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第15章

122 トロイの木馬 ①

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「結論から言います。あなたとLR×Dを売りました」

 凌遅の言葉に、場が凍る。
 それはひどく衝撃的な報告で、情報処理に時間を要した。

「……僕と、LR×Dを売った?」

 バエルの声にも薄く動揺が混じる。

「ええ」

 凌遅は普段通りの表情で、事の次第を語り始めた。

「俺は“LR×Dを完全に破壊すること”を目的に準備を進めてきました。とは言え、そう簡単にいかないのは目に見えていた。あなたは抜け目がない。警察やマスコミの人間ともしていたから、下手に漏告したところで黙殺される確率が高く、ネットに動画を流してもフェイク扱いか、BANされるのがオチです」

「…………」

「となれば、競合他社に貴重な情報を流すのが一番現実的かと思いましてね、いろいろすっぱ抜いてやりました」

「……例えば?」

「代表バエルの主な潜伏場所、顧客リスト、過去に処刑した大物や、依頼した観客にまつわる情報、金に関する話、プロジェクトの詳細なんかを一通り。関係者にもリーク済みです。さっき流した“とっておき”が一部で炎上していますから、過激な人間は動き始めているでしょうね」

「……ふう、そうか……」

 バエルは顎をさすりながら息を漏らす。

「確かに理に適ってはいますが、にわかには信じられませんね。そんな機密文書をどうやって……」

 凌遅は口辺に薄く笑みをき、続ける。

「あなたと同じですよ。俺も、そこそこ人脈があるんです。。その伝手を辿って少しずつ収集しました。ありがたいことに、協力者や取引相手は一様に心確かで理解があり、俺の合図をじっと待っていてくれました。あなたがバーデン・バーデンの処女に企みを明かし、有頂天外になっている今がその時だと思って、先ほど解禁したんですよ。“あの情報を使って好きに遊んでくれ”とね。皆、腕をさすっていたから、存分に暴れてくれると思います」

 私の頭の中に、謎の数字やアルファベットが飛び交っていた凌遅のチャンネルのコメント欄が浮かんでいた。もしかしたらあれは何かの隠語で、情報のやり取りが行われていたのではないだろうか。

「なるほど、やられたなあ」

 バエルは片手で額を押さえ、苦笑交じりに嘆息した。

「まさか、君がこんな奇襲をかけてくるとは思いもよらなかった……これは、正常化に時間がかかりそうだ」

 だが、そこまでダメージを受けているようには見えない。作戦は失敗だったのか……。

「それで済む規模の話なら、わざわざここで語ったりしない」

 私が固唾を呑んで見守る中、凌遅は片笑み、爆弾発言をした。

「昨夜、ベルゼビュートと話したんですがね、ヨーロッパ支部は独立するそうですよ。顧客と人材の引き抜きに情報の持ち出し……母体であるLR×Dへの不義理の限りを尽くしてね」

 これを聞いた途端、バエルの顔から微笑が消え、完全な真顔になった。

「……は……?」

「信じられませんか。DMを確認してみてください。ベルゼビュートからの一方的な独立宣言と、関係各所から質問や批判が寄せられているはずです。ベルフェゴールも察知しているでしょう」

 バエルの端末からは、DM通知音が響き続けている。

「どうぞ。時間はいくらでもありますから」

「…………」

 凌遅に促された彼は黙って携帯端末を引き寄せ、画面をる。しばらく端末を操作するうち、徐々に彼の瞬きが増え、呼吸が乱れていくのがわかった。

「何故、急に……」

 ぼそりとつぶやくバエルに、凌遅は淡々と内情を打ち明ける。

「何でも、観客の一人が横紙破りの力を加えたようです。その人物はディーテさん……いや、伊関 ゆうさんと個人的な繋がりのあったフランスの富豪で、こう言ったそうですよ。“後ろ盾になるから、造反せよ。太陽のような彼女と過ごした時間は短いものだったけれど、今でも私の宝物だ。私のかわいい友・優を死に追いやった暴君とその共謀者共には、報いを受けさせねば気が済まない”と。、ね」

 マドレーヌ――母の最も得意なお菓子だ。いつも作ってくれていたのは、昔、フランスで親しくなった人から教わったレシピだと聞いた。
 以前、叔父と一緒にその人の写真を見せてもらったことがある。優しそうな年配の女性で、母は毎年グリーティングカードを送り、交流を続けているのだと言っていた。
 もしや、あの女性が件の観客なのだろうか。記憶の中の彼女は楚々そそとした上品な人で、そんな苛烈なことを言うようには見えなかったのだが。

「――いざとなったら支部があると思っていたんでしょうが、誤算でしたね」

 凌遅はじわじわと、LR×D代表を追い詰めていく。
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