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第2章 カフェから巡る四季

第54話 最初の1杯目

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 今日は早上がりだったということで、連藤が早めに来店した。
 カウンターに腰を下ろした連藤だが、胃をさする様子が見られる。

「どうかしました?」

 うん。と返事をする連藤だが、苦悶の表情もなかなかに風情がある。と莉子は思うが、眉間のシワがよってしまうのは、見ていられない。

「胃薬いりますか? 大丈夫です?」

 今日は夕方の時間だが、カフェに寄ってくださるお客様が多い。
 オーダーが少し重なったのもあり、莉子は連藤に水と胃薬を素早く差し出した。

「連藤さん、白湯です。コーヒー用なので、少し冷まして飲んでくださいね」
「すまない」

 莉子はもう一度オーダーをなぞると、ケーキをショーケースから取り出し、皿に盛り付けていく。

「紅茶が1つと、コーヒーホット……」

 お湯を注いで温めておいたポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐとティーポットカバーをかけた。
 猫のフォルムのティーポットカバーだ。
 母のときから大事に使っているポットカバーである。
 カラフルな柄に猫の顔と小さな手足、そして尻尾もある。

 案の定──

「めっちゃかわいいー」
「なにこれ、すごーい」

 スマホで撮影会だ。
 葉が開く3分の時間があるので、ちょうどいい暇つぶしになってくれる。

 オーダーを片付けた終えた莉子は、再び連藤の元へと赴いた。
 お湯は飲んだようだが、薬には手がつけられていない。
 それほどひどい状況ではないようだ。

「連藤さん、どうですか?」
「多分、軽い胃もたれだと思うんだがな」
「ストレスですか?」
「いや、昨日接待で鉄板焼きに行ったのがこたえたようで……」
「なるほど! ストレスでなくてよかったです」

 彼女はひとつ頷き、

「では、食前酒代わりに、ミモザでも飲んでみませんか?」
「ミモザ? あまり甘いのは好きではないんだが……」
「甘くはないですよ? 食前酒にもなるものなので、よろしければ……」

 残れば私が飲みます。言い足しで彼女は動き始めた。

 細長いグラスを取り出し、氷を落とすと、マドラーで氷をくるくると回す。
 グラスが少し曇ってきたところにオレンジジュースをグラス半分に注ぎいれた。
 さらに、同じ量の辛口スパークリングワインを注ぎ込む。
 通常であればシャンパンがいいのだが、そんなお高いワインはおいていないし、開けたところで捌けない。
 泡のキレがいい辛口スパークリングワインで代用なので、少々チープな味だが致し方ない。
 オレンジのスライスを飾り付けると、連藤の前へ置いた。

「はい、ミモザになります」

 連藤の手を取り、グラスの場所を伝える。
 連藤はあまり好きではないと言っていただけに、口まで運んでいく手が激しく遅い。気がする。

「……そんなに嫌ですか」
「そういうわけじゃ……」

 莉子の声に押されるように、連藤はゆっくりと口をつけ、一口飲み込んだ。
 続けて、もう一口。

「スッキリしてうまいな」

「よかった。辛口のスパークリングと、酸味が強めのオレンジジュースにしたので。連藤さん、カクテルだからって敬遠してましたね。新しい世界が開ましたね!」
「そうだな。夏はこれもいいかもしれない」

 すいすいと飲み込んだあと、急に顔が正面に向いた。

「……胃が、少し落ち着いてきた気がする」

 莉子は小さく手を叩くと、

「よかった。炭酸の効果でしょうかね?」
「こんな飲み方があるならもっと早くに試してればよかった……」

 連藤は一気飲みほし、グラスを小さく上げた。
 もう1杯という意味だ。

「同じのですか?」
「ああ。もう一杯飲んでから、ワインにするよ」
「かしこまりました」
「莉子さんも、何か飲んだらどうだ?」

 彼女の手元に視線を落としながら連藤が言うので、莉子は小さく微笑んだ。

「では私はこのスパークリングワインをそのままいただきます」

 ロンググラスを再びコースターに置いたあと、彼女はシャンパングラスにスパークリングワインを注ぎ、小さく「かんぱい」と囁き、グラスを当てた。
 鈴の音のようなグラスの響きを聴いてから、連藤もグラスを取る。

「……よし! さぁ、夜の部がスタートですよー。今日のオススメは、鶏の照り焼きです」
「それなら赤がいいな」
「かしこまりました。では、照り焼きと一緒に赤ワイン、出させていただきますね」


 今日の夜の部は長くなりそうだ。
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