上 下
6 / 13

6話 初授業・戦利品・無能のレッテル

しおりを挟む
 私は碧霞学園に潜入できた暁には、蒸気操者について学んでいくことを、ずっとずっと心に決めていた。
 蒸気操者専攻を選べば、蒸気傀儡はもちろん、蒸気飛空艇、蒸気傀儡警備兵用の“鎧”と呼ばれる、アーマースーツも扱えるようになる。

 今日の授業は、“蒸気傀儡操者専攻・初”だ。
 蒸気傀儡の仕組みの基礎を学びながら、傀儡操縦を学んでいく授業となる。

 教室はとても広く、教壇の場所は傀儡試合もできるように公式と同じく長方形に形が整えられている。
 生徒の席はそれを見下ろすように階段上に湾曲して並べられ、教壇を囲むような作りだ。
 さながら小さな競技会場のようにも見える。

 私は空いている席を下から見上げるように探していたのだが、カイが鼻をスンスンと鳴らし、ふんと息をついた。

『おい、今日は初級だよな? みんなすげーぞ……』

 カイがうえっと吐くジェスチャーをしたのを見て、私も渋い顔で頷き返してしまった。
 というのも、全員初心者なのかと思っていたが、皆それぞれに自分の傀儡を持っており、語彙力なく表現すると、る気がすごい。
 それこそ、“自分が一番の傀儡操者だ”という自信に満ち溢れていて、野心が剥き出しなのだ。

 殺伐とした刺々しい空気が肌に刺ささり、妙な緊張感が漂っている。
 たしかに倭国の中の猛者たちが集まってきているのだから、当たり前と言えば当たり前か。

 私は納得しつつも、目立たないよう、教壇から一番後ろの席に腰を下ろすことに決めた。
 細い階段をのぼり、席に着く。

 しかし、今日の授業で準備するものとして書かれていたのは、教科書と傀儡操者用のグローブのみ。
 なのに傀儡の持ち込みが可能とは。

 自分の準備不足に口を尖らせたとき、私の肩に気配がかかった。
 握り掴んだのは、男の手首だった。

「……いってぇっ!」

 捻り上げながら振り返ると、昨日倒したゴリラがいる。
 いや、傀儡がゴリラなので、操者はゴリラ・ゴリラか。

「……てめぇ! オレの手が使えなくなったらどうすんだよっ!」
『そんなウホウホ言われても、聞き取れねーな』

 教室に失笑がこぼれるなか、私は舌打ちする。
 一歩、遅れた。
 言い返すのにも、書いて鳴らすというタイムラグがあるお陰で、カイに発言の先行を許してしまった。
 私がカイの髭を引っ張ろうと振り返ると、ゴリラ・ゴリラの手もカイに向かって伸びてくる。
 だが猫らしく、ゴリラ・ゴリラの手をばちんとカイは弾き返した。

『そんな怪力に握られちゃ、オレ様、壊れちゃうって』

 ふわふわの肉球だが、殴る力はかなり痛い。
 爪を出さなかっただけ偉いと小さなおでこをなでてやるが、ゴリラ・ゴリラの怒りはおさまらない。

「もう、の準備かい? ここの生徒は血気盛んで本当に面白いよ」

 言いながら入ってきたのは担当教師の風間かざまれんだ。
 彼は現役の傀儡操者であり、格闘技・剣技部門の倭国代表でもある。

 風間は目を血走らせるゴリラ・ゴリラの頭を教科書でポンと叩いてニコりと笑った。
 栗色の癖髪と甘いマスクが相まって、女子からは黄色い声が、男子からは地鳴りのような感動の声が教室に響きわたる。

「ほら、合田ごうだくん、席について。僕としてはが落ち着きないのは困るんだけど」

 流派が同じなのだろう。お互い見知った雰囲気がある。
 合田と呼ばれたゴリラ・ゴリラだが、急に手をあげたかと思うと、風間に当てられもしていないのにしゃべりだした。

「コイツとひと試合させてくださいっ!」
『梟、試合だってよ。こんなゴリラ、ぶっ壊してやろうぜ』

 またカイにやられた。
 このクラスの誰もが、私一人で喋っていると思っているだろう。
 どんな表情をすべきかわからない。
 無表情を貫くので精一杯だ。
 迷惑だ。本当に迷惑だ!

 睨みつけるが、カイは心底楽しそうにニタニタしている。
 わざとだ。くそ!
 しょうがなく、返事を書き込んでいると、風間が「しょうがないなぁ」と言いながら準備を始める。

「合田くんは中等部のとき、亜細亜格闘部門で優勝してるし、今、試合をするのはいい見本になるね。傀儡での戦い方、見せてあげるのは大事だからね。ごめんね、女の子に見本だなんて」
『クグツナイ』

 会話がうまく噛み合わないが、やる気がありあまる回答になってしまった。

「傀儡? あ、そうか、その猫じゃ戦えないのか。……あー、それならこれをどうぞ。合田くんのより、かなり劣るけど、大丈夫かな?」

 すでに試合スペースとなった場所へおりていくと、風間から貸出用傀儡を手渡された。
 それは旧型の女郎傀儡だった。
 だが、長年棚の奥にしまいこまれ、使われることなく眠っていたようだ。髪はほつれ、着物はすでになく、ボディが顕になっている。大きさは成人猫程度。それこそ古典傀儡に近い造りで、蒸気の調整は操者が行うタイプだ。
 今の西洋式傀儡は自動蒸気調節機能があり、自分の戦闘スタイルに合わせ、プログラムすることもできる。
 きっとあのゴリラは高機能モリモリ満載の最新式だろう。
 対面に移動したゴリラ・ゴリラが蒸気の調整をしているが、傀儡の背をさすっただけで完了したようだ。

『女郎型なら、あー……変形は無理そうだなぁ。変形したらぶっ壊れるな。どうする梟?』

 カイの言ったとおり、腕と脚を見ると変形機能はあるものの、歯車が崩れ、基礎的な組み手程度しか動けそうにない。

「あ、壊れても構わないよ。壊れたら入れ替えればいいから」

 豊潤な予算が組まれているのだろう。
 だが申請するためには、なにかしら理由が必要ということのようだ。

『コレ モラウ』

 どうにか書き込み音声を鳴らすと、風間先生は少し、いじわるそうに目を細めた。

「かまわないけど、君が合田くんに勝てればね」

 私は、わかったという代わりに、深く頷いてみせる。
 そして、思わず睨みそうになる目を、無理やり傀儡へ戻した。

 新しいものに入れ替えるために、壊れていい傀儡なんてないのだ。
 全ての傀儡は、人の役に立つために戦っているのだから……!

 私が女郎傀儡の身なりを少しでも整えようと髪を撫でていると、ゴリラが蒸気を4回、噴出させた。
 クラスから歓声が起こる。
 どの視線も、合田が勝つ、としか思っていない。
 ニヤニヤと笑う男子から、心配そうに見つめる女子まで様々だが、誰も私が勝つと思っていないところが、面白い。

「ほら、やるぞ。梟だっけか? 俺の技、見せてやるよ」
『なら、梟は左手だけでゴリラの相手してやんよ』

 それをお前が言うな!
 眼力で叫ぶが、カイはまたニタニタと笑いを止めない。
 もう、カイを連れて歩いているのが間違いかもしれない。

 大きくため息をついて、その分、大きく深呼吸をした。

『梟、起こしてやろう』

 私は手袋をはめ直し、埃にまみれた傀儡の頬をなでてやる。
 左手の蒸気糸が彼女の身体に繋がっていく。
 蒸気が彼女の血液となって全身をくまなく潤していく。
 ゆっくりと、黒真珠のような、つぶらな瞳に光が差した。

 ガクンと、ぎこちない動きで彼女の顔がもたげた。
 切れ長の大きめの眼に色白の顔。相当な美女だ。

 だが、この戦闘で右腕を折るが許して欲しい。
 しっかり治すことは約束する。

 心で彼女に話しかけていると、より大きな歓声があがった。

「……始めて!」

 開始の声と同時に、合田の傀儡から大きく蒸気が吐き出されたからだ。
 目眩しだろう。
 だが、これほど均一な濃さで広範囲に蒸気を満たせるのは、かなり繊細な技術となる。
 意外と強い操者なのかもしれない。

 だが、戦略が、甘い──!

 一気に詰め寄ってきたゴリラ傀儡に、私の女郎傀はぶつかって動きを止めた。
 衝撃波が蒸気を一瞬にして薙ぎ払う。

 だが私は目を閉じない。
 なぜなら、私と彼女の勝利が決まっているからだ。

『やっぱ、オレ様の相棒だぜっ』

 ふわふわの拳を突き上げ飛び跳ねるカイを横目に、私は肩をすくめてみせる。
 結果は、想像通り、私と彼女の勝ちだからだ。

 宣言通り、彼女の右腕は粉砕してしまった。
 しかし、彼女の小さな拳はゴリラの腹部に穴をあけ、心臓部を突きやぶり、起動停止に成功。
 結果、ゴリラ傀儡の頑丈な体がひしゃげてしまったが、この前のように爆発しなかっただけ、マシかもしれない。

 ふわりと空中で円を描いて着地した女郎傀儡をカイは優しく抱きかかえた。

『技、イカつすぎね? 蒸気の圧力、高過ぎじゃねえの?』

 カイは女郎傀儡に話しかけながら、ふわふわの手で頬を撫でている。
 よっぽど気に入ったようだ。頬擦りをして嬉しそうに歩きだす。
 私も席に戻ろうと階段に足をかけたとき、風間が叫んだ。

「君、何をした……何をした!」

 あまりに必死に叫ばれるが、私は首を傾げてしまう。
 傀儡で戦っただけだからだ。
 私は少し考え、書き込み、音を鳴らす。

『タオシタ』
「そうだが、傀儡に圧倒的な差があったはずだ。彼に勝てるわけがない! ……もしや、細工をした、……そうだろう!?」

 彼が片時も離さずそばに置いていたのに、そんなことができるわけがない。
 第一に、昨日の時点でスペアの傀儡があること自体、知らないのにだ。
 呆れて言葉すら返したくないが、女郎傀儡のために一言だけ伝えようと私は書き込んだ。

『サハ ナイ』
「……はぁ?」

 素っ頓狂な声が風間から出てきたが、私はそのまま席についた。
 合田も半泣きで傀儡を抱えて席につく。
 その後の風間の授業はグダグダだった。
 来週から担当教師が変わるかもな、と、思うほどに。



「──で、これを僕に治せと?」

 放課後、三門のラボへと来た私が、ボロボロの女郎傀儡を差し出したことによる。
 スカーフに包んでおいたが、ボディの崩れも見える女郎傀儡を三門は眺めながら、腕を組んだ。

「治すのは構わないけどさ、君さ、スパイなんでしょ? 操者専攻って、人気あるの知ってる? もう君のファンクラブできてるよ? 大丈夫なの?」
『……カイメツ』
「か、壊滅? 確かに君ならやっちゃいそう……」

 三門はため息交じりに崩れかけた女郎傀儡を丁寧に点検しつつ、必要なパーツをメモに書き出していく。

「……でも、君も傀儡が好きなんだね。なんか嬉しいよ」

 ふと見上げた三門の優しい笑顔に私は固まった。
 これほど無垢な笑顔が向けられたのは久しぶりだ。

 三門はメモを見ながら、慣れた順序で必要な部品をラボ内からかき集めていく。
 一番奥の一番上の棚に用があるようだ。
 器用に足で脚立を引っ張り、するすると登っていく。
 発条を取り上げ、状態を確認しながら三門は私を見下ろした。

「梟、ちょっと時間がかかりそうだなぁ。女郎蜘蛛に変形させたいもんね?」
『モチロン』
『変身、キレイだろうなー。早く見たいぞ、三門ーーー!』

 三門は脚立から滑り降り、跳ねて喜ぶカイを肩車した。
 楽しそうにカイと一緒に傀儡の大きさを測っていくが、胸周りを測ったとき、顔がぐんと持ち上がる。

「てか、梟、自分の仕事、わかってるよね?」

 私は、慌てて頷いた。

「じゃあ早く、陽愛、起こしてよ! 早く練習させてやりたいんだけどっ!」

 尖らせた三門の口元を無言で睨み、私は外套をはおりなおす。

『ハンニン』『ミツケタ』

 言い残し背を向けるが、三門の視線は冷たい。
 背中から、信じていませんと聞こえてくる。

 それでも私は、無視して目星の元へと向かっていく。
 もちろん、カイも一緒だ。

『犯人、見つかったんだもんな、梟?』

 小さく頷いた先に見えたのは、学校医の医務室だ───


「──わしは薬の処方はしておるが、ここで渡すのは外用薬のみじゃよ」


 腹痛を装い、しゃべれないほど辛いテイでメモを差し出したのだが、言われたのが上記となる。

「ほれ。これ、腹痛用の鎮痛シートな。ヘソに貼るといい」

 勤務年数20年のベテランの治湯じゆ医師の言葉は本当だった。
 薬棚も見たが、消毒液、包帯、ガーゼなどで、頓服薬はまるでない。

「このご時世、親御さんから、なんのクレームがつくかわからんからな。口に入れるもんは渡してないんじゃよ。それ貼って、あったかいもの飲んで、ゆっくりな。だいたいはそれで治るからの。それ以上は寮母に言って、学校の隣の病院あるじゃろ。そこに行くといい」

 私は医務室を出て、放心した。
 まさか、だ。
 私は嘘をついていても見破る自信がある。
 それこそ素人の嘘など、簡単にわかる。
 だが、治湯先生に嘘はないし、実際に薬品棚に薬らしい欠片もなかった。
 だが諦めきれず、医療廃棄物の確認をしに、廃棄室へと入ってみる。
 段ボールや紙製品のほか、医療関係の廃棄物は鍵付きの鉄のケースがある。
 手元のピンで鍵を開き見てみるが、ゴミは使用期限が切れた塗り薬しかない。
 何かに紛れ込ませて、薬の瓶の廃棄をしていないか見回ったが、外套が汚れただけで成果はなかった。

 まさかここまで間違えるとは……

『目の付け所はよかったんじゃね?』
『ウルサイ』
『でもよー、他に薬を渡せるやつっているのか? 看護師とか?』

 妹の行動リストから炙り出した部外者は、4日前に軽い打撲をしたときに訪れた校医だけだ。
 昏睡にさせる効果のある薬を渡せるのも間違いなく校医だと思っていたのだが、今から他の人間の行動を洗うのは時間がかかる。
 だが、やるしかない。
 学校の隣にある大学病院へ歩き出したとき、地面から声がする。

『……お、雀か。ちょっと聞きたいことあってよ』

 外套のポケットに入れておいた衛星携帯電話が抜き取られている。
 特級蒸気石の使用量が多いので滅多に使っていなかったのに……!

『薬の噂話って知って……お、よし、じゃあ、20分後、門の前の広場集合な。ココア、奢ってやるよ』

 器用に爪で通話を閉じると、大きな目をきゅるっとさらに大きくし、髭をむっと立てる。

『こういうときこそ、情報だろ? あいつ、絶対いいスパイになると思ってたんだよぉ』

 辛い。辛すぎる。
 猫の方が優秀じゃないか。
しおりを挟む

処理中です...