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神の旋律
落日の廃城/3
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レンは視界の端で通ってきた廊下を一度見渡したが、何者かが追ってくる姿も気配もなかった。
上階へ上がると、廊下の壁に飾られた絵画は斜めに傾いているわけでもなく、破け目ができているわけでもなく、綺麗に顔を並べている。花瓶などを彩る花々はないが、すぐにでも使えそうだった。
パイプオルガンの音は薄闇に相変わらず漂っていて、気配を探りながらリョウカは進んでいた。悪魔がいるのは確かだが、それにしてはやけに静かだ。
やがて出てきた両開きの立派なドアの前で、彼女は背をつけてうかがう。レンはその姿を少し離れたとこから見ながら拳銃を持つ手に力を入れた。
リョウカはさっと内側へ扉を開け放ち、ピースメーカーの引き金に指をかけながら待ってはみたものの、拍子抜けするほど何も起きなかった。銃口を向けたまま、部屋の中を見渡す。
壁にある燭台には全てろうそくが灯されていて、頭上には大きな花が咲いたようなシャンデリアがいくつもある大広間。だが、誰もいない。
しかし、白いテーブルクロスの上には、パーティでもしていたような豪華な料理が食べかけであちこちに散らばっていた。
甘く香ばしい匂いが際立ち、心地よい温もりが部屋を包む。ついさっきまで誰かがいたように。
ワルツを奏でていただろう楽団員が置いていった様々な楽器。気配も人もない。リョウカは人差し指に拳銃を引っ掛けてクルクルと回す。
「悪魔がダンスでもするのかしら?」
鋭利なスミレ色の瞳にも同じ様子が映る。今も流れ続けているパイプオルガンの音色。しかし、この大広間には、あんなに大きな楽器は置けやしない。どこから聞こえてくるのか。
その時だった。
「ちょっ!」
ちょうどシャンデリアの下を歩いていたリョウカの姿が急に見えなくなったのは。何かの風圧で砂埃が舞い上がる。思わず目を閉じて、大地震でも起きたのかと思うような揺れと爆音を感じた。
静寂のあとしばらくして、カラカラと小さな音がしたかと思うと、リョウカの声が聞こえてきた。
「ねぇ? ちょっと!」
目を開けると、彼女の姿はどこにもなかった。いや床に大きな穴が空いていた。抜けたのだ。
自分と違って慎重でもなく、平然と前に進むからこうなるのだと思い、レンはここぞとばかりに言ってやった。
「自業自得だろう。自分で落ちたんだからな。俺には関係ない。自分で責任を取れ。俺に頼る――」
そのまま部屋を出て行こうとしたが、
「違うわよ!」
「では何だ?」
助けを乞うようなら、また一言冷たく言ってやろうかと思った。だが、彼女の言葉はまったく違っていた。
「追いかけていくから、先に行ってて。あなたを足止めしても仕方がないでしょ?」
落ちて怪我をしているかもしれないのに、無事な自分のことを心配する。こんな人間がいるとは今まで知らなかった。レンの鋭利なスミレ色の瞳はあちこちに向けられる。
「…………」
瓦礫の上に乗っても、彼の姿は階下の部屋からは見えず、リョウカは首をかしげた。
「返事はどうしたの?」
ゴスパンクのロングブーツは、床にできた大きな穴に慎重に近づき、珍しいものでも見るように、リョウカを眺めていたが、やがて面白くないと言うように、
「ふんっ!」
そっぽを向き、そのまま離れていった。問いかけにまったく答えていない。だが、リョウカはリョウカで勝手に解釈した。
「わかったの意味でいいのね」
しかしそれで合っていて、レンは部屋を出て、廊下をさらに奥へと目指す。
リョウカは瓦礫の山から抜けて、薄暗い部屋の扉を開けた。すると、赤い月明かりに照らし出された廊下で、光る何かを見つけた。さっとしゃがみこみ、拾い上げる。
「イヤリング?」
さっき通った時にはなかった。それなのに今はある。しかも、あの男のベッドサイドにあったものと同じアクセサリー。彼が持ってきて落としたのか。そんな執着心があるようなタイプには思えなかったが。
スカートのポケットに入れて、リョウカは小走りで追いかける。あの男の背の高さは半端ない。しかも、あのゴーイングマイウェイ。速度を緩めて歩くなどしないだろう。本気で走らないと追いつかない――
上階へ上がると、廊下の壁に飾られた絵画は斜めに傾いているわけでもなく、破け目ができているわけでもなく、綺麗に顔を並べている。花瓶などを彩る花々はないが、すぐにでも使えそうだった。
パイプオルガンの音は薄闇に相変わらず漂っていて、気配を探りながらリョウカは進んでいた。悪魔がいるのは確かだが、それにしてはやけに静かだ。
やがて出てきた両開きの立派なドアの前で、彼女は背をつけてうかがう。レンはその姿を少し離れたとこから見ながら拳銃を持つ手に力を入れた。
リョウカはさっと内側へ扉を開け放ち、ピースメーカーの引き金に指をかけながら待ってはみたものの、拍子抜けするほど何も起きなかった。銃口を向けたまま、部屋の中を見渡す。
壁にある燭台には全てろうそくが灯されていて、頭上には大きな花が咲いたようなシャンデリアがいくつもある大広間。だが、誰もいない。
しかし、白いテーブルクロスの上には、パーティでもしていたような豪華な料理が食べかけであちこちに散らばっていた。
甘く香ばしい匂いが際立ち、心地よい温もりが部屋を包む。ついさっきまで誰かがいたように。
ワルツを奏でていただろう楽団員が置いていった様々な楽器。気配も人もない。リョウカは人差し指に拳銃を引っ掛けてクルクルと回す。
「悪魔がダンスでもするのかしら?」
鋭利なスミレ色の瞳にも同じ様子が映る。今も流れ続けているパイプオルガンの音色。しかし、この大広間には、あんなに大きな楽器は置けやしない。どこから聞こえてくるのか。
その時だった。
「ちょっ!」
ちょうどシャンデリアの下を歩いていたリョウカの姿が急に見えなくなったのは。何かの風圧で砂埃が舞い上がる。思わず目を閉じて、大地震でも起きたのかと思うような揺れと爆音を感じた。
静寂のあとしばらくして、カラカラと小さな音がしたかと思うと、リョウカの声が聞こえてきた。
「ねぇ? ちょっと!」
目を開けると、彼女の姿はどこにもなかった。いや床に大きな穴が空いていた。抜けたのだ。
自分と違って慎重でもなく、平然と前に進むからこうなるのだと思い、レンはここぞとばかりに言ってやった。
「自業自得だろう。自分で落ちたんだからな。俺には関係ない。自分で責任を取れ。俺に頼る――」
そのまま部屋を出て行こうとしたが、
「違うわよ!」
「では何だ?」
助けを乞うようなら、また一言冷たく言ってやろうかと思った。だが、彼女の言葉はまったく違っていた。
「追いかけていくから、先に行ってて。あなたを足止めしても仕方がないでしょ?」
落ちて怪我をしているかもしれないのに、無事な自分のことを心配する。こんな人間がいるとは今まで知らなかった。レンの鋭利なスミレ色の瞳はあちこちに向けられる。
「…………」
瓦礫の上に乗っても、彼の姿は階下の部屋からは見えず、リョウカは首をかしげた。
「返事はどうしたの?」
ゴスパンクのロングブーツは、床にできた大きな穴に慎重に近づき、珍しいものでも見るように、リョウカを眺めていたが、やがて面白くないと言うように、
「ふんっ!」
そっぽを向き、そのまま離れていった。問いかけにまったく答えていない。だが、リョウカはリョウカで勝手に解釈した。
「わかったの意味でいいのね」
しかしそれで合っていて、レンは部屋を出て、廊下をさらに奥へと目指す。
リョウカは瓦礫の山から抜けて、薄暗い部屋の扉を開けた。すると、赤い月明かりに照らし出された廊下で、光る何かを見つけた。さっとしゃがみこみ、拾い上げる。
「イヤリング?」
さっき通った時にはなかった。それなのに今はある。しかも、あの男のベッドサイドにあったものと同じアクセサリー。彼が持ってきて落としたのか。そんな執着心があるようなタイプには思えなかったが。
スカートのポケットに入れて、リョウカは小走りで追いかける。あの男の背の高さは半端ない。しかも、あのゴーイングマイウェイ。速度を緩めて歩くなどしないだろう。本気で走らないと追いつかない――
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