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【転移124日目】 所持金 0ウェン 「俺の負債だ。」
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よくぞまあ、たったの数日で状況が動くものだと感心する。
そりゃあそうか。
バラ撒いた金額が金額である。
化学変化が起きない訳がない。
多くの財界人が何となくノリで殺された。
強勢を誇っていたピット家の分家群なども相当数が殺され、行方不明になった。
理由は極めてシンプル。
ある日突然、ボディガードも含めた使用人が全て消失したからである。
連絡係が出奔してしまったので、一族同士で連絡を取ることすら困難になってしまったそうだ。
今朝、僅かな生き残りが涙ながらにコレットに窮状を訴えていた。
その状況を横目で睨みつけていた荒木が俺に振り向く。
「インフレなんてモンじゃねーな。
どこの店も閉まっている。」
『店員が出勤してないからな。』
「まあ、カネさえあれば接客仕事なんて誰もしないか…」
『物やサービスの取引が完全に止まった。
稼働しているのは自作農や猟師だけだ。
ゴミの清掃が止まったのは社会にとって大打撃だな。
これはポールとコレットが協議して解決するらしい。』
「他人事みたいに言うなよ。
オマエの所為だろ?」
『ああ、俺のお陰でゴミ清掃人は業務から解放された。
他にも不本意ながら就いていた職務から、多くの者が解放された。
さっきも帰省する娼婦から礼を言われたよ。
親の借金で泣く泣く身売りしてたんだとさ。』
「…これが、オマエが地球でやりたい事か?」
『ああ、遂行する。』
「こんなやり方は間違っている。
テロじゃないか。」
『清掃人は一生ゴミ処理してろと?
娼婦は一生身売りしてろと?』
「極論で反論するのはやめろよ。」
『底辺に目を向けるのが極論だと言うのなら。
俺は過激分子に該当するのだろうな。』
「オマエの理念は認めている。
立派だと思うし、尊敬すらしている。
ただな?
人を殺し過ぎている事を批判しているんだ。
ピット会長のご一族だけでも、どれだけ死んだと思っているんだ。」
『…オマエは精々金持ちを悼んでやれよ。
アイツら幸せだよ。
金持ちに生まれたってだけで死んだくらいで悲しんで貰えるんだからさ。
俺は残りの99%を供養してやる。
誰からも関心を持たれなかった無名人を悼み続けるよ。』
死んだ事がニュースになる奴らは幸福だよ。
本人達は自覚してないだろうがな。
でもな、どれだけ悲劇的な最期を迎えても誰からも気付かれない連中が世界の大半を占めているんだぜ?
なあピット会長。
貴方や俺の所有する鉱山では毎日死者が出ているらしいが、一度でも個々の生涯に目をやった事はあるかい?
アンタ生き残れたんだから、もうそれでいいじゃん。
「最後に確認しておく。
地球でこれを再現するんだな?」
『ああ、地球で再現する。』
俺も荒木もスキルを持ち帰れる事だけには妙な確信を持っていた。
地球に生きて帰れる保証はない。
だが、全身に刻み込まれたスキルが己と不可分である事だけはハッキリと自覚している。
俺は地球で複利を発動する。
何日目で殺されるのかは分からないが、意地でも完遂する。
「オマエのカネを増やすスキル…
地球で使っていいモンじゃねえよ。
冗談抜きで世界が滅びるぞ。」
『俺は、今の地球や日本の在り方に納得していない。
宣言しておくな?
俺スキル、使うから。
どんな手を使ってでもカネを増やして
皆に分配するから。
必ず刺し違える。』
「…これはお願いだ。
人間を殺さないでくれ。」
『善処するよ。』
馬鹿か。
分かってるんだろ?
カネをバラ撒いて人が死なない訳がないだろうが。
ニュース見た事ないのかよ?
ほんの数万円の金額で普通に殺人事件が起こってたじゃないか。
俺が配る金額は、そんなモンじゃないから。
下手をすれば何億人か何十億人かは死ぬよ。
荒木は哀れな者でも見るような目で俺を一瞥してから、目線を群衆に戻した。
俺と荒木は街を出て故郷に帰る労働者の列をずっと眺めていた。
==========================
さて、こちらで得た富は全てこの異世界に遺贈する。
これは公約通り。
管財人はポール・ポールソン。
「俺はただの掃除屋だよ?
ゴミを片付ける以外に何の取り柄もない。
まあ、カネもゴミも誰かが始末しなきゃいけないって点では似たような物だけどさ。」
『名言ですね。
いつか引用させて下さい。』
ダン・ダグラスが去った翌日。
ドナルドはこの男を俺と引き合わせてくれた。
改めて、己が周囲に生かされ導かれていた事を痛感する。
さて、と。
オーラロードを使うのは、俺と…
『興津君。
どうやら帰還にはレベル制限があるらしい。
…諦めろ。』
「諦めれる訳ないだろう!
こんな所で死にたくない!
家族に会いたいんだよ!
せめて一目地球を見たい!」
『地球なら、こうも鮮明に見えているじゃないか。』
「僕には見えないんだよ!」
『じゃあ、それが答えだ。
オーラロードに身を投じた所で、君は辿り着けない。
きっと死ぬよ。』
「み、みんなで助け合えば、何とかなるかも。」
『最初に言っておくけど、俺は君を助けない。』
興津が絶句する。
この期に及んで何を言っているんだ?
男の生死なんて自己責任だろ?
『なあ興津君。
妻には君達の保護を頼んである。
後は静かに余生を過ごせよ。
そっちの子、レベル10だって?
君は確実に死ぬからやめておけ。』
興津の隣に居た女がギャーギャー喚く。
きっとクラスメイトの1人なのだろう。
《自分には助かる権利がある》だの、《俺には助ける義務がある》だの、そういう趣旨の内容を連呼している。
この女を醜悪な形相を見ていると、胡桃亭の母娘が如何に健全だったのかを思い知る。
『コレットって女としてかなり上澄みだよな。』
「去り際に未練をありがとう。
どうせなら、もっと早く聞かせて欲しかったわ。」
『すまんな。
君の幸福を祈ってる。』
「…嘘つき。」
『ああ、きっと嘘だな。
君も含めたこの世界の幸福を祈っている。』
「叶えておくわ。
私のエゴは多少混じるけど。」
興津の連れてきた女があまりに喰い下がるので、別室に移動して貰った。
一応、研究者たちにオーラロード入りを断念するように説得させる。
俺と荒木なら突破できる、だがアイツらには無理だ。
レベルがどうこうという問題ではない。
俺達とは精神の在り方が異なり過ぎているのだ。
自力と他力の差。
それは生死の懸かった場面で必ず露呈する。
荒木が首を振ってこちらに戻って来る。
「興津達には俺からも注意しておいた。
注意はしたんだがな…」
『何でアイツら、あんなに自信持ってるんだ?
専門家が無理って言ったら無理だろう?』
「オマエのステータスだよ。
異世界初日、凄く低かっただろ?
そのオマエが自信満々だから、そこにアイツらは希望を見出している。
オマエ、まだ腕力1なの?」
『今は3まで上がったぞ。』
「…本当に3?
生まれたての赤ん坊でも10はあるらしいぞ?」
『そう表示されてるな。
信用出来ないなら鑑定家を連れて来てくれてもいいぞ?
俺はオマエラを一切騙すつもりはない。』
「いや、オマエは嘘はつかない男だ。
そこは信用している。
ただ、あのオール1桁台はあまりに非現実的だ。
大体、俺はオマエと体育の授業でペア組んでるんだぜ?
体力差は殆どないよ。」
『どんぐりの背比べだなw』
「ああ、体育教師にいつも言われるよな。
俺のレベル1時の腕力は199。
流石にオマエの200倍強いだなんて自惚れてない。」
『あの表示も含めて俺のスキルだったんだろう。』
「?」
『金持ち喧嘩せずってよく言うだろ?
俺のスキルは確実にカネを増やすスキルだから。
《オマエは金持ちになるのが確定しているんだから、個人技には走るな》
そういうメッセージを込めた低数値だったんじゃないかな?』
これは仮説だが、転移初日の鑑定結果は実際の数値の1%表示だったのではないか、と見ている。
あんな低い数値を見せられたら、誰かと喧嘩する気も湧かないし、嫌でも万事が慎重になる。
その姿勢こそが資本家にとって必要不可欠だったから、戒めも込めての1%表示。
俺は勝手にそう解釈している。
「なるほどな。
理には適っている。
もう一度興津達を説得してくるよ。
アイツら多分オマエのスペックを本気で1桁台だと思い込んでるから。」
『…そんなに他人が気になるかね。』
その後、オーラロードの管理担当と最終打ち合わせを行う。
鑑定でステータスも見て貰ったが、やはりステータスは俺に見えてるものと同じ。
あまりの低スコアに職員達が訝しむ。
「…大魔王様。
腕力3はあり得ないと思います。」
『論拠は?』
「いや、現に車椅子を御自身で操作されておられますし。
その車輪を動かせている時点で、どう考えても40ポイントはあります。」
『…俺の数値が100掛けだとしたら現実的でしょうか?』
「失礼。
一旦、大水晶に投影しますね。」
==========================
【名前】
リン・コリンズ
【ステータス】
《LV》 59
《HP》 (7/7) → (700/700)
《MP》 (6/6) → (600/600)
《腕力》 3 → 300
《速度》 3 → 300
《器用》 4 → 400
《魔力》 2 → 200
《知性》 8 → 800
《精神》 13 → 1300
《幸運》 1 → 100
☆右は100倍した場合の数値
==========================
『どうでしょう?』
「忌憚なく申し上げます。
59という驚異的なレベルの割には身体的な数値が低いように思われます。」
『俺、鈍臭いんですよw
ちょっと恥ずかしいな。』
「あー、いえいえ!
十分、健常者の範囲ですので御安心下さい。」
『でも、軍隊とかじゃ通用しないでしょ?』
「あー、いえ。
いや、その。
…特殊兵科には志願しても採用されないかも知れません。」
『すみません、気を遣わせてしまってww』
「その私が驚いたのは知性・精神の値ですね。
知性に関しては普通にアカデミーで教鞭を取れる数値です。」
『念仏を覚えるのに手間取りましたがねw』
「いやいや、きっと大魔王様の知性がドグマを許容しなかったのですよw
それより、特筆すべきは精神力ですね。
流石は天下を平定されたお方であると感服致しました。
きっと大魔王様はその鋼鉄の意志で覇業を成し遂げられたのでしょう。」
『俺なんかより、ヒルダやコレットの方が意志が強いと思うんだけど。』
職員はその名を聞いた瞬間に笑顔を凍らせ「ノーコメントです。」とだけ言って逃げ去ってしまった。
暴君過ぎるだろ、アイツら。
==========================
職員と荒木の打ち合わせを横目に四天王の元に戻る。
涙は昨日散々流したので、後は淡々と事後処理の話。
途中、ハロルド君が物凄く怖い顔で押し掛けてくる。
俺は立ち去る無責任を厳しく責められる。
彼といいコレットといい、まだ12だろ?
何でそんなに気合入ってるんだろう…
「大魔王様!
無責任にも程がありますぞ!
四天王の皆さんもだ!!」
剣幕が凄かったので、思わず首をすくめる。
まあ、こんなに謹厳な少年が皇帝になるなら、エルデフリダを差し引いても帝国は安定するんじゃないだろうか。
無責任にもそう思った。
退出したハロルド君にエルデフリダが媚びた笑顔で必死に纏わりついていたが、乱暴に振り払われて派手に転んだ。
絵面は悲惨だが、あの女こそが異世界最大の勝利者なので誰も同情しない。
結果として、俺もドナルドもポールも、あの女の思うがままに操られて踊らされ続けていたようだ。
よくわからんが幕を下ろすのはハロルド君に任せよう。
==========================
改めて四天王に生き残りのクラスメートの保護を頼む。
但し、彼らの不利益にならない範囲で。
「リンの忘れ形見だ。
守らせて貰うよ。」
『御言葉に甘えます。』
異世界人による召喚に関しては未だに許してはいない。
口には出さないが、平原を殺された恨みはある。
本音を言えば召喚の首謀者を訴追したかったのだが、裁判になればどう考えても被告は大主教の俺なので断念した。
役職を独占するのも考え物である。
オーラロード前で、ありったけの純金装飾を身体に纏わせ
…そして愛用の車椅子を捨てる。
器具を伴っての突入は非常に危険、と忠告されたからである。
起立するので精一杯だが、いずれは回復するであろう確信があった。
「大魔王様! この愚老の見立てでは3か月!
3か月リハビリを続ければ、階段すらも登れるようになります!」
『クュ医師!
ありがとうございました!
続けます!
必ずやコボルト式のリハビリで日常を取り戻してみせます!』
さて、全てが終わった。
オーラロードに飛び込むか…
「…大魔王様。」
と思った瞬間、フェルナンが後ろを何度も振り返りながら駆け寄って来る。
『え? はい。』
「ご出立前に申し訳ありません。
先程、砂漠の果ての使節団が到着致しまして。
どうしても大魔王様に謁見したいと。」
『ああ、何か帝国の遥か北東に大砂漠があって、その遥か向こう側に異民族国家があるみたいですね。』
「その彼らが献上品を持っ…
ちょ! 勝手に区画に入って来ないで!!!」
フェルナンが慌てた表情で振り返った先には、見慣れぬ衣装の一団が侵入してきている。
ラクダっぽい乗り物を携えているので、やはりアレで砂漠を越えて来たのだろうか?
「お目に掛かりとうございました!
コリンズ社長!!」
『あ、どうも。
リン・コリンズで御座います。』
「コリンズ社長が我が国に分配して下さった秘薬・エナドリ!
あれのお陰で我が国の貴人が多く救済されました!
その返礼に参りました!
こちら!
御母堂様のヒルダ様からの紹介状です!!!」
『あ、なるほど。』
間の悪い連中だ。
いや違うな。
ソドムタウンとの距離を考えれば彼らの反応は神速と言っても過言ではない。
彼らのボロボロの服装を見ても、相当ハードな旅路であった事は予想出来る。
(というか、俺が大魔王だと知らずによくここまで来れたな。)
俺もキャラバンの旅では死にかけたので、彼を粗略扱う気分にはなれない。
立ち話で恐縮だが、彼らの言い分に耳を傾ける。
彼らは砂漠の果ての異民族国家の経済団体である。
昨年、異民族国家は帝国皇帝アレクセイに対し一大決戦を挑み、歴史的な惨敗を喫した。
嘘か真か、王族・諸侯・閣僚・将官が絶滅したらしい。
(あの皇帝、結構凄い人だったんだな。)
しばらく壮絶な内戦が続いていたが、最近ようやく沈静化したとのこと。
そんな時、㈱エナドリ代表のリン・コリンズ名義で人道支援として例のエリクサーが送られたらしい。
で、帝国対策も兼ねて、自由都市の有力経済人であろう俺と誼を結びに来たということだ。
彼らの旅程を聞かせて貰ったが、あまりの迅速さに舌を巻く。
全てにおいて判断スピードが尋常ではない。
問題は…
宗教的な問題で、彼らは神聖教団や魔族と致命的に敵対してるんだよなぁ…
『あのー、申し上げにくい事なんですが…』
「はい?」
『㈱エナドリはもう処分しておりまして。
もう俺は関与していないんです。』
「えーーー!!!?」
いいリアクションだな。
『それで…
申し上げにくいのですが…
現在、神聖教団で役職に就いておりまして…
その大主教…
まあ、一応代表を務めております。』
「えーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
わかる。
わかるよー、その気持ち。
『あー、加えて…
本当に申し訳ないのですが…
魔界のですね、役職も兼任しておりまして
大魔王という、まあ代表を務めております。』
「…。」
凄いなコイツら。
そんな情報すら入って来ない状態でソドムタウンに飛び込んで来たのか。
まあ、俺にしたって入国するまで、殆どこの国の事情は把握出来てなかったけどな。
「あ、いや。
あまりに情報量が多すぎて
何と申し上げればよいか、皆目見当もつかず。
え!?
コリンズ社長は人間種ですよね!?
どうして魔界!?
え!? え!? え!?」
『話せば長くなるので、詳細は妻から聞いて下さい。
ちなみに、彼女が着用している衣装。
これ、ゴブリン女性の正装です。』
「コリンズの妻で御座います。」
「え!? ご、ゴブ!?」
『それで、更に申し上げにくい事なのですが。』
「は、はい。」
『俺、別の世界からやってきた人間なんです。
あー、皆さんから見れば異世界人ですね。』
「い、いせ!?」
『それで、丁度帰る所なんで。
じゃ、そういうことで。』
「ちょ! ちょっと待って下さいよ!!
理解が追い付きません!!!!
コリンズ社長と御母堂様だけを頼りにやって来たのに!?
これからこのソドムタウンでどうすればいいというのですか!!!」
「あ、今はコリンズタウンです。」
寄って来た役人が慌てて訂正したので、彼らは余計にパニックになる。
「え!? え!?
こ、コリ!? え!?」
『ポールさーん!
砂漠より向こうは全て貴方に一任します。』
「えー、ちょっと待ってよー。
俺は管財人もやらなきゃだし。
四天王の中でも、俺ばっかり負担大きすぎじゃない?」
『いやー、他の3人は奥様もお子様もおられるから。
頼みにくくて。
ポールさんはフラフラ遊んでるイメージあるから
まあ、多少任せてもいいかなって。』
「遊んでないよー!!!
実はこっそり世界を救ってたんだよーーー!!!!」
『はははw
はいはい、信じますよ。
じゃ、これからもこっちの世界を守って下さいね。』
「もーーー、リン君は酷いなーー。」
『…貴方なら、丸く収めてくれるかなって。』
「…いいよ、どうせ君に拾われた命だ。
カネも砂漠も両方ソフトランディングしとくわ。」
『最後まですみません。』
「但しリン君、1つ約束してくれ!」
『はい。』
「君が図っている故郷の変革。
穏健に進めるべきだ。」
『…。』
「こっちは実験なんだろ?
だからこれくらいで済ませた。
でも、故郷では派手に革命を起こすつもりでいる。
大規模な流血沙汰も狙っている。
そうだよな!?」
『…否定はしません。』
「社会は!
誰かの独断で勝手に改善されてはならない!
如何なる理由があっても、社会との合意なき変革は野蛮な暴力に過ぎない!
本当は誰よりも君が一番理解してる筈だろ!」
『…やはり、貴方も反対ですか。』
「君はまだ若い!!
少しでも人を傷つけない道を探せ!
憎む者とこそ話し合え!!!
君になら必ず出来る!!!」
『…。』
「…。」
『…貴方に逢えて良かったです。』
良い旅だった。
良き師良き友に恵まれた。
この思い出さえあれば、もう何もいらない。
後は幾らでも孤独に戦い孤独に死ねる。
異民族達は俺の帰還を見届けてから、ベーカー社長の誘導に従うことにしたらしい。
死亡説が流れていた合衆国の大統領は貨幣の下から奇跡的に救出された。
機能を停止させたゴミ処理場は、完全に無人となっている事が今朝確認された。
今、上がり始めた火の手は富裕区からである。
聞こえる歌声は街を出て故郷を目指す娼婦達のものだ。
あまりに多くの資本家が殺されたので、生き残りは軍かコレットの庇護下に入った。
不意に轟音が聞こえて空が真っ赤になった。
遅れて海の向こうから熱風が吹きつけて来る。
「あの女がサラマンダーを起爆させたようね。」
『え? 自爆?』
「まさか、威嚇射撃よ。
リン、邪魔。
指示を出すから下がって。」
海の果てには業火が広がっている。
響き続ける反響音はヒルダの断末魔に聞こえた。
「動揺するな!
フォーメーションはそのまま!!!
アレは陽動だ!
奴の本命はこの本陣、我が首級!
少数による斬り込みを警戒せよ!
奴の単騎突入も十分あり得る!!」
コレットはすっかり部隊指揮が板についた。
俺と違って一切の感傷はない。
一瞬たりとも緊張を解かないタフネスこそが彼女の最大の強みなのである。
『じゃあな。』
「どうせ私のことなんか、すぐに忘れるんでしょ。」
『君との縁は… 俺の中でずっと残るよ。』
「嘘つき。
全部捨てた癖に!」
『コレットだけは捨てられない。
一生、君との絆を抱えるよ。』
「絆!?
どの口が言うの!
そんなこと全然思ってない癖に!!!」
この女の素晴らしい点は、俺を糾弾しながらも一切戦場から目線を切らないところだ。
油断なく周囲を警戒し、万が一のヒルダによる奇襲に備えている。
興津と女が戻って来たので、俺もオーラロードに向かう。
コレットに声を掛けると、無言で敬礼を返してきた。
「遠市君。
君、奥さんを本当に捨てるのか?」
『君には関係ないだろ。』
「で、でも妊娠してるんだろ?
周りの女の子も怒ってたぞ。」
『…他人の家庭に口を挟むなよ。』
…オマエなんかに何がわかる。
俺はオーラロードに足を掛け、四天王や見物人に軽く手を振った。
群衆はサンドウィッチを頬張りながら笑顔で手を振り返してくる。
興津と女は俺と同時に飛び込みたがったが、接触事故が怖いので突入には2分ずつのインターバルを取らせる事に決めた。
飛び込む瞬間。
コレットと目が合う。
彼女は軽く溜息を吐いてから、精一杯の笑顔を作った。
初めて会った時とは異なり、歪で固い笑顔だった。
醜さすら感じさせる悲壮な笑顔だった。
俺も笑い返してはいる。
笑うことは元々得意じゃないが、それでも俺なりに頑張って笑顔を作った。
それが彼女の目にどう映っているかはわからない。
富も地位も幾らでも捨てられる。
現に全て捨てた。
そんなものが欲しい訳じゃなかったからな。
俺が異世界に何の未練もないのはその所為だろう。
だが、コレット。
君だけは違う。
君だけは生涯捨てる事が出来ない。
君だけが…
俺の負債だ。
====================
【名前】
遠市厘
【職業】
なし
※魔王職を長男ダン・コリンズに譲位。
ダンの成人までの政務は摂政コレット・コリンズが務める
※大主教職を辞任。
教団人事に関しては、マーティン・ルーサーに委任。
翌々年度の教団選挙まではルーサーが大主教職を代行する。
【称号】
大魔王
【ステータス】
《LV》 59
《HP》 (7/7)
《MP》 (6/6)
《腕力》 3
《速度》 3
《器用》 4
《魔力》 2
《知性》 8
《精神》 13
《幸運》 1
《経験》175京4647兆1426億1110万0436ポイント
次のレベルまで残り179京1936兆5006億3846万6026ポイント
【スキル】
「複利」
※日利59%
下12桁切上
【所持金】
所持金0ウェン
全資産・全債権を放棄。
そりゃあそうか。
バラ撒いた金額が金額である。
化学変化が起きない訳がない。
多くの財界人が何となくノリで殺された。
強勢を誇っていたピット家の分家群なども相当数が殺され、行方不明になった。
理由は極めてシンプル。
ある日突然、ボディガードも含めた使用人が全て消失したからである。
連絡係が出奔してしまったので、一族同士で連絡を取ることすら困難になってしまったそうだ。
今朝、僅かな生き残りが涙ながらにコレットに窮状を訴えていた。
その状況を横目で睨みつけていた荒木が俺に振り向く。
「インフレなんてモンじゃねーな。
どこの店も閉まっている。」
『店員が出勤してないからな。』
「まあ、カネさえあれば接客仕事なんて誰もしないか…」
『物やサービスの取引が完全に止まった。
稼働しているのは自作農や猟師だけだ。
ゴミの清掃が止まったのは社会にとって大打撃だな。
これはポールとコレットが協議して解決するらしい。』
「他人事みたいに言うなよ。
オマエの所為だろ?」
『ああ、俺のお陰でゴミ清掃人は業務から解放された。
他にも不本意ながら就いていた職務から、多くの者が解放された。
さっきも帰省する娼婦から礼を言われたよ。
親の借金で泣く泣く身売りしてたんだとさ。』
「…これが、オマエが地球でやりたい事か?」
『ああ、遂行する。』
「こんなやり方は間違っている。
テロじゃないか。」
『清掃人は一生ゴミ処理してろと?
娼婦は一生身売りしてろと?』
「極論で反論するのはやめろよ。」
『底辺に目を向けるのが極論だと言うのなら。
俺は過激分子に該当するのだろうな。』
「オマエの理念は認めている。
立派だと思うし、尊敬すらしている。
ただな?
人を殺し過ぎている事を批判しているんだ。
ピット会長のご一族だけでも、どれだけ死んだと思っているんだ。」
『…オマエは精々金持ちを悼んでやれよ。
アイツら幸せだよ。
金持ちに生まれたってだけで死んだくらいで悲しんで貰えるんだからさ。
俺は残りの99%を供養してやる。
誰からも関心を持たれなかった無名人を悼み続けるよ。』
死んだ事がニュースになる奴らは幸福だよ。
本人達は自覚してないだろうがな。
でもな、どれだけ悲劇的な最期を迎えても誰からも気付かれない連中が世界の大半を占めているんだぜ?
なあピット会長。
貴方や俺の所有する鉱山では毎日死者が出ているらしいが、一度でも個々の生涯に目をやった事はあるかい?
アンタ生き残れたんだから、もうそれでいいじゃん。
「最後に確認しておく。
地球でこれを再現するんだな?」
『ああ、地球で再現する。』
俺も荒木もスキルを持ち帰れる事だけには妙な確信を持っていた。
地球に生きて帰れる保証はない。
だが、全身に刻み込まれたスキルが己と不可分である事だけはハッキリと自覚している。
俺は地球で複利を発動する。
何日目で殺されるのかは分からないが、意地でも完遂する。
「オマエのカネを増やすスキル…
地球で使っていいモンじゃねえよ。
冗談抜きで世界が滅びるぞ。」
『俺は、今の地球や日本の在り方に納得していない。
宣言しておくな?
俺スキル、使うから。
どんな手を使ってでもカネを増やして
皆に分配するから。
必ず刺し違える。』
「…これはお願いだ。
人間を殺さないでくれ。」
『善処するよ。』
馬鹿か。
分かってるんだろ?
カネをバラ撒いて人が死なない訳がないだろうが。
ニュース見た事ないのかよ?
ほんの数万円の金額で普通に殺人事件が起こってたじゃないか。
俺が配る金額は、そんなモンじゃないから。
下手をすれば何億人か何十億人かは死ぬよ。
荒木は哀れな者でも見るような目で俺を一瞥してから、目線を群衆に戻した。
俺と荒木は街を出て故郷に帰る労働者の列をずっと眺めていた。
==========================
さて、こちらで得た富は全てこの異世界に遺贈する。
これは公約通り。
管財人はポール・ポールソン。
「俺はただの掃除屋だよ?
ゴミを片付ける以外に何の取り柄もない。
まあ、カネもゴミも誰かが始末しなきゃいけないって点では似たような物だけどさ。」
『名言ですね。
いつか引用させて下さい。』
ダン・ダグラスが去った翌日。
ドナルドはこの男を俺と引き合わせてくれた。
改めて、己が周囲に生かされ導かれていた事を痛感する。
さて、と。
オーラロードを使うのは、俺と…
『興津君。
どうやら帰還にはレベル制限があるらしい。
…諦めろ。』
「諦めれる訳ないだろう!
こんな所で死にたくない!
家族に会いたいんだよ!
せめて一目地球を見たい!」
『地球なら、こうも鮮明に見えているじゃないか。』
「僕には見えないんだよ!」
『じゃあ、それが答えだ。
オーラロードに身を投じた所で、君は辿り着けない。
きっと死ぬよ。』
「み、みんなで助け合えば、何とかなるかも。」
『最初に言っておくけど、俺は君を助けない。』
興津が絶句する。
この期に及んで何を言っているんだ?
男の生死なんて自己責任だろ?
『なあ興津君。
妻には君達の保護を頼んである。
後は静かに余生を過ごせよ。
そっちの子、レベル10だって?
君は確実に死ぬからやめておけ。』
興津の隣に居た女がギャーギャー喚く。
きっとクラスメイトの1人なのだろう。
《自分には助かる権利がある》だの、《俺には助ける義務がある》だの、そういう趣旨の内容を連呼している。
この女を醜悪な形相を見ていると、胡桃亭の母娘が如何に健全だったのかを思い知る。
『コレットって女としてかなり上澄みだよな。』
「去り際に未練をありがとう。
どうせなら、もっと早く聞かせて欲しかったわ。」
『すまんな。
君の幸福を祈ってる。』
「…嘘つき。」
『ああ、きっと嘘だな。
君も含めたこの世界の幸福を祈っている。』
「叶えておくわ。
私のエゴは多少混じるけど。」
興津の連れてきた女があまりに喰い下がるので、別室に移動して貰った。
一応、研究者たちにオーラロード入りを断念するように説得させる。
俺と荒木なら突破できる、だがアイツらには無理だ。
レベルがどうこうという問題ではない。
俺達とは精神の在り方が異なり過ぎているのだ。
自力と他力の差。
それは生死の懸かった場面で必ず露呈する。
荒木が首を振ってこちらに戻って来る。
「興津達には俺からも注意しておいた。
注意はしたんだがな…」
『何でアイツら、あんなに自信持ってるんだ?
専門家が無理って言ったら無理だろう?』
「オマエのステータスだよ。
異世界初日、凄く低かっただろ?
そのオマエが自信満々だから、そこにアイツらは希望を見出している。
オマエ、まだ腕力1なの?」
『今は3まで上がったぞ。』
「…本当に3?
生まれたての赤ん坊でも10はあるらしいぞ?」
『そう表示されてるな。
信用出来ないなら鑑定家を連れて来てくれてもいいぞ?
俺はオマエラを一切騙すつもりはない。』
「いや、オマエは嘘はつかない男だ。
そこは信用している。
ただ、あのオール1桁台はあまりに非現実的だ。
大体、俺はオマエと体育の授業でペア組んでるんだぜ?
体力差は殆どないよ。」
『どんぐりの背比べだなw』
「ああ、体育教師にいつも言われるよな。
俺のレベル1時の腕力は199。
流石にオマエの200倍強いだなんて自惚れてない。」
『あの表示も含めて俺のスキルだったんだろう。』
「?」
『金持ち喧嘩せずってよく言うだろ?
俺のスキルは確実にカネを増やすスキルだから。
《オマエは金持ちになるのが確定しているんだから、個人技には走るな》
そういうメッセージを込めた低数値だったんじゃないかな?』
これは仮説だが、転移初日の鑑定結果は実際の数値の1%表示だったのではないか、と見ている。
あんな低い数値を見せられたら、誰かと喧嘩する気も湧かないし、嫌でも万事が慎重になる。
その姿勢こそが資本家にとって必要不可欠だったから、戒めも込めての1%表示。
俺は勝手にそう解釈している。
「なるほどな。
理には適っている。
もう一度興津達を説得してくるよ。
アイツら多分オマエのスペックを本気で1桁台だと思い込んでるから。」
『…そんなに他人が気になるかね。』
その後、オーラロードの管理担当と最終打ち合わせを行う。
鑑定でステータスも見て貰ったが、やはりステータスは俺に見えてるものと同じ。
あまりの低スコアに職員達が訝しむ。
「…大魔王様。
腕力3はあり得ないと思います。」
『論拠は?』
「いや、現に車椅子を御自身で操作されておられますし。
その車輪を動かせている時点で、どう考えても40ポイントはあります。」
『…俺の数値が100掛けだとしたら現実的でしょうか?』
「失礼。
一旦、大水晶に投影しますね。」
==========================
【名前】
リン・コリンズ
【ステータス】
《LV》 59
《HP》 (7/7) → (700/700)
《MP》 (6/6) → (600/600)
《腕力》 3 → 300
《速度》 3 → 300
《器用》 4 → 400
《魔力》 2 → 200
《知性》 8 → 800
《精神》 13 → 1300
《幸運》 1 → 100
☆右は100倍した場合の数値
==========================
『どうでしょう?』
「忌憚なく申し上げます。
59という驚異的なレベルの割には身体的な数値が低いように思われます。」
『俺、鈍臭いんですよw
ちょっと恥ずかしいな。』
「あー、いえいえ!
十分、健常者の範囲ですので御安心下さい。」
『でも、軍隊とかじゃ通用しないでしょ?』
「あー、いえ。
いや、その。
…特殊兵科には志願しても採用されないかも知れません。」
『すみません、気を遣わせてしまってww』
「その私が驚いたのは知性・精神の値ですね。
知性に関しては普通にアカデミーで教鞭を取れる数値です。」
『念仏を覚えるのに手間取りましたがねw』
「いやいや、きっと大魔王様の知性がドグマを許容しなかったのですよw
それより、特筆すべきは精神力ですね。
流石は天下を平定されたお方であると感服致しました。
きっと大魔王様はその鋼鉄の意志で覇業を成し遂げられたのでしょう。」
『俺なんかより、ヒルダやコレットの方が意志が強いと思うんだけど。』
職員はその名を聞いた瞬間に笑顔を凍らせ「ノーコメントです。」とだけ言って逃げ去ってしまった。
暴君過ぎるだろ、アイツら。
==========================
職員と荒木の打ち合わせを横目に四天王の元に戻る。
涙は昨日散々流したので、後は淡々と事後処理の話。
途中、ハロルド君が物凄く怖い顔で押し掛けてくる。
俺は立ち去る無責任を厳しく責められる。
彼といいコレットといい、まだ12だろ?
何でそんなに気合入ってるんだろう…
「大魔王様!
無責任にも程がありますぞ!
四天王の皆さんもだ!!」
剣幕が凄かったので、思わず首をすくめる。
まあ、こんなに謹厳な少年が皇帝になるなら、エルデフリダを差し引いても帝国は安定するんじゃないだろうか。
無責任にもそう思った。
退出したハロルド君にエルデフリダが媚びた笑顔で必死に纏わりついていたが、乱暴に振り払われて派手に転んだ。
絵面は悲惨だが、あの女こそが異世界最大の勝利者なので誰も同情しない。
結果として、俺もドナルドもポールも、あの女の思うがままに操られて踊らされ続けていたようだ。
よくわからんが幕を下ろすのはハロルド君に任せよう。
==========================
改めて四天王に生き残りのクラスメートの保護を頼む。
但し、彼らの不利益にならない範囲で。
「リンの忘れ形見だ。
守らせて貰うよ。」
『御言葉に甘えます。』
異世界人による召喚に関しては未だに許してはいない。
口には出さないが、平原を殺された恨みはある。
本音を言えば召喚の首謀者を訴追したかったのだが、裁判になればどう考えても被告は大主教の俺なので断念した。
役職を独占するのも考え物である。
オーラロード前で、ありったけの純金装飾を身体に纏わせ
…そして愛用の車椅子を捨てる。
器具を伴っての突入は非常に危険、と忠告されたからである。
起立するので精一杯だが、いずれは回復するであろう確信があった。
「大魔王様! この愚老の見立てでは3か月!
3か月リハビリを続ければ、階段すらも登れるようになります!」
『クュ医師!
ありがとうございました!
続けます!
必ずやコボルト式のリハビリで日常を取り戻してみせます!』
さて、全てが終わった。
オーラロードに飛び込むか…
「…大魔王様。」
と思った瞬間、フェルナンが後ろを何度も振り返りながら駆け寄って来る。
『え? はい。』
「ご出立前に申し訳ありません。
先程、砂漠の果ての使節団が到着致しまして。
どうしても大魔王様に謁見したいと。」
『ああ、何か帝国の遥か北東に大砂漠があって、その遥か向こう側に異民族国家があるみたいですね。』
「その彼らが献上品を持っ…
ちょ! 勝手に区画に入って来ないで!!!」
フェルナンが慌てた表情で振り返った先には、見慣れぬ衣装の一団が侵入してきている。
ラクダっぽい乗り物を携えているので、やはりアレで砂漠を越えて来たのだろうか?
「お目に掛かりとうございました!
コリンズ社長!!」
『あ、どうも。
リン・コリンズで御座います。』
「コリンズ社長が我が国に分配して下さった秘薬・エナドリ!
あれのお陰で我が国の貴人が多く救済されました!
その返礼に参りました!
こちら!
御母堂様のヒルダ様からの紹介状です!!!」
『あ、なるほど。』
間の悪い連中だ。
いや違うな。
ソドムタウンとの距離を考えれば彼らの反応は神速と言っても過言ではない。
彼らのボロボロの服装を見ても、相当ハードな旅路であった事は予想出来る。
(というか、俺が大魔王だと知らずによくここまで来れたな。)
俺もキャラバンの旅では死にかけたので、彼を粗略扱う気分にはなれない。
立ち話で恐縮だが、彼らの言い分に耳を傾ける。
彼らは砂漠の果ての異民族国家の経済団体である。
昨年、異民族国家は帝国皇帝アレクセイに対し一大決戦を挑み、歴史的な惨敗を喫した。
嘘か真か、王族・諸侯・閣僚・将官が絶滅したらしい。
(あの皇帝、結構凄い人だったんだな。)
しばらく壮絶な内戦が続いていたが、最近ようやく沈静化したとのこと。
そんな時、㈱エナドリ代表のリン・コリンズ名義で人道支援として例のエリクサーが送られたらしい。
で、帝国対策も兼ねて、自由都市の有力経済人であろう俺と誼を結びに来たということだ。
彼らの旅程を聞かせて貰ったが、あまりの迅速さに舌を巻く。
全てにおいて判断スピードが尋常ではない。
問題は…
宗教的な問題で、彼らは神聖教団や魔族と致命的に敵対してるんだよなぁ…
『あのー、申し上げにくい事なんですが…』
「はい?」
『㈱エナドリはもう処分しておりまして。
もう俺は関与していないんです。』
「えーーー!!!?」
いいリアクションだな。
『それで…
申し上げにくいのですが…
現在、神聖教団で役職に就いておりまして…
その大主教…
まあ、一応代表を務めております。』
「えーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
わかる。
わかるよー、その気持ち。
『あー、加えて…
本当に申し訳ないのですが…
魔界のですね、役職も兼任しておりまして
大魔王という、まあ代表を務めております。』
「…。」
凄いなコイツら。
そんな情報すら入って来ない状態でソドムタウンに飛び込んで来たのか。
まあ、俺にしたって入国するまで、殆どこの国の事情は把握出来てなかったけどな。
「あ、いや。
あまりに情報量が多すぎて
何と申し上げればよいか、皆目見当もつかず。
え!?
コリンズ社長は人間種ですよね!?
どうして魔界!?
え!? え!? え!?」
『話せば長くなるので、詳細は妻から聞いて下さい。
ちなみに、彼女が着用している衣装。
これ、ゴブリン女性の正装です。』
「コリンズの妻で御座います。」
「え!? ご、ゴブ!?」
『それで、更に申し上げにくい事なのですが。』
「は、はい。」
『俺、別の世界からやってきた人間なんです。
あー、皆さんから見れば異世界人ですね。』
「い、いせ!?」
『それで、丁度帰る所なんで。
じゃ、そういうことで。』
「ちょ! ちょっと待って下さいよ!!
理解が追い付きません!!!!
コリンズ社長と御母堂様だけを頼りにやって来たのに!?
これからこのソドムタウンでどうすればいいというのですか!!!」
「あ、今はコリンズタウンです。」
寄って来た役人が慌てて訂正したので、彼らは余計にパニックになる。
「え!? え!?
こ、コリ!? え!?」
『ポールさーん!
砂漠より向こうは全て貴方に一任します。』
「えー、ちょっと待ってよー。
俺は管財人もやらなきゃだし。
四天王の中でも、俺ばっかり負担大きすぎじゃない?」
『いやー、他の3人は奥様もお子様もおられるから。
頼みにくくて。
ポールさんはフラフラ遊んでるイメージあるから
まあ、多少任せてもいいかなって。』
「遊んでないよー!!!
実はこっそり世界を救ってたんだよーーー!!!!」
『はははw
はいはい、信じますよ。
じゃ、これからもこっちの世界を守って下さいね。』
「もーーー、リン君は酷いなーー。」
『…貴方なら、丸く収めてくれるかなって。』
「…いいよ、どうせ君に拾われた命だ。
カネも砂漠も両方ソフトランディングしとくわ。」
『最後まですみません。』
「但しリン君、1つ約束してくれ!」
『はい。』
「君が図っている故郷の変革。
穏健に進めるべきだ。」
『…。』
「こっちは実験なんだろ?
だからこれくらいで済ませた。
でも、故郷では派手に革命を起こすつもりでいる。
大規模な流血沙汰も狙っている。
そうだよな!?」
『…否定はしません。』
「社会は!
誰かの独断で勝手に改善されてはならない!
如何なる理由があっても、社会との合意なき変革は野蛮な暴力に過ぎない!
本当は誰よりも君が一番理解してる筈だろ!」
『…やはり、貴方も反対ですか。』
「君はまだ若い!!
少しでも人を傷つけない道を探せ!
憎む者とこそ話し合え!!!
君になら必ず出来る!!!」
『…。』
「…。」
『…貴方に逢えて良かったです。』
良い旅だった。
良き師良き友に恵まれた。
この思い出さえあれば、もう何もいらない。
後は幾らでも孤独に戦い孤独に死ねる。
異民族達は俺の帰還を見届けてから、ベーカー社長の誘導に従うことにしたらしい。
死亡説が流れていた合衆国の大統領は貨幣の下から奇跡的に救出された。
機能を停止させたゴミ処理場は、完全に無人となっている事が今朝確認された。
今、上がり始めた火の手は富裕区からである。
聞こえる歌声は街を出て故郷を目指す娼婦達のものだ。
あまりに多くの資本家が殺されたので、生き残りは軍かコレットの庇護下に入った。
不意に轟音が聞こえて空が真っ赤になった。
遅れて海の向こうから熱風が吹きつけて来る。
「あの女がサラマンダーを起爆させたようね。」
『え? 自爆?』
「まさか、威嚇射撃よ。
リン、邪魔。
指示を出すから下がって。」
海の果てには業火が広がっている。
響き続ける反響音はヒルダの断末魔に聞こえた。
「動揺するな!
フォーメーションはそのまま!!!
アレは陽動だ!
奴の本命はこの本陣、我が首級!
少数による斬り込みを警戒せよ!
奴の単騎突入も十分あり得る!!」
コレットはすっかり部隊指揮が板についた。
俺と違って一切の感傷はない。
一瞬たりとも緊張を解かないタフネスこそが彼女の最大の強みなのである。
『じゃあな。』
「どうせ私のことなんか、すぐに忘れるんでしょ。」
『君との縁は… 俺の中でずっと残るよ。』
「嘘つき。
全部捨てた癖に!」
『コレットだけは捨てられない。
一生、君との絆を抱えるよ。』
「絆!?
どの口が言うの!
そんなこと全然思ってない癖に!!!」
この女の素晴らしい点は、俺を糾弾しながらも一切戦場から目線を切らないところだ。
油断なく周囲を警戒し、万が一のヒルダによる奇襲に備えている。
興津と女が戻って来たので、俺もオーラロードに向かう。
コレットに声を掛けると、無言で敬礼を返してきた。
「遠市君。
君、奥さんを本当に捨てるのか?」
『君には関係ないだろ。』
「で、でも妊娠してるんだろ?
周りの女の子も怒ってたぞ。」
『…他人の家庭に口を挟むなよ。』
…オマエなんかに何がわかる。
俺はオーラロードに足を掛け、四天王や見物人に軽く手を振った。
群衆はサンドウィッチを頬張りながら笑顔で手を振り返してくる。
興津と女は俺と同時に飛び込みたがったが、接触事故が怖いので突入には2分ずつのインターバルを取らせる事に決めた。
飛び込む瞬間。
コレットと目が合う。
彼女は軽く溜息を吐いてから、精一杯の笑顔を作った。
初めて会った時とは異なり、歪で固い笑顔だった。
醜さすら感じさせる悲壮な笑顔だった。
俺も笑い返してはいる。
笑うことは元々得意じゃないが、それでも俺なりに頑張って笑顔を作った。
それが彼女の目にどう映っているかはわからない。
富も地位も幾らでも捨てられる。
現に全て捨てた。
そんなものが欲しい訳じゃなかったからな。
俺が異世界に何の未練もないのはその所為だろう。
だが、コレット。
君だけは違う。
君だけは生涯捨てる事が出来ない。
君だけが…
俺の負債だ。
====================
【名前】
遠市厘
【職業】
なし
※魔王職を長男ダン・コリンズに譲位。
ダンの成人までの政務は摂政コレット・コリンズが務める
※大主教職を辞任。
教団人事に関しては、マーティン・ルーサーに委任。
翌々年度の教団選挙まではルーサーが大主教職を代行する。
【称号】
大魔王
【ステータス】
《LV》 59
《HP》 (7/7)
《MP》 (6/6)
《腕力》 3
《速度》 3
《器用》 4
《魔力》 2
《知性》 8
《精神》 13
《幸運》 1
《経験》175京4647兆1426億1110万0436ポイント
次のレベルまで残り179京1936兆5006億3846万6026ポイント
【スキル】
「複利」
※日利59%
下12桁切上
【所持金】
所持金0ウェン
全資産・全債権を放棄。
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