10 / 12
第9章
若さバカ発
しおりを挟む
中学までかなり厳しかった叔母も私が高校に進学すると怒鳴ったり叩いたりする事が全くなくなった。
恐らくもう大人に近づいたからなのかも知れないが、内心ビクビクしながら生活していた。
が、夜遊びしようが酒を飲もうが何も言わなかった。
半ば諦めていたのかも知れないが…
初めて自由を感じた瞬間だったかも知れない。
学校が終わると毎日の様に近所のマンモス団地のバスのロータリーに仲間と集まった。いわゆる溜まり場である。
私達仲間は、同じ中学出身だが高校はバラバラだった。いつしか仲間達はロータリークラブと読んでいた。
そのロータリーには、小さなスーパーとプレハブで出来た沖縄そば屋さんがあった。
お腹が空くと決まって沖縄そばを皆んなで食べた。当時、250円くらいだったと思う。
勿論、普通のお店より格安設定でもっぱら学生しかこなかった。
お小遣いをもらったことのない私は勿論お金などない。
では、どうやってそばを食べられたのか?
もう時効だと思うので書いていく。
当時、今もそうなのかも知れないが、瓶に入った飲み物例えば酒、ジュースなどには瓶の保険があり瓶を酒屋なり、スーパーなり、買ったところに持って行くと換金できたのである。
通常、3円から10円くらい。
この当時コーラの1リッターの瓶は50円の破格で換金ができた。
じゃあ、コカコーラの瓶は?
はい、沖縄そば屋の隣にある小さいスーパーの裏側に山積みにされているのを夜中忍び込み盗み出したのだ。
その瓶を、あろうことか盗んだスーパーで換金すると言う何と酷いことを…
申し訳ないと深く深くお詫び申し上げます。
週末になると仲間達とSガーデンと言う名前のディスコに通った。
ユーロビートや、アメリカの音楽が好きで当時は、ブレイクダンスが流行り始めで、私はダンスとラップにのめり込んでいた。
そんな時ある噂を聞いた。
『コザにマイケルジャクソンのモノマネが上手いアメリカ人がいる!』と。
コザとは那覇から北に向かった町で、ベースキャンプが近くアメリカ人が多い地域だった。
私と仲間達はワクワクしながらマイケルのモノマネが上手いアメリカ人に会いにコザのディスコにでかけた。
やばかった。と言うか、オーラがハンパなく話しかける事も出来ないくらい光り輝いている黒人だった。
まさか、あの人が後のMCハマーだったとは彼の自伝を読んで初めて知る事となる。
何やかんやバカ青春を謳歌していた私だが、叔母の家を早く出たくて仕方がなかった。
高校を卒業した後就職も何も決めず横浜に行く事にした。
友達が横浜で働いていたからだ。
恐らくもう大人に近づいたからなのかも知れないが、内心ビクビクしながら生活していた。
が、夜遊びしようが酒を飲もうが何も言わなかった。
半ば諦めていたのかも知れないが…
初めて自由を感じた瞬間だったかも知れない。
学校が終わると毎日の様に近所のマンモス団地のバスのロータリーに仲間と集まった。いわゆる溜まり場である。
私達仲間は、同じ中学出身だが高校はバラバラだった。いつしか仲間達はロータリークラブと読んでいた。
そのロータリーには、小さなスーパーとプレハブで出来た沖縄そば屋さんがあった。
お腹が空くと決まって沖縄そばを皆んなで食べた。当時、250円くらいだったと思う。
勿論、普通のお店より格安設定でもっぱら学生しかこなかった。
お小遣いをもらったことのない私は勿論お金などない。
では、どうやってそばを食べられたのか?
もう時効だと思うので書いていく。
当時、今もそうなのかも知れないが、瓶に入った飲み物例えば酒、ジュースなどには瓶の保険があり瓶を酒屋なり、スーパーなり、買ったところに持って行くと換金できたのである。
通常、3円から10円くらい。
この当時コーラの1リッターの瓶は50円の破格で換金ができた。
じゃあ、コカコーラの瓶は?
はい、沖縄そば屋の隣にある小さいスーパーの裏側に山積みにされているのを夜中忍び込み盗み出したのだ。
その瓶を、あろうことか盗んだスーパーで換金すると言う何と酷いことを…
申し訳ないと深く深くお詫び申し上げます。
週末になると仲間達とSガーデンと言う名前のディスコに通った。
ユーロビートや、アメリカの音楽が好きで当時は、ブレイクダンスが流行り始めで、私はダンスとラップにのめり込んでいた。
そんな時ある噂を聞いた。
『コザにマイケルジャクソンのモノマネが上手いアメリカ人がいる!』と。
コザとは那覇から北に向かった町で、ベースキャンプが近くアメリカ人が多い地域だった。
私と仲間達はワクワクしながらマイケルのモノマネが上手いアメリカ人に会いにコザのディスコにでかけた。
やばかった。と言うか、オーラがハンパなく話しかける事も出来ないくらい光り輝いている黒人だった。
まさか、あの人が後のMCハマーだったとは彼の自伝を読んで初めて知る事となる。
何やかんやバカ青春を謳歌していた私だが、叔母の家を早く出たくて仕方がなかった。
高校を卒業した後就職も何も決めず横浜に行く事にした。
友達が横浜で働いていたからだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
半端者~<クズ>
のんよる
青春
半端なクズ野郎の人生を実話を元に面白、おかしく、かっこよく、そしてカッコわるくしたフィクション作品です。
涙あり、笑いあり、ちょっぴり切ない恋がある。
やんちゃな半端者、そうちゃんの若かりし頃のストーリーとなっております。
※しつこいようですが、実話を元に話しを、面白、おかしく、かっこよく、そしてかっこ悪くしたフィクション作品となります。
さくらについて知って下さい
さくら
エッセイ・ノンフィクション
私は、中学生の時発達障害と診断されました。
でも、小説や物語を書くのは好きで、今も書いてます。
自伝なので、読みたくない人は読まなくていいです。本当に読みたい人だけ読んでください。
【実話】私は人生を諦めた〜教育委員会の対応〜
みゆき
エッセイ・ノンフィクション
一人の人間が希望を持って教育業界へ足を踏み入れる。そこで待っていた事はパワハラの毎日だった。
たったの一年間で人間は壊れていく。心身を壊した人間の人生を綴る。
その後の教育委員会や文科省、公的機関の対応までも事実を書きます。
ノンフィクションでお伝えする自身が経験した体験談
決して、自殺予告等ではありませんのでご了承下さい。
ただの自分語りです。
ただ、生徒として悩んでいる方、保護者として悩んでいる方がいるならば、教育委員会に似たような対応を取られていないか。そして、どのように対応すれば良いのか。少しでも参考になれば。と思います。
遺言
ぽちゃすけ
エッセイ・ノンフィクション
遺言。。
一児の父 発達障害、精神疾患を患った男が、色々な事に挑戦したり。波乱万丈な人生のノンフィクション。
引きこもり、ホームレス。窃盗症。病。いじめ、生保、破産。喧嘩。大好きな先輩の自殺。家庭崩壊。プロボクサー。自衛隊。映画少し出演。
どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら
風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」
伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。
男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。
それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。
何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。
そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。
学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに!
これで死なずにすむのでは!?
ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ――
あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる