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不穏な記憶

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「ちょっとゴメン。悠木玲奈ちゃん、だよね?」

加納勇助の呼び掛けに、セーラー服姿の少女が振り返る。

黒い髪のセミロング、左耳の上にヘアピンを留めたその姿は、確かに悠木玲奈その人であった。

「え、コンビニのお兄さん⁉︎」

加納勇助の姿を認めて、悠木玲奈は驚いたように両手で口元を覆う。その拍子に、提げていた大きなレジ袋がバサリと落ちた。

「あ、ゴメン。驚かしちゃって」

加納勇助は慌てて膝をついて、飛び出た中身を拾い集める。しかし大量に散らばったその商品は…

「え…全部、納豆⁉︎」

「ぎぃやあああああ!!!」

唐突に、悠木玲奈が悲鳴をあげた。そのまま大きなレジ袋を拾い上げ、一目散に駆け出していく。

残された加納勇助は、ただ唖然と、駆けて行く彼女の背中を見送った。

それからハッと我に返ると、横にあったカーブミラーに話しかけた。

「なんか家とは違う方向に逃げていくけど、やっぱり偽者だったのか?」

「……」

しかし、悠木玲奈は応えない。何かを考え込むように、口元に手を当て押し黙った。

「玲奈ちゃん、聞いてる?」

「……え⁉︎ あ、すみません。聞いてません」

やっと顔を上げた悠木玲奈に、加納勇助は思わず苦笑いを浮かべた。

「いきなり逃げてったけど、この後どうする? 追いかける?」

「あの…!」

そのとき悠木玲奈が、意を決したように、真剣な眼差しを向ける。

以前まえにもこんな事、ありませんでしたか?」

「……え⁉︎」

「だから勇くんが私に声を掛けて、私が逃げ出すみたいなこと」

「さ、さあ? 俺には覚えがないけど?」

「絶対にあった筈です。その時も私、今日みたいに袋一杯の納豆を持ってて…」

「おいおい。まさか俺にも、偽者がいるなんて言い出すんじゃないだろうな?」

加納勇助は、若干呆れたように呟いた。

「それでその後、痴漢に襲われたんです」

「…え、痴漢⁉︎」

「あ、大丈夫です。その時はちゃんと、自力で逃げ出せ…」

「何処だ!!」

その瞬間、加納勇助が大きな声を張り上げた。その表情には鬼気迫るものが浮かんでいる。

「え⁉︎」

「だから、何処で襲われた?」

「え、あの…よく覚えてません。だけど、ここから逃げて直ぐだったと…」

「アッチか!」

「あ、だからそれはその時の事で…って、聞こえてないか」

走り始めた加納勇助には、もはや悠木玲奈の声が届く筈もなかった。
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