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緋い記憶

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「月くらいの事で、怒ってもな」

 うつ伏せた恰好の男は、肩を震わせ可笑しげに笑った。

「そうじゃなくて」

 ――さっきの高橋彬の態度。

 やっと再会出来た、長い時間を待ったその親友に、あんなに強く拒絶されて傷つかない筈がない。それこそ、絶える間もない地獄のような苦しみの中で、何度も車や人に踏まれながら、あいつだけをひたすら待っていたのだから。

 ――俺とは違って、ちゃんと『心』があるんだから。

 後悔すらも感情に出ない隆哉は言葉を失い、ただ目の前の男を見つめた。

「じゃ、何?」

「…………」

 黙り込む隆哉に、俊介がくぐもった笑い声をあげる。細めた目で、反応を窺うように隆哉の顔を見上げた。

「あいつはな、ああ見えて怖がりなんだよ」

「は?」

「彬のヤツさ。スプラッタ映画なんか観れねぇもん。幽霊も駄目だし、ゾンビ系も駄目。ついでに言や、絶叫マシーンも苦手なんだぜ、あいつ」

「なに、それ」

 唖然とする隆哉に、俊介は少しだけ顔を上げる。

「悪かったな。最初に言っときゃよかった」
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