あの日の誓いは今も

桜もち

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33.反乱者ダリル

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 クジィーリが部屋を出て行った後、しばし部屋の中は時が止まったようだった。
 いかに残虐なクジィーリとはいえ、まさか左将軍という地位あるモフィールをあっさり手にかけるとは、部下の兵士たちも予想外だったのだ。

「と……とりあえず、丁重に葬って……」

 兵士の一人が、至極まっとうな意見を口にする。
 それをきっかけに部屋の中の時は緩やかに動き出し、功績ある武人に対する礼をもって振る舞おうという空気が流れていく。

「……いや、待て」

 だが、ドレイクが空気の流れを変える。

「良い方法がある。反乱軍に通じた見せしめとして、広場に首を晒すのだ。そうすれば、民の奴らも恐れ、ひれ伏すだろう」

 へたり込んでいたドレイクは立ち上がり、陰惨な笑みを浮かべる。
 モフィールの首が転がってきたとき、ドレイクは恐怖した。老いぼれの分際でドレイクに恥をかかせたことは、許せるものではない。
 そこで、晒し首にすることに決めた。
 死体を辱め、かつ民には畏怖を与える良い方法だ。これで反乱軍に与するような愚か者はいなくなり、この策を考えたドレイクに対する尊敬も集まることだろう。
 なんと一石二鳥の方法だろうかと、ドレイクは悦に入る。

「お……恐れながら、モフィール将軍はこの街でも人気があって、そのような非道な真似をしては……」
「黙れ! たかが一兵士の分際で、俺の素晴らしい考えにケチをつける気か!」

 おそるおそる進言しようとした兵士の意見を切り捨て、ドレイクは怒鳴り声を張り上げる。
 兵士は口をつぐみ、残りの兵士たちも、どうなっても知らないぞといった目線を交わしあっていた。





 人混みをかき分けて広場にたどり着くと、ダリルはそこに晒されたものを見て、愕然と立ち尽くす。
 つい先ほど、普通に言葉を交わしていたはずのモフィールが、物言わぬ生首となって台の上に乗っていたのだ。
 反乱軍に通じる者はこうなる、と立て札も添えてあった。

「こんな……ひどい……」
「モフィール様が何をしたっていうんだ……反乱軍……? そんなの、でっちあげじゃないのか……?」
「ふざけやがって……」

 ざわざわと不穏な雰囲気の中、ダリルは拳を強く握りしめ、歯を食いしばっていた。
 ジーナから、ついていくなとわざわざ言われたことで、何かよからぬことが起こるのだろうとは思っていた。
 だが、まさかこれほどあっさり命を奪われるとは想像もつかなかったのだ。

「いや……言い訳だな……」

 ダリルは自嘲する。
 命を奪われるとは思わなかったにせよ、悪いことになるのは知っていた。
 つまり、ダリルが見殺しにしたのと同じことだ。
 それどころか、モフィールが反乱軍に通じていた事実などないのだから、もしかしたらダリルとジーナの繋がりから、そう推測されたのかもしれない。
 もしそうだとすれば、見殺しどころか、追い詰めた殺人者だ。

 身寄りのないダリルを引き立ててくれた、大恩ある相手を裏切ってしまったのだ。
 ダリルにとってモフィールは、父と同じか、あるいはそれ以上の存在だった。
 口うるさい説教には辟易していたものの、それもダリルのことを思ってのことだとわかっていたから、どこか嬉しくもあった。
 だが、もう二度とその説教も聞けないのだ。それも、自分のせいで。

「副官……!」

 熱い涙がこみあげてきて、その場に倒れこみそうになるダリルに、声がかけられた。
 モフィールの部下たちが怒りや悲しみを浮かべながら、ダリルの後ろに立っていたのだ。
 彼らの存在が、崩れ落ちそうなダリルを引き留めた。

「……お前たち……仇を討つぞ……」

 低く、小さな声で呟いただけだったが、彼らには通じたようで静かに頷いていた。
 ダリルたちは、いったん広場を離れる。

「モフィール将軍を殺ったのは、クジィーリだろう。いかに油断していたところで、一刀でモフィール将軍の首を落とせる奴なんて限られてくる。間違いないはずだ」

 ダリルが予想を述べると、モフィールの部下たちも無言で頷く。
 全員、考えは一致したようだ。

「俺はクジィーリを討つ。だが、そうすればまともに帝国軍にいることはできないだろう。抜ける奴は抜けてくれ。咎めはしない」

 そう言ってダリルはモフィールの部下たちを見回すが、誰一人として動こうとはしなかった。

「……将軍の仇が討てるなら、どうなったって構うもんか」
「そうだ、あの狂犬に痛い目を見せてやらねえと、気が済まないぜ」
「皇太后一族のクソ野郎が……」

 口々に殺意をみなぎらせる彼らの姿を見て、ダリルは心が痛む。
 これはダリルの罪悪感をごまかすための戦いでもあるのだ。巻き込んでしまうことへの心苦しさはあったが、ここで彼らの復讐心を否定するのも酷なことだろう。
 ダリルは何も言わず、考えを巡らせる。

「いかに人格に問題があるといっても、クジィーリの実力は確かだ。だが、奴には悪癖がある。そいつを利用することにする。まずは……」

 淡々と、ダリルは作戦を説明する。
 短時間であっさり作戦ができあがったのは、ジーナからの例え話で考えていたからだ。
 その例え話は、もしモフィール将軍不在でクジィーリの首を獲るならどうするかというものだったが、おそらくジーナは流れを読んでいたのだろうと、苛立ちのようなものがわきあがってくる。
 それはジーナに対するものだけではなく、それとなく感付いていながら無視した自分に対してのものでもあった。

「……以上だ。質問は?」

 ダリルは語り終え、周囲を見回すが、誰も疑問を述べることはなかった。

「では、散れ」

 モフィールの部下たちがばらばらにこの場を離れていくのを見ると、ダリルは一人で広場へと戻っていく。
 広場は先ほどよりも濁った空気が漂っていた。モフィール将軍への同情、横暴への怒りといった、集まった人々のやりきれなさが渦巻いている。

「こんな横暴が許されていいのか!」

 そこに、ダリルが声を張り上げた。
 鍛えたダリルの声はよく通り、広場が静まっていく。

「モフィール将軍が反乱軍と通じていた? もしそうだったとして、何の問題がある! このような横暴が通るというのなら、この国が間違っているんだ!」

 ダリルの声に、呻きのようなざわめきが広がっていく。

「そうだ……こんな横暴が許されるものか……」
「悪いのは、この国だ……」
「反乱軍……結構じゃないか……」

 民たちがこれまで抑え込んでいた鬱憤が、徐々に噴き出しつつあった。
 声をあげたダリルに追随する呟きが、あちこちで響く。

「この国がおかしくなっているのは何故だ! 支配者が徳を失ったからだ! 支配者にふさわしくない者が権力を握っていることで、神が怒っているんだ! 徳なき者から権力を取り除くことこそ、天命だ!」

 尚も声を張り上げるダリルに、広場が支配されていく。
 人々が抱えていた不満が、ぶつける先を示唆されて、爆発寸前の危うさをはらみながら、広場は静まり返る。
 そこで、ダリルは一瞬、目を閉じた。

 次の言葉を言ってしまえば、もう引き返せない。もはや、周囲は熱狂に包まれ、ダリルの身も焼き尽くしそうなほどだ。
 まともな思考ができなくなっている自覚はあった。ジーナの掌で踊っていることも、無辜の人々を巻き込むことも、知ってはいたが、そのことについて考えることができない。モフィール将軍の仇討ちすら、目的ではなくなってしまっている。

 熱に浮かされたように叫んでいるうちに、本当に頭が熱でやられてしまったようだ。
 だが、この道を突き進んでいけば、ただひとつ欲しいものに手が届くことだけが、ダリルの頭に残っている。
 いつの間にか、仇討ちから目的がすり替わってしまっていた。
 ジーナからじわじわと与えられてきた毒が、ここにきてダリルの全身に回ったらしい。
 思いを振り払い、ダリルは目を開けた。

「この国を正しい姿に戻すため、皇太后……そして、皇帝を討つべきだ!」

 ダリルが言い切ると、広場の人々の雄たけびが爆発した。
 熱病にかかったような顔で叫ぶ人々を眺めながら、ダリルは唇を噛みしめる。
 モフィール将軍の仇を討つだけなら、ここまで言う必要はなかった。だが、ダリル自身のためには、これこそが必要だったのだ。
 とうとう、アルフォンスにまで刃を向けることになってしまった。ただひとつ欲しいもののため、他は絆すら切り捨ててしまったが、もう戻れない。
 こうして、ダリルは反乱者となったのだ。
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