59 / 152
第2章 カフェから巡る四季
第59話 お袋の味
しおりを挟む
今日は夏日ともいえる、暑い日だった。
だが一変して夜の今は、薄曇りで肌寒い。
撫でる風は湿っぽくも冷たい。
そんな日に、巧は一人、カフェを訪れていた。
「おつまみ、追加いります?」
チーズの盛り合わせを作っていた莉子が顔を上げた。
カウンターに腰をかけ、莉子の手元をじっと眺めていたからだろう。
「いや、それはいいんだけど……。ねぇ、莉子さん、家庭の味ってどんなやつ?」
「家庭料理ってことですか? 肉じゃが的な?」
今日のカフェはサラリーマンで賑わっている。
莉子は盛り付けおえたチーズをテーブルに運んでいきながらも、首は傾げたままだ。
戻ってきた莉子に、巧は言い直した。
「そーじゃなくて。莉子さん家の味」
「うちの味、ですか?」
追加オーダーのドリンクを運びおえた莉子だが、改めて巧の前に立ち直し、もう一度首を傾げた。
「うちの味……」
まだ困っているようだ。
莉子は悩みながらも、巧の空いたグラスに赤ワインを注ぎ足した。
今日の赤ワインは、メルローという葡萄で造られているという。
程よい酸味と重さ、香りの華やかさから、新世界といわれる土地のワインだとか。
飲みやすく、味もフルーティで香りが鮮やかなのが特長だ。
喉越しも良く、はっきりとした味わいのため、初心者のでも馴染みがいい。
莉子は同じワインを飲み干し、
「家の味って、ないかもしれないです」
そう言った。
眉を八の字にした顔は、相当悩んだと見える。
「え、あのビーフシチューとかは?」
「 レシピはありましたけど、定番のご馳走というわけでもないですし、そんなに食べた記憶もないですし」
莉子は自分でワインをグラスに注ぐと、ひと口飲み込んだ。
巧に一緒に飲もうと言われ、彼女はありがたくいただいているのだが、巧よりも飲むスピードが早いかもしれない。
「じゃあ、巧くんは?」
替わりに切り返えされるが、
「うちは、ないよ」
「あたしと同じですねー」
莉子がおつまみ用のポテトチップスを追加し言うと、巧はいい音を立てながら、ポテトチップスとワインを飲み込む。
「俺が生まれてまもない頃に、俺の母親、死んでるんだ。そのあとは父子家庭だけど、親父ああだから、基本、家政婦さん」
「なるほど」
「でも莉子さんは途中までいたしょ?」
「いましたけどね、料理は父親の仕事になってたし、そんなに定番の料理とかもなくて、いつもなんかまかないっていうか、そんな感じだったんです。だからうちの定番はコレって料理、イメージできないんですよね」
「母親は料理しなかったの?」
「できなかったわけじゃないです。お弁当とか作ってくれましたよ? だけど、そうだなぁ、母親の味っていったら、ホットワインになるかな」
「ホットワイン?」
「赤ワインに香辛料を入れて温めたものです。子供用なのかオレンジジュースが入って、蜂蜜とマーマレードも入って、甘くて温まる飲み物でした」
いいなぁ……。
そう聞こえたが、巧の表情はそんな顔をしていない。
何もなかったかのようにグラスが空になっている。
注ぎながら、
「家の味ってなんでしょうねー」
グラスに向かって莉子は話しかける。
「……実はさ、奈々美の家も両親がいないんだ。だからお互いに家の味ってなくって、2人で、なんなんだろうねって会話になっちゃってさ」
「なるほど」
「莉子さんはホットワインがあったし、なんかいいじゃん」
「そうかもしれないですね。でも、それを懐かしむのは自分だけですから」
そう言われて、巧は思わず固まってしまう。
知っているのが自分だけなら、懐かしいのは自分だけ───
「あの、巧くん、もしもですけど、母親の得意料理を彼女に作ってもらって、母親より不味かったらどうします?」
それはなんとも言えない質問だ。
母親のほうが美味いといえば妙な角が立つし、仮に美味しいと嘘をつけば、今後その料理がその味ででてくることになる───
「ないほうが丸く収まることもあるかもしれませんよ?」
今日の莉子の言葉は深い。
「莉子さん、やっぱ大人だね」
「伊達に年は取ってませんから」
莉子は残りのワインを注ぎきり、同じワインのコルクを開け始めた。
「このワイン、結構在庫あるんで、頑張っていきましょー」
大人なのか、セコイのか。
だがそれが莉子らしくもある。
「したら、瑞樹呼ぶわ」
「お願いしまーす」
スマホをいじりながら、何かが欠けていてもそれが欠けていないと表現する莉子に、巧は度々救われている気がする。
だからこそ、ここに来たくなるし、帰りたい家のようにも感じてしまう───
巧は瑞樹に連絡を終えると、ワイングラスを差し棒代わりに莉子に傾け、
「俺、莉子さんが母さんでいいかも」
「こんな大きい子、いらないです」
笑顔で即答だった。
だが一変して夜の今は、薄曇りで肌寒い。
撫でる風は湿っぽくも冷たい。
そんな日に、巧は一人、カフェを訪れていた。
「おつまみ、追加いります?」
チーズの盛り合わせを作っていた莉子が顔を上げた。
カウンターに腰をかけ、莉子の手元をじっと眺めていたからだろう。
「いや、それはいいんだけど……。ねぇ、莉子さん、家庭の味ってどんなやつ?」
「家庭料理ってことですか? 肉じゃが的な?」
今日のカフェはサラリーマンで賑わっている。
莉子は盛り付けおえたチーズをテーブルに運んでいきながらも、首は傾げたままだ。
戻ってきた莉子に、巧は言い直した。
「そーじゃなくて。莉子さん家の味」
「うちの味、ですか?」
追加オーダーのドリンクを運びおえた莉子だが、改めて巧の前に立ち直し、もう一度首を傾げた。
「うちの味……」
まだ困っているようだ。
莉子は悩みながらも、巧の空いたグラスに赤ワインを注ぎ足した。
今日の赤ワインは、メルローという葡萄で造られているという。
程よい酸味と重さ、香りの華やかさから、新世界といわれる土地のワインだとか。
飲みやすく、味もフルーティで香りが鮮やかなのが特長だ。
喉越しも良く、はっきりとした味わいのため、初心者のでも馴染みがいい。
莉子は同じワインを飲み干し、
「家の味って、ないかもしれないです」
そう言った。
眉を八の字にした顔は、相当悩んだと見える。
「え、あのビーフシチューとかは?」
「 レシピはありましたけど、定番のご馳走というわけでもないですし、そんなに食べた記憶もないですし」
莉子は自分でワインをグラスに注ぐと、ひと口飲み込んだ。
巧に一緒に飲もうと言われ、彼女はありがたくいただいているのだが、巧よりも飲むスピードが早いかもしれない。
「じゃあ、巧くんは?」
替わりに切り返えされるが、
「うちは、ないよ」
「あたしと同じですねー」
莉子がおつまみ用のポテトチップスを追加し言うと、巧はいい音を立てながら、ポテトチップスとワインを飲み込む。
「俺が生まれてまもない頃に、俺の母親、死んでるんだ。そのあとは父子家庭だけど、親父ああだから、基本、家政婦さん」
「なるほど」
「でも莉子さんは途中までいたしょ?」
「いましたけどね、料理は父親の仕事になってたし、そんなに定番の料理とかもなくて、いつもなんかまかないっていうか、そんな感じだったんです。だからうちの定番はコレって料理、イメージできないんですよね」
「母親は料理しなかったの?」
「できなかったわけじゃないです。お弁当とか作ってくれましたよ? だけど、そうだなぁ、母親の味っていったら、ホットワインになるかな」
「ホットワイン?」
「赤ワインに香辛料を入れて温めたものです。子供用なのかオレンジジュースが入って、蜂蜜とマーマレードも入って、甘くて温まる飲み物でした」
いいなぁ……。
そう聞こえたが、巧の表情はそんな顔をしていない。
何もなかったかのようにグラスが空になっている。
注ぎながら、
「家の味ってなんでしょうねー」
グラスに向かって莉子は話しかける。
「……実はさ、奈々美の家も両親がいないんだ。だからお互いに家の味ってなくって、2人で、なんなんだろうねって会話になっちゃってさ」
「なるほど」
「莉子さんはホットワインがあったし、なんかいいじゃん」
「そうかもしれないですね。でも、それを懐かしむのは自分だけですから」
そう言われて、巧は思わず固まってしまう。
知っているのが自分だけなら、懐かしいのは自分だけ───
「あの、巧くん、もしもですけど、母親の得意料理を彼女に作ってもらって、母親より不味かったらどうします?」
それはなんとも言えない質問だ。
母親のほうが美味いといえば妙な角が立つし、仮に美味しいと嘘をつけば、今後その料理がその味ででてくることになる───
「ないほうが丸く収まることもあるかもしれませんよ?」
今日の莉子の言葉は深い。
「莉子さん、やっぱ大人だね」
「伊達に年は取ってませんから」
莉子は残りのワインを注ぎきり、同じワインのコルクを開け始めた。
「このワイン、結構在庫あるんで、頑張っていきましょー」
大人なのか、セコイのか。
だがそれが莉子らしくもある。
「したら、瑞樹呼ぶわ」
「お願いしまーす」
スマホをいじりながら、何かが欠けていてもそれが欠けていないと表現する莉子に、巧は度々救われている気がする。
だからこそ、ここに来たくなるし、帰りたい家のようにも感じてしまう───
巧は瑞樹に連絡を終えると、ワイングラスを差し棒代わりに莉子に傾け、
「俺、莉子さんが母さんでいいかも」
「こんな大きい子、いらないです」
笑顔で即答だった。
0
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
Husband's secret (夫の秘密)
設樂理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで
Another Storyを考えてみました。
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる