上 下
14 / 45
年上の男

しおりを挟む

「そうだよな。贈り物なんか、効かないよな」

 ローシュは独り言を呟くと、ネックレスを乗せた手でぎゅっと拳を握った。

「あの、ローシュ様」

「何年見ていたと思ってるんだ。こんな古典的な方法で、エアルの心が俺に向かないことぐらいわかってたさ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 エアルの制止を無視して、ローシュは苦笑する。

「でも、試してみたっていいだろ?」

 とりあえず一方的に喋る男の口を止めたかった。これ以上口を開かせたらまずい気がする。

「ローシュ様は何か勘違いされていませんか?」

「勘違い?」ローシュが首を傾げる。

「私から大人の洗礼を受けたことで、勘違いされているんですよ」

 誕生日のあの夜を境に、ローシュの気持ちが自分に向けられているんじゃないかと薄々勘付いていたことは事実だ。ただ、大人の洗礼を経て自分に好意を寄せてくる王族は過去にもいた。

 今回もそうならないために、ローシュが幼い頃から一歩どころか二歩も三歩も引いた態度で接してきたつもりだった。それなのに、一体どこで間違えたのだろうか。

 自分的には思い当たる場面がない。エアルは歯嚙みした。

「そうか……今のエアルの目には、俺の気持ちが勘違いに見えているんだな」

 ローシュは顎に指をやり、一人納得する。

「あのですね、勘違いに見えているんじゃなくて勘違いなんですよ。あなたより何年生きていると思ってるんですか」

「四百年以上だろ?」

 ジジクサ発言で牽制したつもりだが、ローシュは大真面目に返してくる。

「勘違いだって言われても、俺は諦めないからな」

「子どもの言う事は聞きません」

「俺だって二年後には成年王族だぞ。子どもじゃなくなる」

「はいはい」

 エアルはため息とともに適当に返事した。

 本気にするだけ無駄だと思った。成年王族になれば、ローシュを取り巻く環境は大きく変わる。自分に好意を寄せていたことも、いつか忘れるだろう。十八歳なんてそれぐらい子どもだということも、ローシュはいつか知ることになるだろう。

 面倒だけど、王子から好意を寄せられることも仕事のうちか……と諦める。エアルはランタンの火にフッと息を吹きかけて消した。

 一番の懸念材料だったアクセサリーを返すことができて、とりあえず肩の荷が下りた。

「言いたいことは終わりましたか? 私は早く休みたいんです。あなたも城に帰ってさっさと寝てください」

 窓から離れようとしたエアルを止めたのは、

「あと一つだけ!」

 と叫ぶローシュの声だった。

「まだ何か?」

「エアルはどんな人間の男が好きなんだ?」

「はい?」

「あ……もしかして女の方が良かったりするか?」

 フリューゲルが他者を愛するとき、そこには男も女も関係ない。もちろん生殖が可能なのはフリューゲルでも男女間に限られるが、この国で唯一存命するフリューゲルは自分だけだ。対象になるはずの女はいない。

 かといって、抱かれているから人間の男が好きというわけでもない。この城に囲われるようになってから、人を愛したことなどエアルにはなかった。

 エアルは相手からの問いに、悪い意味で「べつにどちらでも」と答えた。

「どっちでも……か。つまり男の俺にも勝機はあるということだな」

 良いように捉えたいのかバカなのか知らないが、ローシュは勝手に都合のいい解釈をする。訂正するのも煩わしく感じている中、ローシュがまだ何か訊きたそうにこちらを見ていた。

 この調子じゃ、納得のいく回答ではなかったのだろう。早く帰ってほしくて、ローシュはふと思いついた答えを口ずさむ。

「あえて申し上げるなら、年上ですね」

 ローシュはポカンと口を開け、「としうえ?」と復唱する。

「ええ。余裕のある年上が好きです。懐が深海のように深く、私よりも世を多く知り、空を高く自在に飛ぶことができる――そんな相手だったら、心を動かされるかもしれません」

 エアルは月夜の空を見上げた。

 我ながら意地悪な答えだ。ローシュはどう頑張ってもエアルとの年の差は埋められないし、空を飛ぶことだってできないのだ。

 正反対のタイプを示されたローシュには酷な答えだろう。だが、それだけ自分はローシュにとって無謀な相手なのだと知らしめたかった。

 ローシュは「そうか」と肩を落とした。これだけ脈がないことを示せば、さすがに諦めもつくはずだ。人間の気持ちなんてあっけないものなのだから。

「さあ。いい子ですから早くお帰りください」

 この話はこれでおしまいというように、エアルはローシュに向かって教育係らしく諭した。

 エアルの意図がようやく伝わったらしい。ローシュは木に括り付けていた馬繋ぎを解き、帰り支度を始めた。

「夜遅くにすまなかったな」

 黒馬の背に乗る。座高が高くなったローシュとの距離がわずかに縮まる。

「エアルの好みが聴けてよかった」

 ローシュはふっと笑みを浮かべると、手綱をグイッと引っ張ってゼリオスの上体を起こした。大きく体を翻した馬とともに、颯爽と城へ戻っていった。
 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

処理中です...