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似て非なり

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「カンパ~イ!」

 黄色の液体とまろやかな白い泡がジョッキという空間で、カツンといい音で鳴った。ビールのグラスがそれぞれの人へ引き寄せられた向こうで、

「はいよ!」

 粋のいい男の声が響いたと同時に、刺身の盛り合わせの大皿がカウンターの向こうにある板場からゴトンと出された。紺の着物ドレスを着た女の細い腕が持ち上げ、ガヤガヤとした話し声や笑いが巻き起こる居酒屋という通路を横方向へ運ばれてゆく。

 店員の草履はカウンター、テーブル席を通り過ぎ、座敷のエリアへやって来た。ひとかたまりの靴が中にいる人の個性を漂わせる、3つの女物のブーツ。

 真新しい深緑のベルベットに、冬の暖かみという彩を添えるモフモフの装飾つきの膝までロング。モヘアつきの茶色の太く低めのヒールのショート。エナメルという光沢がある黒で、SMチックな女王様ピンヒールという武器で刺すように踏みつける絶対服従を匂わせる膝上までのロング。それらが手前に陣取る個室の前へ店員の草履は近づいた。

「失礼します」

 ふすまを開けると真正面にまず、居酒屋に来ているはずなのに、金の髪の耳元に愛を育てるという力がある透き通ったピンクのモルガナイトを散りばめた、冬に向かうというのに蝶々が飛ぶように見えるヘッドドレスヘアアクセサリーが。

 その斜め奥には、藤色のウェーブ髪が華奢な肩につかない長さで、サファイブルーのとぼけた瞳が話がまともに通じない感を出した可愛らしい女が1人。

 そうして、店員の右手前には、思わず目を見張る女が。漆黒の腰までのしっとりとした髪。色気のあるしっかりとしたブルーグレーの瞳は同性でも惹かれてしまいそうなセクシーの女王といっても過言ではない女がいた。

「お待たせしました」

 女3人の前のテーブル中央へ、刺身の盛り合わせの大皿が乗せられた。

 それよりも、酒のさかなになっている話に3人の客の神経は集中しており、店員の方も見ず、漆黒の髪の持ち主がテーブルへ身を乗り出したため、胸元の大きく開いたエナメルのボディコンから見える谷間がより一層深くなった。

「その、プロポーズの話はわかったよ」

 どこかズレているベビーピンクの瞳は今来たばかりの刺身の盛り合わせに照準を合わせる。

(よし!
 サーモンとハマチ、ゲット!)

 割り箸をターゲットへ伸ばしながら、空想世界で映画の冒頭シーンへワープし、きっちり登場人物紹介。漆黒の髪を持つ女がアップになり、まわりの音も動きも一瞬止まった。

(彼女の名前は、カエデ ディストーレン、23歳。
 身長178cm、モデル並みの体型。
 私の同じ年の友達であり、同じ劇団に所属している。
 エロ発言連発女。
 カエデに狙われた男は絶対に落ちる)

 再び動き出し、どこかあっけらかんとした粋な女の声がジンライムのグラスの上に舞うと、その隣にいたダボダボのグレーカラーのグラデーションニットがテーブルへふんわり近づき、小動物みたいな可愛らしさのあるものが響いた。

「ミステリー、事件の匂いがしまする~」

 わさびを取り醤油に混ぜるため、ミヌアの右手の割り箸はぐるぐると回りながら、再び、空想世界で映画の冒頭シーンへワープして、きっちりと登場人物紹介。藤色のフワフワ髪の女がアップになり、まわりの音も動きも一瞬止まった。

(彼女の名前は、コリアン スティップル、22歳。
 身長158cm、同性の私から見ても可愛いと思う。
 私とカエデの学生時代の後輩。
 彼女の必殺技は言葉の大暴投。
 とにかく、まともに話が進まない)

 再び動き出し、コリアンの割り箸がマグロをゲットしている右隣で、カエデの横座りしたボディコンの腰より上に入ったスリットは大きく開き、間にあった紐が素肌に巻きつくエロを演出し、同性でも思わず釘付けになり、ミヌアのどこかズレているベビーピンクの瞳は疑問という色を持った。

(カエデ……膝上から腰まで、スリット開きに開き切ってるんだけど。
 下着が見えない。
 履いてないとか?)

 ノーパン疑惑女、カエデはその視線など軽く交わし、ヘアバンド代わりしているサングラスのズレを金の幾重にもチェーンが巻きつくブレスレットをした手で直す。

「で、あんた、10日も劇団の稽古に来ないで何やってたの?」
(携帯もネットもないから、連絡取れないし……。
 あんた、次役もらえないよ)

 ミヌアは割り箸を力なくポロっと落とし、テーブルにバラバラと転がり、結露の出来たビールジョッキにぶつかって止まった。偽革のジャケットとパーカーからなぜか変わった黒のレースで縁取りされた七分袖の両腕をテーブルにつき、事故としか思えない連れ去りをされたミヌアはガバッと顔を埋めた。

「はぁ~……せっかくもらった役だったのに……」
(撃沈です……。
 携帯持っておけばよかった……。
 後悔先に立たず……)

 透き通ったピンクのモルガナイトがついたヘッドドレスヘアアクセサリーの蝶々がテーブルという花へ止まった金の髪の人を斜め左前で見ながら、マグロから次はフライドポテトにマヨネーズをつけとしているコリアンは、手元を横目でうかがいながら、小動物みたいな声を響かせる。

「本番が終わってしまいましたからね、それは外されますよ~」
(代役立てないといけませんからね)

 グロスをきつめにつけた赤い口紅へ、カエデはジンライムのグラスをつける。

「で、何してたの?」

 プロポーズという3連打パンチで沈められたテーブルというリングから、ミヌアがザバッと復活すると、ヘアアクセサリーの蝶々が再び居酒屋というタバコや酒の匂いが立ち込める濁った空間へ春風を吹かせながら飛び始めた。

「……結婚してた」

 ここで、コリアンの得意技が出る。

 会話は言葉のキャッチボール。相手が取りやすい位置へ投げなければいけない。だが、可愛らしさ全開のコリアンは大きく振りかぶって、真後ろへ投げた!

「どこですかっ!? 大変です! 切ったんですか?」

 『……結婚してた』の返事では絶対ないものが返ってきて、肩が大きく浅く切り取られた襟元でブラの透明ストラップを光らせながら、醤油色に染まった割り箸を指すように向けて、ミヌアは大暴投クイーン、コリアンに『まこと僭越せんえつながら』を省略して物申す!

「違う! 血の跡の血痕じゃな~い!」
(漢字変換間違ってる!)

 シルバーのマニュキュアをしたカエデの右手は、コリアンのダブダブのニットを軽くつかんだ。

「エロいことしたい人とするやつ~」
(生、中出し、OK!
 やりたい放題!)

 ミヌアの持っている割り箸は醤油のシミという横線を素早く描き、エロカエデに一言ツッコミ。

「それは語弊がある!」
(他にもやることある!)

 見開かれていたコリアンのサファイアブルーの瞳は元へ戻り、箸から思わず落としたフライドポテトをつかむ。

「あぁ、そっちですか……よかった」
(先輩、怪我したのかと思って心配しました。
 結婚なら問題ないです)

 大暴投したのに、ボールを自ら拾いに行かないコリアンはフライドポテトをのんきに食べ始め、いつまでたってもサーモンとハマチを食べられないミヌアは、光沢のあるパーティドレスのようなAラインのスカートをばさっと動かした。

「話終わってるってば!」
(結婚!
 大問題!)

 自分から話をそらしておいたのに、きっちり自身で戻ってくるビーズの指輪をしたコリアンは、カシスソーダのグラスに手をかける。

「あれ? 先輩、先月、彼氏と別れて、ここでくだ巻いてましたよね?」
(あれは幻聴ではなく、現実でしたよね?)

「淡白な男は物足りないとか言って、ね~?」
(毎日したいとか言ってたのは誰よ?)

 カエデはバックからタバコを取り出すため膝を立てた。ミヌアの同性でも惹かれます視線はカエデのスカートの中へ、人の3大欲求からくる反射神経で男が思わず見るために、姿勢を崩してしまったみたいにかがんで。

(ん?
 それは……パンツ、履いてる……。
 けど、履いてないのと一緒!
 一番布がなきゃいけないところに布がない!
 それ、脱がなくても、ズラさなくも入れられるエロ下着……。
 性器が丸見え……。
 カエデ、それで階段登るのはやめた方がいい!
 公然わいせつ罪で捕まる!)

 そんなことなど気にせず、カエデがバックから取り出したデュオを慣れた感じで抜き取っていると、同意を求められたコリアンの可愛らしい声が響く。

「えぇ~」
(毎日したいと言ってました)

 ライターでタバコに火をつけ、煙をすうっと吐き出すと、わいせつ罪まっしぐらのエロ女の声が気色きしょくばんだ。

「あんたから襲ったとか?」
(やるようになったね~)

 ここで再び、コリアンの大暴投発生!

「外に何かあるんですか?」
(違う話をしてた気がします)

 漆黒の髪を金のブレスレットをした手で払いのけなら、カエデのタバコを持つ手は1つ1つ確認を取るように縦に振られる。

「『お』が抜けて、『た』を『と』にしてる。お外じゃなくて、襲った」
「あぁ、そっちですか」

 とぼけたサファイアブルーの瞳は焼き鳥のネギまへ落とされた。その右でタバコの白い煙を吸っては吐いてが2回繰り返された。

「…………」
「…………」

 生中のジョッキをぐびっと飲み、刺身のサーモンとハマチという味の魅惑に未だにたどり着けないミヌアはきっちりツッコミ。

「だから、話終わってるってば!」
(このシーン、進まない!)

 また器用に自分で戻ってきたコリアン。彼女の思考回路は摩訶不思議。

「どうしたら、1ヶ月もたたないうちに結婚出来るんですか? 是非、教えていただきたいです」

 串につけたまま食べるのではなく、箸で1つずつはずし始めたコリアンのビーズの指輪は斜め下へ動いては戻りを繰り返す。

(鶏肉……ネギ……鶏肉……ネギ……鶏肉。
 終了です)

 どこかズレているミヌアはグラスの向こうで、ネギまという規律が崩されていくのを眺めながら、婚姻届が出された経緯をきちんと説明した。

「自分でしたんじゃなくて、午前中にしてた」
(ネギまって、本当はマグロのこと……らしいよね)

 それなのに、コリアンは何も刺さっていない串をまるで天へ向かって投げるように、大きく振りかぶって大暴投!

「音楽ですか?」

 カエデの胸の谷間の前をタバコを挟んだ手が落ちてゆき、灰皿にトントンというリズムを刻み、以心伝心のこの3人、どこへ話を飛ばされたのかわかっていた。

「あんた、器用に拾うね。『五線譜』じゃなくて『午前中』」

 コリアンはネギを箸でつかみ、何もなかったようににっこり微笑む。

「あぁ、そっちですか。朝からしたんですか?」

 天然ボケから話は、エロ発言女へパスされた。

「晩までセックス三昧ざんまい。いいね~」
(時間を忘れるほどする!)

 手元の刺身皿で、サーモンとハマチが醤油色に侵食されていく上で、結婚指輪ももらっていないミヌアの叫び声が上がった。

「話がズレてってる!」
(コリアンは本気でしてきてるけど……。
 カエデはわざとやってるでしょ!
 だから、話進まないって!)

 ここは、振ったカエデが責任を取って話を元へ戻した。

「だって、それって無理っしょ?」

 白い煙が上がる左隣で、ダボダボのニットの袖から出ている小さな手でカシスソーダのグラスの結露をそっとなぞる。

「そうですよ。IDの写し、どうしたんですか?」

 カエデの誘惑という谷間の前で止まっているタバコを、どこかズレているベビーピンクの瞳にぼんやりと映すと、

「それが……」

 全ての視界がぼやけ、音もなくなり、いつの間にかタバコはペンに変わっていた。


 ――――意識が再び戻ってくると、昨日の午後へ時間が巻き戻っていた。上にルドルカシティー区役所と書かれた飾りのついたペンをミヌアは持って、ベビーピンクの瞳で目の前に置かれている紙という整列を眺めている。

(え~っと……。
 結婚について知りたいわけだから……。
 どれ?
 婚姻届? は、出してるから、違う。
 住民票? は、移してないから、違う。
 戸籍謄本?
 結婚してたら、抜けてるってことだよね?
 これかな?
 今日の日付……11月28日。
 次は名前を書いて……)

 見本と照らし合わせながら、ミヌアは記入し終えて順番待ちの紙を取った。

(356番……12番目)

 用意されていた青地の椅子へ腰掛け、ぼんやりする。

(そういえば……。
 毎日、塩が勝手に消えるんだよね。
 おかしいなぁ……。
 見間違い?
 疲れてるのかな?)

 未だに、新妻は瞬間移動をボケ倒していた。

(それから、スズリさんもグレドさんも突然いなくなる……。
 ヒュラルさんはいつも屋敷にいるけど……。
 でも、時々、様子が変な感じがする……。
 冷静じゃなくなってる……そんな感じがする。
 どうしてだか、わからないけど……)

 記入した用紙を縦に、自分の唇へトントンと当てながら考え続ける。

(あの3人、どうして一緒に暮らしてるのかな?
 みんな、家族はいないのかな?
 いつから一緒に暮らしてるんだろう?
 誰の家なんだろう? あそこって。
 それもわからない……)

 疑問という嵐に見舞われているミヌアの耳に、 

 ピポーン!

 順番を知らせる音が響き渡った。黒地に赤い数字が浮かぶ。

『356』

(あ、来た! 順番)

 真新しい深緑のベルベットロングブーツが絨毯の上をさっと移動し、カウンターの前へやって来た。どこかズレているベビーピンクの瞳は戸惑いという視線を役所の職員へ向ける。

「あ、あの……婚姻届の内容を調べて欲しいんですが……」
(普通、調べないよね?
 同意して出すんだから……。
 教えてもらえない……かも……)

 ミヌアの予想通り、カウンターの向こう側で仕事というシーツを着た女は不思議そうに首を傾けた。

「はい?」

 公的な機関での拒絶という形で、真相がつかめなくなりそうになり、ベビーピンクの瞳は諦めというまぶたの裏にほんの少し隠されたが、仁王像のようにカッと力強く目を開き、スタンプのインクで汚れたカウンターの上で唇を噛みしめた。

(ミヌア! 立て!
 立つんだ!
 夢は諦めたら、そこで試合終了だ!)

 スポ根アニメみたいに自分を奮い立たせ、視線を上げ、恐らく初めての仕事をすることになるであろう職員の女を真っ直ぐ見つめる。

「え~っと、そ、その……気になることがあって……」
(普通は気にならない!
 同意して出してるから!
 あれ? さっきも同じこと思った気がするな?)

 様々な人が訪れる国の首都の役所。職員の柔軟性は素晴らしく、職務というものへ平然と手をかけた。

「どのようなことですか?」

 疑問形を向けられ、答えを用意していなかったミヌアはカウンターに両腕をつけたまま、金の長い髪は落ち着きない線を背後、左右に作りながら模索する。

(どう言えばいいんだろう?)

 職員たちが使っているPCの並びを見て、綺麗に整頓されたファイルを見て、後ろに座っている役所に用がある人たちを見て、

(わからない……。
 ここは素直に……)

 正面へ向き直り、策略も技もなく、そのまま聞いた。

「重複してるとかがないかと思って……」
(3人一緒は無理。
 だから、2人は間違ってるか、嘘をついてる)

 明らかに挙動不審で意味不明な内容なのに、職員は驚きもせず、疑いもせずただの相づちを打った。

「そうですか」

 心の中で、ミヌアの右腕はガッツポーズ。

(よっしゃ!
 いける!)

 順調に進み出しそうな予感を覚え、3人同時に結婚しているというおかしな出来事を闇へほおむるためいくさ女神、ミヌアは剣を振りかざすように、戸籍謄本の発行用紙を職員へ渡した。

「これで大丈夫ですか?」
「構いませんよ」

 職員の女性のスーツはデスクに向かって歩いていき、自分の席へかけ、データを抽出し始めた。時間がかると思ったミヌアの頭の中で役所から音楽のPVという妄想世界へワープし、男3人の黒人ダンサーを従え、長いソバージュの髪を勇ましく振り揺らし、白いワンピースに膝よりも上までの黒いロングブーツでクールに踊る女性アーティストになったつもりで、ミヌアは首を縦に大きく振りながら、スタンドマイクを斜めに掲げて熱唱し始めた。

「♪(屋敷を)逃げようとすると
 (何か)ヒュラルさんが止めるの
 元の生活に戻りたい
 だけど あなたが行かせてくれないの♪」 

 歌詞の一部思いっきり変更し、妄想世界でスタンドマイクを空中でぐるーっと回して、両手をマイクの前へ出し、上下前後へリズムを取りながら胸の下で揺れる大きな十字架が優美という動きを作る。ヒールをカツンカツンと力強く鳴らして熱唱しているため、妄想世界から動きという漏れを起こして激しく揺れ動いているミヌアの金髪の向こう側で、気にした様子もなく職員はサクサクと仕事をする。

(1人しか、該当者がいない。
 婚姻……)

「こちらですね」

 ささっと、窓口へ戻ってきた。職員の仕事の手さばきはよく、ミヌアが1番のサビを迎える前に現実世界へ戻され、頭の中で流れていたPVはピタリと止んだ。

 テーブルの上にスッと差し出された戸籍謄本を見て、ミヌアはあり得ない表記に釘づけになり、目を激しくパチパチさせた。

「え……?」
(夫……。
 ヒュラル ダディランテ。
 グレド サンダルガイア。
 スズリ アルデンティ……3人!?)

 ミヌアはテーブルへ顔を近づけ見つめる、穴があくほど用紙を。

(おや、まぁ……本当に3人と結婚してる……。
 お笑いの前振りでもなく……。
 ボケでもなく……。
 修業でもなく……。
 あと何かあったっけ?)

 ミヌアの右手は人差し指を立てて、顔と同じ位置へ持ち上げられる。

(あっ、わかった! 
 ぼかし絵。
 疲れ目。
 透かし絵。
 よし、いんを踏んだ!)

 喜んだのもつかの間、どこかズレているベビーピンクの瞳は左右へ向けられた。

(誰もツッコミがいない……。
 とりあえず、前2つは違うと思う。
 だから、最後の1つを検証!)

 両手で用紙を持ち上げ、天井にある照明器具を向こう側にして眺め始めた。空へ向かって賞状を渡すみたいになっているミヌアを職員も他の利用者たちも不思議そうに視線を集中させ、静寂がやって来ていたが、それは放置プレイで、何かが間違っていることに気づいた。

(いやいや、透かし絵は見えないものが、見えるようになるもの!
 3人いるんだから、2人消さなくちゃいけない!)

 自分で出した結論で婚姻関係が1人成立になっているのを事実を前にして、自身へ3度ツッコミ。

(いやいや!
 結婚しない!
 っていうか、勝手に出されてる!
 とにかく、1つずつ解決しよう。
 まずは……)

 自分で作った役所の静寂を、ミヌアは無意識の内に責任を取って破った。

「何で、3人と結婚出来るですか?」
(これは何かのミスですか?)

 おかしかったら、データを取り出した時点で職員が気づいている。理論というものがないミヌアの質問に、女性職員は不思議そうな顔で聞き返して来た。

「どういう意味ですか?」

 ヒュラルがたちが気にしていたのは、自分たち3人が同じ女性と結婚したかであって、3人であってはいけないとは言っていない。屋敷からの逃走で頭がいっぱいだったミヌアは、情報をまだ見逃していることに気づいておらず、戸惑い気味に取って返した。

「……普通結婚って、1対1ですよね?」

 そうして、PCや携帯という現実とつながるものから遭難ばかりの日々を送っていたミヌアに、職員から最期さいごの審判が下された。

「あぁ、知らないんですね。補正案として、男性の方が数が多いのですから、女性に限っては、何人でも結婚してよくなったんです」

 撃沈ミヌア。逆ハーレムが公的に認められているドラドア国政府。とりあえず言ってみたものの、

「そうですか……」

 カウンターの上に突っ伏し、肩を小刻みに揺らし始めた。

(もう、笑いしか出てこない……。
 どんな法律だ!
 ずいぶんフランクな法律……。
 公認の複数プレイ……TTTT_TTTT)

 職員は気にした様子もなくにっこり微笑んで、こんなことを言った。

「あなたのIDの写しもきちんと取れていますし、違法性はないですよ。よかったですね、国に貢献出来て」

 どこかボケている女職員へ、どこかズレているベビーピンクの瞳で抗議する視線を送る。

「あ、あの……」
(微笑むところじゃないです……。
 貢献って、少子化対策に対してだよね?
 してない、まだ。
 あの3人が父親、パパ?
 ん~……?
 グレドさんは何となくわかる……)

 こうして、ミヌアははるかというか、階段を1段も上がっていない未来という妄想世界へ飛ばされた。


 ――――陽だまりの中、赤髪を持つ無感情、無動のカーキ色の瞳には芝生とその上で遊ぶ小さな子供たちが映っていて、あぐらをかき右の肘をついて、どこか違うところを見ながら、目に焼きつくほどの艶やかな動きをする彼らしい世界が脳裏に広がっていた。

(正中線とは……全ての気の流れを整えるもの。
 体の中心を上下に貫く気の流れ。
 非常に重要な気の流れだが、持っていない大人が多い。
 だが、全員必ず持っていた)

 風が吹こうが、子供が動こうが、絶対不動で芝生に座り続けるグレドの前で、歩き始めの子供がゆらゆらと揺れているを眺めながら専門分野を思いっきり展開。

(赤ん坊が立つ時には、正中線を使って立つ。
 なぜなら、筋力がないから、気の流れを使ってではないと立てない。
 フラフラ歩くのは正中線でバランスを取っているからだ。
 だが、大人になると、筋肉に頼るようになり、余計な力を使い、体が硬くなる。
 そうなれば、気の流れ、正中線を失いやすくなる。
 10代の頃出来ていたものが、大人になると出来なくなるのはそれが原因だ。
 スポーツでも芸術でもそうだ。
 体と心はつながっている。
 体が硬くなれば思考も硬くなる。
 すなわち、動きや発想が柔軟でなくなる。
 そうして、出来ていたことが出来なくなる。
 感覚で正中線を使っていることが多い、10代の頃までは。
 だから、取り戻そうと思っても、硬くなってからでは取り戻せん。
 大人になってからも、素晴らしい動き、発想を再現するのは……。
 正中線の存在を知り、それを維持し続ける修業が必要だ。
 赤ん坊を抱く時に抱き方が違って泣くのは……。
 赤ん坊の正中線と自分の正中線を合わせないからだ)

 違う観点で見ているグレドの前で、別の子供が何かをし始め楽しそうな声を上げた。

「きゃはははっ!」

 だが、それでも無感情、無動のカーキ色の瞳は動くことはなく。

(子供がくるくる回ったり、飛び跳ねることを楽しむのは……。
 正中線を強く感じるからだ。
 すなわち、それが正中線の維持の仕方にもつながっている動きだ)

 誰がどれくらいの距離でいるのかわかっているグレドの特殊な世界で、何か動きが出た。

(子供の気の流れが右斜め前へ向いた。
 向こうへ行く気だ)

 艶やかに立ち上がり、

「どこへ行く?」

 遠くへ行こうとしていた子供をさっと捕まえた。

「え……?」

 不思議そうな小さな瞳とミヌアのどこかズレている瞳が重なり、一旦意識が現実へ戻って来た。

(『き』を使って、どこかに行きそうな子供を捕まえそうだよね。
 ヒュラルさんがパパ……?
 あの優雅で貴族的で……大人の世界を満喫してる王子様が……?)

 だがすぐに別世界へ再びワープした。


 ――――マホガニーのテーブルに懐中時計を置いたまま、線の細い銀のメガネをかけたヒュラルの冷静な水色の瞳には物語という文章の羅列が映っていた。

 ――――目が覚めると、あちらの世界は7月8日、水曜日だった。
 情報を得る可能性があると思い、私は昼休み、神月かづきさんのところへ行った。
 私は全員に、『何の話ですか?』と聞いた。
 そちらの質問に『夢の話です』とスチュワート君が応えた。
 彼は『ひかる先生は、昨日、夢を見ましたか?』と私に聞いた。
 私は『いいえ……見ていませんよ』と応えた。
 スチュワート君は、『光先生は、王子サマになりましたか?』と聞いた。
 私は『いいえ、なっていませんよ』と応えた。

 ここで、策略家の中に、あることが浮かんだ。それは、

 夢ではないという可能性が出て来た。

 八神は早々と、気づいていたのだ、夢でないのではないかと。さらに時は進む――――
 
 細く神経質な手で支えられている本のタイトル『Legend of kiss3』の向こう側で、おもちゃで遊ぶことに熱中している子供へ、本から上げられた視線は向けられた。

(困りましたね)

 冷静な水色の瞳は懐中時計へ今度落とされる。

(現在の時刻、21時10分17秒……。
 就寝時刻から10分17秒過ぎています。
 ですから、あなたには寝ていただかなくてはいけません。
 仕方がありませんね、こちらのようにしましょうか)

 優雅に立ち上がり、本にしおりも何も挟まないまま閉じ、我が子に罠を放った。

「魔法を見せて差し上げますから、もう寝ましょうか?」

 子供が喜びそうな単語を入れての策。

「やったー!」

 おもちゃから興味が一気に眠る方向へ向いた我が子のそばへすっと座り込み、ヒュラルは優雅に微笑み、小さな頭を細く神経質な手で優しくなでる。

「絵本の世界へ連れていってあげましょう」
「はーい! 寝る~!」

 子供は簡単に片付けを始めて、ベッドへ素直に潜り込んだ。

 懐中時計のガラスの反射がミヌアのベビーピンクの瞳と重なり、再び現実世界へ戻って来た。

(意外といけるかも……。
 スズリさんは……?
 いつも超不機嫌俺様ひねくれ天使……?)

 だが、次の空想世界へ向かって華麗にダイブ。白いグランドピアノから創作という名のメロディーが舞うが、小さな手が時々伸びて来る。

 ジャンジャンジャン!
 ガジャーン!
 ピンピンピン!

 雑音が作り出されているスズリの鋭利なスミレ色の瞳はいつにも増して鋭くなり、形のいい眉は怒りでピクついた。

(俺は作曲がしたいんだがな……。
 くそっ!
 貴様、別の鍵盤を叩くな!)
「貴様、触るな!」

 子供の手を乱暴につかみ、ピアノの鍵盤を触るという遊びを強引にやめさせたが、部屋を出て行く気のない子供はそのままそこでお菓子を食べ始め、袋をそこらへんへ撒き散らし出した。

 綺麗に磨かれたピアノに映り込む光景に、耐えられなくなったスズリ。

(くそっ!
 俺の部屋で遊ぶな。
 許せない!
 一言言ってやる、ありがたく思え!)

 ピアノの椅子からパッと立ち上がり、ゴスパンクのロングブーツは子供へさっと近寄り、小さな手をガバッとつかみ、スカーンと天まで抜けるような声で怒鳴り散らした。

「貴様、こんなに散らかすとはどういうつもりだ!」

 子供は不思議そうに首を傾げる。

「どうして怒ってるの……?」

 自分よりも小さい瞳を見つけ、スズリは気まずそうに咳払いをした。

「んんっ! いい、見逃してやる、ありがたく思え」
(ガキに怒ったら負けだ)

 エメラルドグリーンのピアスの輝きとミヌアの瞳が重なり、パパ妄想から戻って来た彼女の金の髪は首を傾げたため、肩からさらっと落ちた。

(勝ち負け?
 それとも根負け?
 一応、父親になれ――)

 カウンターを占領していたミヌアの背後から、他の利用者たちの文句の声が上がり始めた。

「何してんの!」
「早くしろ!」

 ミヌアはさっと振り返り、金の髪をザバッと前へお辞儀で落とす。

「あ、あぁ、すみません」

 職員へ顔を戻し、肩がけのバックから財布を取り出した。

「あの、いくらですか?」
「450アルです」


 ――――泡がすっかり消え去ったビールジョッキがミヌアのどこかズレている瞳に映っていた。未だ食べていないサーモンとハマチを醤油という海から救出せず、グラスの結露を手で拭いながら、どこかぼんやりとつぶやく。

「ネットで盗まれたのかな?」
(するとしたら、スズリさんだよね?
 だって、こう言ってたもんね)

『貴様をハッキングしてやる!』
『バクだらけか!』
『起動していないとはな』
 
 夫の秘密の1つに手をかけたが、迷走することになる、このあと。ミヌアの妄想癖の次へ、コリアンの大暴投がやって来て話をさっそく崩壊した。

「何が誕生したんですか?」

 デュオを灰皿すり消し、割り箸をパシッと割ったカエデは少し微笑む。

「あんた、言葉すり替えるね」

 どこへ話がいってしまったのかを、コリアンよりは少ししっかりしているミヌアからバシッとツッコミ。

「『盗まれた』。『生まれた』じゃない!」
「あぁ、そっちですか」

 藤色のふわふわウェーブの髪をそっと触って、コリアンは気にした様子もなく、さっきと全然違ってしっかり説明し始めた。

「ですけど、あれは、7年前にシステムが新しくなってから、誰もハッキング出来ないってもっぱらの噂ですよ」

 豆腐サラダを小皿に取り分けているカエデはレタスや海苔、トマトなどを彩りよく並べながら、どこかあっけらかんとした声を降り注がせる。

「そうそう、ネットの裏情報でも毎日のようにハッカーが泣いてるよ、歯が立たないって」

 セクシー全開のブルーグレーの瞳から、とぼけたサファイアブルーの瞳へとは反対方向へ、ミヌアの金の髪は横に揺れた。

「それから、普通、プログラミングはネット上に構築されているわけじゃないですか?」

 ネギまのネギを食べたコリアンの言葉に、アナログティックな世界で生きているミヌアの顔は斬新過ぎて、理解がついていけないみたいに歪みを見せた。

「ネット、こうちく……?」
(おや、まあ……。
 コリアン、近未来という別次元へ満塁ホームラン!)

 ボケている割には意外と理論的なコリアンの話は結論へたどり着いた、いや試合終了した、大暴投もなく無事に。

「つまりは、足跡がネット上にどうやっても残るんです」

 漆黒の髪を手で落ちてこないようにしながら、カエデは豆腐を口の中へそっと入れる。

「それを伝っていけば、誰……っていうか、どこで作られたもので、どんなプログラミングがされてるかわかるってわけ」

 誰もハッキング出来ないものが流出している。容疑者からスズリが外れ、捜査は振り出しに戻ってしまった。醤油だらけになったサーモンをやっと取り出し、ミヌアは口に入れ、テーブルの上に肘をつき割り箸を空中で止めた。

「それがない……何かで足跡を消せる?」
(消しゴム?
 ん~……違う気がするな、これは……。
 別の何か……。
 ネット上で消える……?)

 未だにたどり着けない夫たちの秘密。ぼんやりしているミヌアのパーティードレスみたいな黒のレースで7部袖を眺めながら、カエデから重要データが漏洩していることが指摘された。

「でもさ、あんたの3サイズは間違いなく持っていかれてるっしょ」
(そんな服、あんた持ってなかったよね。
 しかも、あんたのチョイスじゃないし、それって)

 コリアンがにっこり微笑む。

「先輩、エロまっしぐらですね~」
(さっきから思ってましたけど、その服どうしたんですか?)

 ミヌアはテーブルから、ぼうっとしたベビーピンクの瞳を自分の服へ落とし、光沢のあるベビーブルーのAラインのスカートとリュックではなく、肩がけのおしゃれなバッグに変わっているのを映して、回想シーンへダイブ。

「3サイズ……そういえば……」
(この服はね、こうしたんだよ)


 ――――ー廊下の端が見えない浅葱あさぎ色と大理石の上で、自分の部屋を背にして立っているミヌアに、遊線ゆうせん螺旋らせんを描く優雅で芯のある声の持ち主、ヒュラルが四角いものを差し出した。

「こちらを貸して差し上げますから、服を購入してください」
(女性に同じ服を何日も着させるわけにはいけいませんからね。
 支払いは私がします。
 プレゼントしますよ)

 ミニシガリロの芳醇な香りと甘くスパイシーな香水が、混ざり合うフレグランスというそよ風を歩くたびに吹かせる人の細く神経質な手から受け取ると、ミヌアはその正体を口にした。

「携帯電話……」

 夫からのプレゼントを放置し、携帯の画面の上でまぶたをパチパチさせて、軽い変化球が心の中で飛んだ。

(ん~……?
 電話だよね?
 数字がどこにもない……。
 どうやって、電話かけるんだろう?)

 超初心者の疑問が湧き、どこかズレているベビーピンクの瞳は冷静な水色の瞳へ上げられた。

「これはどうやって使うんですか?」
(電話をかける時はどうするんですか?)

 話の流れがピッチャーの妻からカーブという変化球でやってきたが、バッターの夫はさっきの話の続きというボールになると予測し見送りをする。

「私の携帯電話なので私は意識化でつながっていますが、あなたはつながっていませんので、直接画面をタッチして操作してください」
(彼女が私に使い方を聞いてくるという可能性は78.98%)

 数字に異様に強い夫の予測。そんなことが行われているとは知らないミヌアは携帯電話という未知のアイテムをつまむようにして持ち上げて首を傾げると、金の髪が偽革のジャケットからさらっと落ちた。

「ん~?」
(電話をかけることは置いといて……。
 携帯の中で買い物……?)

 ヒュラルの胸元にあるロイヤルブルーサファイアのペンダントヘッドの前で、ミヌアの無謀ともいえる挑戦が始まった、本人が気づいていない内に。

(とにかく触ってみよう)

 画面がパッと変わり、1~30の数字が現れたが、

(あれ?
 カレンダー?
 どうやって、元の画面に戻すんだろう?
 ここかな?
 それともこっち?)

 あちこち押し、カレンダーの日付の色を変えているだけで進まない無駄を、優雅な王子夫はあごに手を当て、情報収集という名の視線でうかがっていた。

(私の導き出したものと違うものをあなたは選んで来た。
 あなたは他の人に聞かないのですね。
 人に頼ろうとしない……人。
 聞いた方が合理的であるという考え方をしていないみたいです。
 私とは違う……)

 ヒュラルの心の内から丁寧語が消え去っているという革命が起きているのに、ミヌアは携帯に夢中。

(あ、戻った!
 画面じゃないところを押す、だ)

 ホームボタンを押して、デフォルトへ戻り、今度は音符マークのものをタッチ。

(これかな?
 あれ?
 何のリスト?)

 いつの間に覚えていたスクロールを使って、ミヌアのベビーピンクの瞳に横線という文字が下から上へ動いてゆく。

(カルミナ ブラーナ 『おお、運命の女神よ』。
 J.S バッハ ミサ曲 ロ短調。
 J.S バッハ トッカータとフーガ ニ短調。
 J.S バッハ フーガ ト短調。
 クラシック? 
 ヒュラルさんはバッハ好き……。
 しかも、最後の2曲はパイプオルガンの曲だよね?
 クリスチャン……。
 ヒュラルさんは神父……なのかな?
 カトリック……プロテスタント……。
 カトリックだったら結婚出来ないから……。
 プロテスタント……それとも――)

 スズリが言っていた『エロ神父』で入ってきてもよかったデータが、間違いという方法で今頃入手したミヌアに、優雅で貴族的な神父が手を差し伸べた。

「使い方をお教えしましょうか?」
(本当に困っている時は言ってください。
 私は本当に人を困らせる嘘、罠は張りません。
 なぜなら、そちらはしてはいけないことです。
 神の教えにそむくことになりますからね)

 ヒュラルの罠は全てたくさんの命を守るためであり、逃げ道もミヌアには作ってある、ただ彼女が気づいていないだけで。ネットを避けてきたベビーピンクの瞳の持ち主は携帯電話を返そうとした。

「あぁ……お願いします」
(そうだ、借りてるんだから、待たせるのはよくないね。
 ヒュラルさんが困るから)

 だが、細く神経質な手はそれを受け取らなかった。

「そちらのサイトで買い物をしてください」
(触れなくても、半径2m以内でしたら操作出来ます)

 ヒュラルの優雅な声が響くと、意識化でつながっている携帯の画面が有名なショッピンクサイトへ飛んだ。

 3方を廊下に挟まれた中庭のベンチには、未だに浮きまくっている貧困層丸出しの服が噴水の音を聞きながら、携帯を借りたミヌアは慣れない操作をしようとしているが、頭を痛めていた。

(ん~……?
 そういうわけで、探してるんだけど……。
 あれ?
 1つしか、買い物カゴに入れられない……。
 その度に購入なの?
 ネット、わかんな~い。
 不便だなぁ)

 彼女が背中を向けている屋敷の廊下に人がすっと立った。ゴスパンクのヒールつきのロングブーツがモデル歩きをしてくる。おうぎのような袖をともなったアーマーリングをした左手にはミネラルウォータのペットボトルが握られ、飲み口が綺麗な唇につけられ、鋭利なスミレ色の瞳は廊下の浅葱あさぎ色の絨毯の上を真っ直ぐビーム光線のように注がる。

(体の中の不要物が残るのも許せない。
 水を飲まないと……
 女……)

 ミヌアの横顔を見える位置で、わざと破けている細身の黒いズボンすっと立ち止まり、スズリはあのスクランブル交差点で、サングラス越しに彼女に言った言葉を思い出した。

『貴様と結婚してやってもいい、ありがたく思え』

 飲んでいたミネラルウォーターの蓋を閉めながら、俺様夫はとんでもない疑問を持っていた。

(なぜ、俺はプロポーズしたんだ?
 禁固があるから……?
 いや、俺はヒュラルやグレドとは違う……。
 3ヶ月間、拘束されても、俺は走らしとけば問題ない……。
 ん~~~……?)

 ポロポーズの理由がない人がここに1人。俺様なのに、どこかボケているスズリの銀の長い前髪が傾いていた。2人の様子がうかがえる斜め右前の廊下の壁に隠れ、ヒュラルの冷静な瞳が俺様夫の視線の先を捉えていた。

(スズリは彼女を見ているみたいです。
 彼は何かを考えているみたいです。
 そうなると……彼は気づいていないという可能性が出てくる。
 彼はミュージシャンになるまで、こちらの屋敷から出たことが一度もありません。
 11月19日、土曜日、17時37分43秒過ぎ。
 彼は結婚についてこちらのように言っていました)

 紺の長い髪の奥に潜むデジタルな脳裏で、他人の言葉の全貌が瞬時にはっきりと輪郭を表した。

『俺は仕事に差し控えるからするつもりはなかったし、その手の噂が立たないように女はそばへ寄らせなかった。だが、今日が期日じゃ仕方がないだろう!』

 『ルールはルール』と、ヒュラル自身も言っていた。策略家の彼には常に理論というものが存在するが、異常さが見え隠れしている。なぜなら、スズリの言った言葉を一字一句間違えずに思い出すのだから。

(これらの事実と言葉から判断すると……。
 以下の可能性が、89.78%で出てきます。
 彼は女性を今まで愛したことがない、です。
 私と同じみたいです。
 私もありません。
 彼はどのように対処するのでしょう?
 こちらで、情報を得させていただきましょうか?)

 25歳になるまで、あることが理由で異性に興味のなかったヒュラルとスズリ。

 王子様夫が俺様夫の情報を持っていくというやり取りが行われる、スズリとミヌアの知らないところで。異常なほど数字に強いヒュラルが必ずやる癖の1つが出る。黒の革パンのポケットから懐中時計を取り出して、冷静な水色の瞳は数字盤の前でついっと細められた。

(日時……11月20日、日曜日、14時17分50秒)

 情報が動き出す、ヒュラルの紺の長い髪が細く神経質な手で耳にかけられた向こう側で。

(近くに行けばわかるかもしれない……。
 行ってみよう)

 銀の長い前髪を持つスズリは浅葱あさぎ色の絨毯の上をモデル歩きをし、中庭へつながっている場所へ向かい出すと同時に廊下から姿を消した。2人の夫に見られているとは知らず、ミヌアは買い物カゴへ1つしか商品を入れられないという牢獄から何とかはい出てきた。

(あぁ、これで、商品のところに戻れるんだ)

 ベンチの後ろにベストの裾をわざと左右の長さを変えたおしゃれ感のある服の上にある鋭利なスミレ色の瞳が背後に急に現れたとも気づかない、どこかズレているベビーピンクの瞳は眺める、携帯の画面を珍しく難しい顔で。

(ん~~?
 ジャケットはこれで……。
 スカートはこれがいいな。
 靴も買わないといけない……)

 買い物カゴにアイテムが入れられてゆくたび、銀の長い前髪の向こう側に隠れている形のいい眉は怒りでひきつりが強調アンファーズされる。

(それ……。
 あれ……。
 これ……。
 なぜ、そっちを選ぶ!)

 ミヌアは汚れの目立つスニーカーを地面から一旦離し、反動をつけてベンチから体を起こした。

(あ、そうだ。
 コートもないと――)

 その時だった。腰のあたりで腕組みしたアーマーリングがイライラとトントン叩きながら、これ以上ないほどひねくれな言葉が後ろから割って入ったのは。

「貴様のファッションセンスはドミノ倒し並みに崩壊が見事だな」
(さっきから、黙って見ていれば……)

 ミヌアの顔は即座に怒りで歪み、買い物は中断され、

(次々に崩壊……。
 壊れたものがさらに崩壊しますか!)

 携帯電話から視線を外し、金の長い髪はパッと振り返った。

「スズリさん、何ですか?」
(カチンと来るな)

 いい隙が出来たというように、俺様は携帯をさっと奪い取った。

「貸せ」

 ミヌアは王子夫から借りたものが俺様夫へ渡ってしまって、ベンチから慌てて立ち上がる。

「あぁ、ちょっと……」

 ベンチを挟んで、どこかズレているベビーピンクの瞳と鋭利なスミレ色の瞳が向き合うような形へ戦況が動いた中庭を、観察というように冷静な水色の瞳は向けられたまま、窓と自分の間に瞬間移動で懐中時計を出した。

(14時18分23秒。
 彼が彼女の手から私の携帯を取った。
 彼は何をするのでしょう?)

 奪った携帯を持っているシルバーリング3つをした手を、ミヌアに見せつけるように前に軽く押し出す。

「俺が貴様の服を選んでやる、ありがたく思え」

 ミヌアの洗濯し過ぎで色褪せた黒のズボンは素早くベンチの後ろへ回り込み、ゴンパンクブーツのそばへ寄った。

「それは――」

 だが、185cmも背丈がある俺様は携帯を持っている手を頭上高くへすっと上げ、163cmのミヌアがジャンプしても届かない位置へ取り上げ、それでも取ろうとすると、鋭利なスミレ色の瞳が妻に刺し殺すように向かってきた。

「っ!」

 有無を言わせない視線を食らい、届かない手で諦めという落下線を描き、ミヌアは目の前にいる人に向ける怒りを脇にある芝生の上に落とす。

「…………」
(睨みで、強行突破……)

 何とか怒りを抑えたベビーピンクの瞳の先で、繊細な指が慣れた感じで携帯電話というものを、まるでピアノでも弾くように滑らかなタッチで何かを最初に操作してから服選びへ移った。

「…………」
(そうだな……?)

 自分の服ではなく、妻の服。そのため、彼の癖の1つが出る。ゴスパンクの服は前にかがみこみ、ミヌアの顔をパーソナリティースペースを無視して無遠慮に見つめ始めた、今日はサングラスもない状態なのに。

 ヒュラルに借りている携帯が人質に取られている以上、ミヌアは逃走するわけにもいかず、柔らかな男の香りが入り込んできても、責任という義務上でミヌアは鋭利なスミレ色の視線を迷惑顔で受け止める。

「…………」
(あ、あの……。
 何で近くに寄るんですか?)

 アーマーリングの尖った部分で絶妙なタッチであごをなぞりながら、どからどう見ても完璧で決めているスズリの思考回路はどこかボケていた。

「…………」
(ん~?
 俺の好みは……。
 セクシー系は却下。
 ガーリー系も却下。
 エレガント……だな)

 そこで、自分の内側にリズムのズレを見つけて、スズリが右へ首を傾けると、隠れていたもう1つの目が白日という元にさらされた。

「…………」
(ん?
 俺の好みは関係ない……。
 なぜ、自分の好みを選ぼうとしたんだ?
 近くに来てもわからない……)

 ミヌアの顔を10cmの至近距離で凝視したまま、スズリは左右に首を傾けていたが、何かの答えは見つからなかった。

「…………」
(今はわからないから、あとで考えよう。 
 ひとまず、服選びだ。
 俺のファッションセンスでいいのを選んでやる)

 スクロールしていき、女物の服が鋭利なスミレ色の瞳に次々映っていた。

(これ……これ……これ……)

 だが、注文の詳細が問われるところへ来て、昨日から食事を一緒にするようになり、しかも5mも距離がある食卓。相手のことなど知らないに等しい。スズリはミヌアの見た目を今知る、キスが出来そうな位置まで迫りながら。

(色は……金の髪。
 目の色は……)

 汚れの目立つスニーカーは自然と後ろへ下がった。

「あの……」
(携帯操作してないなら返してください。
 っていうか、何でまた近づいてるんですか!)

 妻の瞳の色を今確認した俺様夫は、カラーを選んで買い物カゴへ入れる。

(ベビーピンク……。
 そうなると……この色の方がいいな)

 購入ボタンをタップして、まるで天使が降臨したみたいな笑みを見せた。

「よし、これで完璧だ」

 超不機嫌で俺様でひねくれ。ミヌアは笑ったとこなど見たことがなく、ユリアのPVでも鋭利なスミレ色の瞳を売りにしているスズリ。無邪気な子供が新しいことが出来るようになった時と同じ飛び切りの笑顔を見せ、刺すような鋭さは瞳から消え去り、キラキラと輝く純粋なものだけに。口元は両端が上へ上げられ、本当の純真な微笑みがそこにあった。

 手首は物扱い並みに引っ張られ、返ってくる言葉はひねくれ俺様でカチンと来るようなことばかり。携帯電話を探すためなら、人を押し倒して、ミヌアの意思は無視して勝手に進める。俺様さえも勘違いされやすい天使夫。なぜ、彼がこんなことをしてくるのか、なぜ、純粋に微笑めるのかを知らないと、この男は克服出来ない。

 子供で天使の笑みが銀の長い前髪の向こうにある。それはとても衝撃的で、ミヌアはぼうっと立ち尽くした。

「え……?」
(スズリさんって、こんな風に笑うんだ。
 知らなかった……。
 いつも不機嫌だと思ってたけど……。
 子供みたいに無邪気なんだ)

 すっと消え去った、天使で無邪気な笑顔は。いつもの鋭利なスミレ色の瞳に戻り、奥行きのある少し低い声が俺様全開。

「選んでやった、ありがたく思え」

 激変したスズリについていけず、用なしというように携帯を差し出されたミヌアはそれを両手で受け取ったが、まだほうけたままだった。

「あぁ……ありがとうございます……」
(あれ?
 何だろう、この感じ……。
 初めて感じる……ん~?)

 まるで何かの伝染病みたいに、妻にも未確認な感情が浮かんでいたが、俺様天使は黒いゴスコートを風にひるがえしながら、ロングブーツのバックスの整列をモデル歩きという動きをともなって廊下へ向かっていきながら、浸りというまぶたにスミレ色の瞳を隠し、超ハッピーなメロディーを口ずさむ。

「♪Last Love Happy Love 恋がもうすぐそばまで来てる!
 柔らかで 激しい 矛盾だらけの恋
 Ture Love Sacred Love 恋はもう少しで触れられる!
 静かで 浮かれて 恋してもいいんじゃない♪」
(いい気分だ)

 3つのシルバーリングは半円を描くように空へ上がっては腰へ下ろすを繰り返すライブ用のダンスをしながら去ってゆく背後で、ミヌアは首を傾げると、金の長い髪がさらっと落ち、冬の匂いがする風が何度か揺らしていた。

(喜んでるみたいだけど……どうしてだろう?)

 ゴスパンクファッションが廊下の中へ入ると、ミヌアは放心状態から解放された。

(まぁ、いいか……。
 何を選んでくれたんだろう?)

 無事に戻ってきた携帯の画面の一番下を見て、目を大きく見開いた。

(え……!?!?!?!?
 合計金額、537万アルっっっっ!!!!)

 そのあと、汚れの目立つスニーカーはベンチに座りもせず、頭を両腕で抱えたまま右往左往を繰り返し始めた。

(た、大変だ!
 これ、どうやって取り消すの!)

 冷静な水色の瞳の持ち主から見れば、何かおかしいことが起きたのはわかる。ヒュラルは細く神経質な手をあごに当ていた。

(彼女は驚いている。
 慌てているみたいに見える。
 何かあったのでしょうか?)

 パニックという嵐から何とか帰還したミヌアはベンチにひとまず座り、服を買うのに何百万も使っているという事実が、どういう計算で成り立ったのか調べ始める。

(っていうか、どういう服を選べば、この金額になるの!)

 ミヌアは携帯の画面を操作し、スズリが選んだものがどんなものだったのかが判明した。

(え……ジャケットだけで……52万アル……。
 ブーツが47万……)

 下手すりゃ、桁が1桁、いや2桁違ってもおかしくない。それを平然と選んでくる音楽界で1位を取り続けているミュージシャン、スズリ。高級ホテルで感じた、新世界という海へミヌアはため息をともなって、一般市民という波止場から落ちた。

(世界が違う……。
 それよりも――)

 その時背後で、くすんだ赤と黒の絵の具が混じり合う途中を、一瞬という芸術で切り取ったみたいなエナメルのサイドゴアブーツがベンチの背後にすうっと立った。

(携帯の履歴は……。
 注文完了になっています)

 王子夫、ヒュラルが瞬間移動して現れたことにも気づかないほど、ミヌアはキャンセルすることにトライ中。

「取り消し……」

 だが、驚きで手が震えてしまって、携帯を思わず落としそうになったり、うまくタッチを出来ないでいると、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声がかけられた。

「そちらのままで構いませんよ」

 ベンチの後ろに立つヒュラルはミヌアに悟られないように、革のズボンのポケットから懐中時計をそっと取り出し、冷静な水色の瞳をちらっと落とす。

(14時20分07秒)

 頭がいいヒュラルらしい思考回路が展開。 

(彼が彼女の服を選んだという可能性から……。
 確信であるという可能性に変わり……。
 そちらの数値が100%、事実として確定です。
 言葉としては少々重複していますが……。
 私の考え方ではこちらの言い方があっています)

 尋常じゃない頭脳を持つ人へ振り返った。

「え……?」

 どこかズレているべピーピンクの瞳は、最初に会った時から1度も使っていないメガネの存在というか、胸元にもチェーンでつながれ落とされてもいない理由を知ることもなく。そんな細かいことなどスルーして、神経質な顔を見上げた。

「ヒュラルさん……どうしてここに?」
(あれ?
 さっき、スズリさんがいた時いなかった気がするけど……)

 王子夫のまわりには嘘というものがたくさん存在し、スズリとミヌアから情報をさっきからずっと収集していたのに、優雅に微笑みこう返してきた。

「たまたま通りかかっただけですよ」
(嘘です。
 彼は彼女にプレゼントをしたみたいです。
 彼のIDでログインしています)

 王子夫から姫妻を俺様夫がゴーイングマイウェイでさらっていっていた。ヒュラルがプレゼントするつもりが、スズリが俺様という強引で割り込み、計画変更が余儀なくされていた。

「そうですか」
(偶然ですね、本当に)

 ヒュラルの言動には必ず2つ以上の理由がある。何の警戒心もなく、素直で正直に相づちを打ったミヌアから、策略家はスマートに情報入手。

(彼女は私の嘘に気づかない……みたいです。
 スズリは女性にプレゼントをする……みたいです)

 春の訪れを知らせる渡り鳥が俺様が今も歩いているであろう館の廊下を一斉に羽ばたいていった気がした。

 それから、数時間後。

 振り向いた途端にあった荷物を不審がることもなく、ミヌアは中身を開け、目をキラキラ輝かせながら、保護というビニールに包まれたものを取り出した。

(すごいね。
 注文した服が夕方前には届くんだから。
 フードシステムみたいだ。
 着てみよう)

 肩の部分が大きく開く黒いレースを基調にした上に、光沢のあるベビーブルーのAラインのエレガントなパーティドレス。極貧生活だったミヌアは何もかもピンク色したシャボン玉がハート型で浮かぶ空間、姿鏡の前で、左右へくるくる回ったり、舞踏会でダンスの申し込みを受けるようにすうっとかがみこんだり、モデルの真似をしてポーズを取ったりを繰り返す。

(綺麗な服だなぁ。
 お礼を言いにいこう!)

 深緑のベルベッドのロングブーツは浅葱あさぎ色の絨毯の上を歩き出すが、服が変わっても中身が変わるわけではなく、落ち着きのなさ全開で小刻みに前へ進みながら、庶民は庶民だった。

(それにしても、みんなの部屋はどこ?
 探さなくては……)

 昨日の今日で廊下の端が霞む館で、しかも瞬間移動する人たちの部屋を探せるはずもなく、スズリがどこにいるのか見当をつけないまま、直進という方法でまた歩き続けているミヌア。その時だった、低音が基本なのに裏声へ滑らかに変わるメロディーラインが、クロスしている廊下の左側から聞こえて来たのは。

「♪何気ない日々が 幸せを運んで……♪」
(いた!
 神様、ありがとうございます!)

 ミヌアのロングブーツはさささっと廊下の角を曲がり、銀髪の人の前へ立つが、また瞳を閉じて、草原で風に吹かれているみたいに気持ち良さそうに、たった1音だけ裏声へ返り低音へ戻るという高度な技術満載で歌い続ける。

「♪恋のパズル 君が僕を満たす
 小さな思い出が 幸せを運んで……
 愛のパズル 僕が君を満たす♪」

 今日はヘッドフォンはしていない、音楽再生メディアもない。呼び止められる。

「あ、あの……」
(さっきと同じで嬉しそうに歌に集中してるところ、申し訳ないのですが……)

 途中で遮られた俺様のまぶたは開けられると、これ以上ないほど鋭利なスミレ色の瞳が現れた。

「…………」
(貴様、俺の歌を途中で遮るとはどういうつもりだ?
 今度のツアーで歌う歌の練習中だ)

 仕事の邪魔しているミヌアと廊下をリハスタジオにしているスズリを、妻が来た方とは反対側、俺様夫が通って来た廊下の角に、ヒュラルはすっと現れて、冷静な水色の視線と耳という聴覚を情報収集という名で使い始めた。

(11月20日、日曜日、16時55分05秒。
 先ほど話した時から、2時間37分15秒経過。
 彼女の服が届き、着替えて、彼に話しかけています。
 何を話すのでしょう?)

 ミヌアのパーティドレスはゴスパンクのロングコートの前で、お礼というお辞儀をした。

「この服を選んでくれて、ありがとうございます」

 俺様夫が返事など返すはずもなく、鋭利なスミレ色の瞳で無遠慮にミヌアを見渡す。

「…………」
(まともな服を着ると、可愛いんだな……)

 笑顔もなく、不機嫌全開で自分をじっと見つめているスズリ。空前絶後の態度を取ってくる俺様夫を、ミヌアは戸惑い気味に見上げた。

「あ、あの……」

 だが、面白くないという顔で、ベビーピンクの瞳から鋭利なスミレ色の瞳を外し、超不機嫌に鼻で言い、

「ふんっ!」

 ミヌアの横をすり抜け、廊下をモデル歩きで進み始めた。意味不明な言動をする夫の首筋に一本も乱れがないように綺麗に整えられた短い銀の髪を見つめたまま、不思議そうに首を傾けると金の髪が、大理石と直角になるように落ちた。

(あれ……?)

 ミヌアの向こうを歩いてゆくスズリを冷静な水色の瞳で捉え、ヒュラルは細く神経質な手をあごに当て、こんなことを思っていた。

(話しかけて、彼が何も言わない時……。
 いくつか理由がありますが……。
 彼女がお礼を言って、彼は返事を返さなかった。
 こちらのようなことを彼がするのは……。
 今ので、157回目です)

 尋常じゃないカウント数が浮かんでいた、紺の長い髪の中にあるデジタルな頭脳には。廊下の壁に隠れている王子夫から、浅葱色の絨毯という道の上にいるミヌアを通り抜け、独特の音階でR&Bを歌い始めたスズリのスミレ色の瞳はヒュラルとミヌアの死角で、なぜか超ご機嫌で無邪気にまた微笑みながら遠ざかってゆく。

「♪贈ったこともない 記念日なんて 
 伝えたこともない 特別な言葉も 

 それでも そばにいてくれる 君は
 そう そばにいてくれる……

 何気ない日々が 幸せを運んで……♪」

 屋敷の豪華さとマッチしたパティードレスみたいな服で、ミヌアはゴスロングコートを頭を左右上下へやるを繰り返しながら眺め続ける。

(どうして、返事返してこないんだろう?
 おかしいな。
 でも、嬉しい!
 サイズぴったり――!!!!)

 そこで、ミヌアはあることに気づいて、体を守るように両腕を巻きつけ、居酒屋のテーブルに回想シーンから戻ってきた。

「あれって、そういうこと~~!」
(スズリさん……私のサイズ知ってる!)

 妄想癖のある友人を別に気にした様子もなく、カエデが膝を立てると、エロ下着の間から秘部が顔を出し、コリアンはネギまという順番どおりに鶏肉を口へ運んだ。

 ミヌアは巻きつけていた両腕をほどき、今頃やっとハマチを醤油の海からすくい上げ、わさびによって作り出されるドラッグ的な頭を突き抜ける辛味で、どこかズレているベビーピンクの瞳が涙でにじんだ。

 カエデは枝豆のふさから中身を押し出しながら、ぬるくなってしまったビールを一口飲んだミヌアに、あっけらかんとした声がかけられた。

「で、誰と結婚したの?」

 3人同時に結婚したミヌアは探す、バッグの中をカサカサさせながら。

「え~っとね、ファミリーネームまでは覚えてない……」
(ここに入れた……。
 あれ?
 他にも色々紙が入ってて、見つからない……)

 自分のバックの中で行方不明事件が起きているミヌアに、カエデとコリアンはあきれた顔を向けた。

「あんた、夫の名前覚えてないって……」
「固有名詞、ことごとく抹消ですね、先輩」

 いらない紙切れが入りまくりのミヌアのバッグから、真新しいものが出てきた。

(あっ!
 これだ)

 昨日の今日なのに、既に折り目がついている戸籍謄本を向かいの席へ差し出した。ボケている感じのサファイアブルーの瞳と色気がありしっかりしているブルーグレーの瞳は、人の名前と思えるものを見つけた。

(ヒュラル ダディランテ。
 グレド サンダルガイア。
 スズリ アルデンティ)

 3人分全部見たコリアンのサファイアブルーの瞳は驚きで見開かれた。

「この人たちと結婚したんですかっ!?」

 金のブレスレットをしている手で、頭の上に置いてあったサングラスのズレを直しながら、カエデも関心という顔で。

「あんた、すごいとこ持ってったね」

 話題になるであろう戸籍謄本はテーブルの中心部分へ置かれ、そのまわりに居酒屋メニューが陣取った。2人の意外な反応を前にして、ミヌアは目が点になる。

「え……?」
(スズリさんはユリアで、有名人だからわかるけど……。
 今、『たち』って言ったよね?)

 複数形での大物夫たち。瞬間移動で消えてしまい、いつどこで仕事をしているのかがわからない毎日を送ってきたミヌアは戸惑い気味に疑問形。

「え~っと、どういう職業の人?」
(そうだよね。
 みんな、仕事してるよね)

 コリアンとカエデは頭痛いみたいに額に手を当て、盛大にため息をついた。

(この3人を知らないなんて……)

 ミヌアは割り箸を握り持ちし、頬杖をついて首を傾げる、どこか夢見がちの女は現実的な疑問を前にして。

(ヒュラルさんの職業……?
 グレドさんの職業……?
 何~~?)

 時間切れというように、コリアンの小動物みたいな可愛いらしい声が注意する。

「先輩、貧乏し過ぎですよ」

 枝豆の空のふさを皿の中へ入れ、ボディコンのスリットから見える素肌に紐が食い込むボディーを持つカエデが色っぽく微笑んだ。

「落としたい男、ベスト3!」
(雑誌でもネットでも、ベスト3はこの3人でいつも埋まってる)

 唐揚げの上にレモンを絞りながら、コリアンはミヌアの弱点を指摘。

「メディアをことごとく、先輩、スルーして生きてますからね」

 調べようとしても、策略夫、ヒュラルによってベッドイン発言(嘘)をされ続け、情報を得られないミヌアはここで手に入れようとする。

「どの有名人?」
(どの分野で、ご活躍中?)

 柑橘系の爽やかな香りをさせた手から、コリアンは大きく振りかぶって、真後ろへ軽やかに大暴投!

「温泉ですか~。いいですね。冬の温泉……」

 ヒントでも何でもないボールが飛んできて、枝豆を食べていたカエデから素早くツッコミ。

「あんた、最初の3文字だけ都合よく取ってるよ」

 ビーズの指輪はカシスソーダ、金のブレスレットをした手はジンライムのそれぞれグラスへ伸ばされ、その持ち主の前で斜めに傾けられ、紫と透明という酒が唇から体の中へ落ちていった。

「…………」
「…………」

 妙な間のあと、ミヌアは持っていた割り箸をテーブルの上へコツンと突き立てる。

「だから、話終わってるって!」
(『どの有』であって『どの湯』じゃないわ!)

 デュオを1本抜き取り、カエデは火をつけ、白い煙を吸い込むと、

「夫なんでしょ?」

 公然わいせつ罪まっしぐらの女の隣で、コリアンの箸につかまれた唐揚げはフライドポテトに添えてあったマヨネーズにつけられた。

「夫婦の会話はどこへいったんですか?」

 愛されているから成立した結婚ではない。その上、瞬間移動をするは、屋敷が広過ぎるは、策略はされるは、専門用語で話されるは、睨みで黙らせられるはで、ミヌアのため息はビールのジョッキの上に儚く舞った。

「それが……テーブルが遠くて、話が出来ないんだよね」
(誰もいなかった時は今までない。
 食事はみんなでそろって食べるんだけど……。
 話したい時、みんなどうするのかな?)

 テーブルの上を物が瞬間移動するし、何かで持っていかれるしで、ミラクルに巻き込まれっぱなしのミヌア。物理的な距離が夫3人には無関係。離れていても平気な理由に気づいていなかった、ボケ倒していて。ジンライムのグラスの中で氷がカランと鳴った。

「他の時に捕まえればいいっしょ」

 カエデからのもっともな意見に、ミヌアはまたため息交じりに事実を語った。

「それがね、消えるんだよ。行き止まりとかなのに……いない」
(何度追いかけてもいない。
 諦めちゃいけないと思って……。
 見つけ次第追いかけてるんだけど……いなくなる)

 不屈の精神で挑み続けるミヌを前にして、コリアンとカエデの声がピタリと重なった。

「いなくなる?」

 ミヌアはテーブルに肘をついて、首を傾げると背中でユラっと動いた、金の髪が。

「見間違いなのかな?」
(外にいたと思ったら廊下を歩いてたり……。
 塩だけじゃないんだよね、消えるの。
 コショウとかカイエンヌペッパーも消える……。
 消える調味料なのかな?
 それとも手品とか?)

 どこかズレているベビーピンクの瞳の向こうで、カエデのあきれ気味な声がやって来た。

「コルタコーポレーションのフードシステムじゃないんだから、消えて移動はしないっしょ」

 ミヌアの頭の中でピカンと電球がついた。割り箸を持っていた手で、カエデをパッと指差した。

「そうだ! それ、コルタ!」
(何とかコーポレーションは、コルタコーポレーション!)

 プロポーズ攻撃に会う前の答えが10日遅れでもたらされた人から指を指されているカエデは腕を伸ばして、それを払いのける。

「あんたまた、固有名詞覚えないで……」

 ボケている感がなくなったコリアンのサファイアブルーの瞳は真剣そのものだった。

「先輩、それは覚えたほうがいいですよ」
「あたしもそう思うね」

 男を陥れるという色が薄くなったカエデのブルーグレーの瞳も真摯に向けられ、後輩と親友の空気が変わったことが何を意味しているのかわからず、2人を交互に見ていた。

「え……?」

 だが、答えにたどり着けず、タイムオーバーとなったミヌアから視線を外し、カエデは隣に座る可愛らしいダボダボのセーターを着ている人に同意を求める。

「まぁ、本人が言ってこないことを、あたしたちは教えられないよね?」
(夫婦の会話は大切だからさ。
 本人に聞かないといけないっしょ)

 その視線を受けたコリアンは大きくうなずいた。

「そうですね。個人情報漏洩になりますからね」
(まずはそこから、夫婦の絆を深めていただきたいです)

 ここでも秘密にされ、ミヌアは大声を上げた。

「いやいや、私の個人情報はあっちにダダ漏れなんだけど!」
(グレドさんとヒュラルさん……?
 どっちが教えてくれそうかな?)

 『くれそう』という言い方が、感覚的で感情が混じっているとミヌアは気づいていなかった。理論立てて考えていかないと、あの3人は克服出来ない。特に、ヒュラルとグレドは理論の中で彼らは生きている。スズリはどこかボケている感があり、思わず話したということが起きるが、あとの2人にはまず発生しない。

 そのため、教えてくれそうではなく、話す可能性の高い人がどっちであるかという観点で見なくてはいけない。グレドも最初の夜に説明していたが、ヒュラルだけは他の夫たちと全く違う性質を持っている。そのため2人から話を聞くには、同じ方法では情報は手に入らない。どっちにどういう手を使うかを模索しなくてはいけない。

 カシスソーダを飲んだコリアンは、瞬間移動に関して物言いをつけた。

「ですけど、フードシステムは人には使っちゃいけないことになってます」

「それに、屋敷を出ようとすると見つかるんだよね?」
(どうしてかな?)

 逃走を未だ諦めていないミヌアはヒュラルに捕まりっぱなしだった。服もそうだが、貧困生活だった金の髪を持つ人のテーブルに置かれているプラスされたアイテム、四角いものをサファイアブルーの瞳で捉えて、コリアンは普段より低めの声を響かせた。

「先輩、携帯いつ買ったんですか?」

「あぁ、これはないって言ったら、くれたんだよね」
(優しいよね、ヒュラルさん。
 プレゼントしてくれた)

 ボケ倒しているベビーピンクの瞳へ、とぼけているサファイアブルーの瞳から、社会の闇という指摘がやってきた。

「先輩、タダより怖いものはないです」
(受け取ったんですか?
 少しは疑ったほうがいいですよ)

「それっしょ? GPS」
(それで探せないっていうほうがどうかしてるっしょ)

 ミヌアはまるで初めて聞く言葉のように、ただただ繰り返した。

「じーぴーえす?」
(何かの合言葉?
 そういえば……グレドさんがスズリさんに……。
 あしすとが強いから……とか……。
 スズリさんがヒュラルさんに……。
 とらんすぽーとを使わないで、貴様で行け!
 って言ってた。
 あれも合言葉?)

 瞬間移動するものとは違うような単語の羅列をミヌアが思い出していると、合言葉とGPSを勘違いしている重力を克服した先進国で暮らしながら原始人並みの人へ、コリアンの小動物のような可愛らしい声がツッコミという捕獲で現代へ引き戻した。

「先輩、化石みたいな生活送ってますね」
「あんた、都会に住みながら、山ごもりみたいだよね、その生活」

 PCも携帯もない。それは今日の天気もわからないということ。カエデの言葉を聞いて、ミヌアは前に座る2人を交互に見るをリピート。

「どういうこと?」
「衛星で探されてるってこと!」

 タバコごとカエデの手がこっちへ振られ、ミヌアは携帯を大切そうに両手で抱えた。

「あぁ、じゃあ、これはここに置いて帰ってしまえば……」
(ここに私の居場所が残るってことで……。
 お笑いの前振りした!
 よし、ツッコミ来い!)

 店員呼び出しボタンの近くへそっと置き去りというボケをしたが、カエデはタバコの煙を吐きながら、公然わいせつ罪発言勃発。

「ツッコミは男にしてもらいなさいよ、3本同時とか?」
(入るだけ入れてもらいなさいよ)

 エロへ話が一気に持って行かれところへ、コリアンから真面目にツッコミが。

「先輩、それは物理的に無理です。1本ずつです」
(1箇所に3本は無理です)

「そっちじゃな~い!」

 ミヌアはテーブルの上で両腕を組んで崩れるように顔を伏せた。

 携帯を自分の元へ引き寄せ、ミヌアはおしぼりの袋をビービーと横へ引っ張りなながら、ボソボソと言う。

「物も消える……時間の流れも変な感じがする……」
(人だけじゃなくて……。
 物も動く……。
 時々、時間が止まってる気がする……?)

 車や電車が空を飛び、携帯電話が意識化でつながっている先進国ドラドア国で生きているカエデが持つ箸は刺身のイカへ伸ばされた。

「現代の魔法使い?」

 白い細いものがエロ女の胸の谷間の前へ落とされるのをぼんやり眺めながら、ミヌアはつぶやくが、違和感が心の中に広がっていた。

「魔法使い……?」
(こうね、合ってる時って、ピンと来るんだよね。
 何かと何かが合わさるみたいに……。
 だけど、こない。
 だけど、何て言うのかな?
 透明なカーテンの向こう側で、うっすらを輪郭を表してるって感じ……。
 かすめてるってことだよね……?
 魔法を使う、何か……?)

 マグロの刺身に青じそを巻きつけているコリアンは手元を見たまま、非日常を口にする。

「1000年前ぐらいにいたって話は聞いたことありますけどね……」

 ここから、メシア降臨シリーズの歴史の一部分が紐解かれる。魔法使いがいたという話に、ミヌアの瞳の焦点ははっきりと合い、カエデの胸からコリアンのグレーのニットへ移された。

「いた?」
(あれ?
 じゃあ、さっきの魔法使いっていうのは、あってるってこと?
 外れたことなんてないのになぁ、この感覚は)

 カエデはワサビを刺身皿の端に置いて、ジンライムを一口飲んだ。

「あれって、伝説っしょ?」
(いるわけないっしょ、魔法使いが)

 コリアンは真剣な顔をして語り出す、1000年前の時代背景を。

「確かに、その頃には、携帯電話の充電も電気から変わって、空気中の窒素をエネルギーとするシステムになって、科学技術も発展してましたけど……」
(科学が発展してるから、魔法が存在しないとは言えません)

 ボケてはいるが、意外と理論的なコリアンに、色気のあるブルーグレーの瞳をカエデはちらっとやった。

「ミズリー教国の革命の時っしょ? その話って」
(歴史でやった)

 固有名詞を左から右へ聞き流すミヌア。

「何とか王国から変わった時……」
(勉強したけど忘れた)

 カエデは箸で挟んでいたイカを一旦置いた。

「シュトライツ! あんた、覚えなさいよ。隣の国なんだから」

 海で囲まれた国ではなく、陸続きの隣国の情報まで都合よく聞き逃しているミヌア。その斜め前で、マグロと青じそのシンパシーを口の中で感じたコリアンは飲み込んだ。

「王族制でしたが、ミズリー教徒のクーデターが起き、王族全員が殺されて、その時の教祖が宗教国家にした。その教祖が魔法を使ってたって話ですよ」
(そのあと行方不明になって……どこかで見つかったって話を聞きましたが……)

 1000年ほど前の出来事の何かがめぐりめぐって来ている。しかも、隣の国で、偶然にしては出来過ぎている。メシアが何なのかがわからないと到達出来ない、この答えには。コリアンとカエデが思っているように信じていない人がいる。知っていたとしても、その名前さえも知らない。

 そんな世界観の中で、さっきから全然食べていないミヌアはどこかぼんやりとつぶやいた。

「教祖が魔法……?」
(それも魔法使いって名前じゃない気がする……。
 何か別のもの……?)

 彼女の霊感という網に『魔法使い』という言葉が引っかかることはなかった。戸籍謄本を眺めていたカエデは疑問をふと口にした。

「これさ、3人とも誕生日も歳も一緒って、おかしくな~い?」

 また新たな問題点が提示され、フライドポテトにマヨネーズをつけていたコリアンも用紙を見つめる。

「公的なものに載ってますから偽装でも何でもなく、本当に一緒ってことですよね?」

 ミヌアは両肘をテーブルへつき、手の甲にあごを乗せ、またぼんやりとした。

「そうだね……」
(2人なら……偶然ってこともあるけど……。
 3人も一緒っておかしいな。
 ファーストネームが違うんだから兄弟でもないし……。
 ヒュラルさんが言うには従兄弟でもないって。
 姿が消えるのとつながってる?
 でも、それだけじゃない気がする……。
 3人が同じ誕生日、歳……ん~?)

 3人が一緒。瞬間移動にも関係しているが、ヒュラルがスズリの名前をミヌアに伝えた時、スズリには名乗りたくない理由があると思っていた。それも関係する、原因が2重になっていることに、感覚人間ミヌアが答えにたどり着けるはずもなく。

 しかも、この女3人には理論がなく、話が前後するは、どこかへいきなり飛ぶはで、情報が勝手に流出した話へ戻った。

「情報に関しては、この人じゃな~い? 一番操作出来るの」

 カエデのシルバーのマニュキュアが差しが名前を、ミヌアは心の中で思い浮かべた。

(ヒュラルさん……?)

 フライドポテトを頬張ったコリアンも同意。

「そうですね、この中ではこの人だと私も思います」
(他の2人は出来ないです)

 入り組んでいる夫たちの情報、いや戦況を前に、乙女軍、ミヌア兵はただただ立ち尽くした。

「…………」
(スズリさんは芸能人……。
 有名だけど、政府関係の力は持ってないよね?
 え……ヒュラルさん、何者?
 ん~、わからないから、それは置いといて……)

 とにかく、少しでもいいから情報という地雷を回収していかなくてはいけないミヌアは、次の話へ移った。

「あと、この人が銃を持ってた」
(あれは見間違いじゃないと思う)

 夫3人は有名人ということで、情報を漏洩させないために、戸籍謄本という目隠しの上で話がされてゆく。どこかボケているサファイアブルーと色気がありしっかりしているブルーグレーの視線は、ミヌアのデコされたマニュキュアが指す先へ向けられた。

「ん?」
「どれ?」

 それが誰だかわかると、2人は隣の客室へとどろくような大声を上げた。

「えぇっ!?」
(グレド サンダルガイアが銃っ!?!?)

 ミラクルという結婚に巻き込まれているミヌアとは正反対に、社会というモラルの中で生きているコリアンとカエデの反応に、どこかズレているベビーピンクの瞳は落ち着きなくあちこちに向けられる。

「え……?」
(あっ!
 もしかして、私が振られてる、お笑いを……。
 じゃあ、ツッコミは私が……?)

 お笑いモードになっているミヌアを置いて、カエデは戸籍謄本から枝豆の緑色へ視線を移す。

「この人は持ってないっしょ」
(あんたまた前振り?)

 アイカラーもビューラーもマスカラもアイライナーも全てが完璧なカエデの横顔へ、コリアンは同意を求めた。

「無縁ですよね?」

 返事を返さず、枝豆を口に入れたエロ発言女を前にして、連想ゲームをミヌアは始めた。

「警察とかじゃなくて?」
(銃→警察。
 どうだ!)

 カエデの色っぽいブルーグレーの瞳は上げられることなく。

「違うね~」
(まんまだね、あんた。
 笑いはどこにいったの?)

 コリアンのクイズ番組の不正解みたいな声が響いた。

「ブブーです、先輩」
(それでしたら、私たちは驚かないです!)

 カエデとコリアンがグレドが銃を持っているということにあれだけ驚いた反応をしたのに、どこかズレているミヌアは見当違いな方向へさらに行ってしまった。

「じゃあ、軍関係とか?」
(銃→軍。
 どうだ!)

 武器から抜けないと、グレドの職業にはたどり着けない。自分の目の前でヒントが既に出ているのにたどり着けないミヌアを前にして、カエデはくすりと笑った。

「ん~……関係してる時もあるかな?」
(あんた、無謀な賭けをしてくるね。
 当てられないっしょ、職業はたくさんあるんだから)

 コリアンの小動物みたいな可愛い声が隣で同意という音を作った。

「時々、関係してるかもしれませんね」
(無縁ではないですが……。
 その線で考えると、全ての物事、人が無縁ではなくなります)

 全戦全敗を続けているミヌアは、テーブルの上で降参というように両手を上に上げて大きく伸びをした。

「何者~~?」
(グレドさんの職業わからないけど、武器はあった……。
 武器……)

 そこで初めての晩餐で、ピンクの岩塩が右方向へ浮遊していった時の音をミヌアは思い出した。

(ヒュルヒュル、シュパンッ!
 縄……戻っていった……!!)

 その時だった。ミヌアの空想世界の聖堂で、ゴーンゴーンと聖なる鐘が鳴り響いたのは。パッと起き上がった。

「あぁっ!?」
(ピンと来た!)

 たどり着いた答えがさらなる混乱を、女3人に撒き散らしそうになっているとは、この時誰も知る由もなかった。トマトとレタスを綺麗に箸でまとめながら、カエデはあきれた顔をする。

「何よ、あんた急に大声なんか出して。また、ゴーンゴーン?」

 ここで、久々のコリアンの大暴投! 彼女のボケているサファイアブルーの瞳は大きく見開かれ、テーブルの上の料理たちを見渡し始めた。

「ここでするんですかっ!?」

 明らかに違う方向へ話が飛ばされたのを前にして、カエデは驚くこともなく、しっかりキャッチ。

「言葉のキレてる箇所が違うっしょ」

 本塁ベースを守っていたキャッチャーミヌアに、センターのカエデからボールが回って来た。

「『あん・た急』の間つまらせて、『卓球』にしてる!」
「あぁ、そっちですか」

 大暴投クイーンはほっと胸をなでおろし、何事もなかったように、ネギまをまた取り、規律を食べやすさというエゴで乱してゆく。

「…………」
(鶏肉……ネギ……鶏肉……ネギ……鶏肉。
 終了です)

 カエデは綺麗にまとめたサラダを口へ運ぶ。

「…………」
(妙な間で、前振り)

 ヒュラルの武器の話がどこかへ行ってしまったまま、普通の飲み会になっているところへ、ミヌアからきっちりツッコミ。

「話終わってるって!」
(焼き鳥とサラダは置いておいて!)

 ジンライムを飲み終え、カエデはメニューへ手を伸ばしながら色気のある声で聞き返す。

「何よ?」

 誤解を非常に産みやすい言葉を口にしてしまった、ミヌアは。

「ムチだ……」
(ヒュラルさん、それを持ってる……)

 コリアンのボケているサファイアブルーの瞳から焼き鳥は消え、ミヌアの金の髪が映り、宇宙の果てまで大暴投!

「何を知らないんですか?」

 メニューを選んでいたカエデの胸に、めくったページが引っかかった。

「あんた、次々飛ばすね、いいところに」
(今度は漢字変換ミス?)

 大暴投を誘発した責任を取って、ミヌアが走り込み大きくジャンプして、華麗にキャッチ。

「その無知じゃなくて、武器のムチ!」
(親父ギャグになってる!)

 店員呼び出し用のボタンを押せと仕草でいって来たカエデが、

「誰が持ってたの?」

 ミヌアはピンポーンと鳴らしながら、右手で戸籍謄本を指差した。

「この人」

 だが、コリアンとカエデの瞳はまた大きく見開かれ、隣の客室に聞こえるような大声を上げた。

「えぇっ!?」
(ヒュラル ダティランテがムチっ!?!?)

 あの大きな屋敷。優雅で貴族的。ハイソな教育も行き届いている感が思いっきりするヒュラルの線の細い姿を思い浮かべながら、どこかの国の王子様みたいな彼の長い髪と冷静な水色の瞳が馬上で揺れるのを想像しつつ、ミヌアはぼんやりとつぶやく。

「乗馬とかで使う……?」
(でも、あの長さはな……5mはあったってことだよね?
 食卓で飛んできたんだから……)

 長さがあり過ぎるところで、ミヌアはまた行き詰まってしまったが、情報が少ないばかりにこうなってしまった。優雅で貴族的なヒュラルの性癖が勝手に作られてゆく女たちの酒の肴として。

「SM好みだった?」
(裏ビジネスだった?)

「サディストですか、あの人は」
(そういう趣味だったんですね)

「ありえなくもないけど……」
(SM、ヒュラルさんだったらしそう……)

 その時だった、ミヌアの背後から、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある男の声が不意に響いたのは。

「SMをして欲しいのですか?」
(あなたが望むならしましょうか?)

 ミヌアは後ろへパッと振り返ったが、そこには壁があるだけで、人が入り込めるスペースはなく。

(あれ……?
 ヒュラルさんの声が聞こえた気がした……。
 気のせいかな?)

 首を傾げテーブルへ再び戻した。違和感の原因を探れないまま、カエデの指摘がやって来た。

「でもさ、ムチって、普通持ってるの見えるよ」
(あんた、今気づいてたよね?)

 別のところへ一旦注意をそらされた上に、理論がなくどこかズレているミヌアは不思議そうな顔を突き出した。

「ん?」
(見える?
 いや、今のは聞こえた。
 聞こえた。
 ヒュラルさんの声が背中の方から……)

 ファンタジーと現実が同時進行しているミヌアを置いて、コリアンの理論トスがやって来た。

「紐の部分はしまえません、先輩。だから、綺麗に巻いて、腰元にまとめているはずです。今の先輩の様子じゃ、見えなかったみたいですよね?」

 店員がお代わりのジンライムを持って来たのを受け取りながら、カエデが普通の人の感覚で念を押した。

「ほら、おかしいっしょ?」

 妻にさえ隠していること。他の人がわかるはずもなく、カエデチームとヒュラルチームの狭間で、ミヌアは混乱という右へ左へのステップを踏み続けていた。

「じゃあ、違うのかな?」
(ムチじゃなかったら、あのヒュルヒュル、シュパンッ! は何?)

 落ちて来たサングラスを、金のブレスレットをした手で押し上げる。

「この人は持ってた?」

 戸籍謄本に書かれた名前を見つめて、ミヌアは首を傾げた。

(スズリさん……の武器?
 ん~……PC?
 あっ、歌!
 聖なる歌声で攻撃!)

 そよ風の吹く草原で俺様スズリが目を閉じ、両手を空へ向かって広げ歌い上げる、攻撃という名の聖なる歌声がR&Bのグルーブ感を持って。

「♪愛して 愛されて 鋭い刃で 胸が痛んで
 愛だけ 愛ならば ここから 逃したくない
 強く抱きしめて もう離したくない♪」

 サビが終わったところで、奥行きがあり少し低めの声が、これ以上ないくらいバカにした様子で響いた。

「こんな簡単なこともわからないとはな。所詮、貴様の頭はガラクタだな」

(かちんと来る――!)

 右斜め後ろから聞こえた来て、ミヌアは振り返ったが、そこには誰もおらず、すぐ近くに壁。

(あ、あれ?
 スズリさんもいない……。
 気のせいだった?
 それとも、グレドさんもいるとか?
 グレドさんはほとんど話さないから……。
 もしかして、声が聞こえてないだけでいる?
 そんなことありえるのかな?
 幽霊とかならわかるけど……。
 みんな生きてるよね?)

 ミヌアはそこで大きく目を見開き、超不謹慎言葉を放った。

(あぁっ!
 みんな、物語冒頭で死んじゃったっっ!?!?
 それで、幽霊になって……。
 映画『ゴースト』みたいに、恋人を守るために成仏しないで――)

 その時だった。誰もいないはずの個室の壁の方から、俺様ボイスが真っ先に放たれ、

「貴様! 俺を勝手に殺すとはどういうつもりだ!」

 その次に、くすくす笑う優雅な声が響き、

「おかしな人ですね、あなたは」

 そうして、最後に地鳴りのような低い声が、

「なぜそうなる?」

 ミヌアはガッツポーズを取った。

(よしっ!
 3人がいるってことがわかった!
 みんなは生きてる。
 どうして、声が聞こえてくるのかはわからないけど……)

 いないはずの人の声が聞こえてくる、しかも会話が成り立っているという現象を前にしても、ミヌアのどこかズレている頭脳はふんわりと飛び越え、スズリの武器所持について首を横に振った。

「その人のは見てない……」

 規律を守りながら、ネギまを串から抜いた順番で食べているコリアンは、真面目に指摘する。

「見間違えじゃないんですか?」
(武器とは無縁の人たちです)

 豆腐サラダにまた手を伸ばしたカエデは、あっけらかんとした様子で聞き返した。

「だいたい、何と戦うの? 武器なんてさ」
(先進国で平和そのものだよ、ドラドア国は)

 ミヌアはテーブルの上へ身を乗り出し、戸籍謄本を指差す。

「ん~……ただ最初にこの人が……」

 すると、カエデは豆腐サラダから用紙へブルーグレーの瞳を落とした。

(グレド サンダルガイアがどうした?)

 記憶力がドミノ倒し並みに崩壊しているミヌアは、珍しく真面目な顔になる。

「黒い影を見たんだよね」
(それも大きいやつ)

 コリアンの前にあったカシスソーダはテーブルから離された。

「あぁ~、幽霊じゃなくて、得体の知れないものの方ですか」

 結露が次々と落ちるビールジョッキの向こうで、ミヌアがうなづく。

「そう。で、パセリオグランディホテルの近くで、銃を撃ってた」
(途中、眠り病のこと考えてたから、近くとは限らないけど……)

 大都会の真ん中。どう考えてもおかしい出来事。どこかズレているミヌア。カエデは思いっきり聞き返した。

「はぁ? あんた、あんな場所で発砲したら、それこそ騒ぎになるっしょ!」

 グレドの腕の中で起きた事件を振り返りながら、ミヌアはつくねに手を伸ばす。

「でもね、誰も気づいてなかったんだよね」

 鶏肉、ネギ、鶏肉の順番で食べていた手を止めて、時々理論的なコリアンは的確に疑問形。

「銃声は聞こえましたか?」
装填そうてんしてなかったのではないですか?)

 何かをされて動けず、意識が飛びそうになった男らしい腕の中を思い返しながら、

「したよ」

 一字一句間違えず、ミヌアは擬音語をきっちり再現。

(スバーンッッッ!!!!
 ゴォォォォーー! って言ってた)

 ミヌアへカエデからエロ発言が放たれた。

「別のを打ち込まれたんじゃないの、あんた」

 コリアンが真面目な顔でツッコミ。

「その玉は厳密には中身、精子です、先輩」

「いや~~!」
(知らないうちに、座位のバックで致してたっ!?
 んなわけあるか!
 何1つ、真相にたどり着けない......)

 つくねを歯で噛んで横へ抜き、溢れ出る肉汁と細かく刻まれた軟骨を味わいながら、迷走し続ける。

(魔法使いだから武器を持ってる?
 でもそれだったら、みんな武器は一緒じゃないかな?
 あれ、似てるところがあるのに違う……。
 似て非なり……。
 単純なことじゃないのかも……)

 1つだけになったになったつくねの串を取り皿の上でくるくる回して、ビールに手を伸ばし、ゴクッと飲み込むミヌアだった。
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一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

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