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本気の嘘
⑤
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それから少しの間、気を失っていたようだ。目覚めたとき、エアルはローシュの腕の中にいた。ハッと目を開ける。すっきりとした形のいい横顔が目に飛び込んでくる。息をすることも忘れて、エアルはリネンの上掛けを勢いよく剥いだ。
「騒々しい起床だな」
元々起きていたのか、ローシュがからかうように笑いながらその場で体を立てる。
「……起きていたなら、起こしてくださいと申し上げたでしょう」
ローシュの目の前で意図せず眠ってしまったのは、これで二回目だ。目を合わせづらい。なんとなく恥ずかしくて、エアルは上掛けを全裸の自分に巻き付けるように手繰り寄せた。
「アフターケアでは、事が済んだあとに寝ている相手を起こした方がいいのか?」
「そ、そういうわけではございませんが……」
「なら、どうするのが正解だった?」
顔を覗き込まれる。この男……揚げ足を取る気だ。いつもなら腹が立つところだった。が、ローシュに組みし抱かれながら我を忘れて乱れた自分を思い返すと、恥ずかしさでそれどころじゃなかった。
「まあ、お相手が私以外の方でしたら、間違った対応ではなかったかと」
「それはよかった」
ローシュは満足そうに目を細める。再びベッドに潜り込み、「まだ時間あるんだろ?」とエアルに向かって手招きした。
「時間はありますが、今宵はもう致しませんよ。というか、私はもうあなたとは――」
「ただ話したいんだよ。エアルと」
予想とは異なる返答に、言いかけていた言葉が「は?」の音で途切れる。
「ゆっくり話す機会なんて、今までほとんどなかったんだ。俺はおまえのことをもっと知りたいし、おまえには俺のことを知ってほしい」
「……そう言われましても、私はあなたのことを赤子のときから存じ上げてるんですよ」
「ばか。今の俺と、俺の気持ちだよ」
伸びてきた男の手に迎えられ、エアルは思わずその手に自身の手を重ねた。逆らえない力に優しく引き寄せられる。ごく自然にローシュの隣に体を滑り込ませる。
何回か触れたことで、ローシュの匂いや体は前よりも知ったつもりだ。これ以上ローシュの何を知らなくちゃいけないんだと、甘い煩わしさが胸に降る。
ローシュはエアルの手を包んだまま、枕に頭を沈ませた。また狂乱した姿を見せなくていいのなら、まだ王子のお喋りに付き合っていた方がましかもしれない。そう考え、エアルも渋々枕に頬を乗せた。
「昔、こうやって一緒に寝た夜のことを覚えているか?」
唐突にローシュが口を開く。
「覚えておりません」
「即答だな……まあいいけど」
苦く笑うと、ローシュは懐かしむような遠い目を天井に向けた。
「初めてのエアルの飛行訓練を受けた日だった。俺はおまえに落とされかけて、その夜は眠れなくてさ」
空を飛ぶ感覚を覚えてほしくて、まだ幼いローシュの体を抱いて羽ばたいたことはエアルも覚えている。もちろん、飛んでいる最中にローシュを落としかけたことも。
「ほら、寝ていると空から落ちる夢をたまに見るだろ? 現実で落ちたあとだったから、寝たらまたあの夢を見るんじゃないかって、怖かったんだよ」
「そうなんですか。私はそのような夢を見ないものですから」
正確には、空から落ちる夢を見ないわけじゃない。ただ、自分には落ちるという感覚がよくわからない。物心ついたときから翼があるし、自在に空を飛ぶことができるのだ。現実でも夢の中でも、落ちる前に飛んでしまうことを体が覚えている。
だからたとえ夢で落ちそうになっても、実際に落ちたことがないエアルには、ローシュの怖いという感覚がわからなかった。
だが、今の状況であえてそのことを伝える必要はない気がした。ローシュは「エアルには翼があるもんな」と言い、話を続ける。
「とにかく眠るのが怖くてさ。当時から一人で寝ていたし、誰かに一緒に寝てくれって言うのもプライドが許さなかった。でもそんなときに部屋の窓を叩いたのがエアル――おまえだったんだよ」
「私、ですか?」
頭をこちらに傾けたローシュが、「ああ」と頷く。
「その顔は覚えてなさそうだな」
「……申し訳ございません」
「そうだろうと思っていたから、気にしなくていい」
ローシュいわく、当時のエアルは外から部屋の窓を叩き、ローシュの様子を見に来たのだという。
「俺の頭にオダマキの花を咲かせてさ。俺に自分の頭を見るよう手鏡を持たせて、一人で笑ってんだよ。もう腹が立って腹が立ってしょうがなかった」
ローシュはフッと笑った。今は腹なんて微塵も立てていない顔だった。
「でも……そのあとエアルは俺の傍にいてくれた。フリューゲルの民族歌を歌いながら、一晩中」
ローシュの声が、当時の夜の解像度を上げていく。断片的だが、エアルの頭に少しずつ記憶が蘇ってくる。
傍にいてほしいと直接頼まれたわけではない。ただ十歳のローシュはエアルが部屋を後にしようとすると、不安そうな顔をしてこちらを見上げてきたのだ。口だけは一丁前な少年が年相応に見えた瞬間だった。慰めてやりたいと思った。空は怖くない。空を飛ぶことは怖くないのだと、空への愛にあふれた民族歌を聴かせることで教えたかった。
でも……それだけだ。
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