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第2章 カフェから巡る四季

第97話 探偵はカフェにいる 〜最終決戦〜

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 今夜の作戦は簡単だ。
 三井主催のバーベキューパーティで真相を明かす、という計画である。

 ちょうど連藤が担当している開発事業がひと段落したので、それの労いと打ち上げを兼ねてのパーティをしようと持ちかけるのだ。
 いつもであればケータリングに頼ることが多いのだが、三井主催のバーベキューとなれば間違いなく連藤が食いつくというのが、三井談だ。

 そうは言うが、本当に大丈夫なのだろうか?
 だがこればかりは三井の話術に頼るしかない。

 人数は連藤のチームが全員で7名。
 さらに三井と莉子を合わせると9名になる。
 その人数に合わせ、バーベキュー用の肉を朝一発注をかけ、食材準備が整ったことを確認できたところで、三井に完了メールを入れた。
 すぐに『OK』というふた文字が入る。
 続けて『BBQは19時より。雨天決行』の内容が届いた。


 ──現在12時32分。
 莉子は連藤にメールを出すことにした。
 いつもの通りにしなくてはいけない。


『今日の調子はいかがですか? 今日はこちらでBBQですね。準備しておきます。』


 だがこのメールは連藤には届かず、誰かさんの元へと送信されるのである。
 人に見られていると思うと、こんな簡単なメールですら緊張するものだ。
 莉子はひとつ深呼吸をし、新たに来たお客のオーダーを取りに、カウンターを出て行った。



 定時に三井は上がれたようで、炭の入った段ボールを掲げ、さらに焼き台を車から降ろすと手際よく準備を整えていく。

「莉子、肉は?」
「はい、これ。こんな感じでよかったです?」

 肉は均等になるように切り分けられ、玉ねぎやピーマンも輪切りやくし切りと大きさをなるだけ揃えて切っておいた。
 それらはすべて大きめのバッドに並べられ、もう串に刺すばかり。

「おー、上出来じゃねぇか!」

 さすがだなぁ、感心したように呟き、おもむろに鉄串が渡される。
 これに刺せということだ。

「はいはい」

 莉子は見様見真似で刺していき、オリーブ油を塗り、塩胡椒をまぶしていく。

「やっぱ筋がいいな」

 三井は満足そうに頷くと、火起しも完了したのか首にかけたタオルで汗を拭い、氷の中に入れておいた瓶ビールを取り上げた。

「もう飲むの!?」
「俺はもうアフターファイブってヤツだからな」

 言い終わらないうちに三井の喉が鳴っている。

「っかぁ、やっぱうまいな」
「それはけっこうなことで」

 莉子もペットボトルの水を飲み込むと一気に半分が減ってしまった。
 腕時計を見ると、現在18時40分。
 もうそろそろ一団は会社から出た頃だろうか。

「……三井さん、」
「なんだぁ?」
「なんか、緊張しますね」
「武者震いにしとけ」

 三井の笑いは何かを企んでいる、そんな顔だ。


 皿など準備を整え終えたところで、遠くから声が聞こえて来る。
 チームの一団だ。

 やはり高城という女性は連藤の腕に絡みついているようだ。
 連藤の腕はぎこちない形になっているが、彼女の方はお構いなしである。

「あの根性、すごい……」
「莉子もそう思うか」

 三井の言葉に莉子は小さく頷いた。
 一団が到着するや否や、高城が前へしゃしゃり出てきた。

「あなたがカフェのオーナーさん? いっつも連藤がお世話になってますぅ」

 写真で顔を見ていたおかげか、それほど取り乱さずに済んだ気がする。
「はぁ」莉子が力なく返事をすると、その声に過敏に反応したのは連藤である。

 高城を押しのけ腕を伸ばす連藤に莉子が静かに近づくが、莉子は戸惑ってしまう。
 あまりの期間、会えなかったことで、どうしていいのかわからくなったのだ。
 その莉子の一瞬の隙を狙って高城が動く。
 だがすぐに高城の腕を木下が掴むと、別の場所へと誘導していく。

「高城チーフは喫煙者ですから、奥へいきましょ。喫煙者はこっちね。風下へ~」

 喫煙者数人はタバコを取り出しながら言われた席へと腰を下ろすが、足が向かないのは高城である。

「え? 私、タバコなんて吸わないわよっ」
「え? 地下の誰も使わない喫煙所で吸ってたじゃないですか。銘柄はピアニッシモ。連藤先輩はタバコ大っ嫌いですから、奥で吸ってくださいね?」

 木下はにっこりと微笑み、奥の椅子へと座らせた。
 莉子に視線で『任せて』という言葉が聞こえてくる。

「莉子さん?」

 連藤が名前を呼んでいるが、莉子はなぜか緊張して手が掴めない。

「莉子さん、お久しぶりです。九重です、わかります?」
「……え?」

 去年まで常連だった九重だ。
 彼女さんはたまに乗り換え駅の関係で、遊びに来てくれて女子会に誘ったりなどしていたが、まさかの、まさかだ。
 ここの会社にいるとは……!
 転職の最中とは聞いていたが、こんなに近くに来たとは梅雨知らず。
 驚くなか、九重から握手をされる。

「実は先月からこっちに異動になって。挨拶にきたいなって思ってたら、遅くなっちゃって」
「とんでもない! 元気そうでよかった。またランチ、きてくださいね」
「ぜひ!」

 すると、そのまま連藤の手へと乗せられた。
 連藤は九重から渡された莉子の手を握ると、さらに両手で握り直し、何度もその形を確かめているようだ。

「莉子さんだ」
「そう、……です」
「会いたかった」

 そう言うや否や、連藤はいきなり莉子を抱きしめた。
 しかも、かなり力強いハグだ。

「ちょっ…」

 焦る莉子だがチームの反応は冷やかすわけでもなく、至って普通だ。
 ああ、挨拶ね。
 程度の反応である。
 外国人相手が多い人だと、これが普通になるのだろうか……?

 莉子は焦りながら三井を見るが、『よかったな』と笑顔で頷かれただけだった。
 
「莉子さん、連絡が取れなくて本当に心配したんだ」

 肩を掴みながら言われるが、濁した返事しか返せない。
 なぜなら三井と木下が視線で口止めをしてくる、
 さらに先ほどの九重も優しい笑顔で首を横に振った。
 彼も協力者のようだ。

「……ごめんなさい、連藤さん。あの、まず、席に着きましょうか」

 いつも通りに手をとって、焼き場の近くの席に腰を下ろさせた。
 ここが連藤の特等席である。
 焼きたてが食べられるいいポジションだ。

 連藤は隣の椅子をポンポンと叩く。
 莉子にここに座れと言っているのだ。

「連藤さん、私は店主です」
「今日はとなりに店主さんがいて欲しい気分なんだ。接客だよ、莉子さん」
「いいから、座っとけ、莉子」

 三井が強引に莉子をとなりに座らせる。
 意味がわからないと眉間に皺を寄せ固まる莉子だが、莉子のとなりの九重が小声で言う。

「……ずっと、機嫌悪かったんでいてくれたほうが助かります。……ほら」

 指をむけた他の社員も、顔が和らいでいる。
 ちょっとピリッとした空気は、連藤の苛立ちのせいだったのか。

 高城は莉子がとなりにいるのは許せないようだ。
 莉子に怒りの視線で立ち上がるが、

「チーフはここで乾杯の音頭をお願いします」

 木下がすかさずグラスを手渡した。

「え、あ、あぁ、今回、無事にここまでこれたことを感謝します。本当にみんな、ご苦労様でした。今日は楽しみましょう。乾杯」

 ありきたりな文句で始まったバーベキューパーティだが、三井もきっちり仕事をこなしてくれている。
 焼き加減が絶妙であるし、皆への気配りも尋常ではない。素晴らしい主催者だ。
 そんな美味しいお肉が振舞われるなか、

「お食事、手伝わないと!」

 連藤のためにと立ち上がる高城に、三井は笑顔を向けて、

「ああ、高城、連藤は俺が介護するから問題ねぇよ。店主も、ここにいるし」
「介護とはなんだ」

 連藤は声を上げるが、串から外された肉が皿に盛られたのを確認すると、ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩め、その肉を頬張り始める。素直なものである。
 一口肉を噛み締め、うなずきながら飲み込むと、

「莉子さん、今日のワインは何があるんだ?」
「今日はアメリカのワインにしました。カリフォルニアのワインです。今、注ぎますね」
「ありがとう」

 莉子がグラスに注ぐと、それを美味しそうに連藤は飲み干した。

「連藤先輩、本当、幸せそうですねぇ。不機嫌で、チームの存亡が危機なぐらいだったのにー」

 そう声をかけたのは九重だ。
 その言葉も耳に入らないほど、連藤の機嫌がとてもよい。
 いつも無表情に近い彼だが、雰囲気から楽しんでいるのがわかるほどだ。

「ほれ、莉子も食えよ」
「え、いや、私もやります」
「いいって。もうすぐだからよ」

 九重が腕時計を確認した。

「莉子さん、お仕置きの時間になりました」

 小声で言った九重が、満面に笑顔を作る。

 途端、各々の携帯が震え、音が鳴りだした。
 短い時間で止んだことから、メールであるのがわかる。
 だがそのメールは会社の携帯に来たようで、もちろん連藤の携帯も同様に震えて音が鳴っていた。

 その意味は、何かがあったとしか考えられない……!

 素早く携帯をタップし、それぞれメールを確認し始めるが、表情が固まっていく。
 連藤は目が見えないため、音声出力だ。
 同じメールが来ているだろうとボリュームを上げ、メールを開いた。


『代理さんと うまくいってる
 メールは こっちにたまってるから あとで サキに送っておくね
 でも マジ ウケる
 代理さんのイライラ サキがちゃんとカイショウするんだよ はーと』


「これは何かの間違いです!」

 高城がいきなり叫んだ。
 隣の連藤に顔を向けると、色眼鏡越しに怒気のオーラが伺える。

「高城チーフ、これは俺と何か関係があることなのか」

 語尾が疑問系ではない。
 確定の確認である。

「これは誰かが私を陥れようとした、罠です。罠ですよ! 私、こんなこと知りませんっ」

 再び携帯が震える。
 連藤がそれをタップし開くと、

『代理はもうすぐ わたしのものになるから
 そうなったら おかえし 期待しておいて
 それまで ちゃんと プログラム 動かしておいて』

「これでもか」
「これも私を陥れるための罠です!」

『マジ リコって店員 ムカつく
 私がいない間に 代理を取るなんて 本当に許せない
 だから 許さない』

『私のほうがキレイだし 頭いいし
 マジで 不釣り合いだし』

『前 見に行ったけど めっちゃぶ』

 連藤はそれ以上聞くに耐えれなくなったのか、メールを閉じるが、もう怒りのボルテージはMAXだろう。
 莉子はあまりのことに連藤の肩に手を置くが、その手を払いのけ立ち上がろうと前かがみになったとき、

「高城チーフ、明日、社長室まで顔だしてくれる?」

 高城の肩を叩き現れたのは、巧だ。
 引きつった顔のまま、彼女は頷くしかない。
 そんな高城を一瞥し、巧は九重の隣に椅子を引っ張り腰を下ろすと、

「今日は打ち上げだから、楽しんで食べようぜ。それはそれ、これはこれ、だろ? な、連藤」
「……わかった。巧がそう言うならそれでいい」

 連藤は雑に椅子にかけると、再びワインを飲み干した。
 それで怒りを飲み込んだのだろう。
 静まり返ったこの場所に「お疲れさまでーす」声を上げて入ってきたのは瑞樹である。

「九重くん、ひっさしぶりー! 連藤さんとこ入ったんだって? めっちゃすごいじゃぁーん。あ、おれ、今日、メロン差し入れもってきたんだぁ。莉子さんあとで切って出してくれる?」
「じゃ、冷やしておこうっか」
「ドリンクん中、突っ込んどけばいいんじゃね?」

 巧が莉子を見やりそう言うと、瑞樹はそだねと返事をしながら、氷水にメロンを漬け込んだ。
 実は莉子の手は連藤に握られ、動けないでいたのだ。
 ちらりと連藤のほうに視線を投げるが、一向に離す気はない。

「莉子さん、このことを知っていたのか?」

 小声で追及されるが、

「あとで話しますね……」

 それだけ言うと、切り分けられた肉を左手のフォークで器用に頬張った。
 それぞれに活気を戻し、肉を頬張り、酒を飲むが、高城はそうはいかない。

「下手な人に手を出しましたねぇ」

 木下がニタニタと笑い酒を注ぐが、思いっきり青い顔で睨まれている。今にも殴りかかられそうだ。
 それでも木下のトークは止まらない。

「そうだ、高城チーフ、バーで引っ掛けた男ですが、連絡取りたがってましたよ。また、どうですかって。あと隣の部署の君島君、遊ばれてたのかなぁって相談されたんですがどうなんですか? それと営業の」

 手がかざされた。
 もう無理という意味だ。
 絶望の影を背負っている。
 そんな高城に、酒を注いで回っていた九重が高城の後ろに立った。

「チーフ、プログラマーを敵に回すからこうなるんですよ。……次、何かしたら、徹底的に潰しますからね」

 九重は鼻歌を歌いながら過ぎていく。
 莉子のグラスにも九重はワインを注ぎながら、

「ね、連藤先輩って、料理得意なんですよね? 僕のためになんか作ってくださいよ」
「なぜ九重のために作らなきゃいけない」

 連藤は少し不機嫌ぎみに言うが、

「たまには部下のために飯作ってやればいいだろ」

 三井が合いの手を入れてくる。

「それならおれも混ざる!」瑞樹がいうと、
「だったらオレも」巧も入りたいらしい。
「これだけの人数いたら大変ですね。私も手伝いますね」

 莉子が連藤の手を握りながら言うと、

「……莉子さんが言うなら、やらないでもないが……」

 莉子のお願いはまんざらでもない連藤だった。
 夜はしっかり更けていく──
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