上 下
101 / 215
白い影

44

しおりを挟む
 それは、無数につけられた『引っ掻きキズ』。

 首の付け根から胸にかけて、まるで掻き毟ったようにつけられている。強く引かれたらしいその爪痕は、不思議と血は出ていないものの、肉を抉ってミミズ腫れを起こしていた。

「げぇっ! なんだよ、それ!」

 恐る恐る手を伸ばして傷に触れた彬の指先に、「つッ…」と隆哉が顔を顰めた。

「ああ、やっぱ痛いのか」

 パッと手を離した彬が、感心したように呟く。

「当たり前。あんた、俺に恨みでもあんの?」

「少しだけな。――それより。あの子に烙印を押されたって事は、お前」

「そう。彼女の依憑いひょうを聴く羽目になったよ」

 軽く肩を竦めた隆哉は、無感情な視線を秀行に向けた。胸のキズを掌で押さえ、低い声を吐き出す。

「これは、彼女が死の苦しみから逃れようともがいた傷跡。――解る? 四、五歳くらいの女の子がここまで、自分の肉が抉れるまで、咽喉元を掻き毟らなければならなかった程の苦しみが」

「………いや」

 目を伏せた秀行の姿を、硝子の瞳がじっと見つめた。ぼんやりと、抑揚のない声が言葉を綴る。
しおりを挟む

処理中です...