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第一章 薬師、シルヴァ・フォーリス
そして現在
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日もすっかりと落ちた夜。
休日を前に活気に溢れた酒場で、のんびりと果実水を飲む男が一人。
年齢は20歳前後。身長は人種としては高い方であり、服の隙間から見える体は程よく鍛えられていて引き締まっている。
髪は明るめの茶色で、とりあえず短くしたように雑に切られている。
顔の造形はこれといった特徴が無いが、何処か気の抜けた表情が穏やかな印象を感じさせる。
「・・・なんか、昔のこと思い出しちゃったなぁ。師匠、元気にしてると良いんだけど。」
と、一人で飲んでいたその男に、体格の良い大柄な男が近づく。
背格好は人種に近いが、その顔は人種と異なる特徴を持っていた。
二つの耳と、一つの鼻と口・・・と、『目』。
単眼種。
世界各地に広く存在する幻妖種の一種であり、恐ろしげな見た目とは裏腹に気の良い種族である。
「よう、先生!まーた酒じゃなくてそんなもん飲んでんのか?」
「そういうあなたはもう随分酔ってるみたいですね。ここのお酒は人種の僕には強すぎるんですよ。」
「はっはっは、情けねぇなぁ!」
「薬師相手に酒の強さを自慢しないでください。・・・っていうか、先生はやめて下さいよ。シルヴァで良いですって。」
顔を赤く染め、すっかり出来上がっている様子の単眼種に、人種の男・・・シルヴァは呆れた様子でため息を零す。
「ま、酒場なんだから酔ってるのは悪いことじゃ無いですけどね。で、どうしたんです?楽しく雑談って言うなら付き合わないでもないですよ?」
「お、良いねえ。じゃあこっちに来てくれよ、仲間もせんせ・・・じゃなくて、シルヴァと話したいって言ってるぜ?」
「あー、鍛冶工房のみなさんですか?」
「ついでに、お得意様の戦士連中もいるぜ。」
「彼らも居るんですか、珍しいですね。・・・ま、戦士の皆さんは僕にとってもお得意様ですし、挨拶しておきますか。」
そう言ってシルヴァは立ち上がる。
「・・・にしても、店の中でまで暑苦しい服着てんなぁ。脱がねえのかい?」
単眼種の男は、シルヴァのコート・・・と言うには少し短い、厚手の上着を見ながら問う。
「暑くない訳では無いですけど・・・ま、これは僕の生命線なんで。」
言いながら、シルヴァは懐から小さな丸薬を取り出す。
「はい、酔い醒まし。どーせ奥さんに隠れて来たんでしょう?また性懲りも無く酔っ払って、そのまま帰ったら怒られますよ。」
「うぐ、それを言われると痛えなぁ。」
「もちろん、タダじゃないですからね。」
シルヴァはそう言って笑いながら、単眼種が集まる席に向かう。
「ははっ、そりゃそうだな。んで、何をお求めだ?シルヴァには武器も防具も要らないだろう?」
「薬の実験に協力してくれません?」
「お断りだ。流石に命は惜しい。」
「つれないなぁ・・・あ、どーも皆さんこんばんはー。」
席に訪れたシルヴァを、男たちが歓迎する。
席に着いているのは、先程の男と同じ単眼種だけではない。
羊のような下半身を持ち、頭には曲がった大きな角が伸びている種族。
半羊種。単眼種と同じ幻妖種に括られる種族であり、アンバランスな見た目ではあるが、近接戦闘を得意とする者たちである。
「おっ、シルヴァさんじゃねえっすか!珍しいっすね、酒場にいるなんて」
「そうでも無いと思うけどなぁ。なんか情報ないかなーって思った時にはよく来てますよ?」
「ははっ、この街の酒場で情報なんて集まらねえっすよ!頭の悪ぃ酔っぱらいしか居ねぇんすからね。」
半羊種のその言葉に、男たちは爆笑しながら頷く。
「違いねぇ!昨日の晩飯どころか、さっきの昼飯すら怪しいヤツしか居ねえからな。」
「はぁ・・・記憶関連はあまり良い薬が無いんですから、自分でなんとかしてくださいよ?」
ところで、とシルヴァは話を変える。
「どなたか、僕の新しい薬の試験に付き合ってくれる人いませんかね?」
「嫌だ」「お断りっす」「無理」「死にたくねえ」「勘弁してください」「他を当たってくれ」
怒涛の勢いで発される拒絶の言葉。
シルヴァは特に驚いた様子もなく、しかし残念そうにため息をつく。
「良いじゃないですか。今より強くなれるかもしれませんよ?」
「それで死んだら元も子もねえだろうよ。家族を残して死ぬ訳にはいかねえしな。」
「そうそう死にませんよ・・・たぶん。」
それを確認するための試験でもある。と前置きをして、シルヴァは話を続ける。
「もちろん、いきなり試薬を打たせろって言ってるんじゃないですよ?ちゃんと可能な限り安全は確認してますし、一度自分にも使ってます。僕が生きてるんだから、僕より強い皆さんが死にはしないですよ。」
「先生は毒とかに対する耐性だけは常軌を逸してるだろうがよ。」
「それは死なない毒なら、の話です。普通に致死性の毒もらったら死にますよ。」
そう言って、シルヴァはまた懐から薬を取り出す。今度は半透明のカプセルに入れられた粒状の薬である。
「戦士の皆さんだって、僕の薬の効果はご存知でしょう?これは、この前試してもらった戦闘強化薬『七式』を量産できるようコストダウンした『九式』の最新版なんですが・・・」
「七式・・・まあ、確かにあれは凄かったっすけど。シルヴァさんと同じ薬使ったのにシルヴァさんに勝てなかったじゃないっすか。」
「そりゃ、僕はあれを使っての戦闘に慣れてますからね。そうそう負けられませんよ。でも、魔獣相手には圧倒的だったでしょう。」
「それはそうっすね。あん時は感動しました!」
「でも、七式は高いからなかなか手が出ないでしょう?」
そこで、とシルヴァは身を乗り出す。
「この『九式』です!これは七式の60分の1のコストでありながら、七式と遜色ない身体機能の強化を可能にした物でしてコストパフォーマンスは抜群です!」
「・・・それで、デメリットは?」
「ちょっと正気を失いかけます。あと、少し身体への負担が大きくて使用後に体がしばらく動かなくなります」
「普通に危ない薬じゃないっすか!」
「でも依存性はありませんし脳を傷つけることもありませんよ?」
「正気を失うって言ってたじゃないっすか!絶対にお断りっす!」
残念です、とシルヴァは小さくため息をついて引き下がる。
「しょうがないですし、今回は諦めます。・・・気が変わったらいつでも言ってくださいね。」
「あ、あはは・・・まあ、その時は。あ!それより、この前作ってもらった腰痛の薬、お袋に使ったらよく効いたみたいで。今は元気に畑仕事してますよ。」
「それは何よりです。作り方はこの前教えた通りなんで、また調子悪くなったらそれを使ってくださいね。」
そこで会話も一区切りつき、全員しばし雑談をしながら酒と食事を楽しむ。
一通り食べ終え、皆の会話も落ち着いて来た頃。
シルヴァが再び口を開く。
「いやーしかし、この街にも随分滞在しましたし・・・そろそろ次の所に行きましょうかねぇ。」
「おいおい、そう言うなよ。なんなら嫁さん貰って、ここに住みゃあいいさ。うちの娘はやらんがな。」
「うーん、まあ僕は転移も使えないから気軽に帰っても来られないですし・・・あんまり急いで立ち去る気も無いですけど。」
言いながら、いくつかの小瓶を並べていく。
「ただ、どーにも新薬の開発が行き詰まってるんですよねぇ。やっぱりサンプルケースが足りてないし・・・」
「・・・ていうか、いきなり何を並べてるんだよ?」
「この前試験的に作った薬です。酔い醒ましの前に、酔わない薬が出来ないかなって。使ってみます?」
「遠慮しとくぜ。俺たちゃここに酔いに来てんのに、酔えなくなったら意味がねえだろうよ。」
「あ、なるほど。確かにそうですよね。・・・とまあ、こんな感じで、まともに役に立つ薬が長いこと作れてないんですよ。」
小瓶を指先で弄びながらため息をつくシルヴァ。
「どっかに体が丈夫で、なおかつあまり強力すぎず、それでいて強さに貪欲で薬の試験に付き合ってくれる方はいないもんですかねぇ。」
「なんだそのお前にとってのみ都合がいい存在は。」
「絶対損はさせないんですけどねぇ。短期的な強化だけじゃなくて、長期的な肉体改造とかもしてみたいのになぁ。あーあ、実験したいなぁ。」
「お前、匂いだけで酔ったんじゃねえのか?」
「多少あてられていることは否定しませんよ。」
そう言うが、シルヴァの顔色は最初と何も変わっていない。
「ま、ゆっくり考えますよ。さて・・・気ままな身とはいえ、あまり不規則な生活も良くありませんし・・・そろそろ僕は帰ります。っていうか、皆さんもそろそろ終わりにした方がいいんじゃないですか?特に、家族のいる方達は。」
もはや、日付もとっくに変わった深夜である。鍛治工房も明日は休みとはいえ、流石に客も減ってきている。
「あー・・・もうこんな時間になっちまったら、何時に帰ろうがぜってぇに怒られっからなぁ。いっそ、俺たちゃ朝まで飲んでくことにするわ。」
「ザルですねぇ。」
「シルヴァの分の勘定は払っとくぜ。なに、何度も世話になってるしな。遠慮すんな。」
と、気前のいい事を言った単眼種の男を、周りが茶化す。
「なにカッコつけてんだよ。俺らが飲み食いした量に比べれば、シルヴァさんの分なんて僅かなもんだろうが。」
「かーっ、水をさすんじゃねえや!」
「ていうかそもそも、シルヴァさんの方が俺たちよりよっぽど金持ってるしな。」
その半羊種の男の言葉に、シルヴァは苦笑する。
「それを言ったら台無しな気もしますけど・・・でもまあ、奢ってもらえるほど親しく思って貰えてることが嬉しいですよ。なにぶん、旅の身ですから。」
「まあ、確かに知り合ってからそんなに時間は経ってねえが・・・シルヴァには、そんなこと関係無く恩を感じてるんだぜ。もちろん、そう言うの抜きで単純に友達だと思ってるしな。」
単眼種の言葉に、シルヴァは思わずといったように笑みを零す。
「・・・そういうことなら、もう少しこの街に滞在しますかね。」
「おう、そうしろそうしろ!」
「では、ご馳走様です。また、近いうちに一緒に飲みましょう。」
シルヴァはそのまま軽く挨拶をして席を立った。
「マスター、今日も美味しかったです。また来ますね。」
「ほっほっほ、ご満足頂けたなら何よりです。」
シルヴァは店を出る前に、他の席を片付けていた店主に声をかける。
店主は、単眼種や半羊種に比べるとかなり人種に近い外見である。
違いは、耳が少し人種より長く、尖っている程度だ。
賢人種。高い知能を持ち、多くの種族と友好的な関係を築いている亜人種である。
「そう言えば、シルヴァさん。先程、おっしゃっていらした、薬の試験に適した人材についてなのですが。実は私、心当たりがあります。」
「ホントですか!?」
勢いよく店主に詰め寄るシルヴァ。
「え、ええ。私が食材の取引をしている商人から聞きまして・・・あまり知られていないのですが、この近くの山奥には、鬼人種の里があるようなのです。」
「山奥に、鬼人種ですか?」
シルヴァは怪訝そうに首を傾げる。
鬼人種。青みがかった灰色の体色と、頭部の角が特徴的な屈強な亜人種である。
基本敵に荒野に住むことを好み、強さを尊ぶ。
また、独自の言語を使うため、会話する際には翻訳魔法を用いるか言語を学ぶ必要がある。
「・・・まあ、そういう人も居ますか。それで、その人達が薬の試験に付き合ってくれそうってことですか。」
「もしかしたら、という話にはなりますが。どうやらその鬼人種は比較的小柄であり、また何らかの理由で明確に力を求めているようなのです。その商人も、何度か強くなれる道具などが無いか聞かれたそうです。」
「へぇ・・・良いですね。」
店主の言葉に、シルヴァの口角が上がる。それは先程男たちの前で見せたような穏やかなものではない。どこか怪しく、妖しい、危険な笑みだ。
「シルヴァさん顔、顔。」
「おっと、これは失礼。」
シルヴァは軽く咳払いをして、いつも通りの表情に戻る。
「この街との交流も少ないですがあるようですし、距離もそう遠くありません。行ってみても損は無いんじゃないかと。」
「そうですね・・・うん、いい考えかもしれません。えーっと、この地図に乗ってる場所ですかね?細かい位置を教えて貰えると助かるんですが。」
「少々お待ちを・・・はい、この地図だとこの辺りですね。」
そう言って、店主は地図の一点を示す。
「うわっ、本当に山奥ですね・・・」
教えられた場所は、道も無いような山そのもの。
嫌そうな顔をするシルヴァに、店主は苦笑混じりに補足する。
「一応、商人が使うルートがありますからそこまで大変でもないはずですよ。」
「・・・まあ、薬の試験が出来るなら頑張りがいもありますからね。情報感謝します」
「いえいえ。この街が活気を取り戻したのはシルヴァさんのおかげですから。この程度、ささやかな恩返しだと思って頂ければ。」
そう言って、店主は穏やかに笑う。
それにシルヴァは、少し照れたように顔を背ける。
「や、やめてくださいって。僕の事情でやったことですから。・・・そ、それじゃあ僕はもう行きますね。また後日。」
シルヴァはそのまま逃げるように立ち去る。
店主はその様子に小さく笑みを零し・・・
ふと、自分が彼に伝え忘れていた事があったのを思い出した。
「そういえば、初めて訪れた時に襲われたと商人の方が言っていましたが・・・まあ、彼なら大丈夫でしょう。」
その呟きは、誰にも届くことはなく。
店主は未だ店で飲み続けている酔っ払いたちの為に仕事を再開した。
休日を前に活気に溢れた酒場で、のんびりと果実水を飲む男が一人。
年齢は20歳前後。身長は人種としては高い方であり、服の隙間から見える体は程よく鍛えられていて引き締まっている。
髪は明るめの茶色で、とりあえず短くしたように雑に切られている。
顔の造形はこれといった特徴が無いが、何処か気の抜けた表情が穏やかな印象を感じさせる。
「・・・なんか、昔のこと思い出しちゃったなぁ。師匠、元気にしてると良いんだけど。」
と、一人で飲んでいたその男に、体格の良い大柄な男が近づく。
背格好は人種に近いが、その顔は人種と異なる特徴を持っていた。
二つの耳と、一つの鼻と口・・・と、『目』。
単眼種。
世界各地に広く存在する幻妖種の一種であり、恐ろしげな見た目とは裏腹に気の良い種族である。
「よう、先生!まーた酒じゃなくてそんなもん飲んでんのか?」
「そういうあなたはもう随分酔ってるみたいですね。ここのお酒は人種の僕には強すぎるんですよ。」
「はっはっは、情けねぇなぁ!」
「薬師相手に酒の強さを自慢しないでください。・・・っていうか、先生はやめて下さいよ。シルヴァで良いですって。」
顔を赤く染め、すっかり出来上がっている様子の単眼種に、人種の男・・・シルヴァは呆れた様子でため息を零す。
「ま、酒場なんだから酔ってるのは悪いことじゃ無いですけどね。で、どうしたんです?楽しく雑談って言うなら付き合わないでもないですよ?」
「お、良いねえ。じゃあこっちに来てくれよ、仲間もせんせ・・・じゃなくて、シルヴァと話したいって言ってるぜ?」
「あー、鍛冶工房のみなさんですか?」
「ついでに、お得意様の戦士連中もいるぜ。」
「彼らも居るんですか、珍しいですね。・・・ま、戦士の皆さんは僕にとってもお得意様ですし、挨拶しておきますか。」
そう言ってシルヴァは立ち上がる。
「・・・にしても、店の中でまで暑苦しい服着てんなぁ。脱がねえのかい?」
単眼種の男は、シルヴァのコート・・・と言うには少し短い、厚手の上着を見ながら問う。
「暑くない訳では無いですけど・・・ま、これは僕の生命線なんで。」
言いながら、シルヴァは懐から小さな丸薬を取り出す。
「はい、酔い醒まし。どーせ奥さんに隠れて来たんでしょう?また性懲りも無く酔っ払って、そのまま帰ったら怒られますよ。」
「うぐ、それを言われると痛えなぁ。」
「もちろん、タダじゃないですからね。」
シルヴァはそう言って笑いながら、単眼種が集まる席に向かう。
「ははっ、そりゃそうだな。んで、何をお求めだ?シルヴァには武器も防具も要らないだろう?」
「薬の実験に協力してくれません?」
「お断りだ。流石に命は惜しい。」
「つれないなぁ・・・あ、どーも皆さんこんばんはー。」
席に訪れたシルヴァを、男たちが歓迎する。
席に着いているのは、先程の男と同じ単眼種だけではない。
羊のような下半身を持ち、頭には曲がった大きな角が伸びている種族。
半羊種。単眼種と同じ幻妖種に括られる種族であり、アンバランスな見た目ではあるが、近接戦闘を得意とする者たちである。
「おっ、シルヴァさんじゃねえっすか!珍しいっすね、酒場にいるなんて」
「そうでも無いと思うけどなぁ。なんか情報ないかなーって思った時にはよく来てますよ?」
「ははっ、この街の酒場で情報なんて集まらねえっすよ!頭の悪ぃ酔っぱらいしか居ねぇんすからね。」
半羊種のその言葉に、男たちは爆笑しながら頷く。
「違いねぇ!昨日の晩飯どころか、さっきの昼飯すら怪しいヤツしか居ねえからな。」
「はぁ・・・記憶関連はあまり良い薬が無いんですから、自分でなんとかしてくださいよ?」
ところで、とシルヴァは話を変える。
「どなたか、僕の新しい薬の試験に付き合ってくれる人いませんかね?」
「嫌だ」「お断りっす」「無理」「死にたくねえ」「勘弁してください」「他を当たってくれ」
怒涛の勢いで発される拒絶の言葉。
シルヴァは特に驚いた様子もなく、しかし残念そうにため息をつく。
「良いじゃないですか。今より強くなれるかもしれませんよ?」
「それで死んだら元も子もねえだろうよ。家族を残して死ぬ訳にはいかねえしな。」
「そうそう死にませんよ・・・たぶん。」
それを確認するための試験でもある。と前置きをして、シルヴァは話を続ける。
「もちろん、いきなり試薬を打たせろって言ってるんじゃないですよ?ちゃんと可能な限り安全は確認してますし、一度自分にも使ってます。僕が生きてるんだから、僕より強い皆さんが死にはしないですよ。」
「先生は毒とかに対する耐性だけは常軌を逸してるだろうがよ。」
「それは死なない毒なら、の話です。普通に致死性の毒もらったら死にますよ。」
そう言って、シルヴァはまた懐から薬を取り出す。今度は半透明のカプセルに入れられた粒状の薬である。
「戦士の皆さんだって、僕の薬の効果はご存知でしょう?これは、この前試してもらった戦闘強化薬『七式』を量産できるようコストダウンした『九式』の最新版なんですが・・・」
「七式・・・まあ、確かにあれは凄かったっすけど。シルヴァさんと同じ薬使ったのにシルヴァさんに勝てなかったじゃないっすか。」
「そりゃ、僕はあれを使っての戦闘に慣れてますからね。そうそう負けられませんよ。でも、魔獣相手には圧倒的だったでしょう。」
「それはそうっすね。あん時は感動しました!」
「でも、七式は高いからなかなか手が出ないでしょう?」
そこで、とシルヴァは身を乗り出す。
「この『九式』です!これは七式の60分の1のコストでありながら、七式と遜色ない身体機能の強化を可能にした物でしてコストパフォーマンスは抜群です!」
「・・・それで、デメリットは?」
「ちょっと正気を失いかけます。あと、少し身体への負担が大きくて使用後に体がしばらく動かなくなります」
「普通に危ない薬じゃないっすか!」
「でも依存性はありませんし脳を傷つけることもありませんよ?」
「正気を失うって言ってたじゃないっすか!絶対にお断りっす!」
残念です、とシルヴァは小さくため息をついて引き下がる。
「しょうがないですし、今回は諦めます。・・・気が変わったらいつでも言ってくださいね。」
「あ、あはは・・・まあ、その時は。あ!それより、この前作ってもらった腰痛の薬、お袋に使ったらよく効いたみたいで。今は元気に畑仕事してますよ。」
「それは何よりです。作り方はこの前教えた通りなんで、また調子悪くなったらそれを使ってくださいね。」
そこで会話も一区切りつき、全員しばし雑談をしながら酒と食事を楽しむ。
一通り食べ終え、皆の会話も落ち着いて来た頃。
シルヴァが再び口を開く。
「いやーしかし、この街にも随分滞在しましたし・・・そろそろ次の所に行きましょうかねぇ。」
「おいおい、そう言うなよ。なんなら嫁さん貰って、ここに住みゃあいいさ。うちの娘はやらんがな。」
「うーん、まあ僕は転移も使えないから気軽に帰っても来られないですし・・・あんまり急いで立ち去る気も無いですけど。」
言いながら、いくつかの小瓶を並べていく。
「ただ、どーにも新薬の開発が行き詰まってるんですよねぇ。やっぱりサンプルケースが足りてないし・・・」
「・・・ていうか、いきなり何を並べてるんだよ?」
「この前試験的に作った薬です。酔い醒ましの前に、酔わない薬が出来ないかなって。使ってみます?」
「遠慮しとくぜ。俺たちゃここに酔いに来てんのに、酔えなくなったら意味がねえだろうよ。」
「あ、なるほど。確かにそうですよね。・・・とまあ、こんな感じで、まともに役に立つ薬が長いこと作れてないんですよ。」
小瓶を指先で弄びながらため息をつくシルヴァ。
「どっかに体が丈夫で、なおかつあまり強力すぎず、それでいて強さに貪欲で薬の試験に付き合ってくれる方はいないもんですかねぇ。」
「なんだそのお前にとってのみ都合がいい存在は。」
「絶対損はさせないんですけどねぇ。短期的な強化だけじゃなくて、長期的な肉体改造とかもしてみたいのになぁ。あーあ、実験したいなぁ。」
「お前、匂いだけで酔ったんじゃねえのか?」
「多少あてられていることは否定しませんよ。」
そう言うが、シルヴァの顔色は最初と何も変わっていない。
「ま、ゆっくり考えますよ。さて・・・気ままな身とはいえ、あまり不規則な生活も良くありませんし・・・そろそろ僕は帰ります。っていうか、皆さんもそろそろ終わりにした方がいいんじゃないですか?特に、家族のいる方達は。」
もはや、日付もとっくに変わった深夜である。鍛治工房も明日は休みとはいえ、流石に客も減ってきている。
「あー・・・もうこんな時間になっちまったら、何時に帰ろうがぜってぇに怒られっからなぁ。いっそ、俺たちゃ朝まで飲んでくことにするわ。」
「ザルですねぇ。」
「シルヴァの分の勘定は払っとくぜ。なに、何度も世話になってるしな。遠慮すんな。」
と、気前のいい事を言った単眼種の男を、周りが茶化す。
「なにカッコつけてんだよ。俺らが飲み食いした量に比べれば、シルヴァさんの分なんて僅かなもんだろうが。」
「かーっ、水をさすんじゃねえや!」
「ていうかそもそも、シルヴァさんの方が俺たちよりよっぽど金持ってるしな。」
その半羊種の男の言葉に、シルヴァは苦笑する。
「それを言ったら台無しな気もしますけど・・・でもまあ、奢ってもらえるほど親しく思って貰えてることが嬉しいですよ。なにぶん、旅の身ですから。」
「まあ、確かに知り合ってからそんなに時間は経ってねえが・・・シルヴァには、そんなこと関係無く恩を感じてるんだぜ。もちろん、そう言うの抜きで単純に友達だと思ってるしな。」
単眼種の言葉に、シルヴァは思わずといったように笑みを零す。
「・・・そういうことなら、もう少しこの街に滞在しますかね。」
「おう、そうしろそうしろ!」
「では、ご馳走様です。また、近いうちに一緒に飲みましょう。」
シルヴァはそのまま軽く挨拶をして席を立った。
「マスター、今日も美味しかったです。また来ますね。」
「ほっほっほ、ご満足頂けたなら何よりです。」
シルヴァは店を出る前に、他の席を片付けていた店主に声をかける。
店主は、単眼種や半羊種に比べるとかなり人種に近い外見である。
違いは、耳が少し人種より長く、尖っている程度だ。
賢人種。高い知能を持ち、多くの種族と友好的な関係を築いている亜人種である。
「そう言えば、シルヴァさん。先程、おっしゃっていらした、薬の試験に適した人材についてなのですが。実は私、心当たりがあります。」
「ホントですか!?」
勢いよく店主に詰め寄るシルヴァ。
「え、ええ。私が食材の取引をしている商人から聞きまして・・・あまり知られていないのですが、この近くの山奥には、鬼人種の里があるようなのです。」
「山奥に、鬼人種ですか?」
シルヴァは怪訝そうに首を傾げる。
鬼人種。青みがかった灰色の体色と、頭部の角が特徴的な屈強な亜人種である。
基本敵に荒野に住むことを好み、強さを尊ぶ。
また、独自の言語を使うため、会話する際には翻訳魔法を用いるか言語を学ぶ必要がある。
「・・・まあ、そういう人も居ますか。それで、その人達が薬の試験に付き合ってくれそうってことですか。」
「もしかしたら、という話にはなりますが。どうやらその鬼人種は比較的小柄であり、また何らかの理由で明確に力を求めているようなのです。その商人も、何度か強くなれる道具などが無いか聞かれたそうです。」
「へぇ・・・良いですね。」
店主の言葉に、シルヴァの口角が上がる。それは先程男たちの前で見せたような穏やかなものではない。どこか怪しく、妖しい、危険な笑みだ。
「シルヴァさん顔、顔。」
「おっと、これは失礼。」
シルヴァは軽く咳払いをして、いつも通りの表情に戻る。
「この街との交流も少ないですがあるようですし、距離もそう遠くありません。行ってみても損は無いんじゃないかと。」
「そうですね・・・うん、いい考えかもしれません。えーっと、この地図に乗ってる場所ですかね?細かい位置を教えて貰えると助かるんですが。」
「少々お待ちを・・・はい、この地図だとこの辺りですね。」
そう言って、店主は地図の一点を示す。
「うわっ、本当に山奥ですね・・・」
教えられた場所は、道も無いような山そのもの。
嫌そうな顔をするシルヴァに、店主は苦笑混じりに補足する。
「一応、商人が使うルートがありますからそこまで大変でもないはずですよ。」
「・・・まあ、薬の試験が出来るなら頑張りがいもありますからね。情報感謝します」
「いえいえ。この街が活気を取り戻したのはシルヴァさんのおかげですから。この程度、ささやかな恩返しだと思って頂ければ。」
そう言って、店主は穏やかに笑う。
それにシルヴァは、少し照れたように顔を背ける。
「や、やめてくださいって。僕の事情でやったことですから。・・・そ、それじゃあ僕はもう行きますね。また後日。」
シルヴァはそのまま逃げるように立ち去る。
店主はその様子に小さく笑みを零し・・・
ふと、自分が彼に伝え忘れていた事があったのを思い出した。
「そういえば、初めて訪れた時に襲われたと商人の方が言っていましたが・・・まあ、彼なら大丈夫でしょう。」
その呟きは、誰にも届くことはなく。
店主は未だ店で飲み続けている酔っ払いたちの為に仕事を再開した。
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