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プロローグ

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 その昔、人ならざるものたちがこの世界の空を支配していた。天翼てんよくの民ーーフリューゲルという種族だ。

 見た目は男女ともに穢れを知らない少女のように繊細で美しく、瞳は空の色を映したかのように青く澄んでいた。

 フリューゲルを見た者は云う。白い肌は雪のようであり、細やかな銀髪は月の光を反射した絹のようだった……と。

 彼らの一生は人のそれよりはるかに長かった。八百年に渡る生涯を全うすれば、その体は鳥葬の末に空へと還る。そして再び空と大地を巡るとされる。

 彼らは常に、空とともにった。

 ゆえに我が国の歴史には、いつの時代も彼らが空の支配者として君臨していた。

 彼らがどの種族より空を愛していたことだけが理由ではない。躰と同じ大きさの翼を背に携えた彼らは、どんな虫や鳥よりも空を速く飛ぶことができたのだ。そして魔力を操ることができた。

 彼らの手から放たれる魔法は、攻撃魔法に回復魔法、果ては補助魔法まで。ありとあらゆる魔法が彼らのしもべだった。

 その魔法はどんな腕のいい刀鍛冶が打つ剣や盾より頑丈で、どんな発明家が開発した大砲よりも強力だった。

 回復魔法についても同じことが言える。彼らの手から放たれる温かい光は、どんな病傷や呪いもたちまちに癒した。高名な医師や薬師が煎じた妙薬の効果を、曇らせるほどに。

 本来ならば、彼らは地上をも支配できるほどの力を持った者たちだった。だが気性は大賢者のように穏やかで、母のように満ちあふれた慈愛で動物と自然を深く愛した。

 北はグレイサルタンから南はザウシュビークまで。あらゆる山のふもとに村を置き、ほこらを建てた。人間が決めた国境など関係なく、世界中の空を自由自在に飛び交っていた。

 人間が決めた堅苦しいルールなど、彼らには無い。自然を慈しむこと、そして自由であることがすべてだったのだ。

 フリューゲルの日常が奪われることとなったのは、のちに『メルバの開戦日』と制定されたその日。

 開戦の火蓋が切られたメルバ山は、当時どこの国の領土にも属していない中立領土であった。ゆえに数多くのフリューゲルが暮らしていた。

 我がザウシュビーク国の記録によれば、その日のメルバ山近郊は雲一つない空模様だったとされている。

 見晴らしのいい晴天の下、北のグレイサルタン国がメルバ山に砲弾を放ったのだ。それはフリューゲルの魔力を欲した、当時のグレイサルタン皇帝であるモールド二世が起こした計画的な襲撃だった。

 この日、メルバ山の麓に落ちた砲弾により、罪の無い多くのフリューゲルの命と住居が失われた。

 非人道的行為とこれに対抗したのは、我がザウシュビーク国のアリック国王である。国王は自国の兵をメルバ山へと送り、拉致されたフリューゲルの解放に努めた。

 しかし、人質となったフリューゲルたちの魔力を利用して兵を追い払うグレイサルタンの戦略を前に、我が国は為す術がなかった。

 目には目を。歯には歯を。

 グレイサルタンに拮抗きっこうするため、アリック国王は苦渋の決断ののち、世界中の山々に暮らすフリューゲルに協力を仰いだ。空兵としてグレイサルタン国を魔法で襲撃するよう指示したのである。

 その結果、多くのフリューゲルの犠牲を経て、我が国の勝利という結果でこの戦争は終わりを迎えた。

 男たちを亡くし、老人と女と子どもだけが残った種族を、しかし更なる悲劇が襲う。

 腐翼病ふよくびょうという名の流行り病である。戦争の影響で流行した腐翼病はフリューゲルたちの翼を腐らせ、多くの命を奪うこととなったのだ。

 病の感染力と致死率はすさまじく、賢者や医師らが編み出した最新の回復魔法や薬も、全くといっていいほど歯が立たなかった。

 生き残ったか弱き者たちを襲った病。それはフリューゲルが最後の一人になるまで彼らの躰を蝕んだ。

 戦争と腐翼病で、数百万人はいたとされるフリューゲルがその数を減少させるまでに、さほど時間はかからなかった。これまでに世界で現存を確認されている、ただ一人を残して。

 その一人こそが、我がザウシュビーク王国の王宮に勤める教育係である。

 その名前は――



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