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第2章 カフェから巡る四季

第86話 料理が嫌いになる日

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 もう、火なんて使いたくない───

 そんな日が、年に数回ある。

 年々増えている気もするが、どうしてもなにもしたくなくなるとかがある。
 しかしながら、今日は営業日の日。
 どうにか昼営業をまわし、夜へと移動したが、どうにも気分が乗らない。
 そういう日は、予約がなければ、閉じてしまうに限る!
 大人気ない? 責任感がない?

 自分が社長なのに、自由にできないなんてことのほうが、おかしい!!!!

 という理屈で、クローズを出す。
 今は便利な世の中なので、SNSというものを駆使すれば、臨時休業もどうにかできるものなのです。

 そそくさと店を閉め、片付けを行い、ガスをとめ、お金の確認を終えた莉子は、二階の自室のソファにべとんと寝そべった。

「……はぁ~……季節の変わり目はこんなかんじになるよね……明日からずっと頑張る……はぁ~」

 ソファにうつ伏せになって、何時間だろう。


 ───ピンポン。


 インターホンの画面を覗きにいく。
 そこには連藤の顔がある。
 時計を見ると、うつ伏せになっていた時間は30分程度だ。

 鍵を持っているのにどうしてだろうと玄関を開けにいくと、連藤が安堵の顔を浮かべている。

「メッセージを入れたんだが、返信がなく、心配していた」

 莉子は、ああ。と肩を落とす。
 確かに震えていたのは確認していたが、開くまでいっていなかった。

「すみません、確認できてなくて」
「いいんだ、そんなことは。これ、和食の惣菜屋で買ってきた。ゆっくりしてくれ」
「え? 一緒に食べましょうよ」
「一緒に食べると、また莉子さんが疲れてしまう。今日は俺も同じものを家で食べるよ」

 それじゃ。と、三井の車で颯爽と戻っていった連藤を見送り、莉子は、部屋へと戻る。
 改めてスマホを見ると、3通。
 すべて連藤からだ。

「……気を遣わせちゃったな……」

 まだ温かい惣菜だったため、そのまま頬張りつつ、ビールを飲みつつ、唯一なんでも話せる友だちの美智子に、メッセを送った。

『色々はしょるが、彼に気をつかわせてしまった どーしよ』

 数分後に返信が来る。

『おっつー もう上がり? あたしも上がり』
『気をつかってくれる間柄って、いいじゃん』
『あたしの意中の彼は、無反応』

 そう言って、推しであるアニメキャラのスタンプが送られてきた。
 二次元は、反応なしだな。
 莉子は思いつつも、『そうかな』と返信する。

『結婚すりゃ、いやでも顔見るし』
『いいじゃん お互いの時間 楽しむって』

 確かになと思いつつも、

『向こうが、さみしいとか思ってたら?』

 問いかけると、さすが美智子だ。

『そんなの、言って来ない方が悪い』

 心の一方通行!!!!

 莉子は思うが、彼女なりの思いやりの結果だと思いたい。
 だが、向こうは向こうで自分の時間が欲しくて、今まで作れていなかったのなら、ウィンウィンの話なのだ。

『ちょっと今度、ゆっくり話してみようかな お互いの時間』

 少し時間をあけて、返信がくる。
 夕食を買っていたようだ。
 コンビニの写真がついてくる。

『今日はかつどん』
『うちも今は2週間に一度って感じ』
『お互い仕事忙しいってのもあるけど』
『へーきへーき』

 美智子の「へーきへーき」の言葉が、少し痛い。
 きっと、不安なこともあるだろう。
 寂しいと思うことも、辛いなって思うこともあると思う。
 それでも、美智子は、「へーきへーき」と言い聞かせている気がする。

『話、きいてくれて、ありがと』

 莉子のメッセージに、スタンプが来る。

 気にするな! と叫ぶ、推しのスタンプだ。

 本当に、なんだか、気にしすぎていた気にもなってくる。
 莉子はぬるくなったビールを飲みほした。

 今日は自分の時間を楽しもうと、切り替える。
 大音量で好きな音楽をかけ、冷えたビールに変え、大好きな唐揚げを頬張る。

「んまーい! ここの唐揚げ、めっちゃ好き!」

 ソファに大の字になり、天井を見る。
 いつもは足を伸ばせないソファで、足が伸ばせる。
 大人っぽい香水の匂いもない。
 部屋には、唐揚げと、あんかけ焼きそばと、きんぴらごぼうに、煮付けの匂いが漂っている。

「ちょっと寂しいか、やっぱり……」

 莉子は楽しげな映画をテレビに映し、ビールを飲み、連藤にメッセージを入れておく。

『惣菜、ありがとうございます。あした、ランチ、待ってますね。』

 すぐに返信が来た。

『明日のランチ、楽しみにしてる』
『なんだか今日は、少しリビングが広く感じる』
『明日、早めに会いにいく』

 矢継ぎ早に来た返信に、莉子は笑ってしまう。
 言葉に迷っているうちに、まぶたがぐっと重くなる───
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