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第2章 カフェから巡る四季

第55話 お酒の〆には……

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「……これから、どうする?」

 連藤が莉子を見つめる目が熱い。
 言葉尻は少し気だるげで、吐き出される声は艶かしい。
 首元はタイが緩み、ボタンが外され、これほどに着崩している彼を見るのは珍しいのではと思う。
 ちらりと見える鎖骨が妙に色っぽい───

 とは思っていても、カウンターで潰れてもらっては困りもの。
 莉子は連藤の肩を揺らし、耳元で声をかけてみる。

「起きてください、連藤さんっ。珍しく飲んだと思ったら……。風邪、ひいちゃいますよ?」

 ウンとスンは返してくれるが、動かない。
 莉子ががっくりとため息をつくいているのに、隣の三井はニヤついている。

「莉子、お前の部屋に泊めればいいだろ」
「連藤さんだと、私のベッド狭いと思うんですよ」
「狭くて好都合じゃねぇか」
「なんで私も一緒に寝ると?」
「俺はそんなこといってねーけどぉ?」

 にたにた笑う三井に、莉子の目が尖る。

「……すまん」

 明日が休みとあって、少し遅い20時頃に2人で来店したのだが、そこから飲み始めて、現在25時。
 closeの看板も出し終えているが、これほどに2人が酔ってしまったのには、やはり、原因がある。

 
 ──つい1時間ほど前だ。


 もう最後の一杯にしようという、連藤の声に、莉子が尋ねた。

「何でしめますか?」
「莉子さんのお勧めは?」
「まだ少し飲み足りない雰囲気であれば、アイスワインをお勧めします」

 そういうと、三井が顔をしかめる。

「甘いワインだろ? 俺は無理だな」
「このドイツのアイスワインは甘いだけじゃないんです。味見で飲んでみませんか?」

 小さいグラスにうっすらと注ぐ。
 色は濃い黄金色だ。粘性は高く、まったりとしている。
 鼻を近づけると、香りは柑橘系のフルーツの香り、白い花の香りがしてくる。

 一口含む。
 やはり、とても甘い。
 だが、後味に残ったのは甘みではなかった。
 白ワインのような、すっきりした後味だ。
 干しぶどうにも似た香りがあとから口の中に広がってくる。

「これは飲みやすい。……まさしく、デザートワインだな」

 連藤はするりと飲みほし、空いたグラスの香りを楽しみだした。

「時間が経ってくるとまた違う雰囲気になりますので、もう一杯どうぞ」

 2人ともにすんなり飲み干し、2杯目に突入である。

 時間を少しおくと、ワインの渋み、苦味が滲んでくる。

「白ワインの渋さがあるぞ……」

 三井がそう溢すのも無理はない。
 最初の甘い味と、後味の渋みで、奥の深いワインを味わっている感覚になるのだ。

「もう一杯だけ、もらえないだろうか」


 それならと注いで渡した結果がこれだ。
 酔いつぶれた連藤の出来上がり、である───


「莉子さん、俺、まだ少し足りないです」

 ふらふらと手を出すので、彼女は連藤の手を取ってみたが、莉子の手を大事そうに撫でるだけで意味がない。
 まるで溶けたガラスのようにカウンターに寝そべり、莉子の手を撫でながら、

「もう少し、なんか食べたい、莉子さん」を繰り返している。

「はぁ」

 莉子は返事とも言えない空気を吐きながら、三井をみやる。

「三井さん、連藤さんがこんなに酔うなんて、仕事で何かあったりしました?」
「なーんもねーよ。潰れた連藤はいつもこんなもんだ。甘えん坊の坊ちゃんになるんだよなぁ、連藤?」

 連藤の肩を叩いた三井だが、連藤は、三井に「いーたーい」というだけで莉子の手を握ったままむにゃむにゃと突っ伏してしまった。

「これは、まずいです……! おお茶漬けでも食べたら、少しシャッキリするでしょうか」
「まぁ、なんか食うのはいいかもな」

 俺も何かくれよ。と三井が続けるので、無理やり連藤から手を抜き取り、お茶漬けでも。彼女は動き出した。

 ご飯をボールに移すと、そこにすりごま、醤油、ごま油を適量回し入れ、それをしっかり握り、フラインパンに乗せて焼いていく。
 つぎに、隣で小鍋で湯を沸かし、煮干や昆布が混ぜられた粉末出汁を入れ一煮立ちさせておく。

「おにぎりは、しっかり焦げ目をつけた方が美味しいので……ひっくり返して……」

 ミョウガの千切りと、大葉の千切りを用意したところで、おにぎり全体がしっかり焼けたのを確認した莉子は、それを深めの腕に入れた。その上にミョウガと大葉の千切り、さらに生姜のすりおろしを乗せてやり、そっと出汁を流し込む。

「出汁におにぎりをくずしながら食べるお茶漬けです。出汁茶漬けって感じでしょうか」

 三井はさっそくと頬張りだすが、連藤は起きる気配がない。
 莉子は腕を鼻の近くに寄せていく。
 出汁の匂いに気づいたのか、すんすんと鼻を鳴らしながら起き上がった。
 そっと椀を置き、手にレンゲを持たせる。お椀のふちを指でなぞらせると、いつもの通り食べ始めた。

「熱いから気をつけてくださいね」

 出汁の旨味はもちろん、ご飯に混ぜたごま油から良いコクがでている。
 体が温まるし、何よりするすると入っていく──

「美味しい……」

 いつもの連藤の声だ。

「莉子さん、このお茶漬け、とても旨い。……はぁ。目が覚めてきた。──ところで、俺は何か言っていたか……?」
「特段何も言ってないですよ?」

 カウンターの中で立ったままお茶漬けを啜りながら莉子は答えた。
 綺麗に忘れているようなら、そっとしておいてあげたい。
 三井に目配せすると、三井もそう思っているのか、

「ちょっと寝てただけだ」

 お茶漬けをずるりと啜った。



 食べ終えたところで、ごちそうさま。二人は声を揃えて、すぐに身支度を整え始める。
 お会計を済ませ上着を着ると、連藤の手が莉子へと伸びてきた。外まで案内してほしいという意味だ。
 三井がふらふらと歩くのを眺めながら、莉子は連藤のエスコートをしていく。
 ちょうど大きな道路にでたとき、

「──今度は泊めてくれるとありがたい」

 いきなり胸元まで引き寄せられて囁かれた。

「連藤、タクシー止めたぞぉ」
「ああ、助かる」

 この時間でも空車が走る便利な通りだ。
 少し声を張り上げた連藤だが、隣の莉子の顔は真っ赤だ。ワインのように赤く染まっている。 

 先に三井が乗り込んだ。
 連藤に、ドアの場所と高さを伝えると先に杖を入れ、彼が体を屈み込んだその時、

「次はお願いしたからな」

 再び囁き、
 握った手が連藤の唇に触れた、気がする────


 ドアが閉まり、耳までワイン色にしたまま呆然と見送るが、

「あれ、絶対明日覚えてないと思います!」

 踵を返し、呟いた。

 覚えていませんよーに!!!

 莉子は熱くなった頬をペチペチと叩きながら思うのだった。
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