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04.王宮の不穏な陰り

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 魔族捜しをヴァルテリに任せたアウロラは、淑女教育にその他の勉強に、あるいは公務にと日々を忙しく過ごしていた。
 大人になるにつれて耳に入ってくる話も、軽いものから重いものへと変化していく。
 今までは周囲が耳に入れないようにしていたと思われる、きらびやかな王宮の陰で蔓延はびこる悪意のようなものが、耳に入ってくるようになった。
 初めは現王妃カーリナの横暴さだったり、宝石やドレスを買いあさる浪費のことだったり、その娘ヴェンラの我儘が過ぎることなど、アウロラにとって思ってもみなかったことだった。
 あまりに侍女が嫌悪を込めて話すので、よほど酷いのだと察したアウロラは「お父様は何も言わないの?」と、その侍女に尋ねた。
 すると彼女は眉間のしわはそのままに、吊り上がっていた眉尻を今度は下げて複雑な感情を表した。

「苦言をしていらっしゃったのを聞いた、という者はおりましたが――」

 侍女が言葉を濁す。
 王妃が聞く耳を持たなかったのか、国王の苦言が弱々しいものだったのか、とにかく改善には至らなかったようだ。
 また、カーリナの娘ヴェンラの話も意外に思う。
 二人とはまれに食事を共にしたり、偶然王宮内ですれ違ったりするだけで、あまり頻繁に会話をすることもない。
 そのため彼女たちのことはよく分からなかったが、アウロラより三歳年下の異母妹は、どちらかというと貴族令嬢のような気品があった。
 それを侍女に言えば、また彼女は顔をしかめる。

「あれは気品ではなく、気位が高いと言うのです」

 その二つがどう違うのか、それが悪いことなのか、いまいちピンと来なかったアウロラだが、これを放置してはいけない気がした。
 それを聞いたその日のうちに、アウロラは国王の元へ行って真相を問いただす。
 ところが――

「お前はそんなこと気にしなくていいんだよ、アウロラ」

 表情の読めない国王の顔で、アウロラが間に入ることをそうやんわりと拒否されてしまった。
 それどころか不用意に噂話を口にする侍女をたしなめなさいと、お小言をもらう始末だった。
 このとき宰相もそばに居たが、後日王妃とその娘の話を彼にしてみても、『陛下の言う通りになさいませ』と言われて終わった。
 やはりその表情もひどく読み取りにくいものだった。
 ただ、二人の言うことはもっともなので、アウロラは王妃たちの噂話をしていた侍女たちへ、報告とともに「噂話もほどほどにね」と窘めた。
 すると数日後、その侍女を含めた数人が姿を見せなくなり、代わりに新しい侍女が入って来た。
 人員が入れ替わったのだと気づいたアウロラは、侍女長に理由を尋ねたが「体調不良で辞めました」と言うだけだった。
 侍女が入れ替わったことに叔母であるリリャも若干驚いている様子だったが、口に出しては何も言わなかった。
 ところが、今度は新しく入って来た侍女がリリャのことを悪く言う。

「前王妃の妹だからと我が物顔で――」
「王女様の母親にでもなったつもりかしら」
「今やカーリナ様が王女さまの義母であり王妃なのに」

 リリャが居れば心強いからと、アウロラが望んでいることでもあるのに、まるでそれを無視して侍女たちは彼女のことを口悪く言う。
 これも父親の言う通り窘めなければと、アウロラは聞こえるように悪態あくたいをつく侍女たちを叱った。

「リリャは私から望んで来てもらってるのよ。母ではないけど叔母だもの。リリャのことを悪く言わないで」

 そう言うと侍女たちはしおらしく謝るのだが、また数日も経つと悪態は復活する。
 自分では無理だと悟ったアウロラは、侍女長を呼びつけて侍女たちの言動を窘めるよう申し入れた。
 侍女長はアウロラの叱責に、とくに慌てたりといった様子はなく淡々と頭を下げて謝罪する。
 なのに、侍女たちの悪態は止まることなく、また、侍女が入れ替わるということも無かった。
 アウロラの身の回りの世話をする侍女がそれなので、アウロラは次第に自分の部屋であるはずなのに、居心地が悪いと思うようになった。
 リリャが居たり、授業を受けたりする間は問題ないが、侍女だけになると途端に見知らぬ人の部屋にいるような気分になるのだ。
 原因は侍女であると分かっているのに、その侍女を叱責したり侍女長に注意したりもしているのに、それでも改善されないのは自分の力不足なのだとアウロラは思うようになった。
 さらに、朝の体力づくりの運動をしている途中、裏庭の近くを通りかかった兵士らしき男たちが、王家について噂話をしているのがアウロラの耳に入る。
 アウロラは木陰に入っていたため、兵士からは見えなかったようだ。こちらに気づかず立ち止まって会話をはじめる。

「近ごろの王妃とヴェンラ王女には困ったものだ」
「まったくだ。あーしろこーしろと言うだけならまだしも、『あれは見苦しいから今すぐ辞めさせろ』と護衛の人事にまで口を出すとか」
「理由も間違いを犯したからじゃない。単に自分が気に入らないからだ」
「顔の美醜で決めているという話もあるぞ」
「使用人も何人か、理不尽な理由で王宮を追い出されたと聞いてる」
「ああ、せっかく王宮の仕事にけたってのに、理由もなく辞めさせられて可哀想に」
「不満の声は、届いているのだろう?」

 兵士は『誰に』とは言わなかったが、言わなくてもアウロラには分かった。
 他の兵士も分かっているのだろう。会話に間が空いたが互いに頷き合っているのか、視線を交わしているのか。
 木陰に隠れていたアウロラには見えなかったが、互いの意思疎通を確認し合っているのが感じ取れた。

「たまに苦言はしているらしい」
「王妃が聞く耳を持たないとか」
「なぜもっと強く仰らないのか不思議だ」
「何か弱みでも握られてるのか?」
「最近は戦いもないし、あのお方は武勇でもって兵を率いた方だ。内政にはうといのかもしれない」
「このまま行けばもしかして――」
「おい、滅多なことを言うんじゃない」

 会話はそこで途切れた。
 不穏な空気に口を噤んだわけではなく、誰かがそこを通りかかったからのようだ。
 男たちが慌てた様子でその場から立ち去る足音がした。
 男たちの会話は終わったものの、ずっと木陰で聞き耳を立てていたアウロラは、不安が胸中に広がりその場から動けなくなった。
 アウロラの父は早くに結婚し、早くに子をもうけた。その為まだ年は若く精悍せいかんで、年齢による陰りなど微塵もない。
 だが、そんな父でも弱い部分があるのかと思うと、アウロラは強い不安に押しつぶされそうになった。

(お父様も私と同じなのかしら……)

 侍女を上手く抑えることができないことや、叔母のリリャを不名誉な悪口から守れないことなどを、アウロラは思い出していた。
 リリャは気にしなくていいと言ってくれるが、理不尽な悪意に晒されて傷つかないわけがない。

(なんでだろう……)

 いつの間にか自分の知らない間に、身のまわりが何かに浸食され始めている、そんな不穏を感じずにはいられなかった。
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