上 下
52 / 65

第54話 旧友との再会

しおりを挟む
 時間どおりに店を終わらせ、莉子は駅へと急ぐ。
 セナは仕事帰りというから、きっとスーツ姿だろう。
 莉子もほぼ変わらず、Tシャツにジーンズ、化粧は適当に直したぐらいだ。
 まだ日中の蒸し暑さが残る道路を歩いていくと、不意に肩を叩かれた。

「へい、これからどこいくのー?」
「……あんたと、居酒屋、でしょ」
「莉子、おひさ! 後ろ姿ですぐわかった。あ、髪留め、かわいいね、これ!」

 うぇーい! といわんばかりのノリだが、これがセナである。

「あんたも相変わらずだねぇ」
「男勝り同士、今日は飲むぞー!」

 ジャケットを肩に背負い、歩き出す姿はまさしくサラリーマンだが、セナは『女』である。
 身長は170に届かないぐらい。女性の中では大きい方だろう。さらにヒールも履いているから余計だ。
 だが、イウォールに説明した通り、背がスラッと高くて、かっこいいのは間違いない。

「まじ、ひさしぶりだねー。まさか莉子から恋話相談とは、まじビビったわ」
「うっさい!」

 莉子の肩を抱きながら歩くセナだが、見上げる先がそれほど上ではない。
 昔はセナの顔を見上げるのも億劫だったが、今はエルフとの付き合いがあるため、セナくらいだと低く感じてくる。

「……慣れって怖いな」
「んん? なんだいなんだい? この恋の神様セナ様が君の悩みを聞いてやるってばよ? よ?」
「うざっ!」
「いいじゃぁーん、ちょっとぐらいかまってよぉー」


 ───その頃、かの有名ホテルで、トップ同士の会食が始まろうとしていた。

「イウォール、やったわね! これでリコも安心ね」

 たまたま廊下ですれ違ったエリシャが、イウォールに声をかけた。
 だが、イウォールの思考はどこかに飛んでいる。
 返事がない。
 生きた屍のようだ。

「ちょっと、聞いてる? あ、今頃リコは友だちと食事かぁ……いいわね、そーいうのも」
「……そう、だな……」

 ようやくの返事だが、苦虫を噛み潰した顔だ。
 奥歯を噛み締め、眉間にシワがよる。
 何に対してそう思っているのか、それほどまでに何が気にくわないのか、エリシャには全くわからない。

 イウォールの表情が引っかかりながらも、仕事があるため、その場を離れるしかなかった───


「莉子ぉ、それは、恋だぜ?」

 割箸を指示棒がわりに莉子にむけるのは、セナだ。
 今までの一通りの話をした莉子に向けての発言だ。
 ちなみに、キスをされたことは、言っていない。

「恋愛相談だけなら負けない私が感じるに、それは、恋なんだぜ?」
「いや、憧れかもしれないじゃん」

 だし巻き卵を頬張りながら言うが、セナは、ノンノンと舌を叩く。

「ドキドキしちゃったんだろ? また来てくれないかな、って思っちゃったんだろ? それは恋だ。恋!」
「でも、私とぜんぜん立場が違う人だしさ、そう言う人って話が合わないじゃん。……今だけだよ、楽しいの」
「そーか?」
「だってそうじゃない? お互いの共通の敵がいたから仲良くなったってところあるじゃん」
「……確かにね。それはあるだろね」
「ほらぁ」

 莉子は梅酒のロックを飲み干し、追加を通りすがりの店員さんに頼むと、唐揚げに箸をのばす。
 セナも同じくハイボールを飲み干してから、枝豆を食べ、指をなめながら、考え込む。

「でもさ、莉子の気持ちが一番大事じゃん、こういうのって」
「どういうこと?」
「どうでもいい人になるなら、そのままフェードアウトでいいと思う。けどさ、莉子はどうなの? どうなりたいの? あんたは、また、一人がいいの?」
「……わかんない」
「よし! それ、はっきりさせるまで、帰れまテンね!」
「え、なにそれ」

 セナはハイボールをもう1杯追加し、新しく届いた莉子のグラスをかちんと鳴らす。

「莉子が今日で、大人の階段登っちゃうね~」
「意味わかんないんだけど」
「ねーねー、どっちよ? どっちなのよ?」

 莉子はひと口梅酒を飲み込んで、ふんと息をつく。

「……そのさ、また誰かと朝を過ごすって、すごく素敵だなって、思った……」
「なんか、それエロいね」
「バッ! イウォールさんは、向こうの部屋だって!」
「わかってるわかってる……で?」
「……今日、ランチ1人でやってて、『あー、独りなんだ』って思ったんだ……それがなんか、すごく寂しくなった……」

 またグラスに口をつけた莉子に、セナは満面に笑顔を浮かべた。

「莉子が、素直に寂しいとか、ひとりが嫌って言える人になってくれないかなって、ずっと思ってたの。私、嬉しいなっ」

 セナの言葉に、莉子の喉のつかえが取れた気がした。
 私がずっと言いたかったことは、コレだったんだ。そう思えたのだ。

 でもよくできた話で、失ってから大切なことに気づいたパターンじゃないだろうか───

「泣くな、莉子。まだ始まってもいない! まだ、大丈夫だ、莉子」
「そうかな……そうかな、セナ……」

 あふれてくる涙に、莉子はおしぼりで目尻を拭う。
 だが、どうしても止められなくて、ぐしゃぐしゃの顔でセナを見ると、彼女は力強く親指を立てた。

「莉子、私はな、アイルトン・セナから命名されたんだ。莉子の悩みなんて、高速で解決するに決まってんだろ? 任せろ!」
「……じゃあ、どう解決するの……?」
「今日の解決方法は、飲む! あとは、莉子の勇気!」
「……やっぱ、あんたは適当だな……さすが、セナだ」

 何度目かわからない乾杯。
 だが、セナの言う通り、大人の階段を登ったのかもしれない。

 もう一度、会わないといけない。

 莉子はそう決意を固め、4杯目の梅酒を喉に落とした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです

もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。 この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ 知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...