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緋い記憶

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 間延びしたような男の声に、殴る対象を失った拳がプルプルと震える。それをもう一方の手でなんとか押し留めた彬は、唸るように言葉を吐き出した。

「なんだ、話って」

 どこまでもマイペースな男は、イラついた彬の態度などお構いなしでのんびりとした声を出す。

「俺の名前は相沢隆哉」

「だーッ! 自己紹介なんかどーでもいい。ってか、知ってるし! ハ・ナ・シ・ってのは、何だっつってんだよ!」

 もう限界! と振り上げられた拳に、相沢の視線が移動した。フイと首を傾げ、考え込むように顎に手をあてる。

「……んー。交換条件ってのも、有りかもしれない。――うん。そうするか……」

 無表情のままポンと手を打った相沢は、視線を彬へと戻した。

「俺の事殴ってもいいから、俺の質問に嘘偽りなく答えるってのはどう?」

 ――どうって? 何が、どう?

 『殴ってもいいから』と不気味に意味不明な台詞を吐く相手に、体の力が抜けていく。拳を力無く下ろした彬は、情けない瞳を相沢に向けた。

「何? 質問って。出来れば簡潔に頼むよ。俺、また倒れるかもしんないし」
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