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第二章 封じられた鬼神

人狼

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結論から言うと。

僕の調査では、この洞窟には何も有用な痕跡は無い、という結論に至った。

僕のその答えを聞いたヒルダは、特に残念そうな様子も無く頷いた。

「見つからない、ではなく無いという結論ということですね。」
「ま、そーだね。」

あらゆる手段を使って痕跡を調査したけど、結局洞窟にあったのは例の足跡だけだった。
他に足跡や毛、爪痕といった直接的な痕跡はおろか、『痕跡を消した痕跡』すらまったく無かった。

「情報がないから仮説になるけど、この足跡の主は初めから痕跡を残さないようにする、なんて意識は持ってなかったんだと思う。」
「なるほど・・・では、何故こんな中途半端な場所に足跡だけが残っていたのですか?」

うん、そういう疑問は出るよね。それについては一応の推測がある。

「えーっと、更に仮説を重ねることになるけど・・・ヒルダ、『人狼種ルー・ガルー』って知ってる?」
「いえ、聞いた事もありません。」
「まあ、数の少ない種族だからね。」

ヒルダが知らないのも無理はない。
数が少ないのもそうだけど、人狼種っていうのはわかりにくいというか、勘違いしやすい。

人狼種ルー・ガルー
魔法や霊術とは別の、独自の変身能力をもつ霊種に近い幻妖種だ。また、種族の特性として夜間、特に月の出ている夜に様々な能力が向上する。

基本の外見は純人種と同じだけど、自分の意思でいくつかの形態に変化できる。
代表的な物が、種族名の由来にもなっている『人狼形態』。
超簡単に言うと二足歩行の狼になる。
そしてこの形態が、人狼を分かりにくくしている一番の要因である。

というのも、二足歩行の狼というのは、狼の獣人種である『狼人種ウェアウルフ』と同じ特徴だからだ。まあ、獣人種は獣度合いの個人差が激しいから全員が全員そうってわけじゃないけど。

「たぶんこの足跡は、別の形態から一時的に人狼形態になった時についたものだろうね。」
「別の形態・・・それは、足跡などを残さない姿、ということですか?」
「うん。人狼種には『翼狼形態』、ていうコウモリっぽい姿もあるんだ。」

『翼狼形態』は、でっかいコウモリが狼の顔を持ってるって感じの姿だ。
身体が重くて飛行そのものはあまり得意じゃないらしいけど、夜のあいだであればかなりの長距離を、高速で移動できる。

「翼狼形態は持続時間に限りがあるから、一度ここで人狼形態に戻って少しだけ休んでからまた翼狼形態に戻ったんじゃないかな。だから、ここに足跡だけが残った。」

形態変化の影響か、体から抜け落ちた毛とかは時間経過で消える。
基本的に、『人狼形態』も『翼狼形態』も本来の姿とは異なるので、その体も真に肉体という訳では無い。

以上の特性から、『痕跡が無い』という事実を根拠にして、僕はここに訪れた存在が人狼種であるという結論を出した。

「もちろん、なんの物証もないただの仮説だけどね。人狼種の形態変化はどちらかと言えば『異能』の類だ。上位元素関連から調べても痕跡が無いってことなら、それなりに確度の高い推測だと思うよ。」
「なるほど・・・非常に参考になりました。やはり、シルヴァに頼って正解でした。ありがとうございます。」
「あはは、まあ知識は僕の数少ない自慢できる点だからさ。これくらいはね。」

ヒルダのまっすぐな言葉に、少し照れてしまう。職業柄、人から感謝されることは多いけど、この言葉は何度聞いても嬉しいものだ。

・・・しかし、人狼種か。

「うーん、ちょっと気になるなぁ。目的もなくこんなところに来ないだろう、っていうのもそうだけど・・・」

シャイナが見たという情景を思い出す。
光を恐れる何者か。それは、狼のような唸り声をしていたという。
シャイナが見た情景が、過去のものか、あるいは同じ時間の別の場所のものかはわからないけど、仮に後者だとしたら。

タイミングが、少しだけ関連を疑わせる。

「シルヴァ、気になる、とは?」
「いや、具体的にどうってことは言えない。というかわからない。さっきこの洞窟の奥を見た限りでは何も無かったし、そんなに警戒しなくても良いと思うから一旦置いておこう。」

ただ、放っておいてもろくな事にならない予感がするし、後でシャイナとアルスに話を聞こう。

「一応聞いておくけど、封印が弱まったりとかはしてないんだよね?」
「それは問題ない・・・と、思います。なにぶん、古い封印なので細かい部分は私にもわからなくて・・・」

ふむ。封印は普通の鬼神の苦手分野だろうし、それも仕方ないだろう。
その辺もアルスならなにか知ってるかな。

「おっけーおっけー、だいたい分かったよ。とりあえず、今ここでできることはこのくらいだね。ヒルダ、他に気になることとかある?」
「いえ、ここを調べてもらえただけで十分です。」
「それじゃ、里に戻る感じでいいかな。」

早めに体調を戻して、バレーナで補給もしたい。山の中にいるだけで疲れるような鍛え方はしていないけど、それはそれとしてゆっくり休めるならそれに越したことはないし。

「そうですね、あまり長居したい場所でもありませんし。」
「それは同意だね。まぁ、また山道を戻ると思うと少し憂鬱・・・というか正直に言ってめんどくさいけど。」

根本的に僕は体を動かすのが好きじゃないし。
特に山登りの何が嫌って、登ったら降りないといけないことだね。

そんなふうにものぐさ全開な思考をしていると。
ヒルダがなにかに納得したように頷いた。

「ああ、シルヴァはまだ身体が本調子ではないんですよね。では、私がシルヴァを抱えて帰りましょう。」
「え、抱えて帰る?」

それ人間に対して使われる言葉なの?

「ここに来るまでの道は調査と説明を兼ねてゆっくり歩いて来ましたが、普段私がここに来る時は基本的に跳んで来ているのです。その方が早いですから。」
「飛んで・・・!?そ、それは魔法か何かで、ってこと?」
「魔法?いえ、こう、普通にぴょーんと。」

その場で軽くジャンプするヒルダ。なにその仕草可愛い。ぴょーんて。
っていうか飛ぶ、じゃなくて跳ぶか。
それはそれで驚異だなぁ。

なんて呑気に思っていると、ヒルダは軽々と僕を抱えあげる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

「ちょっ、ヒルダ!?」

疲れているからか、あるいは僕が無意識下でヒルダを危険と認識していないからかはわからないけど、まるで反応出来なかった。

慌てる僕に構わず、ヒルダは少しだけ腕に力を込める。

「大丈夫です、あなたに負担はかけませんから。安心して身を委ねてください。」
「・・・・・は、はい。」

やだ、かっこいい・・・!
あまりの頼もしさに思わず敬語で頷いてしまった。

ええい、なんとでもなれだ。
シャイナに運ばれた時も大丈夫だったし、距離的にはそう変わらないから今度も大丈夫だろう。
まあ今回は前回には無かった高度があるけども。

「では、行きますよ。」

ヒルダは短くそう言うと、先程のジャンプと同じような軽い動作で地面を蹴る。

たった、それだけの一動作で。


ドンッッッ!!


地面が悲鳴を上げ。

僕たちは空にいた。
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