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【清掃日誌04】 労働者団地

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子供部屋おじさんの俺だが、たまには作業現場に顔を出す。
と言っても家業を手伝う訳でも何でもなく、差し入れだけ置いてとっとと逃げ出すだけのことである。


『ベーカーさん。
今、大丈夫?』


「ポール坊ちゃん!?
よくぞ来られました!

ささ、どうぞどうぞ!」


『差し入れを持って来ただけだよ。
最近暑いだろ?
ジュース持って来たんだ。
皆に渡しておいて。』


「いえいえ!
こういう事は坊ちゃんが直接行って下さらなければ!
皆もその方が喜びます!」


…気が重いな。
俺は普段、家業も手伝わずプラプラしている。
そんな俺が、早朝から出勤して汗水垂らしている連中と顔を合わすのは心苦しい。


「義兄さん!
今日は現場に来て下さったのですね!」


笑顔で駆け寄って来たのは妹婿のロベール君である。
去年まで軍に居ただけあって、身のこなしが実に機敏である。



『その… 差し入れ持って来たんだ。
俺が勝手に取って来ちゃった仕事なのに、皆に丸投げしちゃってゴメンな。
今日はかなり暑いみたいだから、熱中症には気を付けて。』


「おお!
ジュースがこんなに!
早速、皆に配りましょう!
さあ、義兄さんもこちらへ!

みなさーん!
ポールさんが差し入れを持って来て下さりましたー!」



まあ、顔を出すくらいはいいか。
この大豪邸のリフォーム案件を取って来たのは俺だからな。
それにしても王国風への改装か…
弊社はあくまで清掃会社であって、リフォームは専門外だ。
だが、請けてしまった以上は下請け業者とも折り合って行かなくてはならない。



『ベーカーさん。
リフォーム屋さんとは上手くやれてます?』


「ええ、今回は単価も良いので職人達も機嫌良く動いてくれてます。
それにしても、この仕事は実質的な政府案件ですよね?
午前は政治局の方も視察に来られましたし。
やはりキーン不動産経由ですか?」


『ああ。
断れない相手だからね。

…なるべく政治的な案件には絡まないように心がけるよ。
今回だけは我慢して欲しい。』


「いえいえ!
我慢だなんて滅相も無い!
次期社長の坊ちゃんが、熱心に営業して下さっているから
我々はこうして生活出来ているのです。」



なるほどね。
物は言いようだ。
俺としては厄介事を押し付けられているだけのように感じているのだけれどね。




==========================



王国。
かつて世界の大半を支配していた超大国。
間違いなく有史以来の最強国家。

広大な領土、大地を覆い尽す騎士団、無限に湧いて来る農奴達。
それらを束ねる強大な王権。

産業時代の到来でその全てが負債になり下がってしまった斜陽国家。
それが王国である。


父さんが子供の頃は、王国からの政治的・軍事的圧迫に自由都市も相当苦しめられていたらしいが、今の彼らに自由都市をどうこうする力は残っていない。
それどころか不動産屋1人に貴族達を財産ごと引き抜かれて、洒落にならない額の富の流出を許してしまっている有様である。


で、国富を持ち逃げして来た貴族の邸宅を清掃するのが、俺達ポールソン清掃会社の最近の仕事。
政府から補助金が出るのも、ある意味当然である。
《亡命した貴族がどんな環境で暮らしているか》、世界中が秘かに注目しているからである。
亡命者の生活が苦しければ自由都市への亡命希望者は減少する。
だが逆に快適に暮らしていれば?
売国奴は更に増えるのだ。



『ベーカー課長。
王国風のリフォームなんて…
出来るものなの?』


「私も最初は不安だったのですが…
想像以上に王国から労働者が流入していて…
工業区の方には王国人のコミュニティも形成されつつあるそうです。」


亡命者に国富を持ち逃げされた封建国家は、その穴埋めの為に増税を行う。
増税が行われれば、彼らは自由都市に安価な労働力として流入する。
こうして封建国家はますます衰退し、産業国家である我が自由都市はますます豊かになるという寸法である。

王国は一年経たずに滅ぶ。
にわかには信じ難い話だが、この絵を描いた策士はそう言っていた。


『あ、じゃあ
皆さん、少し変わった依頼で申し訳ありませんが
ジュースを持って来ましたので、少し休憩しましょう。
暑いので熱中症に気を付けて下さいね。』


労働者たちの歓声が上がり、場の雰囲気が大きく弛緩した。
高価な建物を弄らされるのはプレッシャーがかかるのである。


俺は作業員達としばらく歓談し、幾つかの要望をメモに書き留めてから現場を立ち去ろうとする。
だが、義弟ロベールに物陰で呼び止められた。


「義兄さん、今宜しいですか?」


『うん?』


「軍時代からの部下が教えてくれたのですが…
この邸宅に引っ越して来る伯爵氏…
かなり政治的に危険な存在らしいです。

聞かされてませんか?」


『…危険?
いや、入居者の詳しい素性までは知らないんだけど。』


「王国が魔界侵攻を計画しているという噂があるでしょう?
どうやらその計画に深く関わっていたらしいですね。」


『魔界に侵攻するのが厭で亡命して来たのかな?』


「いえ、どうも戦争の準備費用を横領していた事がバレそうになったみたいで。」


『もしそれで戦争が中止になったら、その人って平和の英雄だね。』


「いや、どうやら自由都市を巻き込もうとしているみたいなんです。」


『?』


「この街に居たままで王国の英雄になりたいみたいですよ。
向こうに一門衆がまだ残っているらしく。」


『また、誰かさんが厄介者を呼び込むから…
俺も共犯なんだけどさ。』


「…私はキーン社長の取り組みを英雄的だと評価しております。
無論、そのサポートをしておられる義兄さんも。」


『俺はあの男に良いように使われているだけだよ。』


「何度かキーン社長と話させて頂きましたが…
義兄さんに対して深い敬意を抱かれておられる事が伝わって参りました。」


『そっか、いつか俺にも伝わって欲しいもんだね。

で?
その横領伯爵は何を企んでるって?』


「いえ。
もう滞在中のホテルで活動を始めているんですよ。
魔族のネガティブキャンペーン工作を…
軍でも問題になりかけてます。」


ロベール君は年齢的にも士官学校時代の同期がそろそろ管理職に就き始めている。
故に軍のコアな情報が彼に伝わって来るのだ。



『そいつは精力的だよね。』



幾ら家業とは言え、そんな男の為に掃除をするのってアホらしいよな。
手伝わなくて正解だったぜ。


「港湾区に住んでいる魔族労働者がターゲットにされているみたいです。」


『魔族労働者?
ああ、出稼ぎの。』


「低賃金で使えるから財界も導入に積極的なんですが…
そこを突こうとしているらしくて…」



ロベール君の話はシンプルだ。

魔族労働者達は貧困の為に密集して生活しているのだが、独特な食事などで結構な臭気が漂っているらしいのだ。
横領伯爵氏は、到着早々に周囲に住んでいる人間労働者達を煽動し始めている。


「こんな臭い奴らと一緒に暮らすなんて
人間としての尊厳を奪われているぞ!
コイツラは人語を喋る動物なんだ!」


的なニュアンスの煽り文句で、である。

この篤実な義弟がわざわざ俺に相談したという事は、キーンに伝えて止めさせて欲しい、ということだ。
というより軍部は王国が周辺諸国に呼び掛けている「反魔界キャンペーン」の波及に神経質になっている。


やれやれ。
みんな戦争が好きだよね。



==========================



俺のスキルを使えば、きっと悪臭問題も解決可能だろう。
問題は、港湾区に近寄る度胸が俺に無いだけなんだよな。

だって肉体労働者の巣窟だろ?
ガラも治安も壮絶に悪い。
俺みたいに甘やかされて育った坊ちゃんには敷居が高過ぎるのだ。



「珍しくオマエから遊びに来たと思えば…
なるほどな。」


『アンタも俺のスキルの使い道を試したがっていただろ?
臭いに有効か否か? って実験は面白いと思わないか?』


「うーん、まあ。」


『歯切れが悪いな。
要は港湾区に行って魔族労働者居住区の臭いを何とかしたいだけなんだよ。』


「いやー、まあそうだな。」


この男にしては異常に歯切れが悪い。
なので察した。


『アンタさあ。
伯爵の反魔界工作に賛成している訳?』


「いや。
賛成も反対もないよ。
安価な労働力は、もはやソドムタウンの維持に欠かせないしね。」


『じゃあ、王国に魔界を攻めさせたいんだ?』


「…。」


ああ、なるほどね。
王国の話題になるといつも雄弁にペラペラ話すこの男が、王国の対魔界戦に限って口を噤む理由。
魔界侵攻こそが王国にとっての致命打になるんだ。
少なくとも、この男はそう見積もっている。
だから、伯爵の工作を泳がせている。

…。


『一応、念を押しておくけど。
まさかドニーは対魔界工作に関わってはいないよね。』


ドナルド・キーンはさも誠実そうな目で俺を直視しながら返答する。


「誓って私はこの問題に関わっていない。」



…そっか、残念だよ。
アンタ、そこまでに成り下がっちゃってたんだね。



「久しぶりにメシでも食ってけよ。」


『…港湾区で食って来るわ。』


「エルデフリダ。
奥に帝国産のブランデーがあっただろう。
ポールソンさんにお出ししろ。」


『いらねーよ。
帰るわ。』


「…改めて事情を説明させてくれ。」


いらねーよ。
アンタの顔を見てたら全部理解出来たわ。
何年の付き合いだと思ってるんだ。


俺はハンガーから上着をひったくってキーン邸を後にした。
側に控えていた社員さん達が慌てて止めて来るが、これ以上あの男を嫌いになりたくなかったので振り切った。


それにしてもデカい邸宅だ。
キーン家など3代遡れば一介の大工に過ぎない家系なのだが…
今や、まるで貴族である。
いや、実質的には財界における若き貴族階級なのだ。
だから、これくらい豪奢な邸宅を構えても誰からも非難されない。
まあ、あの男の自由都市に対する貢献度を考えれば当然か…


「お待ちなさい!」


…そして、この女。
この女を妻としている限り、大工の孫が貴族の様に振舞う事にもクレームはつかないだろう。


「お待ちなさいったら!」


『…何か用?』


「どうしてあの人の言いつけを守らないの!
普段色々世話をしてあげてるでしょう!」


『…友達でいたいから、かな。』


「?
答えになってないわ。」


きっと君には解らないよ。


『俺にとって、ドニーは大切な存在なんだ。
これからもそうありたい。』


「???
主人に盾突く気はないのね?」


『盾突くよ。』


「??」


『男友達ってそんなモンなんだよ。』


「ワタクシには理解出来ないわ。」


女に理解出来るような次元の浅い友情なんか欲しいとは思わないなぁ。



==========================



馬車のチャーターには結構カネが掛かる。
1日10万ウェンも出せば、護衛付きで一台借りれるのだが…
子供部屋おじさんの俺には痛い出費だな。


『で?
何でエルが付いて来る訳?』


「アナタを監視する為よ!」


『あっそ。』


懐かしい遣り取りだ。
きっと君は覚えていないだろうけど。
俺にとっては大切な思い出である。


『あのねえ奥様。
旦那様以外の馬車に同乗するのは如何なものかと思いますよ?』


「その奥様って呼び方はやめてっていつも言ってるでしょう!」


皆、安心して欲しい。
この女は昔からこうである。
更年期障害によるヒステリーの可能性も無きにしもあらずだが…
初対面の頃からずーっとキーキー叫んでるからね。
手慣れたものだ。


俺はエルデフリダに飴玉を与えて鎮静化させると、御者に一旦停車させる。
後続の馬車に乗っていたキーン不動産社員に事情説明して、引き取りをお願いするも拒絶される。
どうやら俺はこの女の精神安定剤か何かと思われているらしい。


『これって不貞でしょう?』


「いや~、ポールソン様は弊社の最重要重要取引先ですので。
家族ぐるみの付き合いと言うことで…」


『そんなに俺が重要ですかね?』


「でも社長はポールソン様とおられる時が一番楽しそうなのですよ。」


『…。』


「これからも屋敷に遊びに来て下さるとありがたいのですが…」


ゴメン。
俺、この世で一番行きたくないのがキーン邸なんだ。


そんな遣り取りを終えてから工業区に侵入。
しばらく揺られてソドムタウンの最奥の港湾区に。
俺、乳母のマーサから《港湾区には入っちゃいけない》って躾けられているんだけどね。


『エル。
こんな所に良家の奥方が来ちゃいけない。』


「子供の頃は色々連れて行ってくれたじゃない!」


…オイオイ、記憶を改竄するなよ。
そっちが勝手に付いて来たんだろ?
その所為でどれだけ両親から怒られたと思ってるんだ。

…多分、この馬車行が知られたら、最低でも殴られるだろうな。
来年40歳だけどボコボコに殴られるだろうな。


『俺は真面目に仕事で来ているんだ。』


「ワタクシも真面目に仕事よ!」


『何の仕事だよ?』


「決まってるでしょ?
アナタを監視するの。
あの人の仕事の邪魔をするつもりなんでしょ!?」


『邪魔はしないさ。』


「嘘! ワタクシわかるんだからね!
アナタの考えてる事なんて全部わかるんだからね!」


だったら、せめて30年前の俺の気持ちだけでも汲み取って欲しかったんだけど…
女って酷い生き物だよね。


『さて。
魔族の団地はこの辺か…
あー、確かに一触即発感はあるよね。』


「あら、この辺って魔族が住んでるの?
気持悪いわー。
ワタクシ、魔族なんて大嫌い。
醜くって臭くて、見ているだけで不快になりますわ。」


散々な言いようだが、エルデフリダの発言はそこまで奇矯なものではない。
もっと酷い台詞を吐く者もいるからである。
坊主が率先して煽動しているからなあ。
公然とジェノサイドを提唱する公人すら珍しくないのである。
そんな自由都市が魔族の格安労働力をフル活用して経済的覇権を確立しているという、この矛盾。
大人ってズルいねえ。


『なあ、エル。
この臭いって何だと思う?』


「知らないわよ、そんなの!
魚の臭ったような臭い!
気が狂いそうになるわ!」


エル安心しろ。
狂うのは常人だけだ。


==========================


この辺では馬車が珍しいのだろう。
魔族達が遠巻きに眺めてくる。
敵意こそ感じないが、不安は伝わってくる。


俺が精一杯の勇気を振り絞って馬車から降りたように
向こうの勇者も緊張しながら俺に近寄って来る。


『お騒がせして申し訳ありません。
私はポールソンと申します。』


「ご丁寧にありがとうございます。
デッダと申します。

…その、我々が何か?」


『私は実家が清掃業を営んでいるのですが…
港湾区の…  その、ちょっとした騒動の話題になりまして。』


「悪臭問題でしょうか…

先日も申し上げました通り!
我々も改善の努力はしております!」


ああ、それは理解出来る。
路地に掃除道具っぽいものが積み上がってるのが見えたから。

デッダ氏は俺が彼らを糾弾しに来たと解釈したのだろう。
敵意の籠った目でこちらを睨んで来る。
ゴブリンは小柄な種族だが、身体つきは逞しく引き締まっており、文弱中年の俺としては恐ろしい相手である。


『この居住区画を拝見して原因が分かりました。
狭い区域に詰め込まれ過ぎてるんですよね?
恐らく炊事や洗濯のスペースも満足に確保出来ていないのではないですか?』


「…。」


デッダ氏の敵意が少し薄れる。
図星だったらしい。
いや、どんな馬鹿でも見たら分かることだけどね。


「…この辺には魚介を食す習慣は乏しいの?」


『魚介は富裕層向けの食材というイメージがありますね。
ほら、処理が難しいでしょ?
だから人間種の貧困層は魚を自炊しないんです。』


「この街じゃあ、そもそも魚介以外の食材が手に入り難くてね。
その魚介も工業用港湾でこっそり釣っているのを黙認して貰ってる。
汚れた海の魚だから、我々も辟易しながら食べている。」


『デッダさんは何を食べるんですか?』


「今、弟が鯛の煮込みを作ってくれてるよ。
丁度みんなで食べるところだった。
勿論! 臭いには今まで以上に気を使っている!」


『でしょうね。
いい匂いがします。』


「追従はやめて欲しいな。」


『本音ですよ。
俺も魚介は好物でね。

鯛の香草包焼きには目が無いんです。』


「その調理方法は初耳だな。」


『バジルと竹皮があれば作れます。』


「ふーん。
バジルねえ。
我々は芋と合わせる事が多いけど。
後、大麦と一緒に煮込んだり。」


『へえ、大麦と煮込むのは良さそうですね。
興味あります。』


「見た所、貴方は貴族さんだろう?
きっと我々の食事は口に合わないよ。」


『合うかも知れないですよ。』


「どうかな。」


『少なくとも生理的なレベルで異文化を受け付けない人間はこんな所に来ませんし。』


「…一理、あるか。」


その時、馬車の中からヒステリックな叫びが聞こえる。


「ワタクシは生理的なレベルで魔族文化なんて許容出来ませんわー!!」


俺とデッダは顔を合わせて、思わず苦笑してしまう。
エルデフリダの率直な暴言が、逆に俺の発言への信憑性を高めたらしい。

流れで鯛の煮込み料理をご馳走になる。
エルデフリダが鬼の形相で馬車の中から睨み付けて来るが、皆で気づかないフリをする。



『俺、特殊なスキルがあるんですよ。』


「スキル?
突然物騒だな?」


『安心して下さい。
極めて平和的な生活用スキルです。』


「珍しいな。
人間種というのは、スキルを戦争に特化させて日々練磨している種族かと思っていた。」


『それは、ごく一部の不心得者です。
大抵の人間は、スキルを暴力的に用いる者を軽蔑してます。』


「その一部に母国を狙われている身としては反応に困るな。

で?
どんなスキル?
料理でも振舞ってくれるのかい?」


『いえ。
その後片付けです。』


「後片付け?」


『この臭い、生活ゴミが処理キャパを越えて溜まっているのが原因ですね?』


「…我々の地区にも火魔法使いが何名かいる。
本来ならその者たちにゴミを焼却処分させるのだが…
御覧の通りの貧困生活でね…
触媒を確保出来ないんだよ。
正直、困ってる。」


『魔界には良質な鉱山があると噂されてますけど。』


「その噂のせいで周辺国に狙われてるんだよ。
王国さんとか、共和国さんとかね。
偵察部隊が越境して勝手に測量を始めてる。」


『それって!?』


「うん、もう侵攻計画が完成していて
予算も降りてるってこと。
来年には正式に宣戦布告されるだろうね。」


『滅茶苦茶ですね。』


「そう、滅茶苦茶。
だから…
こっちに金属類は持って来ない事に決めてるんだ。
君達の欲望を刺激しない為にね。」


『欲望だなんて。』


「でも、10億ウェンが落ちてたら取り敢えず拾うでしょ?」


『そりゃあ、拾いますけど。

…ミスリルの話?』


「王国さんは露骨に要求してきてるよ。
《攻められたくなければミスリル鉱山を寄越せ》
ってね。」


『まさか!?
幾らなんでもそんな無茶な要求…』


「おお、安心した。
一応人間種の皆さんの常識では《無茶》なんだね?」


『そりゃあそうですよ。
中世でもそんな野蛮な君主は…

あ、そうか。
王国は中世君主国か…』


「この国に来て正直驚いたよ。
憎しみすらも言論によって向けられるのだからね。」


『産業社会だからじゃないですか?
一々暴力に訴えていては社会が維持できないので。

逆に封建国家は暴力を誇示し続けなければ統治が出来ないから…
王国みたいな振る舞いをするのでしょう。』


「ふーん。
なるほどね。
いつか我々も産業とやらを持ちたいものだ。」



鯛の煮込みを食べながらデッダの家族に挨拶をする。
皆、口には出さないがソドムタウンの自由な雰囲気を気に入っているようだ。
田舎の貴族よりも都会の奴隷って昔から言うからね。


『エル。
おカネ持ってたら頂戴。』


「女から小遣いをせびるなんて情けない男!」


文句を言いつつも白金貨を投げてくれる。
いやあ懐かしいな。
この遣り取り。
まさか、こんな年齢にもなって繰り返すなんて夢にも思わなかったよ。



『…セット。』



俺がスキルを発動する様子をエルは飽きもせずに感情の無い目で眺め続けていた。



==========================


「だって白金貨だろ?
本当に礼は要らないのか?」


『また今度…
メシでも食わせて下さい。』


「無理はしなくていいんだぞ。」


『少なくとも俺は魔族が喋るモンスターでも何でもなく
共に食卓を囲める相手だと、今日初めて知りました。』


「奇遇だな。
私も今まで思い至らなかったよ。」


『俺、いつかbarを開くのが夢なんです。
もしも開店したらデッダさんも是非呑みに来て下さい。』


「ははは、残念ながら
我々が港湾区から出るのは難しいよ。

だって人間種さんが嫌がるからね。」


『…地元に帰ったら、まずは仲間に今日の話をしてみます。
何人かグルメ趣味の連中が居るんです。
いつか、魔界料理を紹介するイベントでも開いてみますよ。』


「なあ、本当にやめとけ。
君が石を投げられるぞ。」


『でも匙を取ってくれる者が現れるかも知れない。』


「…。」


『また遊びに来ます。』


「すまないな。
私は明日の便で魔界に戻らねばならんのだ。
あの鯛料理も別れの晩餐さ。」


『帰るんですか!?』


「仕方なかろう?
もう王国の侵攻は確定したようなものなのだから。

こう見えても私は武門の子だ。
領地も王国から極めて近い。

私には祖国と同胞の為に斬死する義務がある。」


『…戦争なんて下らないですよ。』


「同感だ。
だからこそ、こんな下らない役目を若者達に押し付ける訳にはいけない。」


『…御武運を。』



武運なんて言葉は大嘘だ。
運のいい奴は戦場なんて無縁の人生を送る。
それこそ子供部屋に引き籠っている誰かさんみたいに。


==========================



「それで?」


商業区のカフェテラス。
頬杖をついたままドナルドが短く問う。


『別に。
そのまま帰ったよ。
オチが有ったら困る性質の話だしね。

それに。
奥様を連れているのに長居出来る筈もないだろう?』


「それはそれは。
家内が随分と迷惑を掛けた。
後で叱責しておこう。」


『別に。
キーンご夫妻をそこまで迷惑に感じる事はあまり無いよ。』


「ふふふ。
猛省しておこう。

で?
今回のギャラは幾ら欲しい?」


『…別に。
俺への報酬はいつも通りアンタが勝手に決めればいいさ。』



ドナルドは顔を伏せる様にして静かに身体を震わせた。
笑っているのだ。
万能超人のこの男は自らの想像を超える相手に飢え続けている。
だから、俺がこうやって趣のある反撥をしてやると上機嫌になる。


『なあ、ドニー。
今度料理イベント開くからアンタも来いよ。』


「ほう。
オマエが私を誘うなんて珍しいな。

で?
何を食わせてくれるんだ?」



御夫妻には異国の宮廷料理を振舞わせて頂く。
これからアンタが施してくれるであろう、労働者区画拡張の御礼にな。
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