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第二章 封じられた鬼神

里の観察

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朝である。
材質はよく分からないけど、貸してもらった部屋のベットは柔らかくてよく眠ることができた。

あの後同じ部屋で寝ようとするヒルダを説得するという一悶着はあったけども、僕の眠りのために勘弁して貰った。
ヒルダに限らず、壁も隔てないほど近くに人がいると寝られないからね。

まあ、疲れてるからそこまで敏感に反応できるわけでも無かったとは思う。良かったと言えば良かったけど、あそこで神殺権と鬼殺権を使ったのはちょっと軽率だったかもなぁ。
他に手段が無かったから仕方ないけど、あの辺の薬は慎重に使わないと。

と、そんな反省を心の中でしながら、僕は身支度を進める。
借りた服から自前の服に着替える。上着の中に入れる薬も、バックパックから補充しておく。
今回は大して爆弾を持ってきてはいないから、薬のストックはそれなりにある。
とはいえ、データを取るとなると少しばかり足りないからやっぱり1度バレーナに戻る必要はあるけど。

さて、まあこんなもんかな。
音響頭角のチャージは・・・うん、ほとんど使ってないから十分だ。それにここに来る前にシャイナに頼んで補給してもらったし。


身支度を終えた後は、身体の調子の確認だ。

まず部屋の扉を開ける。そして、部屋の中心に立って目を閉じる。

呼吸を止め、自身の心臓の音を意識の外に置き、周囲の音のみに全神経を集中させる。
僕はそのまま、体の前で1度手を叩いた。


乾いた音が、周囲に響く。



・・・・・・・・うーん、7割って所かな。
今のは聴覚と触覚の調子を確認する為によくやるセルフチェック。
音の反響を利用して、どこまで小さい音と振動を拾えるかからざっくりとだけと自分の状態を確認できる。

結果としては、万全では無いけどまあ許容範囲って感じだ。

ちなみに専用の強化薬を使えば、音の反響から部屋の間取りや障害物の有無とかも察知できる。その技術は五感ってよりは情報処理の機能だから流石に素の状態では無理だけど。


ともかく、体の状態は分かった。
山を降りる時の危険を考えると、もう少し休んだ方が良い。
バレーナに戻るのは明日以降にして、今日は予定通りこの里を見せてもらおう。

視覚、嗅覚の確認はまた後でするとして・・・

とりあえず今は、新しい友人の元に行こう。
彼女の部屋は昨日の時点で聞いているから、そこに行けばいいだろう。
昨日は押し問答のせいで集合場所とかも全然話せなかったからなぁ。

追跡鋭化ナイトチェイサーを使えば匂いでヒルダの今の居場所を探すことも出来るけど、大した理由もなく女性を匂いで追跡するのはなんというか、あまりよろしくないだろう。


そもそも無駄に強化薬を使うと体の回復が遅れるし。いくら体への負担を軽減してると言っても限度はある。
ここは大人しく、普通に探そう。
まだ朝が早いとはいえ、鬼神はそこまで睡眠、というか休息を必要としない。

多分もう起きてるだろうから、部屋を尋ねても問題無いと思う。

バックパックは・・・まあ、置いていって良いかな。大抵の自体には深層励起と擬似悪魔化で対処できるし。
もう一度だけトンファーの位置を確認して、僕は部屋から出た。



僕が寝ていた部屋のある家は、大樹をそのまま家にしたような不思議な形の家だった。

生えている樹を利用した建築というのは森に住む麗人種エルフ精霊種スピリットが良く行うけれど、それらとは違う感じだ。そもそもああいった木をくり抜いたような家は彼らの特殊な技術や魔法があって始めてできるものだし。ただ形だけ真似ても木は枯れる。

つまり鬼人種が建てたであろうこの家は、意図的に木に近い形に建造されているわけである。

その外観を優先している為か、内部構造はかなり複雑だ。

・・・うーん、やっぱり後でこの里のことについてちゃんと聞くことにしよう。
明らかに何らかの敵との戦闘を想定している感じするし。
情報は僕の生命線だ。
それは感覚器官から得られる瞬間的な情報もそうだし、調査や研究から得られるデータや歴史とかもそうだ。

戦闘があるかどうかはともかく、備えておくことは必要だ。
少なくとも、準備不足で死ぬことにならないように。もう神殺権も鬼殺権も手元にないけど・・・あれは高い基礎性能で汎用性を誤魔化している薬剤だから、情報があるなら使わなくて済む。
基本的に、何かに特化させた薬の方がコストパフォーマンスも効果も高い。当たり前と言えば当たり前だけど。


さて、そんなことを考えながら歩いていたら、ヒルダの部屋の前に着いた。
外から見る限りでは、あまり広いようには感じない。いやまあ、そもそもが体が大きい種族だから、純人種の尺度で言えば大きい部屋だけど。
里の長であることを考えると、比較的質素・・・ああいや、この家に使われている技術から見れば、十分な権威の証明なのかな?
ま、細かいことはいいや。これが必要な情報だとも思えないし。

「おーい、ヒルダ、起きてる?」

とりあえず思考を止めて声をかける。
部屋の中から音とか息遣いとかするし起きてるのは分かってるけど、礼儀としてね。

「あ、シルヴァ。ええ、起きていますよ。どうぞ入ってください。」
「え、いいの?じゃ、失礼しまーす。」

お許しが出たので部屋に入る。緊張とか遠慮?そんなのは昨日のお風呂で全部流れました。

「おー・・・これはまた随分と、シンプルな部屋だね。」
「そうなのですか?必要なものは揃っていますが・・・」
ヒルダの部屋は、本当に随分とシンプルだった。ていうかこれでもだいぶ言葉を選んでる。

「ベッドくらいしかあるように見えないんだけど・・・?」
「祭事に使うような物は部屋に起きませんし、稽古は里から離れた場所で行いますから。」

生活に関わるイベントがその2つってストイックが過ぎない?

僕なんて旅の身なのに私物が凄い沢山あるんだよ。器材とか保管費と転移費だけで信じられないくらいお金かかってるんだけど。
それを呑み込めてるのは薬作りが楽しいからでしかないからね。

「いやぁ、改めて感じたけどヒルダは凄いね。それだけの力を持ってるのに驕ってる感じとか全然無いし。」
「と、突然どうしたんですか?」
「ああ、別にお世辞でも皮肉でもないよ。少し気になることはできたけどね。」
「気になること、ですか?」
「ま、それは後々ね。とりあえず、ヒルダさえ良ければさっそく里を案内して欲しいな。」

昨日見た鬼人の数を考えると、この里の人口は100人いくかいかないかってところだろう。

その人数と、木々の密集度合いと植生、あとは山の傾斜とかから考えると里はそれなりの広さがあると想像出来るし・・・出発が早いに超したことは無い。

「・・・そうですね。では、行きましょう!」

ヒルダは僕の言葉が少し気になったみたいだけど、一旦脇に置いておいてくれることにしたらしい。
楽しそうに笑みを浮かべると、彼女は僕の手をとる。

ヒルダの身長は僕より高いからか、なんか凄く様になってるというか、かっこいいなぁ。

照れる暇もなかったよ。

「最初は・・・そうですね、工房に行きましょう。」
「工房?武器でも作ってるの?」
「いえ、武器は基本的に麓の街・・・バレーナと取引しています。ここで作っているのは、その取引で交換する家具や細工品です。」
「へぇー、凄いね!」

鬼人が細工品みたいな繊細な物を作るなんてかなり珍しい。
そういうのは巧人種ドワーフみたいな手先が器用で小柄な種族が得意とする事だ。

鬼人種のサイズだと、物理的に厳しいような・・・
家具とかはまあ、力と大きさが役に立つのかもしれないけど。

「良いね、俄然興味が湧いてきたよ。」
「ええ、期待していてください。」

ヒルダに手を引かれるまま、僕は部屋の外に出る。


・・・いや、時間が経つと恥ずかしくなってきたな、これ。
うんまあ、深く考えないようにしようっと。
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