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君を想う 3
しおりを挟む「・・・何つっ立ってんの、座れば?」
「え ・・・ああ」
促されソファの端に腰掛けると、綾木は少し間をあけて隣に座る。
「なんかあった?」
「えっ!?」
「顔色悪い」
綾木の手が頬に伸びて来て、何故か後ろめたい気持ちが湧いてくる。
何故か、なんてのは言い訳だ。俺は恋人以外の人に惹かれ、半裸で一晩同じベッドで眠ったのだ。抗オメガ剤を飲ませる為とはいえ、自分からキスもした。
そんなの立派な浮気行為ではないかぁぁぁ!
俺はもう、綾木に触れてもらえるような男じゃない・・・。
「綾木・・・。俺に触るとお前まで汚れてしまう」
「は? なんで?」
「・・・」
言え、ないよな。いや、こういう場合正直言った方がいいのだろうか。「実家に帰って浮気して来た」と言えばいいのか? 当然綾木は怒るだろう。だったら言わずにいた方が・・・。
ああっ、それはそれで釈然としない!後ろめたい気持ちのまま綾木とイチャイチャできる自信が無い。
どうしたものかと考えあぐね、シンプルに言ってしまうのが最善だと判断した俺は
「浮気を、した」
と告げる。
「・・・は? 実家に行ってたんじゃねーの?」
「実家にいた」
「浮気相手も一緒だったってこと?」
綾木の声がいつもより低く重い。正直に言ったのは失敗だったようだ。
うう~・・・、あんなに見たいと思っていた綾木の顔が見れない。
「一晩、同じベッドで眠った。やむを得ずキスもした。しかし、言い訳になってしまうが・・・そうせざるを得なかったというか・・・なんというか」
「・・・そっか」
以外にもあっさりとした彼の一言。
なぜ怒らないんだ。
「許して、くれるのか?」
「茜の思うようにすればいい」
俺の思うように? なぜ。
不貞を働いたのは俺の方なのに、なぜ責めもせずそんなことが言える。
「綾木は、本当は俺の事など好きではないんだ」
「何でそうなるんだよ。それは茜だろ」
「逆だ。ぜーっっっっっったい、綾木は俺を好きじゃない!」
「なわけねーだろ。じゃなきゃ恋人にしてくれなんて言うかよ!」
「それは・・・俺がΩだからっ、Ωフェロモンにあてられたお前が俺を好きだと勘違いしただけでっ」
「いい加減にしろ!!」
突然荒く大きくなる綾木の声に ビクッ と肩が上がる。
「だったら聞いてやるよ。なんでキスした」
「・・・抗、オメガ剤を、飲ませるために」
「相手はβじゃないってことだな?」
「・・・・・・αだ」
「昨日実家に行ったのは、その為か」
「違う!俺は両親に会うために・・・」
「親に会いに行って、なんでそんな事になってんだよ」
「しょうがないだろ!相手は俺の運命だったんだ!両親は俺たちが番う事を望んで・・・っ」
言ってしまってすぐに後悔が襲う。
『綾木様にも同じように、運命の相手がいらっしゃるという事』
藤の言葉が過ぎり、俺は不安に飲み込まれそうになった。
綾木にもし運命の相手が現れたら、藤のようになってしまうのか。
俺ではないΩを、本能が求めるまま掻き抱くのか。
「綾木、俺は」
運命なんかより、綾木を
「良かったじゃん」
「え?」
「茜、早く番いたいって言ってたし、運命なら発情期なんか待たなくたっていつでも番える。・・・それに俺は」
「綾木のバカ!俺が、ど・・・どんな思いでっ、・・・お前、お前がっ」
運命よりも綾木がいいと思ったのに。俺が番いたいと思ったのは、綾木なのに。
目頭が熱くなり鼻の奥が ツン と痛くなるのを堪えながらも、聞きたくなんてないと思っているのに
「お前は・・・、運命の相手が現れたら、俺を捨てるんだろう?」
女々しい自分が言葉を吐く。
こんな状況で、優しい綾木が肯定するはずが無い。
俺は狡い。『捨てない』と綾木に言わせたいのだ。
「俺に運命の相手はいない」
なんだその答えは。50点だ。
俺に聞いたじゃないか、『運命を信じるか』と。俺が、綾木がそうなのかと聞いたら、『茜が思うならそうだ』と言ったじゃないか。
「せめて『俺の運命は茜だ』くらいのクサイ台詞は言えないのか!?」
怒る俺を見て、綾木は口角を上げる。それなのに俺を見つめる瞳は哀しみを帯びたように揺れる。
「そうだな。言えばよかった」
「今からでも遅くはない。言え!そして俺を抱け!」
「俺は茜の運命じゃない。茜の望むような未来はやれないと思う」
「だから何だ!それでも好きなんだろう!? 俺は運命を拒んで綾木を選んだんだ。お前も俺を選べばいい。それだけだ!」
だから、俺が誰のものにもならないうちに、綾木が誰かのものになってしまう前に
「痕が消えてもいい。噛んでくれ」
発情期外のヒートでは、運命では無い綾木と番になれない。たとえ噛まれても、それはただの傷になってしまう。
それでもいい。綾木だけのΩになりたい。
彼の肩に両手をかけ、口付け下唇を食むようにすると はぁ と短く小さな息遣いが聞こえた。
「茜」
「ん?」
「その首輪、外してから言ってくんない?」
首輪・・・
はあっっっ!!
しまった!!
鍵を持った豪さんと葵が先に帰ってしまっていたために、首輪を外してもらい損ねたんだった!
くそう・・・。セバスが重々しい空気を醸し出していたから、葵のマンションへ寄ってくれと言うのを忘れていたではないか・・・。
なんという失態・・・。
「鍵は豪さんが持っているんだ。今すぐ葵のところへ」
「いいよもう、今日は」
ぎゅう と綾木に抱き締められて、オロオロと慌てる俺はそのままソファに背中を沈める。
「噛めなきゃ、茜を抱くのはナシ?」
デカイ図体のくせに、仔犬のように健気な目で見つめてくるんじゃない!
「ナシ・・・じゃ、ない」
俺だって今すぐ綾木に抱かれたいに決まっているだろう。
恋を知らなかった俺は、綾木を好きになって初めてこんな気持ちを知ったんだ。
けれどまだ俺は、綾木の全てを知らない。彼がどんな思いで俺を抱いているのかも。
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