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翡翠の姫

十六夜に会いましょう/6

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 目の前に立っている男は考古学者だ。研究対象だと思い、颯茄は小さな背で、貴増参の綺麗な顔をのぞき込んだ。

「いいんですか? 大切なものじゃないんですか?」

 自分には記憶は残っているが、颯茄はにどうやら残っていないようだった。それでもいいのだ。白の巫女がちぎった革紐ごと、貴増参は翡翠をさらに差し出した、どこかずれているクルミ色の瞳の前に。

「君と出会えた記念に差し上げます」
 ――再会できた記念に差し上げます。

 素直で正直な白の巫女が今目の前にいるように、颯茄は微笑み、勾玉を受け取った。

「ありがとうございます」

 どこか自分の手に馴染むようで、背の割には大きな手で握ったり、開いたりを繰り返していた。そんな彼女を眺めながら、貴増参は巫女の転生後が気になった。

「お仕事は何をしてるんですか?」

 颯茄は勾玉を握りしめたままの手で、ブラウンの髪を落ち着きなく触り、少し苦笑いする。

「全然、有名じゃないんですけど、小さなレストランとかで、ピアノの弾き語りをしてるシンガーソングライターです」

 人には向き不向きがある。あの人生よりは、彼女が生きやすいのではと、貴増参は思った。

「そうですか。素敵な職業です」
「ありがとうございます」

 舟を漕ぐように前後に照れたように颯茄が動くと、ふたりを光るリボンで結びつけたような、あの湿った夜の空気がにわかに広がったような気がした。

 以前読んだ、自身の専門分野でない本のあるページが、貴増参の脳裏に鮮やかに蘇った。

 人の魂にはSNAといって、魂のDNAがあると言われている。それは今までの輪廻転生の星の並びがすべて記録されている。いつどこで生まれ、どんな人生を終えたのか。今の文明よりも前の文明も全て、それを解析すればわかるのだ。

 人間が解析するにはまだまだ時間がかかると言われている。ひとつのDNAでさえ、いくつもの働きを持っているのが事実だ。しかし、それさえもまだ人は知らない――

 白の巫女が濁流に身を投げたあと、時間にすれば数分だろう。それでも行動を共にした、桃色の着物を着たあの女に助けられたが、自分は手を貸せなかった。

 約束などはしていないが、出会えることならお礼を言いたかった。自身を犠牲にまでして、見ず知らずの男を助けようとしたことを。

 少しの期待を胸に、貴増参は颯茄に問いかけた。

「君の友達か何かで、聞き間違いをする方はいませんか?」

 決して知り合いは少なくはない自分だったが、颯茄はすぐに脳裏に浮かんだ。赤茶のふわふわウェーブ髪で、とぼけた顔をしている人物が。

「……友達でいますよ」

 不思議なめぐり合わせだ。そうなると、貴増参の中にある可能性が出てくる。

「名前はシルレさん。正解でしょ?」

 優しさに満ちあふれた茶色の瞳にのぞき込まれた、颯茄は目を大きく見開いた。

「すごいですね! どうしてわかるんですか?」

 貴増参はカーキ色のくせ毛に人差し指を軽くトントンと当てる。

「ちょっとした勘です」

 今は十八ではない。二十八だ。嘘だとわかる。だが、こんな冗談もあるのだと新しい発見だ。颯茄は珍しく声に出して笑った。

「ふふふっ……」

 立ったまま話しているふたりの間に、学校のチャイムが鳴り響いた。最後の授業終了の合図だ。貴増参にとっては今までただの雑音だったが、今日は違う。

 西の空に陽は沈み、残り火のような夕焼けが広がっていたが、一番星と少し欠けた銀盤が宵闇に浮かんでいた。

「お腹は空いてませんか?」

 抜群のタイミングでグーっとふたりのお腹が鳴った。颯茄は手を当てて、照れたように微笑む。

「空いてます」
「僕がおごります」

 今日会ったばかりというか、助手を希望しているのであって、そういうつもりなどまったくない颯茄は、慌てて止めに入った。

「いやいや、お世話にはなれないです」

 お膳をめぐって、牢屋の中と外で押し合った場面が、貴増参の脳裏をよぎってゆく。

「いつかのお礼です」
 ――君が食べ物を分けてくれた時の……。
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