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チートで切腹する

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「帝国刑事法第67条」

全てのグランバルド人は陰謀・事件・事故・天災、或いはその兆候を発見・認識した場合に、これを通報する義務を負う。
義務を怠った者には、《秘匿罪》を適用する。


=========================


なので、グランバルドにおける俺の罪状は《秘匿罪》である。
かなり幅の広い罪状であり、道路舗装の損壊を放置したケースから軍の叛逆に加担したケースまで様々な場面で適用されてきた。
言うまでも無く最高刑は死刑であり、今回の俺の情報秘匿はこちらに該当し得る。
見ようによってはグランバルド史上最悪の情報隠蔽事件である。


《実は私は地球人でした。
言い忘れてましたが、この星の表面に地球人は勝手に基地を作ってます。
領有宣言している国家すら存在します。
そこまで重要な話とは認識していなかったので、うっかり通報し忘れてました。》


俺の言い分を書き起こすと…
確かにこれは酷いな。
俺は法律関係、全然疎いのだが。
どう考えても、死刑以外ありえないだろ。


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査問会の流れは至ってシンプルである。
原告(今回ならラルフ君)が読み上げた告発状の内容を被告が認めるか認めないか。

1点の弁解の余地も無いので
『告発内容を全面的に認めます』
と率直に答える。

そりゃあ、認めるだろ?
隠していた訳ではないが俺は転移してきた地球人だ。
(だって「オマエは地球人か?」と聞かれた事がなかったから…)
他の転移者と異なり俺だけがここを月だと認識していたにも関わらず隠蔽していた点も認める。



グランバルド上層部も地球事情にはかなり詳しく、地球が月と言う衛星への着陸を成功させている点まで把握している。
アポロ13号もアームストロング船長もオルドリン操縦士も、大抵の地球人より詳細に知っていた。
これらの事実は書面では全種族会議に提出されていたが、改めてマティアス議長から掘り下げた解説が為される。


争点は、ここが月であるという情報が真実か否か。
俺が事実誤認を行っている可能性もある。


俺は転移前、神を自称する生物からスキルを貰い、この地に遣わされた経緯を改めて述べる。
続いて七大公家がこっそり秘蔵していた日本人を紹介。
マティアス議長のプランタジネット家は4名・反日最強硬派のヴィルヘルム家もしれっと6名の日本人を所領に隠し持っていたのを連れて来た。
(多分、本当はもっと囲っている筈である。)

悪質極まりないのはヴィルヘルム公爵である。
議会では散々日本人の登用を自粛する演説を何度も行っている癖に、自領では2007年からこちらに転移して来ている医師・野中修平に研究所を与え、地球式医術を積極的に導入していた。

グランバルドですい臓がんによる死者が激減したのは野中の功であるが、その莫大なパテントは反日会派(アンチ七大公家政党)の維持に使われていた。
娘が娘なら親も親である。
野中は自分の庇護者の政治姿勢を初めて知り相当ショックを受けていたようだが、それでも医療関係者らしい義務感で真摯な証言を行った。


俺にとって初対面の日本人転移者達は、概ね俺と同じ経緯で転移していた。
少なくともそう証言した。


①トラックに跳ねられ天国のような空間で目覚める。
②神を自称する人物からスキルを授かり「魔王を倒せ」と命じられる。
③グランバルドにワープし保護された。


↑ 全員がこの流れである。


ここでギルガーズ大帝が発言を求めた。
(と言うより彼は喋りたい時に勝手にペラペラ喋り始める。
制止可能なのは精々ヴァ―ヴァン主席くらいのもの。)


「我々も転移者は保護している。
手元に2名だけ待機させていたので、彼らにも証言させよう。」


※これは嘘。
オーク種は転移者を保護どころか容赦なく弾圧していた。
最近になって慌てて身柄を保護(実際は逮捕)し始めただけ。


「うむ。
例え生まれた世界が異なったとしても同じオーク種だからね。
私も為政者として責務を果たさなければ、と思ってね!」


幾名かの肌や牙の形状が異なるオークが連れられ、カタコトのオーク語で自己紹介を始めた。


「私は飛ぶ船を運転中、突如謎の物体に撃墜され、人間種の方々の仰ったような奇妙な空間に召喚されました。
その後、知能検査らしきテストを受けさせられ、《邪悪の敵を滅ぼせ》との指示を受けて、こちらの世界に転移しました。」


そう言い終えた後、カタコトオークは慌てて


「こちらでは偉大なる大帝陛下から手厚い庇護を受ける幸運に恵まれました!
大帝陛下のような名君がおられる世界に転移できたのは、私にとって無比なる僥倖です。
大帝陛下万歳!」


と早口で付け加えた。


…大帝陛下。
そういう賛美の強要って逆効果だからやめた方がいいですよ。
ほら、リザード勢がドン引きしてるでしょ?


しばらく、カタコトオークへ質問が集中する。
どうやら彼はかなり先進的な文明からの来訪者らしく、その故郷にはテラフォーミングやマイクロウェーブ発電っぽい概念まで存在するらしかった。


そのカタコトオークが、《標準座標の目的が蟲毒である》と《ここが月世界である》の両方の説を支持する。
カタコト氏の故郷の惑星とこの世界ではあまりにも植生が異なり過ぎている。
動植物・地形・気性法則に何一つ共通点が無い。
カタコト氏は暗にこちらのオーク種の政治体制が如何に苦痛かをも揶揄しているのだが、大帝陛下を始めとした封建君主組には多分通じてない。
逆に俺や野中、平等傾向の強いゴブリン種辺りは敏感にカタコト氏の本音を汲み取っている。


続いて、野中の隣に着席していた老婦人が挙手し発言を求める。
名は石川佐代子。
デ・レオン家の食客である。
どうやら先代レオン大公と肉体関係があったぽい。
物凄く憮然とした表情で当代レオンが石川を眺めている。


「石川佐代子です。
本籍は地球。
日本という国家の首都、東京都の出身です。
転移前は植物学を専攻し、後身の指導にあたっておりました。」


彼女は1980年転移組であり、早稲田大学で植物学の教鞭をとっていた所を転移させられた。
嘘か誠か、転移後の石川は先代レオンと共に領内をまるで冒険者の様に探索し、幾つかの功を挙げたらしい。
彼女の伸びた背筋と知的な口元を見ればあながち誇張でもなさそうだ。



「結論から申し上げます。
この世界の植生は極めて地球に近い…
いえ、ほぼ同種の物が多く、転移直後はまずその点に驚愕致しました。」



植物学・漢方薬知識を先代レオンに伝授した彼女は富と自由を与えられ、家庭を持ち2男2女を設けた。
どうやら長女が先代レオン大公の子らしく、当代は長女も含めた石川の子供達を庇護する事を強要させられている、とのこと。
彼らのギクシャクした様子を見るに、かなりのドラマがあったのだろう。


「リザード種の皆様が尊重される、ブラックスネーク。
これは地球ではブラックマンバと呼ばれ、その獰猛さを恐れられております。」


リザード達が「狂暴? そうかなあ?」という表情で顔を見合わせる。
…あなた達にとっては垂涎の珍味でも、か弱い我々にとっては恐ろしい猛獣なんですよ。


「他にも、グランバルド帝国内で好まれるオックス。
ゴブリンの皆様も食されると最近伺いました。」


ゴブリン勢がウンウンと頷く。


「これは地球における《アメリカバイソン》なる動物に酷似しております。
手元に資料が無いので断言は出来ませんが、私は限りなく同一の種として捉えております。」


「石川先生、貴重な情報に感謝します。
つまり、種の類似性と出身世界の距離は比例すると考えられる、と?」


ヴァ―ヴァン主席が質問すると、石川は大きく頷く。
彼女はリザード初見の筈だが、異常なまでに適応している。
これがアカデミズムの力なのか…


カタコトオーク氏も挙手し、その仮説に賛同の意を唱えた。



===========================


その後、リザード側が広大な版図から連れて来た2名の異世界リザードを紹介する。
確かにリザードっぽい見た目だが、顎が小さく尻尾も細い。
俺が見て来たリザード達とは微妙に違う気がする。

彼らは皮肉交じりにこちらの世界のリザード政府に礼を述べた後に証言を開始する。
皮肉を言えると言う事は、オークよりも文明的な扱いは受けていたらしい。

その遣り取りを見た、コボルト勢が気まずそうに全員俯いている。
はいはい。
君達が異物を生かしておく訳がないよね。
大丈夫、責めている訳じゃないから安心して。


その後、ゴブリンの主要族長(ゲーゲーも含まれている)がゴブリン社会への転移者について報告。
やはり風貌・習慣が異なり過ぎるので、多くの場合粛清の対象になって来た、とのこと。


「以降は適切に保護を与え、また得た情報に関しては全種族会議に対して報告する事を誓約します。」


ノノン族長(オーク領内の山岳地帯に住む部族のリーダー。 全種族会議の起ち上げに奔走した)がゴブリンの総意として締め括る。


===========================


午前の部、終了。
タイムスケジュール通りに、現状報告と意識共有には成功したと思える。
休憩を挟んで午後からは地球対策と異世界組の処遇(俺へのペナルティも含めて)について話し合う事になる。

さて。
休憩、と言う名の本番。

俺はオーク・ゴブリン・リザードの官僚に囲まれ吊し上げを喰らう。
やっぱり種族関係なく官僚はキツいよな。


シュタインフェルト卿が俺に話し掛けようとするが、上記3種族の官僚団が無言でブロック。
人間種同士で口裏を合わせられたくないらしい。
そりゃあ、そうだろうな。


コボルトのクュ中尉がアイコンタクトで【コボルトも同調した方がいいですか?】と尋ねてきたので、歩調を合わせて貰う。
コボルトが種族ぐるみで俺と結託している事は最後の最後まで気付かれてはならない。
こちらも戦利品の全てをコボルトに引き渡す。
お互いに全ベッドしているだけに、この共闘関係は悟られてはならない。


無言ブロックの仲間にクュ中尉が遠慮がちに混じる。
オークが満面の笑みで、【どうだ! コボルトも我々に賛同してくれているぞ!】という勝ち誇った雰囲気を醸し出す。
…なんかゴメン。
オークの思考って、俺の能力・策略と妙に噛み合うんだよな。
一方的にカモってるみたいで後味が悪い。


《休憩》と言っても事実上の作戦会議タイムなので、本当に休憩する馬鹿は一人も居ない。
官僚も君主も軍人も、狂ったように奔り回っている。

カメラを切る事は許されていないが、マイクはオフになっている。
(実際はマイクもどこかで稼働している気がするが)
なので、皆が一斉に早口で密談している。

最初、ギルガーズ大帝が無警戒に喋っていたのだが、幕僚長のゴドイに叱責されて慌てて口元を隠す。
それを見て全種族が慌てて口元を隠し始める。
初回にも関わらず、恐ろしい適応能力である。



部下からの報告を聞き終えたヴァ―ヴァン主席が俺の座っている被告席に寄って来る。

「ランチはちゃんと取っておけよ、チート被告w」

軽口を叩いて、大きなランチボックスを広げ、俺に分けてくれる。
ヴァ―ヴァンクラスの最上位貴族の食事を見ることなど許される訳もないので、カメラが遠慮して俺から画角を外す。
各種族の官僚達も会釈して距離を取った。


「奥方の位置は解かるか?」


口を開かずに喉の振動だけで主席閣下が俺に密談を行う。
リザード官僚達は動作で察したようだが、察したからこそ目線を切って俺達に何気なく背中を向ける。


『リザード水域とコボルト水域の中間付近。
先日設定した中立海域を微速航行している気配がします。』


当然、俺も喉を主席に当てて振動で会話する。
この為の猶子関係なのだろう。
主席閣下はこの状況まで読んでいた、としか思えない展開である。
いや、彼の政治手法を見る限り、ヴァ―ヴァン主席は全ての局面を想定するタイプの為政者である。
これも彼にとっては想定内。


「奥方は何を企んでいる?
大量破壊兵器の製造?」


『いえ、大量破壊兵器というのは私から神像を詐取するためのブラフであると推理します。
いずれは製造する腹積もりだとは思いますが、高速艇の船上での作業は現実的ではありません。』


「神像を奥方は何に悪用するつもりだろうか?」


『標準座標≪√47WS≫に向かう…
いえ、天蓋の外を見るつもりでしょう。』


「見る?
何のために?」


『あのレベルの碩学であれば、一見で無限のインスピレーションを獲得可能です。
エリザベスの関心は機械技術の進歩なので、その方面の摂取に注力するでしょう。
そのついでに標準座標達や地球を攻撃する可能性があります。』


「それって、一部君と利害が一致するんじゃないか?
標準座標≪√47WS≫を殲滅するって、チートはいつも息巻いてるだろ?」


『あ、いえ。
自分でやりたいので。
あの女は邪魔ですね。』


「勝手に宇宙戦争するなよ。
100億回くらい死刑にされても文句言えないぞ。」


『…前から思ってなんですけど。
そこまで分かっていて、どうして私を野放しにしているんですか?』


「だって君。
この問題を確実に解決出来るんだろう?

私は何も知らん。
君が勝手に問題を解決してくれる。

そうだな?」


『まあ邪魔さえ入らなければ
後腐れ無く綺麗に解決して、天蓋の外との外交関係も全部円満に納める事が可能です。』


「うん。
君なら完遂するだろうな。
そして何だかんだ言って報告が小まめな所も気に入っている。

で、今のところ邪魔者は誰?」


『エリザベス以外はみんな紳士的ですよ。
査問会というから、公開拷問でもされるかと思っていたのですが
驚くほど理知的で逆に戸惑ってます。』


「公開拷問って…
未開部族でもあるまいし。

申し訳無いが、奥方の事だけはどうにも出来んぞ。
他の勢力なら、ギルガーズ相手でも抑止して見せるんだが…な。」


『…まあ、あの女は何とかします。』


「…任せる。
今の世界にアンコントローラブルな存在は不要だ。」


『同感です。
いや、私も他人の事はあまり言えないのですが。』


「君は協調型だ。
富や名誉さえも、万事において分かち合おうとする志向がある。
だから実は社会にとってそこまで脅威ではない。
こちらの社会にとっては、ね。

奥方は…
やや趣がことなるようだ。」


だな。
あの女は、社会は天才の独裁によって運用されるべきだと考えているし
時代もまた1人の英雄によって革命されるべきだと常々主張している。
(というより、ヴィルヘルム家の家訓がまさしくそれだ。)

なまじ…
あの女なら出来てしまうから危険なんだよな。


『会議終わったら、あの女を追撃します。
報告は全て行いますし、傍受が怖いですが通信機や目付役も受け入れるつもりです。』


「ヴェギータでいいだろう。
何か不始末があったら仲良く2名で切腹しろ。
2名で足りなければ、元帥や私の腹も追って差し出す。」


『他人様の生き死にを勝手に決めていいんですかね?』


「星の生き死にを勝手に決めようとしている癖にw」



参ったね。
何もかもお見通しか。
やっぱり正規のキャリアで栄達した者には叶わないな。


『じゃあ、午後の判決は切腹で決めて下さい。』


「どうして切腹?」


『処刑であれば、審理を後日に回せると聞きました。』


「君の存在は資料性が高いからなぁ。
簡単に殺してはくれないと思うぞ?」


『じゃあ、自主切腹は?』


「開廷中は無理だって。
法的にも物理的にも。
ほら、君を挟んで立っていたあそこの2名。
あれは本職の警備官だぞ?
君がどうこう出来る相手じゃない。」


『じゃあ、今腹を切るんで介錯お願いします。
主席、カメラさんにこっちを映させて!』


「介錯なんて野蛮な習慣を残してるのは人間種くらいし…
って早ッ!!」



人生初切腹。
やってみると意外に難しかった。
自分の腹に刃を入れるなんて正気の沙汰ではないだろう。
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