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神の旋律
雨とバッハ/6
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昨日の夜の話。ベッドサイドに置かれたもの。リョウカはテーブルへ顔を戻して、鋭利なスミレ色の瞳に疑いの眼差しを送った。
「そう。夢じゃなくて、幻聴と幻覚を見たのね」
「どういう意味だ?」
リョウカは組んでいた足を下ろして、真面目な顔で現実を突きつけた。
「あれ、あたしのじゃないんだけど……」
「…………」
修羅場になりそうな予感だった。
ここにいない別の女のアクセサリーがベッドサイドに置いてある朝。そこで、リョウカと一緒に朝食を食べているレン。
銀の長い前髪は針のような輝きで、スミレ色の瞳は鋭利だが透き通っていて、超不機嫌だが天使のような可愛らしさの男に、リョウカは当然の言葉を贈った。
「どこの女? そっち方面はだらしないってことなのかしら?」
テーブルの影になっている腰元を、リョウカは想像してみた。その視線をもろともせず、レンの鋭利なスミレ色の瞳も針のような銀の前髪もまったく動かない。
それでは誰のだ?
二股をかけていた?
潔癖症の自分が……?
「…………」
「言い返してこないってことは、図星なのかしら?」
リョウカが圧倒的優勢だったが、レンがテーブルをバシンと強く叩くと、すっかり冷めてしまったラザニアが反動で浮き上がった。エロモードをゴーイングマイウェイで回避する。
「お前いいから正直に話せ」
お怒りの男の前で、「そう?」と肩をすくめて、リョウカは正直に話し始めるが、
「ルファーって神さまから聞いてきたんだけど……」
どこからどう聞いてもファンタジーで、おかしい限りで、はぐらかしてばかりの女。
活火山のマグマが地底深くでグツグツと密かに活動していたのが、限界がきて、山頂から天へ突き抜けるような火山噴火ボイスが上がった。
「お前いい加減にしろ!」
「そうやって怒るから、嘘をついたんじゃな~い」
クリームチーズを塗っていたバターナイフを半ばあきれ気味に投げ置いて、リョウカのため息が雨音と混じった。
しかし、ルファーという神さまは嘘でも何でもなく、本当のことなのだ。
「どんなやつだ?」
「さぁ?」
激辛なラザニアを頬張って、リョウカは口をもぐもぐと動かす。煮え切らない話。
「いいから話せ」
フォークを耐熱容器に突き立て、テーブルに肘をついたまま、口の端についたミートソースを、彼女は指先で拭う。
「姿は見てないのよ。声だけ聞いたの」
「声だけ?」
「そうよ」
懸念が出てきた。レンは拳銃の引き金に指先をかけて、グリップの曲線を何度もなぞる。悪魔の罠ということもあり得る。誘き出されて、そこで取り囲まれ、死の淵へとこの女とともに落とされる。
窓際に飾られたサボテンの背景が雨に濡れている。何かを予感させるようなヨハネ受難曲。太ももの内側に隠し持った拳銃。
何かがおかしい……。
リョウカは急にぼんやりして、
「夢で聞いたのかしら?」
首をかしげると、胸元を飾っていた十字のネックレスがカタンとテーブルに滑り落ちた。
「ふーん」
レンは気のない返事をしただけだった。お互いに記憶がない。だが、依頼だけがやけにはっきりとしている。
何か重要な記憶が抜け落ちている……。
考えてみても、お互い思い出せるものでもなく、リョウカは紙ナプキンで口元を拭いて、それくしゃくしゃに丸めた。テーブルへと投げ置いて、
「で、行くの? 行かないの?」
悪魔退治が本職だ。拒否する理由がない。
「行く」
「近くまでは列車で行けるけど、廃駅三つ分は徒歩しかないから覚悟してね」
この雨の中を歩く。服が汚れる。耐えられない。だが、もう了承してしまった。行くしかない。
それよりも、レンは持ち主がいないイヤリングと窓の外で激しく降る雨を眺めて、ミネラルウォーターを飲んでは、ヨハネ受難曲を何度もリピートするのだった。まるで何かの鎮静剤のように――――
「そう。夢じゃなくて、幻聴と幻覚を見たのね」
「どういう意味だ?」
リョウカは組んでいた足を下ろして、真面目な顔で現実を突きつけた。
「あれ、あたしのじゃないんだけど……」
「…………」
修羅場になりそうな予感だった。
ここにいない別の女のアクセサリーがベッドサイドに置いてある朝。そこで、リョウカと一緒に朝食を食べているレン。
銀の長い前髪は針のような輝きで、スミレ色の瞳は鋭利だが透き通っていて、超不機嫌だが天使のような可愛らしさの男に、リョウカは当然の言葉を贈った。
「どこの女? そっち方面はだらしないってことなのかしら?」
テーブルの影になっている腰元を、リョウカは想像してみた。その視線をもろともせず、レンの鋭利なスミレ色の瞳も針のような銀の前髪もまったく動かない。
それでは誰のだ?
二股をかけていた?
潔癖症の自分が……?
「…………」
「言い返してこないってことは、図星なのかしら?」
リョウカが圧倒的優勢だったが、レンがテーブルをバシンと強く叩くと、すっかり冷めてしまったラザニアが反動で浮き上がった。エロモードをゴーイングマイウェイで回避する。
「お前いいから正直に話せ」
お怒りの男の前で、「そう?」と肩をすくめて、リョウカは正直に話し始めるが、
「ルファーって神さまから聞いてきたんだけど……」
どこからどう聞いてもファンタジーで、おかしい限りで、はぐらかしてばかりの女。
活火山のマグマが地底深くでグツグツと密かに活動していたのが、限界がきて、山頂から天へ突き抜けるような火山噴火ボイスが上がった。
「お前いい加減にしろ!」
「そうやって怒るから、嘘をついたんじゃな~い」
クリームチーズを塗っていたバターナイフを半ばあきれ気味に投げ置いて、リョウカのため息が雨音と混じった。
しかし、ルファーという神さまは嘘でも何でもなく、本当のことなのだ。
「どんなやつだ?」
「さぁ?」
激辛なラザニアを頬張って、リョウカは口をもぐもぐと動かす。煮え切らない話。
「いいから話せ」
フォークを耐熱容器に突き立て、テーブルに肘をついたまま、口の端についたミートソースを、彼女は指先で拭う。
「姿は見てないのよ。声だけ聞いたの」
「声だけ?」
「そうよ」
懸念が出てきた。レンは拳銃の引き金に指先をかけて、グリップの曲線を何度もなぞる。悪魔の罠ということもあり得る。誘き出されて、そこで取り囲まれ、死の淵へとこの女とともに落とされる。
窓際に飾られたサボテンの背景が雨に濡れている。何かを予感させるようなヨハネ受難曲。太ももの内側に隠し持った拳銃。
何かがおかしい……。
リョウカは急にぼんやりして、
「夢で聞いたのかしら?」
首をかしげると、胸元を飾っていた十字のネックレスがカタンとテーブルに滑り落ちた。
「ふーん」
レンは気のない返事をしただけだった。お互いに記憶がない。だが、依頼だけがやけにはっきりとしている。
何か重要な記憶が抜け落ちている……。
考えてみても、お互い思い出せるものでもなく、リョウカは紙ナプキンで口元を拭いて、それくしゃくしゃに丸めた。テーブルへと投げ置いて、
「で、行くの? 行かないの?」
悪魔退治が本職だ。拒否する理由がない。
「行く」
「近くまでは列車で行けるけど、廃駅三つ分は徒歩しかないから覚悟してね」
この雨の中を歩く。服が汚れる。耐えられない。だが、もう了承してしまった。行くしかない。
それよりも、レンは持ち主がいないイヤリングと窓の外で激しく降る雨を眺めて、ミネラルウォーターを飲んでは、ヨハネ受難曲を何度もリピートするのだった。まるで何かの鎮静剤のように――――
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