拗らせΩは恋を知らない

Hiiho

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優しいは残酷 2

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聞き方が悪かったと茜が言い直した言葉に、冷や汗が背中を伝う。
もう一度聞きたいとは思わないのに、

「な、ん・・・て?」

と確認してしまう程には自分の耳を疑いたくなった。

「俺ではお前をラット化させることはできないんだろう?」

「え・・・」

「だから!発情期にお前が番になるのを渋っていたのは、ラット化しないのが原因なんだろう?何度も言わせるな!」

俺がラット化しないこと、バレてた!?
茜、ヒートで訳わかんなくなってて絶対気付いて無いと思ってたのに。
これじゃ、もう茜と一緒には・・・


イヤ、それでいいのかもしれない。俺とずっと一緒に生きていくのは茜にとって不毛なだけだ。わかってたことだろ。
幸い茜は、運命の相手にも出逢ってるんだ。

茜の未来に、俺は必要無い。


「綾木が俺を好きだと言ったのは、本心ではなかったのか・・・?」

「っ・・・」

本心だ。
だけどそれだけで茜を幸せにできるなんて自惚れてもいない。言い訳もしたくない。


「塁はさ、αだけどラット化できない体なんだ」

「ちょっ、伯父さん!」

厨房から出てきた伯父が見かねたように話し出す。

「ラット化しないのはキミだけにじゃない。誰が相手だろうと番にはなれない体だ。キミの噛み痕を見てもしかしてと思ったんけど、治ったワケじゃなかったんだな」

「番に、なれない・・・?」

「そうだよ。後天性のものだけどね。・・・キミは『茜』くん、なんだよね?」

「・・・?、はい」

半信半疑の様子で茜は伯父に頷く。

「塁がずっと言ってたのはやはりキミの事だったんだね。塁がこうなったのは・・・」

「もうやめろよ!!」

俺は伯父に怒鳴る。
頼むから言わないでくれ。俺がこうなったのが茜を好きだったからだ、なんて聞いて知らん顔できるような奴じゃない。
同情で茜を縛るなんて、そんな卑怯なこと、できるわけ無い。


「言え綾木。こうなったのは、なんだ・・・、」

話を遮ったのは、茜のスマホの着信音だった。

「・・・実家からだ。悪い」

茜は席を立ち店の外へ出て行く。


「伯父さん、頼むから余計な話はしないでよ」

「へえへえ、すみませんね。つい見てられなくてな」

腕を組み、はあ と深い溜息を吐く伯父。
子供のいない伯父は、昔から兄と俺を我が子のように可愛がってくれていた。
俺が家を出てからもこの人だけは変わらず俺に接してくれて、唯一の理解者だった。

伯父も俺も、もう『番』を持てない。伯父の想い人がαである限り、俺がΩの茜を好きでいる限り、苦悩し続けなければいけない。



「綾木っ、どうしよう、藤が・・・」

血相を変えて店に戻って来た茜。

「ふじ?」

「そうだ、俺の・・・その、運命の・・・。と、とにかくすぐに実家に来いと、でなければマンションの方へ行くって!綾木、今日はこのままどこかに泊まって・・・」

「行けよ」

「・・・は?」

「さっき聞いただろ。発情期が来てもお前とは番えない」

このタイミングで登場するなんて、本当に『運命』とはよく言ったもんだな。
何もかもが上手くいくように仕組まれてるんだ。逆らえば、茜は苦しむことになる。
俺のように。

「でも俺は綾木が好きなんだ!そんな簡単に諦められるはずが無いだろう!?」

俺の胸ぐらを掴んだ茜の手が震えている。

「運命の相手と番えば そんな気持ち、微塵も無くなる。・・・正直、ラット化しないままでお前の相手すんのはキツかったよ」



「ふ、      ざけんなぁっ!!」

「おわ・・・っ!」

椅子に座った状態からふわりと体が浮いて、気付いた時には硬い床で仰向けで倒れていた。

「い・・・ってぇ」

背中と腰に激痛が走る。どうやら俺は茜に投げられたらしい。

普段は省エネで動いてる細い体のクセに、どっからこんな馬鹿力が出てくるんだよ!


「っく、」

短く吸い込んだ茜の呼吸の後に、ぱたぱたと落ちて来る水滴。
仰向けのままに見上げれば、茜の俯いた泣き顔がそこにある。ズキン と胸が軋んだ。

この世の中で一番大切な人を、こんな風に泣かせたいわけじゃないのに。
それでもこの泣き顔が最後であってほしいと願う俺は、もう茜に手を伸ばせない。


「茜の番になるのは俺じゃない」

「・・・っ、もう少しマシな台詞を言え!このヘタレα!」

涙を拭って 倒れている俺を大股で跨ぎ、茜は店を出て行く。




「追いかけるなら今のうちだぞー」

呆れる伯父の声。

追いかけて『番にはなれないけど俺を選んでくれ』って言えばいいのかよ。『誰よりも愛してるから』って?

色にも形にも残らない愛情で繋ぎ止めておけるほど、俺は出来た人間じゃない。
茜の運命に醜く嫉妬して自分の不甲斐なさに絶望して、なのに茜が店を出た瞬間からもう戻って来て欲しいと思ってる。

カッコつけて身を引いたつもりでも、何ひとつの覚悟もできていない。
あいつが他の誰かと番うこと、あいつを手放さなきゃいけないこと、あいつの幸せを心から願ってやること。



「塁はさ、本当に狡いヤツだよ」

「うるさい」

「事情はよく分からないけど、あの子に運命を選ばせて自分はヒーローにでもなったつもりか?」

「うるさいっつってんだろ」

「あんな、番の真似事するくらい好きなくせに」

「うるせぇよ!だったらなんだよ!? あいつを懐柔して誰にも懐かないように躾けて閉じ込めて、それができたらどんなにいいかなんて・・・何万回だって思って来たんだ。そんなのがヒーローなわけねえだろ!」

ずっと、茜だけを想って来た。それだけで良かったはずなのに、あいつと再会して体を重ねて想いが通じて、それだけじゃ済まなくなった。欲が出た。

「はは、お前でもそんなαらしいカオできるんじゃないか」

伯父は揶揄うように笑う。

俺が、αの顔してる?マジで笑える。αとしてのプライドなんて、茜の前じゃ とっくの昔から無いも同然だったのに。


「いくらウチの床がピカピカだからっていつまでも寝てていい場所じゃないぞー。さっさと起きろ」

伯父に言われてダメージ大の身体を何とか起こす。

「お前らが若くないのもわかってるけどさ、もっとなりふり構わずでもいいんじゃないか?少なくとも俺は、そうして欲しかったって今でも思うよ」

項の古い噛み痕を撫でながら、伯父は諦めたように微笑んだ。

「・・・玉砕したら、ここで雇ってくれる?」

「ふっ、まあ考えてやらんことも無い。最低賃金だぞ」

「いいよそれで。最低でも、飯付きだしな」

立ち上がり、俺は伯父の店を出る。



追いかけても無駄かもしれない。運命に勝てるなんて思ってもない。茜を幸せにできる自信も無い。

ただ茜が欲しい。これは俺のエゴだ。



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