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化け物ぬいぐるみ店の店主、お内裏様の人形を作る。【後編】
しおりを挟むその翌日、化け物ぬいぐるみ店のある街とは違う、少し離れた街にて。
「えっと……ここであってるかな?」
伝統的な瓦屋根の並ぶ街並みの中、白い地面の上に立つ青年は手元の紙に書かれている文字を確認していた。その背中には青いバックパックが背負われており、青い4本の腕は見当たらなかった。
その横で、紫色のリュックサックを背負った女性は目の前の建物を眺めていた。
「なんだか、うちの店よりも伝統的って感じね」
「うん。だけどなにか店をやっているって感じではないみたいだ」
青年が扉に手をかけようとすると、その扉が一人でに開いた。
「あ、来た! 待ってたよ!」「ねえ、ひな人形、できた?」
ドアノブを手にかけた双子のひとりがその場で飛び上がり、その後ろでもう1人が青年のバックパックを見て左右に体を動かしている。
「ああ、ちゃんと入っているよ」
青年は後ろの青いバックパックではなく、女性が背負っている紫色のリュックサックに目を向けた。
「ちゃんと、私たちの書いたひな人形にしてくれた?」「そっくりに出来た?」
「お兄ちゃんの腕をなめないでよ。そっくりに決まっているでしょ」
女性が背中のリュックサックを2回ほどなでると、双子は互いの手をつないでその場で飛び跳ねた。
「ねえ、早く入ってよ!」「一緒にひな祭り、しよう!」
「あ、ちょ、ちょっと」「ひ、引っ張らないでよ!」
服の裾を引っ張られ、青年と女性はそのまま家の中へ引きずり込まれてしまった。
畳の上に飾られた、豪華な7段飾りのひな壇。
下から6段には、布で作られたひとつ目のぬいぐるみたちが並んでいる。
その1番上の段は、障子と盆飾りだけで、ぬいぐるみどころか人形すらひとつも飾られていなかった。
そこに、青年の手によって2体のぬいぐるみが置かれる。
くもの巣模様の着物を身に包んだ、ひなあられの形をした顔のお内裏様。
足りなかったものが補われたひな壇を眺めて、双子は目を輝かせていた。
「この下のぬいぐるみ、お父さんの作ったぬいぐるみじゃない」
完成したひな壇に近づき、女性はぬいぐるみのひとつを指差して指摘した。その声に気づいた青年は、置いたお内裏様の下のぬいぐるみを凝視する。
「……本当だ。この縫い目、お父さんのもので間違いない」
一瞬だけ眉をひそめた青年は振り返り、双子と目を合わせる。
「うん。おじさんが作ったものだよ」「途中まで、ちゃんと作ってくれたよ」
「それじゃあ……僕がぬいぐるみを作るってお父さんが言ったのは、この続きを作るってことか」
青年は納得したようにうなずいていたが、女性は首をかしげていた。
「それなら、お父さんは依頼を途中で放り出したってこと? そんなことするはずはないのに……」
女性の声に、双子は表情を曇らせた。
「もうそろそろ、見せてもいいかな?」「大丈夫だよ、お兄ちゃんも変異体だし」
双子は互いに見つめ合い、うなずくと、後頭部に手を回した。
双子の手に、ファスナーの金属部分が触れた。
ヴィィィィと音が鳴ると、
まるで被っていた袋を剥がすように、頭の肌を外した。
双子の頭は、金平糖のようにブツブツしていた。
その色合いからいえば、どちらかといえばひなあられか。
「……もしかして、君たちの顔を見て、お父さんは……」
青年は驚きつつも平静のまま、自身の考えを口にした。
「うん。腰を抜かしちゃった」「私たちが近寄ったら、仕上げは息子がするって逃げちゃった」
「変異体って、変異した部分を耐性のない人間が見ると恐怖の感情がわき起こるのは知っているけど……お父さんは耐性がなかったのか」
肩を組んで青年がつぶやく。しかし、女性はまだ納得できないように首を振った。
「それじゃあ、その被っているものはどうしたのよ、まるで人間そのものじゃない」
「これはね、私たちのお母さんが買ってくれたの」「人間そっくりの、皮だよ」
「ん……?」「皮……?」
双子の答えに、ふたりは互いに顔を見合わせた。
「確か、昨日のニュースで……」
「人間の皮を被った変異体が見つかったって言ってたわよね」
「着られる変異体さんは、みんな着ているよ」「常識だよ」
青年はふたりの純粋な目を見つめた。
「……その皮を手に入れることができたから、僕たちに頼みにくることができたんだ」
「うん。ずっと待ってたんだよ」「お母さんが死んじゃって、皮が届くまでね」
しばらくの間、青年と女性はその場に座り込み、ひな壇を眺めていた。
その隣に座っていた双子は、ふと思い出したように青年と女性に顔を向けた。
「ねえ、そろそろひな祭り、始める?」「始める?」
「え? 始める……?」
青年が口を開けている間に、双子はその場で立ち上がった。
「これ、ちゃんと耳につけてね」「つけないと、大変なことになるよ」
戸惑う青年と女性の足元に、双子は耳栓を置いた。
言われるがままに耳栓を付けてくれたことを確認すると、
双子は天井を見上げ、大きく口を開け、叫んだ。
ひな壇に座っていたぬいぐるみたちが、一斉に顔を双子に向けた。
双子がぬいぐるみたちの目に目線を返すと、
太鼓を持ったぬいぐるみが、まるで人間かのようにその太鼓をたたいた。
布であるにも関わらず、部屋中に太鼓の音が響き渡る。
そして、人形たちの演奏会が始まった。
楽器を持つ人形はその楽器を弾き、
持たない人形は口を開け、ひなまつりの歌を歌い始めた。
双子は歌のリズムに合わせて体を揺らし、
青年はこの状況に目を見開いたままフリーズ、
女性は何かを思いだしたように片手でおでこを当て、ため息をついた。
「デパートの時、叫ぼうとしていたけど……私もこのように操られていたわけ?」
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