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【清掃日誌32】 鶏皮

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カフェのハンモック席で目を覚ます。
ここが実家ならマーサが時間を教えてくれるのだが…
今、何時なんだろうな。


奥のシャワールームで目覚まし代わりの洗髪。
まだ疲労は癒えていない。
使い過ぎたスキルの所為か…
それとも飲まされたテキーラの所為か…



『ふわぁ。

そっか、マスターがまだ来てないって事は…
10時にはなってないって事だな。
感心感心、早起き早起き。

えっと、朝起きた奴がゴミ捨てと換気をするルールだったな。
ゴミ捨て場ゴミ捨て場っと。

いや、スキルで行こう。
俺のミラクル無敵スキルを駆使すれば、理論上ずっと部屋に居れる筈。
ふっふっふ。

あ、いい事思いついた!
オッサンが何日連続でカフェに寝泊まり出来るか
そのレポートエッセイを書けば、バズるかも!
そしたら!
今年こそはベスト10入り出来るかも!
よーし今年こそエッセイストランクを上げて『部屋済みパパ』を越えるぜ!

何せ俺は昨日までの俺じゃないからな。
ふふふ。
子供部屋おじさんからオタカフェ難民おじさんにクラスアップだぜ!
(ブツブツ)。』



「それ、クラスダウンでゴザルぞ?」


『うおっ!
ジミー!!
びっくりした!』



「びっくりしたのはこちらでゴザル。
朝っぱらからポール殿が1人でニヤニヤしながら糞長モノローグを口にしておられたから。

気を付けて下されよ?
頭の病気に効くポーションはまだ開発されてないのでゴザルから。」



『あ、ゴメン。』



「昨日はヘルマン社長の養鶏場に行ったそうでゴザルな。」



『ゴメン。』



「今、かなりの問題になってるでゴザルぞ?
皆で屎尿処理場の件を弁明している最中に、今度は養鶏場ですからな。
ポール殿は、《そういう選挙戦略で権力を狙っている》という解釈が固定化されつつあります。」



『選挙?  何でいきなり選挙?』



「改選も近づいて参りましたしな。
ポール殿がキーン殿の執行部入りに合わせて、公職を狙ってるとは最近噂されてたでゴザル。」


『狙ってないよ。』


「いやいや、各派閥から見ればそう映ってるでゴザルよ。
特に音楽祭の実行委員。
あれが決定的でしたな。
実行委員就任は、一般的に出馬の為の布石ですからな。」



…あれは。
やらされただけなんだけどな。




『あのさあ。
そもそも、俺無職だもん。
仮に出馬計画があるなら、もう少し考えて動くだろ?』


「対立派閥の方々から見れば、今のポール殿の動き自体が一種の思想運動に映ってるのでゴザルよ。
大体、中央区のど真ん中に住んでる癖に、港湾区に入り浸っている時点で…
政治性が無いとする方が難しいでゴザルよ。」



『ジミーから政治屋さん達に言っておいてよ。
《俺は泥棒が大嫌いだから分け前が減る心配はしなくていいぞ》
ってな。』



「そういう政治的なコメントやめて下され。
拙者の胃が死ぬでゴザル。」



『ははは、悪い悪い。
反省してるって。
ゴメンゴメン♪』



「で、ここからが本題。」



『朝っぱらから説教連打は勘弁してくれよ。』



「昨日、ヘンリエッタ嬢を拙者の両親に紹介したでゴザル。」



『え!? マジ!? 展開早ッ!?
つ、付き合うの?』



「交際の許可が下りた、という事ですな。
来週、ヘンリエッタ嬢の両親とお会いして…
向こうの両親から許可が下りれば
そこで初めて交際可能となります。」



『…上流は大変だな。』



「ポール殿もご結婚されてたのでゴザロウ?」



『いや、元嫁との結婚は父さんが決めたことだから。
初対面時には既に婚約が成立していた。』




俺の結婚って、卒論執筆の為に大学に泊まり込んでる時に父さんが勝手に決めたからな。
あの時期、色々あって本当に大変だったんだ。
エルデフリダの分の卒論まで並行して執筆してたし…
ソドムタウンって法学者と経済学者の対立が特に酷いからな、地獄だったよ。

精も根も尽き果てて実家に帰ったら、元嫁が俺の部屋で三つ指をついて待ち構えていたのだ。
まさか地獄の底に次の地獄があるなんて想像もつかないじゃない?

だから俺、恥ずかしい話なんだけど婚前交際ってよくわからない。



「で、そのお詫びを申し上げるでゴザル。」


『お詫び?』


「もしも拙者とヘンリエッタ嬢の交際が始まったら…
ポール殿に対する周囲の圧がとてつもなく強くなりますぞ?」


『…マジっすか。』


「ポール殿は世間的にブラブラする事を許されない歳ですからな。
40男がカフェで寝泊まりとか…
いやはや。」


『でも、そんな奴が書いたエッセイって、ちょっと読んでみたいと思わない?』


「まあ、負の好奇心はそそるでゴザルな。

って駄目駄目駄目!
いつまでそうやって少年絵巻の主人公みたいな発言してるでゴザルか!

拙者の両親もポール殿の事を心配しておられましたぞ?
ヘンリエッタ嬢との会食の際も6割はポール殿の話題でしたから。」


『両家の話を掘り下げろよ。』


「今やポール殿は駄目男の好例としてフリー素材化しつつあります。
拙者としても、何とかこの現状を変えたいのでゴザル!」



『せめて使用料払えよ。
どいつもこいつも俺を酒の肴にしやがって。』



「話をまとめますぞ?

現在のポール殿は政治の文脈では邪悪な猟官者として。
家庭的な文脈では放蕩無頼の駄目男として。

みんなの話題の中心となってるでゴザル。」



『…つらいっす。』


そりゃあ学生時代。
みんなの話題の中心になってみたいとは常々思ってたよ?
だからって、こんな皮肉な形で願いが叶うなんて思いもよらないじゃないか。



「流石に拙者もこの状況は我慢出来ないでゴザル。
許せないのは、ポール殿を
《モテないから独身でフラフラしてる》
と誤解してる輩が居る事なのでゴザルよ!」



『あ、うん。
それ多分、誤解ではない。』



「…次の感謝祭。
ブラウン家はオープンボックスVIP席を確保してるでゴザル。
言うまでもなく街で一番目立つ席ですな。」



感謝祭。
本来、天に豊穣を祈念感謝するお祭りなのだが…
今ではすっかりリア充パレードになり下がってる。
世のバカップル達が派手な礼装で自分達が如何にイケてるかを誇示する下劣極まりない催しに…



「あ、ちなみにポール殿は感謝祭に出席した事は…」


『一度だけ出席したよ。』


「おお! 見かけによらず!」


『キーン夫妻の荷物持ちとしてな…』


「おお… それは…  何と言いますか…」


『何?  俺に感謝祭に出ろって?』


「ええ、無論リア充側として。
拙者、ポール殿がこのまま馬鹿にされるのだけは我慢できないのでゴザル。

オープン席は女子にとっても憧れの的だと聞きます!
是非、美女を侍らせて街中に見せつけてやって下さい!

ポール殿はモテないから独身なのではなく
モテすぎて相手を選べないから独身なのだ!

拙者は万天下にそう叫びたいのでゴザルよ!!」



…いや、モテないから独身なんだけどな。



==========================



ジミーからは《手当たり次第に美女を誘え》、と厳命されてしまったが。
それが出来る性格なら、もっと光の当たる人生を歩んでたっつーの。
アイツ、自分も陰キャの癖に無茶振りしやがって。



約束があったのでお向かいのカフェロットガールズに入店する。



『ようクレア嬢。
今日は早朝10時に起床したぜ。』


「あら頑張り屋さんね。
ご褒美に教えてあげるけど、皆は6時には起床して1日の準備をしてるわよ?


『俺は朝が弱いんだよ。
いや、夜も弱いんだけどさ。』


「ソーニャ。
弱弱魔法使いさんが遊びに来たわよー。」



トテトテという可愛らしい足音と共にソーニャが駆け付ける。
…前から薄々思ってたけど、この子マジで綺麗だな。
仮に平民の衣装を着せてみても一瞬で貴族だとバレるタイプだ。
美貌がゴージャス過ぎる。


「ポールが今日はお仕事に行くって話だから。
朝食を多めに作っちゃったの///」


『お、おう。
ありがとう。
今日仕事頑張るよ。



ソーニャが作ってくれたゴージャスな料理を平らげる。
やはり昨日の件で腹が減ってたのだろう。
一瞬で3皿が消えた。


「ごめんなさい!
男の人には足りなかった?」


『あーいやいや。
ソーニャの料理があまりに美味しかったからさ。
思わず全部食べちゃったよ。』


「えへへ///」



最初に逢った時はツンツンしたイメージだったけど。
こうして見ると本当にいい女だよな。

だからこそ、もう少し距離を置かなきゃな。
この子の将来を潰したくない。

ギークカフェ以外のネグラも探すか。



==========================



工業区の養鶏場。
昨日同様、ヘルマン爺に案内されながらスキルを連打。
テキーラを飲まされかねないのでMP管理は慎重に。

それにしても…
元々、違法闘鶏場の巣窟だった名残なのかダークな雰囲気だ。
従業員達もどことなく柄の悪い雰囲気である。
特に年配の従業員は全員派手なタトゥーが入っており、まさしく《ザ・高齢ヤクザ》見本市の状態だった。



「そうか?
ちょっとヤンチャかな、位だが。
まあ、工業区は少しガラが悪いからな。』



ちょっと?
少し?



『運河の仕事請け負った時は大変でしたよ。
ゴミの不法投棄とか滅茶苦茶でしたもん。』



「ああ、オマエとトッド・キーンの息子が奔走してくれたんだったか。
下水管事件の時もそうだったが…

ワシも含めてみんなが助けられた。
改めて礼を言う。」



『あ、いえ。
それほどでも。』


「いや、そこまで褒めてる訳じゃねーんだ。」


『はい?』


「わかってんだろ?
下町と関わりすぎたら…
ちゃんとした結婚が出来なくなる。

ワシも見て来たからな。
オマエの親父さんが貴族の娘との婚姻を決めるまでにどれだけ無茶をしたかを。
こう見えて鶏舎に呼ぶのも結構躊躇ってるんだぜ?」



『…はァ。』


「次の結婚はどうするんだ?」


『え? けっ?』


「いや、いつまでも離婚しっ放しって訳にもいかんだろう。
そろそろ身を固めなきゃ。
もっと真面目に人生に取り組めよ。」



真面目に仕事してる横からヤクザに真面目さ部門の説教されるの辛いわ。



「相手は居るのか?」


『あ、いえ。』


「気になってる女くらい居るだろう?」


『あ、いや。』



「男の癖に煮え切らねー野郎だな。
いっその事、ワシが決め!

…いや、最近の若い奴らは
無理矢理決めようとすると反発するからな。」



『ああ、娘さん駆け落ちしたんでしたっけ?』



「大昔の話だよ。
折角、金持ちの息子との縁談を決めてやったのに
見習いコックなんぞと逃げやがった。
アイツ、同じ工業区に住んでる癖に挨拶にも来ねーし。」



『ああ、じゃあ娘さんは工業区にお住まいなんですね。
会ってあげればいいのに。』



「くたばったとは聞いてるけどな。
馬鹿な女だぜ。」



『随分冷たいですね。』



「ワシと違って身体の弱い女だったからな。
若死する持病ってのがあるんだ。

まあ、いいんじゃねーか。
惚れた相手の子を産んでから死ねたのなら…
アイツも本望だろう。」



『…。』



「オマエは孝行しろよ。」



『…ええ、まあ。』



「ジャックの奴に孫の顔を見せてやれ。
親なんぞ気が付いたら死んでるモンだぞ。」



『ああ、はい…
善処します。』



やれやれ今日もお説教かよ。
ちゃんと仕事してるんだから勘弁してくれよ。




『ふう…』


「凄いな…
昨日よりペース早かったんじゃないか?」


『まあ、要領は掴みましたし。
養鶏関連なら何とでもなりますよ。』



「…ポール。
オマエさあ。
ウチの会社継がない?」


『はあ!?
何でいきなり!?
突拍子がなさすぎでしょ!』



「突拍子あるよ。

だって、この会社がこんなに大きいのって
オマエの親父と組んで仕掛けた闘鶏興行の原資があったからだぜ?」


『え? そうなんですか?』


「あれ?
聞いてなかった?

ワシとオマエの親父で対立してた組を全部潰したからよぉ。
ここらの闘鶏は全部ワシらが牛耳っとった。
アホみたいに儲かったぞ?」


『い、いや。
流石にそれは初耳です。』


「ふむ。
と言う訳で、ワシの商売ってオマエの親父もかなり噛んでるのね?
ああ、安心して。
ワシもジャックのシノギにちゃんと助太刀してたから。

だから、オマエにこの会社譲るのは極めて自然。
ヤクザ的には滅茶苦茶スジの通った話なんだよ。」



『いやいや!
確か息子さんがおられるじゃないですか!
昔何度かご挨拶した事ありますよ。』



「ああ、上の息子も下の息子も両方富裕区に住んでるからな。
この商売を蛇蝎の様に嫌ってる。
多分、本心じゃワシの事も憎んどるだろ。
アイツら上の娘に随分懐いてたからな。

オマエが手を挙げれば捨て値で譲ってくれるだろうさ。」



『…いや、確か血縁でもない者には。
こういう許認可事業って簡単には引き継げない筈ですよ。』



何せ反社の巣窟だからな。
役所も憲法が許す限りの制限を掛けていた筈だ。



「あー。
そうかァ。
そんな面倒な法律もあったなぁ。
役人の奴ら、余計なことばっかりしやがって。」



『ははは。
じゃあ、残念ですが養鶏場を買う話はナシって事でww
いやあ残念残念ww』


「テメー嬉しそうな顔しやがって!」


『いやいやw
敬愛するヘルマンさんのお手伝いが出来ないなんて悲しいですよww
それじゃww』


「あっ! 待てコノヤロー!!
親族動員してオマエとくっつけてやるからな!!!」



『もうこんなトコ来てやんねーよ!
説教ばっかりしやがって!

またカフェでね♪』


へっへへ。
アンタの一族が男ばっかりだって話は把握済みですよっと。
何せガキの頃からの付き合いなんだからさww




==========================



ふう。
あの爺さんも随分説教臭くなったなあ。
歳の所為が半分、俺の所為が半分ってところか。

しばらくは養鶏からは距離を置かなかきゃね。
日当もたんまり入ったし旨いメシでも食って帰りますか。


店は決めてあるんだ。
運河沿いの定食屋。
前に清掃案件した時に知った店でさ。
次に工業区に来る時はここに来ようって楽しみにしてたんだ。


定食レストラン・レーヴァテイン。
ここは飯も旨いし、看板娘も素敵な子だ。
男にとっては楽園だよね。



「あら、嘘つきお兄さんじゃない。」


『お、覚えてくれてたの?』


「あはは。
そりゃあ忘れるのが難しい相手っているよね。」



相変わらず気風の良い看板娘だ。
前回は店外の床に座って食事させられたからな。
今日こそ店の中で華麗に食事を!



「悪いね。
今、丁度閉店準備を始めたところ。」



『えっ!?』



「食材、本当になくなってきたからさ。
父さんとも試行錯誤したんだけどさ。
店を開くだけのレシピを維持出来なくなった。

お兄さんだってプルスだけのレストランなんて嫌だろ?」


『まあ確かにもち麦だけ食べても味気ないけど…
この店は味付けが絶妙だから
普通に支持されると思うよ?』


「あははは
あり得ないよ。」


『だって、今のこの匂い。
それこそプルスでしょ?
それもニンニクとオリーブオイルだけで味付けしている筈だ。』


「ほう。
流石だね。
いい嗅覚をしている。」


『えへへ。』


「きっと親御さんに愛されて育ったんだろう。」


『あ、はい。』


「あ、ゴメンゴメン。
親御さんの話はNGワードだった?」


『あ、いえ。
今、ちょっと実家に戻ってなくて(モニョモニョ)』


「ははは
ゴメンゴメン。
家出少年だったかww」


『家出おじさんだよ。』



「あははははは!!!
お兄さんモテるでしょ?」



『全然だよ。』



「嘘つき♪」



俺が正直に振舞えば振舞う程、女に嘘つき呼ばわりされるから辛いよな。
世の嘘つき男共の空言は何でも真に受ける癖にさ。



  「父さーん。
  可哀想な家出少年を拾ったんだけど
  残り物のプルスを食べさせてあげてもいい?」


  「運河に叩き込んどけ!」


  「その運河を綺麗にしてくれたスーパーヒーロー君だよ。
  父さんも会いたがってたじゃない。」


  「…軒先でなら残飯喰わせてやるって言っとけ!」



随分の仲の良い親娘関係だな。
少なくとも俺は両親とこういう遣り取りをした記憶はない。


「ゴメンねー。
あの人、偏屈なんだ。
ちゃんとテーブルに座れるように…」


『いや、ここが俺の特等席だ。
ウェイトレスさん、残飯一丁。』


「あははははは!!
店が店なら客も客だねwww」



何がおかしいのか看板娘はケタケタと笑いながら店内の椅子やテーブルを軒先に引っ張り出して来た。


「お客様、当店のテラス席で御座います。」


『おお、地べたテラスから出世出来たよ。』


2人で顔を合わせてクスクス笑い合う。


「どうぞ。
今の私たちにはこれが精一杯。」



文字通りの素プルス。
だが、ニンニクとオリーブオイル、そして火加減水加減だけで、このレベルの完成度。


『旨い。』


「ゴメンね。
気を遣わなくていいよ。」


『いや、本当に美味しい。
お父さん、きっと腕のいい料理人なんだろうね。』



「愚直なだけの人。
頑固で不器用で…  
真面目しか取り柄がない… 
最低の鈍感人間。

母さんも、何でこんな人を好きになったのかなって…
ずっとわからなかったの。」



『そうなんだ。』


「ふふふ。
最近、ようやくわかったけどね。」


看板娘が俺の目を覗き込みながら悪戯っぽく笑う。


『?』


「くすくす。
サイテー♪」


『????』


「あはははww

じゃあ、家出少年クン。
おなかがいっぱいになったらおうちに帰りなさい。
私は閉店準備で遊んであげられないの。
…みんなには当面閉店って言ってるけど、廃業かな。」


『え!?
廃業しちゃうの!?』


「仕方ないでしょー。
これだけ材料費や光熱費が値上がりして。
おまけに物が全然出回ってないしさ。
富裕区や中央区では食材があり余ってるらしいけど。」


『メニューの値上げで何とか凌げないものなのか?』


「労働者賃金も相当下がってるからね。
みんなカツカツなんだよ。
個人店はかなり店を畳んでるよ。
…もう潮時。」


『そ、そんな。
あんなに支持されてたのに勿体ないよ。』


「まあ仕方ないさ。
こっちも商売だからね。

ああ、そんな顔をしないでくれていいよ。
料理人としての父さんは評価されてるんだ。

次の感謝祭でも出店を出せることになった。
頑張って食いつないで行くよ。」



『え? 感謝祭!?』



「そう感謝祭。
飲食店にとっては一番のかき入れ時。
料理人が名を売る為の最大のチャンス。」



『…そ、そうか。

あ、あの。
今から言う事怒らないで聞いてくれるかな?』



「あははは。
店が客に怒ってどうするのさ。

この話の流れで
《一緒に感謝祭に遊びに行きませんか?》
とでも言われない限り、優しくしてあげるよ~♪」



『…あ、はい。
ゴメンナサイ。』


「あはははは。
お兄さん相当怒られ慣れてるでしょww」


『う、うん。
俺が真面目にすればするほど、みんなが怒るんだ。』



「あははははははは♪
皆はお兄さんの為を思って叱ってあげてるんだよ。」



『それもよく言われる。』



「ふふっ。
感謝祭、時間が空いてたらウチのブースにも遊びに来なよ。
彼女さん共々、サービスしてあげるからさ。」



『彼女なんていないよ。』



「…嘘つき♪」




==========================



街の経済状況、かなり悪化しているな。
なーにが空前の財政黒字だよ。
国庫潤って民草飢えるとはこのことだな。


俺が運河を覗いていると環境監視員(ヤクザ)がやって来て胸倉を掴んで脅して来る。
ゲホッゲホッ
そりゃあ不法投棄も無くなるよな。



「オマエ、ポールソンか?」



去り際、背後から声を掛けられる。
何だこのオッサン。



『ええ、自分です。
何か御用でしょうか?』



「ウチの娘にちょっかい出してる奴の顔を見に来ただけだ。」



『あ、もしかして
レーヴァテインの店主さんですか?

先程は御馳走様でした。
プルス、美味しかったです。』



「…随分躾が行き届いていることだな。」



『…。

…あの。』



「遊びで娘に近づくな!」



恐ろしい敵意である。
きっと世の父親の正常な反応なのだと思う。
そりゃあ仮定の話になってしまうけどさ。
自分に娘が居て、それに無職のカフェ難民中年が言い寄って来たら…
多分殺してしまうだろう。



『いやはや。
大変失礼しました。
お怒りは御尤もです。
残念ですがもう店には伺わない事にします。

ああ、お店は閉店されるんでしたね。
そちらも残念です。
いつか、敷居を跨いでみたいと思ってましたから。』



「…吹けば飛ぶ店さ。
定食屋なんぞ惜しまれるような仕事じゃない。」



『そうでしょうか?
この街の人間の多くを潤しておりました。
あの店に入る人達はみんな期待に満ちた目をしていたんです。

俺は、素晴らしい仕事だと思ってます。』



「…昔、真逆の事を言って来たヤクザ者もいたがな。」



『?』



「…いや。
親は親、子は子だな。」



『?』



「ありがとうよ。
最後に商売を褒めてくれて。
それがポールソンだとは、皮肉なものだが。

まあ、少しは救われたよ。」



『? あ、いえ。
惜しい限りです。
店主が誇りを持って仕事をされていた事が伝わるだけに。』



「…仕方ないだろう。
もう食材が仕入れられないんだ。
大手と違ってウチは安定した供給ルートを持っていない。

豊富に手に入るのが、もち麦だけなんだ。
プルスしか出せない定食屋なんて、存在意義ないよ。」



『いえ!
店主のプルスは最高でした!
あれだけでも十分売り物になりますよ!
俺、聞いた事があるんですけど
首長国には朝プルス専門店があって、みんなが起き掛けに粥を啜ってるんです。
色々なバリエーションがあって、市民の娯楽だそうです。
お忍びで王族も訪問しているようですよ。』




「それほどの専門店でもバリエーションは必要とされるんだろ?
じゃあ、余計に難しいな。
流石にさっきみたいな具無しプルスを出す訳にも行かない。

羊・豚・牛・魚介・生鮮、キノコ類、全てが値上がりしている上に手に入らないんだ。
そりゃあ、何か安定供給してくれる食材があればレシピをデッチあげるよ?
最近は本当にその見込みが立たないんだよ。」



『安定…
食材…
心当たりがあります!
俺、友達が乾燥工房をやってますし!
ジャンクマンってデッカイ店あるじゃないですか?
あそこのオーナーとも飲みに行く仲なんです!

だから!
閉店を少し待って貰えませんか!』



「…なあ、何でキミ。
そんなに必死なの?
軒先までしか知らない店の話だろ?」



『いや。
…別に。

あ、そうだ!
娘さんが目当てです!
下心です!』


「ふっ。
嘘すらロクに吐けない小僧に諭されるとはな。
俺もヤキが回ったものだ。

わかったわかった。
期待せずに待ってるよ。
閉店準備は…  ゆっくり進めてもいいかもな。」




==========================



「ポール。
オマエ、さっきの捨て台詞から
まだ2時間も経ってないぞ?」


『あ、はい。』


「あ、いや。
怒ってる訳じゃないんだが。
オマエの前途が心底心配になってな?」


『…いや、まあ
俺は大人になったら化けるタイプではあると思うんですけど。』


「…オマエ以外の39歳は全員大人なんだけどな。」


『あ、はい。』


「で?
食材?」


『行きつけの店が安定供給可能な食材を探してるんです。
店主はかなり優秀な男なので、何か一品あればレシピは調整出来ると言ってます。』



「ほーん。

…街一番のコックになら売ってやるよ。」



『少なくとも工業区では一番です。』



「論拠は?」



『運河の悪臭騒動の最中でもあの店だけが客足が一切途切れてませんでした。
あの集客力は店主の才覚無くしてあり得ません。』


「…運河沿いね。」


『ええ、そういう店があるんです。
今度、一緒に食べに行きましょうよ。』



「いや、ワシはいいよ。

結論から言う。
余ってる食材はない。
胸肉・もも肉・セセリ。
今はどの部位も大手が全部買い込んで行く。
多分、個人店ではあれだけのロットを買えないと思う。

おいおい、商売なんだから当たり前だろ?
先払いで大量ロットを買ってくれる取引先を優先するに決まってるじゃないか。」


『少しは残ってませんか?』


「最近は鶏舎買いが主流だ。
大手、例えば自由食品ホールディングス。
エヴァーソン会長が直々にこの辺回ってるんだぜ?
そりゃあ喜んで売るよ。
個人店に卸す分なんて残る訳ないよな。」


『そっすか。』



「ポール。
こっち見てみろ。」


『ん?
肉? 内臓ですか?』


「鶏皮。」


『へえ。
ああ、確かに廃棄部位には皮も含まれますよね。』


「売ってやるよ。」


『いやいや!
どう見ても廃棄部位じゃないですか!』


「帝国の山岳民族は食べるらしいぞ?
後、ゴブリンも食べるらしい。」


『いやいやいや!!!
ここは自由都市ですよ!』


「いいから、そこの箱を持って行け。

…世界一の料理人なら
何とかしてみせるだろう。」


『ヘルマンさん無茶振りばっかりするから!!』


「相手は見ているつもりだ。
お代は言い値で構わん。
その料理人とやらが使えると思えば、幾らでも売ってやる。
こっちも処分代が節約できるなら助かるしな。」


『本当にこんなもの…
使えるんですか?』


「知るか。
そんなモンはプロが考える事だ。
何者かは知らんが、そいつの才覚次第だな。」


『ったく。
仕方ないジジーだな。

じゃあ、もうこの箱ごと貰って行きますよ!』


「5箱以上の購入なら
配達してやるって伝えておけ。」



くっそ。
モモ肉くらいは分けてくれると思ったのに。
ケチな爺さんだぜ。
アテが外れたな。



==========================



『大口叩いてスミマセン。』


「ん?
これは?」


『あ、いえ。
知り合いに養鶏やってる爺さんが居るんです。
普段結構仲良くしてるんで、お願いしたら販路割り振って貰えるかと思ったんですけど。』


「…養鶏かぁ。」


『?』


「いや、ウチは鶏関連仕入れてなくてね。
メニューにも卵と鶏肉は入って無いんだ。」


『あ、そうなんですね
鶏はアレルギーとか色々ありますものね。
知らずにスミマセンでした。』


「あ、いや。
それはもう構わないんだが。

箱、空けていい?」


『あ! 気を付けて下さいよ!
それ廃棄用の鶏皮なんです。』


「ふーん。」


『昔から底意地の悪い爺さんなんですよ。
ゴブリンやら山岳民族は食べてるって言って…

酷いんですよ?
《世界一の料理人なら何とか出来る》
とか言っちゃって!

…店主?」


「ふふっ
世界一の料理人、か。
懐かしい響きだ。」



『あ、はい。』



「まあ、調整は難しいかもだけど。
どのみち、油分とタンパクは必要だからな。

うん、行けるな。
魚醤と合わせて…

ポールソン君。
食べて行くかい?」


『え? いいんですか?』


「そりゃあ、卸元に報告して貰う必要があるからね。」


『た、確かに。』



やはり店主は器用な男なのだろう。
手早く鶏皮に包丁を入れて即興で炙り始める。
そして、みるみるうちに厨房の中の匂いが組み上がっていった。



「残り物との組み合わせで申し訳無いが
食べてみなさい。」


『あ、はい。 

ズズッ

あっ!
行けます!
これ、肉体労働の合間に欲しくなる味です!』



「ほう。
そこまで理解するか。
やっぱりキミ。
ちゃんと現場も見てるタイプなんだな。」




『…これは出せます!
いや、出して欲しいです!!』



「一杯500ウェンでどうかな?」



『600…   
ああ、でも500ならみんな喜ぶと思います。』



「じゃあ当分は
一杯500ウェンの鶏皮プルス専門店だな。

宣伝も兼ねて、感謝祭は鶏皮プルスの屋台を出してみるか。」



『おお!
絶対人気出ますよ!
人手が足りなければ俺も手伝います!』



「ははは。
キミ若いんだから、感謝祭は遊ぶ側で参加しなさい。」



あ、ジミーにノルマ課せられてるのを忘れてた。
女を誘わずに屋台出してたら、今度こそアイツに殴り倒されそうだな。




「この鶏皮の価格だがな。」


『あ、はい。』


「前例が無いから提示のしようがない。」


『そっすね。
俺も鶏皮料理は初めて見ましたもの。』


「配達のついでいいから。
卸元に寄るように伝えておいて。
実物を食べて貰いながら、価格を決めて行ければと思っている。」


『はい。
伝えます!』


「今度は、お互いが納得出来る形で。」


『?』



==========================



『と言う訳でな!
この俺が一肌脱いでヘルマン爺さんの販路を開拓してやったんだ!
これは画期的なことなんだぞ!
今まで廃棄していた鶏皮が自由都市の食糧事情を救うかも知れないんだ!

それでさあ!
その店主が凄いんだよ!!
鶏皮で精油が出来るかもって
即興で油を作っちゃんたんだぜ!!』



「…相変わらず一隅を照らしておいでのようで。」



『どうジミー。
俺のこと、見直してくれた!?』



「いやあ英雄英雄。
まさしく国士無双でゴザルな。

で、感謝祭には誰を誘ったのでゴザルか?」



『あ。
わすれてたー。』



「拙者としては英雄にはきちんと色を好んで欲しいものでゴザルが。
ちなみにその定食屋の娘とやらには、ちゃんと声を掛けたのでゴザルよな?
普段あれだけ少年向けの恋愛絵巻を読んでいるのだから、流石に学習してますよな?」



『ん?
会っても無いよ?』



「なんと!?」



『店主に《遊びで近づくな》って釘を刺されているからね。』



「なるほど。
意思疎通とは実に困難なものでゴザルな。」



『ふーーー。
今日も天下泰平。
無事に何事も無かったぜ!』



「あ、はい。
ポール殿がそう思ってるのなら
もうそれでいいんじゃないでゴザルか?」



俺の名前はポール・ポールソン。
39歳バツ1。
決まった仕事には就いていない。
とうとう子供部屋にも居場所がなくなったおじさんである。

はっはっは。
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