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第二章 封じられた鬼神

不安定な封印

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というわけで、僕たちはヒルダの家に戻り食事をご馳走になった。

とても美味しかったのは確かなんだけど、鬼人種基準の量だったので、満腹を超えて少しお腹が痛い。
でも残すのも申し訳なかったし、お世辞抜きで美味しかったのは本当だ。

危険が近くにあるならさすがにこんなには食べなかったけど、いまはヒルダも居るから大抵の事はなんとかなると思ったからってのもある。

今は食事のお礼に、僕の持っている素材を使って食後のお茶をいれたところだ。
ちなみに薬効とかは気にしないで味重視。もちろん体に悪いものは入れてないけど。

「熱いから気をつけてね・・・って、ヒルダならそうそう火傷とかしないか。」
「お気遣いありがとうございます。・・・あ、美味しい・・・」
「あはは、口にあったようで何よりだよ。本当はこれに合うお茶菓子とか用意したかったんだけど、流石にそれは持ち歩いてなくてね。」
「お茶菓子、ですか・・・この里にはほとんど無いものですし、少し興味があります。機会があれば、いずれ頂きたいです。」
「それなら近いうちにおすすめを用意するよ。機会なら、これからいくらでもあるだろうし。」

元々この里に来た目的を考えれば、滞在期間はそれなりに長くなるはずだ。
長期的な肉体改造・・・というと怪しい感じがするけど、むしろ目的は負担をかけないで基礎から体を作り上げること。そのためのデータをとりたいからわざわざこの里に来たわけだから、さっさと去るつもりなんて微塵も無い。まあ、1度バレーナには戻るけど。

「それにしても、シルヴァは随分手慣れた様子でしたね。お茶が趣味なのですか?」 
「いや、どちらかと言うと師匠の趣味だね。あの人は飲む専門だったけど。」

生活能力皆無の師匠のために色々やった経験のおかげで、人をもてなすことに関してはある程度慣れている。お茶会、と言うと大袈裟だけど、似たようなことならそれなりの物が用意出来る。
色んな人と関わる上でこういった特技は割と役に立ってくれているので、その点も師匠には感謝している。


さて、そんなこんなで一息ついた僕らは、どちらからともなく今後についての話を始める。

「僕は明日になったら1度山を降りてバレーナに戻るよ。色々用意したいものもあるしね。あ、何かついでに必要なものとかある?もしあったら調達してくるけど。」
「そうですね・・・必要なものは特にありません。ただ、もし時間があれば、街に降りたフレアの家族の様子を見てきて頂けますか?」
「りょーかい、任せて。山から降りてきた小鬼種って情報があれば、まあ多分見つけられると思うよ。」

鍛冶工房なり、あるいは酒場とかに行けば、そう苦労もせず見つけられるだろう。その程度には、バレーナの人と交流は深めている。

「それと、人狼種に着いても少し調べてくるつもり。幻妖種に関して調査するなら、バレーナは悪くない環境だし。」
「助かります。私の方でも、封印について調べてみますね。」
「まあ、今一番の不安要素っていったらそれだもんねぇ。」

僕の経験上、封印ってものは酷く『不安定』なものだ。
当たり前だけど、この世に存在する全てのものは移ろっていくわけで。
静と動、破壊と再生、進化と退化、そして生と死。

万物は変化することこそが当然であり、それを否定するのは生半可な力では不可能だ。
現状維持や停滞、均衡は常に外力に抵抗する必要がある。

とまあややこしく言ってるけど、例えるなら暖かい場所に置かれた氷って感じだ。
氷になった水は流れることなく止まるけど、それを氷のままにしておくには冷やし続けなきゃいけない。

それを辞めるなら、溶けて水が流れていくのを容認するか・・・あるいは、飲み尽くしたり蒸発させたりして、水そのものを・・・・・・なくせば良い・・・・・・

しかし、今回の場合・・・というか、封印という手段をとる時、大抵「水は激流」だ。
ほうっておけば激流は大きな被害をもたらすが、それを飲み尽くすことなど到底不可能。
故に凍らせることでその勢いを止める。

だけど、ここには大きな問題がある。

「封印の地にはまだ鬼神の力が残ってるって話だったよね。つまり、千年の中で意識や肉体が風化したりはしていない。」
「そうなります。恐らく、封印を解く・・・魂結いによる無機物との結合を解除した場合すぐにでも活動を再開するでしょう。」
「だよねぇ。」

これが封印の最大の問題。
命を懸けた封印であっても、解けてしまえば、あるいは解かれてしまえば・・・・・・・・それまで。
結局のところ、封印とは問題の先送りにしかならない。

「・・・とりあえず、もしもの時のためにいくつか『手段』は用意しておくよ。」
「手段、ですか?」
「うん。まあ、その辺は任せてよ。」
 
なんにせよ、準備は大事だ。
それも、色んな状況に対応できる準備。

千年も封じられていたら、力はそのままでも精神性は変化しているかもしれない。つまり、交渉できるかもしれない。
あるいは封印されて怒り狂っているかもしれない。つまり、戦う必要があるかもしれない。

・・・とりあえず、この手の状況は初めてじゃないし、できることは前もってやっておかないと。

「ま、それはそれとして、今日はゆっくり休ませてもらうよ。・・・あ、おかわりいる?」
「頂きます。・・・では、この後は汗を流しに行きましょう。もちろん、一緒にですよ? 」

真顔で言い切るヒルダ。僕はそんな彼女にお茶のおかわりを注ぎながら苦笑いする。

「えーっと、お手柔らかにお願いします・・・」
「申し訳ありませんが、それは約束できかねます。」

意志が強い・・・。
お風呂に一緒に入るっていう宣言をなんでそんなに真っ直ぐな瞳で言えるんだろう。
こういう目標に全力なところかっこいいと思うけど、好意を向けられている身としては反応に困ってしまう。
なにせ経験がないもんでね。情けない限りだ。

・・・まあいいや。後のことは後で考えよう。

「まだ日も高い時間からお風呂に入れるなんて贅沢だなぁ。しかもお湯に入れるタイプのお風呂なんて結構貴重だし。」
「そうなのですか?」
「そりゃあそうだよ。ここみたいな源泉かけ流しの温泉は例外中の例外だから参考にならないかもしれないけど・・・大抵は蒸し風呂とか、水浴びとかになる。」

更に言えば旅先で大衆浴場とかあっても、安全上僕は入れないからなぁ。
個人単位で利用出来るお風呂となると、意外な程に数が少ない。

「だから僕は普段は色々な薬とかで清潔さとかを保ったりしてるんだよね。お風呂とかもうほとんど娯楽の領域だよ。」
「薬で清潔を保つ、ですか?」
「これがなかなか便利でね、冒険者とか旅人に人気なんだよ。清潔な布や厚手の紙に染み込ませて使う液体薬剤で、消毒殺菌だけじゃなくて清涼感とかにもこだわったからね。」

あれの製法でかなり稼がせて貰った。今でも定期的にお金が入ってくるし。

「・・・そうだなぁ、僕が作った道具とかの話、興味あったりする?」
「控えめに言って興味しかありません。」
「あはは、それじゃあ今日の話はそれにしようか。せっかく2人でゆっくりお風呂に入るんだったら黙ってるのもあれだしね。」

主に問題となるのは僕の理性なわけだけど。これが治療だったら相手がどんな美人でも、あるいは逆にどれだけ醜悪な姿でも気にならないんだけどなぁ。

そんな益体もない思考をしながら、僕は残っていたお茶を飲み干して立ち上がる。

この場でまだダラダラとヒルダと話していたい気持ちもあるんだけど・・・
お風呂に行くとなるとある程度勢いのついた状態でないと冷静になってしまう。
素に戻った状態でヒルダの濡れ姿を見たりしたら僕は理性を保てる自信が無い。


僕に続くように、ヒルダも優雅にカップを空にして立ち上がる。絵になるなぁ。

「どんなお話が聞けるか楽しみです。」
「期待に添えるようがんばるよ。」

緊張を顔に出さないように気をつけながら、なるべく平静を装って答える。

まあ明日には一度里を出る訳だし、話したいことは今のうちに話しておこう。
建設的な話になるかは・・・わかんないけど。


ふと気がつくと、ヒルダが僕の手をとっていた。あまりにも自然で、動きは見えていたのに反応できなかった。

「ほら、シルヴァ。いきましょう?」
「は、はい。」

お、おとこまえ・・・!
顔が赤くなるのを感じるのと同時に、ヒルダは一体何を目指しているんだろうという冷静な思考を頭の片隅に浮かべながら、僕はヒルダと共に温泉へと向かった。
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