庄コインケース
奇跡箱           



【約束】

 古屋正興     「異世界に飛ばす」
 飯田清麿     「結婚式への出席。」
          「同年代の友達を作る」
 後藤響      「今度居酒屋に付き合う(但しワリカン)」
 江本昴流     「後藤響を護る。」
 弓長真姫     「二度と女性を殴らない」
 寺之庄煕規    「今度都内でメシでも行く」
×森芙美香     「我ら三人、生まれ(拒否)」

 ヒルダ・コリンズ 「芋羊羹を喰わせてやる。」
          「王国の酒を飲ませてやる。」
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