老舗あやかし和菓子店 小洗屋

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豆腐小僧のヨツロウくん編

小洗屋のシラタマと豆腐小僧のヨツロウくん 2話

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 ヨツロウくんは、鶴雪つるゆき豆腐店の息子になる。
 この村でも大きなお豆腐屋で、とってもやわらかで大豆の風味が豊かな絹豆腐が人気だ。
 油揚げはいつもふわふわ!
 シラタマはその油揚げで作った玉子煮が大好き。
 ふわふわの油揚げと、味の染みた玉子がとっておいしくて、寒い日が続くと母におねだりするほどだ。

 シラタマは怒りながら立ち上がると、小さく地団駄をふむ。

「ヨツロウくん、びっくりさせないでよ!」
「ごめんごめん。ここ、小豆洗いさんの川だったんだねぇ」

 いつもどおり、のんびりとしゃべりながら、ヨツロウくんはぐるりと辺りを見回した。
 すこしぽっちゃりのほっぺは紅色に染まる。
 目はキラキラとあたりを写して、楽しそうだ。

「すごくカッコいい霧だったから、絵に描きたくてここまできちゃったぁ」

 首にかけた画板には何枚もの紙がかさなっている。
 霧に浮かぶ川、森、花、蝶々がやわらかなタッチで描かれ、ほんわかしたヨツロウくんに見えている景色がシラタマにも見えて、わくわくする。

「もうそろそろ陽がのぼってきたから、色をつけようと思ってさぁ」

 ヨツロウくんは肩にかけられていたカバンを揺らした。
 じゃらじゃらとした音に、シラタマはムッと髭を寄せる。

「この川は小豆を洗う大事な大事な川なの。絵の具なんて流したら、バチが当たるんだから!」
「そっかぁ。ごめんごめん。なら、色鉛筆で色をつけるよぉ」



 そうして2人で探して見つけた場所は、少し南に移動した、大きな柏の木の近くだった。
 木陰もあり、川の水もほどよく日差しで温まるいい場所だ。
 水面はおだやかにながれているが、少し奥に行けば深い場所もあるようで、深緑色の川底がある。

 シラタマは小砂利が多い川の淵に立つと、ていねいに砂利をよけ、川に小さなくぼみを作った。
 泥がきれいにながれたあとにザルを置き、そこへ小豆を落として川の水を当てていく。

「この小豆は少し時間がかかるんだ。ときどき小豆をかき混ぜて、黒い色が朱色になったら、洗い終わりなの」

 ヨツロウくんはふーんと、うなるような返事をする。
 すでに着色に進んでいるようで、絵に集中している。

 陽がでているところはジリジリと暑い。
 だが木陰に入れば、涼しいしっとりした風が毛をなでていく。

 シラタマは真剣なヨツロウくんの横に座ると、懐中時計を膝に置き、持ってきた本を広げた。
 本はいろんなことを体験できる。
 それこそ、お侍の大冒険も、忍者のお姫様救出も、鬼太郎おにたろうの悪い妖怪退治も、シラタマにとって体験だ。

 実際にできないことを本ならできる!

 知りたがりのシラタマにとって、読書はとっても楽しい時間なのだ。

 今日は西洋の魔女が、少女をお姫様にするお話を持ってきた。
 これを読むのは5回目。
 でも読むたびに、魔女はどうしてこの少女を助けようと思ったのかな、とか、少女はどうしてお姫様になりたいのかな、とか想像しだすと、もう止まらない。
 色んな気持ちが浮かび上がって楽しくなる。
 だが、毎回、少女が義理の姉いじめられる様子が大嫌いだ。
 シラタマは泣きたくなる。

 新しいお母さんの子どもじゃないからっていじめられるなんて……!

 鼻がツンとしたとき、「ねえ」と聞こえた。

 顔を上げたとき、もう一度、「ねえ」と聞こえる。
 ヨツロウくんだ。

「なに、ヨツロウくん?」

 懐中時計を見ると、いい時間だ。
 一度小豆をかき混ぜにいく。
 まだ黒いが少し赤みが差してきた。

 話し出さないヨツロウくんに、シラタマはもう一度、声をかける。

「なあに?」
「シラタマちゃんは、和菓子屋さんになるの?」

 赤茶の毛を日差しが焼いている。
 だけど、シラタマは立ちつくしていた。
 考えたことがなかったからだ。

 熱くなった毛をなでてから木陰へ飛び込んで、カバンに入れてあった水筒の水を飲む。
 ヨツロウくんも自分の水筒から水を飲む。

 シラタマが答えないでいると、ヨツロウくんが続けた。

「うちはね、お姉ちゃんが3人いてね。僕が一番末っ子なんだ」

 川原の小さい石をポンと投げる。
 小さい飛沫が気持ちよさそうにぽちゃんと跳ねた。

「でね、男はね、絶対、豆腐屋にならないといけないんだって」
「なんで?」

 間髪入れずにきいた質問に、ヨツロウは笑う。

豆腐小僧・・・・だからだよ。豆腐がなかったら、ただの小僧だろぉ?」

 たしかに。
 小さい肉球をポンと叩く。
 だが豆腐屋にならないといけない理由が繋がらない。
 なぜなら、シラタマは猫又として生まれ、小豆洗いとして生活しているからだ。

「でも、なんで?」
「シラタマちゃんならそういうと思ったぁ」

 ヨツロウくんはくすくすと笑うけど、すこし寂しそうだ。

「昔から男は豆腐屋になるって、決まってるんだってさ。父さんのおじいちゃんの、おじいちゃんのそのまたおじいちゃんのおじいちゃんのーって続いてるからっていってた。......でも僕はねぇ」

 木々の間の空を見て、ヨツロウくんは言った。

「絵を描きたいんだぁ」

 再び色鉛筆を握ったヨツロウくんは笑う。

「姉さんたちの方が、ずっとずうっと豆腐が大好きなんだぁ。僕は姉さんたちより、ずっとずうっと絵が大好き......」

 優しい絵に優しい色が重なって、まるで金平糖のようにかわいい絵だ。
 シラタマもヨツロウくんにずっとずうっと描いててほしいと思う。
 でも、豆腐小僧であるヨツロウくんは、それはむずかしいことのようだ。

「ヨツロウくんは、豆腐屋さんに、なりたくないってこと?」
「……なんかぁ、それもちがうんだよねぇ」

 もじもじと青い色鉛筆を転がしながら、ヨツロウくんは言葉をこぼす。

「だってぼくは豆腐小僧だから。豆腐だって好きだし、作っているのを見るのも好きだよ。作ってもみたいし。……でもさ、ずっと豆腐しか見ちゃいけないなんて、寂しくて、悲しくて、つらいんだ……」

 桃色に持ち替えたヨツロウくんはシラタマを見ないで聞いた。

「絵を描くのは、ワガママ、なんだって。シラタマちゃんも、そう思う?」

 桃色の色鉛筆は、霧の中の朝日を色づけていく。
 桃色がじんわりと森のなかに広がって、朝の彩りが紙のなかに描かれていくのを見ながら、シラタマは肉球をぽすんと叩く。

「画板に豆腐をのせて、絵を描けばいいんじゃない?」
「それ、どういうことぉ?」
「ワガママって、無理なことでも自分がしたいようにすることだよ。1つしかしてないヨツロウくんは、ぜんぜんワガママなんかじゃないよ」

 シラタマは小豆を混ぜに立ち上がったが、ふわふわのしっぽをぶんぶんふりながら振り返る。

「それに、豆腐小僧・・・・で、絵が描けるじゃない!」
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