拗らせΩは恋を知らない

Hiiho

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違和感のその先 1

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ふと目覚めると木製のブラインドが下りたままの部屋は薄暗く、今が何時なのかも分からない。
時計を見れば6時半で、朝なのか夕なのか分からないこれまた微妙な時間。

スマホで改めて確認すると、綾木に酒を飲ませようとした日に+2の日付の朝だと気付き、俺は飛び起きる。

「は!? えっ!?」

発情期なのに、24時間以上も寝続けてしまったのか!?

信じられない・・・発情期の一週間はどれだけ性交や自慰をしても睡眠より食事より性欲が優先で、例え精子が枯れようともαに犯される事を望んで体が疼いて仕方ないはずなのに。
煩悩に塗れているはずの頭の中も今朝はやけにスッキリとしているし、痛みはあるものの体も軽いような・・・?


寝室を出てリビングへ行くと、作り置きのサンドイッチがダイニングテーブルの上に置いてある。
『起きたら食え』
と走り書きの付箋が貼られ、どうやら綾木はいないようだ。

こんな朝早くにどこに行ったんだ?
俺から離れてやらない~とかなんとか言っておきながら、早速離れているじゃないか。

寂しさと苛立ちを誤魔化すようにサンドイッチを頬張り、水で腹の中へ流し込む。
ふう、と一息つき改めて考えてみると、寝過ぎていた俺も悪いか・・・と思い直し、シャワーを浴びることにする。

まあ、自分の部屋に帰っているだけかもしれないし。後で電話すればいいだろう。



レバーを回しまだ冷たいシャワーを頭から被る。朝シャワーをする時はこれが堪らなく爽快だ。だんだんと温水に変わっていくのも心地いい。

シャンプーを手に取り髪を洗っていると、綾木に噛まれた項に滲みてピリッと痛みが走る。
余程深く歯を立てたのだろうか。丸一日も経っていれば瘡蓋が剥がれ傷口など残っていないはずなのに。

まったく、こんなに深く傷をつけられてしまったら、綾木がどれだけ俺のことを想っているのか分かりすぎてしまうではないか・・・♡
項に手を当てニヤけが止まらなくなる。


『酩酊状態で綾木のタガを外そう大作戦』は見事失敗してしまったが、今回の事は強欲で汚い自分を深く反省する機会になったので良しとしよう。

俺は綾木だけを信じていればいい。そして、あいつを愛する自分の気持ちを信じていれば、ずっと傍にいることが出来る。

「ふ、なんだか本当におかしいな・・・」

発情期にこれほどまで冷静でいられたことなんて、今まで一度でもあっただろうか?本当の相思相愛とは、発情期のヒートにも打ち勝つほどの強い絆なのか?
だったら番になれなくても、十分に幸せなことじゃあないか!?


「茜?風呂入ってんの?」

バスルームの外から綾木の声がする。
途端、戻って来てくれた嬉しさで急激に胸が高鳴る。
もし俺に犬のように尻尾が生えていたとしたら、千切れそうなほどブンブンと振っていたに違いない。

「どこへ行っていたんだ?」

俺と離れて。

「あー、ちょっと事務所に。もうすぐ茜んとこの契約期間も終わるし、一応報告書とか纏めて出してきた」

「こんなに朝早くに?」

「あーうん。茜が寝てる時のがいいかと思って」

「ふーん」

そうか・・・綾木と再会してもう1年が経つんだな。引きこもっていただけの時間はやたらと長く感じていたが、こいつと再会してからは色んなことが一気にあり過ぎて1年では収まらないほど濃い時間だったように思う。

「もう1年延長で綾木を雇う。後で佐藤さんに連絡を・・・」

「あーごめん。あのさ、これからは茜んとこの専属ってのは、ちょーっと厳しいかなって」

「は・・・?」

なんだと!?

「専属じゃ無くなるって、他の客の所にも行くってことか!?」

シャワーを止めバスルームのドアを開けると、すぐそこにいた綾木とバチッと目が合う。

その瞬間、平熱を保っていた体が グン と熱を上げ、息が詰まって呼吸が乱れる。

「イヤ、他の客とかじゃねんだけど・・・って茜?どうした?」

ぐらりと倒れそうになる体を綾木に支えられ、彼に触れられた腕や肩に痺れるほどの快感を覚える。

「あ・・・っ、んんっ」

どうした、は俺自身が思っていることだ。どうしてしまったんだ。さっきまで落ち着いていたのに、また突然発情している。
おかしい。発情期であれば一定の興奮状態がずっと続き常に体はヒート状態のはず。
そもそもさっきまでの落ち着きが有り得ない事なのだ。

「あやき、離れないって、言ったのに」

「うん。茜の発情期には仕事入れないようにするから。・・・それと、お前に言っとかなきゃいけないことが・・・」

綾木が言いかけたところでタイミング悪く俺のスマホの着信音が鳴る。
裸のままの俺をバスタオルで包んで、洗面台に置いてあるスマホを渡してくれる綾木。

葵からの着信だ。

「は・・・い」

『茜?あのさー明後日のさ、建設会社の社長の還暦パーティあんじゃん? 悪いんだけどアレ、俺行けなくなっちゃって』

「え・・・でも、発情期の顔出しはしなくていいって・・・」

『けどさー、うちのマンション関連は全部あそこの会社に一任してるし付き合いも古いから、久遠として顔出さないわけにもいかないだろ。ちょっとリゾートの方でトラブルあって、俺 帰国できないんだよな』

そんな・・・。あそこはα一族が仕切ってて重役は親族で固められていて・・・その中に発情期のΩを放り込もうって言うのか!?

「ダメだ。行けない」

『大丈夫だよ。プレゼントはもう送ってあるから、ちょこっと顔出してすぐ帰れば問題ないって。つーか顔出さねぇ方が大問題。あの社長には予算の面でだいぶ世話んなってるから。綾木も一緒なんだしなんかあったら護ってもらえんだろ。じゃあ俺忙しいから、招待状そっち転送しといたし確認しとけよ』

「あっ!葵っ!?」

相変わらず一方的に遮断されてしまう通話。

スマホを下ろすと、濡れた俺の髪をタオルで拭いてくれる綾木が

「何だって?」

と聞いてくる。

「明後日 葵が出席するはずだったパーティ、俺が行かなければならなくなった」

不安だ。不安しかない。もし会場で綾木が一瞬でも離れたら、俺はどうなってしまうんだ? いや、ずっと傍にいたとしても綾木のフェロモンは他のαよりもかなり薄いし、より濃いαフェロモンに惹かれてしまうに決まっている。

「茜も遊んでばっかいらんないし、仕事もちゃんとしないとな」

わかっている。嫌だと駄々を捏ねる歳じゃない事くらい。だけど、番のいないΩの発情期がどんなに危険か綾木には分からないからそんな風に言えるんだ。

・・・とは口が裂けても言えない。

「きっと大丈夫だよ。それよりベッド戻る?茜、シャワーしたのにもうぐちょぐちょ」

俺の内腿を撫で濡れた綾木の手を見せられて、かあっと顔が熱くなる。

何もしていないのにこんな状態になってしまう発情期に降って湧いた災難を、俺は無事切り抜けられるのだろうか・・・






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